第523話
法皇マッコーコデールの首を求め、第一隊を率いて北進していると、西方教会聖旗を掲げた重武装の騎兵が百騎ほど向かってきた。
装備や練度から察するに、これまで温存していた精鋭部隊であろう。だが、たった百騎では戦況に大きな影響を与えられぬ上、悪目立して貴重な戦力を濫費するだけだ。何が目的であろうか。
「帝国騎士団長に告ぐ! ただちに全軍に武装解除と降伏を命じ、神に罪を懺悔せよ! さすれば神も寛大な御心でお許しくださるだろう!」
豪奢な輿に乗った、返り血どころか一切の乱れすらない法衣を纏った男が、重装騎兵に守られながらそう叫んだ。
それにしても、騎兵に輿を担がせるとは器用な事をするものだ。背に聖旗を差した旗手を自らの周囲に集め、矢避けとしているようだが、我が軍からもよく見えるので、危険を承知で信者の鼓舞に回っているかもしれぬな。
「戦況を直視しろ、馬鹿者め! 今そっちに行って首を刎ねてやるから、冥府で話す言い訳を考えておけ!」
「背信者に告ぐ! ただちに降伏し…」
「奴の首を獲れ!」
アキは俺の傍らでそう叫び、周囲の兵士に突撃を命じた。事前に聖務部の指導を受けた上での罵倒であるはずだが、そもそもアキは論述でなく剣術を用いた戦いしか経験がないそうなので、舌戦を早々に切り上げた。
周囲にいた兵士は、アキの号令を受けた直属の上官に命じられ、輿の男を目掛けて突撃した。アキは部隊に対する指揮権はないが、指揮官らに対する影響力はあるのだ。
「待て! 我が名はクラレンス・グラハム・マッコーコデール、聖教会法皇ぞ! 私を殺せば全軍に停戦を命じる者がいなくなるぞ!」
「法皇を征伐せよ! 信仰心を示す好機であるぞ!」
俺はマッコーコデールを名乗った輿の男の言葉を無視して駆け出し、突撃する兵士を鼓舞しつつ追い越した。ヌーヴェルより優れた軍馬はおらぬ。
さすがに重装騎兵だけあり、これまでの雑兵とは違って組織的な抵抗があった。だが、俺が力を込めて剣を振るえば武具は砕け、アキが薙刀を突き出せば首が飛び、強固な壁は崩れ始めた。
「…! 北に転進! 北に神敵の気配あり、転身せよ!」
信者の手前、自らが神の敵と叫んだ相手から逃げられぬようで、マッコーコデールは北への転進を叫んだ。だが、いくら温存していた精鋭部隊とはいえ、いらぬ輿を守っての方向転換はできぬようである。
我が軍カフ隊は軽装騎兵として運用しているが、数では圧倒しているので、精鋭部隊と思しき重装騎兵でも我が軍には勝てぬようである。続々とその数を減らし、遂にはマッコーコデールが外聞を気にしている余裕がなくなったのか、輿の上で杖を振るい、自らを守るよう喚き始めた。
「団長様、メトポーロンを頼んだぞ」
「ああ、任せよ」
アキはそう言うと、愛馬の手綱を俺に渡し、薙刀を抱えて鞍から跳び、敵兵を踏みつけながらマッコーコデールに向かった。なかなか器用な事をするではないか。
俺はメトポーロンの手綱をエヴラールに預け、弓矢を取り出してアキの援護に掛かることにした。さすがに単身では危うかろう。
さすがのアキといえど、次の足場を探しながら全方位の敵を相手取る余裕はないようであるから、俺はアキが狙わなさそうな脅威を狙って矢を射った。いつも通り風魔法による誘導がある上、常人には扱えぬ強弓であるので、俺の矢は確実に重装騎兵の鎧を貫き、角度によっては馬鎧ごと騎手である西方教会信者を射殺した。
「法皇、覚悟を決めろ!」
アキはそう言い、マッコーコデールの乗る輿に飛び乗った。輿丁も自らの法皇が乗る輿であるから、アキが乗ったとしても舁き続けている。
アキは輿に薙刀を突き立て、愛刀を抜いた。一騎討ちでもしようとしているのであろうか。
「丸腰で戦場に出るとは、我が軍を舐め腐っているな。おい、誰か法皇に剣をくれてやれ」
「ならん」
「残念だ。丸腰の相手を斬っても自慢にならんからな。ま、仕方ない。潔く死ね」
アキはそう言って刀を振り上げ、マッコーコデールを目掛けて振り下ろした。だが、マッコーコデールは輿上で後退してアキの刀を躱した。一騎討ちを拒否する割には、潔い死を見せぬな。
マッコーコデールは輿の上で逃げ回り、それをアキが追っていたが、痺れを切らしたアキが刀を納め、薙刀を抜いた。
「生き恥を晒すな。そんな奴を斬っても手柄にならんだろ」
アキはそう言いながら薙刀を長く持ち、輿の中心で回り始めた。これにより輿上から逃げ場が無くなり、マッコーコデールは輿から転落した。
まずいな。これでは輿丁が輿を舁き続ける理由が無くなってしまったではないか。
「馬鹿者どもめ、さっさと手を放せ」
アキはそう言いながら輿丁の一人を輿上から斬りつけ、輿から飛び降りた。
カフ隊の攻撃も続いているが、アキのいるそこは未だ西方教会軍の精鋭たる重装騎兵隊の中心である。早く援護に行かねば、今度こそ危ういな。
俺は得物を槍に持ち替え、ヌーヴェルに命じて突進させた。多少強引ではあるが、アキとの合流が目的であるので、落馬した敵は無視し、後に続く兵士らに任せている。
「フラウ金士、無事か」
「法皇を見失った。あっちに逃げたと思うんだが」
「承知した。追うぞ」
俺はそう言ってアキを引き上げて背に乗せ、アキの指した方角へ向けて駆け出した。法皇を討ち取れば、西方教会軍の士気は大幅に下がり、その後を楽に進められるはずである。
俺を追ってきたエヴラールが連れてきたメトポーロンに乗り移ったアキは、俺を追い越して先頭に立ち、薙刀を振り回しながらマッコーコデールを追った。
マッコーコデールが逃げ込んだ先には歩兵隊がおり、徒歩で逃げるマッコーコデールをよく隠している。この辺りに歩兵として配置されている西方教会信者であるが、練度や装備などから察すると、徴兵経験さえない農民か商人が大半である。信仰する神は間違っておらぬのに、その術を間違えたために蹂躙されるとは、哀れなものである。
ふと背後を振り返ると、精鋭であったと思しき重装騎兵隊は既に全滅していた。今まで温存していた精鋭部隊を使い潰すほどの効果が得られたようには思えぬが、まあ敵の犬死には感謝しよう。
「バンシロン銀士、アーウィン将軍に伝令を送り、第二軍を前進させよ。このままマッコーコデール軍を擂り潰す」
「御意」
俺がそうエヴラールに命じると、伝令に選ばれた騎士は南に向かっていった。さすがに西方教会軍の只中を突破はせず、南から迂回してアーウィン将軍の本陣に向かうのだろう。
「いいのか? 最初の作戦と違うじゃないか」
「ああ。だが、そもそも敵方が予想と違う動きをしたゆえ、こちらも合わせて動かねば、俺達のいる意味がない」
「いや意味はあるだろ。ま、いいか。あ、団長様、法皇を見つけたぞ。あそこだ、あそこ」
アキの指した方を見ると、信者を盾にするマッコーコデールを見つけた。元テイルスト軍将校の先代法皇マーレイと違い、マッコーコデールは臆病かつ無能なようだな。マッコーコデールの経歴は知らぬが、少なくとも軍歴は皆無だろう。
俺達は群がる西方教会信者を蹴散らしながら、マッコーコデールに逼った。士官階級も素人揃いであるようで、西方教会信者の抵抗はあってないようなものである。
「団長様、手柄は譲るぞ」
「そうか。ではありがたく受け取ろう」
俺はアキに言われて、マッコーコデールの心臓を背後から貫いた。マッコーコデールは悲鳴を発する間もなく絶命し、俺が槍を引き抜くと鮮血を撒き散らしながら倒れた。透かさずエヴラールが下馬して駆け寄り、その首を胴から切り離し、それをアキが薙刀で貫いて受け取った。
「帝国騎士団長モレンクロード大将軍が、自称法皇マッコーデールを討ち取ったり!」
アキはそう叫びながら、薙刀に突き刺した法皇の首級を掲げた。だが、法皇の名はマッコーデールではなくマッコーコデールである。ずっと法皇と呼んでいたので不安であったが、やはり名を覚えていなかったようだな。




