第520話
あれから、色々な会議に幾度も参加し、三月三十一日となった。
正直なところ、会議のために急いで帰って来たのを後悔しそうなほど大変な日々であったが、収穫は大いにあったので、まあ後悔はしておらぬ。
奴隷解放政策についてであるが、これは国務大臣シャラーヴィ伯爵の進言を受け、枢密院による完遂が可決された。エジット陛下により、国務省から法務省への移管が命じられたため、奴隷狩りや人身売買などは通常の罪人と同じように扱われる。
これにより、俺は国務省奴隷解放政策本部強制執行部長官の職を解かれ、騎士団も奴隷解放に関する任務を解かれた。これ以降、実働部隊としては第三防衛軍の帝国憲兵隊や衛兵隊が用いられる。
遷都についてであるが、これは建設大臣シャルパンティエ公爵から報告があった。
既にヒュドール台地の一点に玉座の置き場所を定めたそうで、そこを中心に半径五十メルタルを測量し、印となる線を引いているそうだ。この線上に城壁が建てられる事になる。
建設省は建築資材の確保を進めているそうだが、未だ必要量全体の一割にも満たぬそうだ。まあ量が量なので、サヌストで生産される全てを集めたとしても、数年を要するだろう。
建設費用に関しては、貴族や豪商から集めており、帝国側の予算と合わせ、六割ほど集まっているようである。これに関しては、全体の三割をモレンク血閥を含む四つの血閥が分担して負担する事となり、モレンク血閥は血閥負担分の五割を負担する事となった。この負担には現金だけでなく、建築資材や人材などの提供もある。まあ細かい事はアズラ卿を始め、領主府が対応するだろう。
帝都防衛隊も徴兵の受け入れを開始しており、数百名規模の部隊が建設省の技官らと行動を共にしているそうだ。
軍部予算会議では、色々あったが予算の配分が確定した。
騎士団には、軍事費全体の二割が割り振られた。金額としては、二億オールである。これはサヌスト金貨二千万枚に相当する。実際には銀貨や銅貨、クィーズスやテイルストの貨幣も含まれているので、実際に二千万枚の金貨が届く訳ではない。
現金の他、納められた武具や食糧などがあり、これも分配した。装備はなるべく統一したいが、それはそれとして全将兵の武装を可能とした後、予備あるいは後継として用意すべきである。
この予算は魔物討伐庁の設置予算も含まれているので、他の戦略単位より多く貰った。魔物討伐庁の設置を終えた来年以降は、軍務省の外局として軍務省から予算が下りる事になっているので、来年以降の騎士団予算は今年より少なくなるだろう。
騎士団予算会議では、各部隊や各部局に予算などを分配した。
事前に騎士団所属の全戦術単位指揮官と本部部局長から予算案が提出されており、これを基に予算を分配した。急な出征や損耗に備えた予備費は、全体の一割に当たる二千万オールを残してある。
騎士団予算会議の序でに、騎士団本部に参謀部と副官部、幕僚総局に秘書課の設置を正式に決定した。正式な設置はきりの良い四月一日であるが、実質的な活動は既に開始している。
参謀部はデュポール参謀長とリグロ参謀副長、作戦参謀に加え、情報部や測量部など各部の正副部長が、情報参謀や地理参謀などと分野別の参謀として属する。
参謀長の指揮の下、各部の連携を強化し、これまで以上に効率的に運用される事となる。また、各部の報告は参謀部を通じて騎士団長に上げられる事となり、参謀長はそれら全ての情報を加味した上で騎士団長への助言が可能となる。
副官部の長は高級副官、副長は次級副官と称する事となり、高級副官にはアキが、次級副官にはアーウィン将軍の副官であるダンカン・レーゼンビー筆頭銀級騎士が就いた。
副官部は副官と副官附の人事的な管理を目的としており、副官部としての組織的な作戦行動などは取らず、あくまで上官に対する副官業務にそれぞれが専任する。ただし、誰の副官でもない副官部員もおり、彼らが高級副官のもと副官部の人事的な管理を担当する。
幕僚総局秘書課は俺の秘書官であるリンの下、十数名の課員を有するが、現状リンを除けば全員が騎士団員である。秘書課員は正副長を除けば、全て下士官であり、軍政系の職や副官附の経験者などが選ばれているため、リンの負担は最小限となるはずである。
秘書課の任務は、騎士団長政策事務室と連携し、帝国騎士団と枢密院との調整などである。双方の長は同一人物であるため、効率的な運用が可能となるだろう。まあ今の政策事務室はリン一人であるから、実質的には秘書課のみの運用となる。
それから、兵站総監部から報告があった。
デュポール参謀長とも以前話したが、騎士団から支給する食事を普段から全部隊で統一し、戦場で必要とされる食料を限定する事で、補給を容易とする件であるが、正式に導入される事となった。
兵站総監部が献立を制定し、それを全兵士に支給するよう命じるそうだ。この献立は食材調達の難度や栄養などを考慮して制定される。
この献立は兵舎で提供される食事に限り、戦場や演習地などでは補給状況に応じて各部隊が内容を定める。また、食材の調達状況によっては、兵舎ごとの判断で、翌日以降の献立と入れ替えても構わぬものとし、さらにそれでも食事が支給できぬ場合には、献立にない食事を支給しても構わぬものとする。食事内容に変更があった場合には、一か月以内に兵站総監部に報告せねばならぬ事とした。
兵舎で提供される食事であるから、士官がこれを食すには申請と代金納入が必要となる。これは今までと同じである。
今日は国土平定令について、アーウィン将軍とデュポール参謀長を連れ、軍令部で最終的な確認を行った。具体的には、どの部隊がどの地域を担当するか、である。基本的には、騎士団は従来の魔物討伐に加え、郊外の賊討伐を担当する。
今回、国土平定令として特別に発せられたからには、賊など標的を一人も残してはならぬ。それゆえ、通常では考えられぬほど大規模な作戦となり、推定される標的の数倍を目安に部隊編成が行われている。
国土平定令では、騎士団本陣に俺かアーウィン将軍と、デュポール参謀長かリグロ参謀副長が必ず詰め、騎士団の指揮を執る。
騎士団からは全部隊が動員される事となる。だが、部隊単位で交代するため、同時に全部隊が活動することはない。
日が沈む頃、俺は屋敷に帰った。国土平定令前夜であるため、アーウィン将軍らが気遣ってくれたようである。
屋敷に帰ると、レリアやアキ、アレク、テリハが食堂に集まっていた。俺のために夕食を待ってくれていたようである。
「おかえり、ジル」
「ただいま、レリア、アキ、アレク、テリハ」
「おい、一度のただいまに四人分を纏めるな」
「すまぬ」
「別にいいよ。もしアレク達の弟や妹がいっぱい生まれたら、ジルが帰ってくる度にいっぱい挨拶しなきゃだし。伝わればいいんだよ」
「いっぱいとはどういう意味だ。姫、これから旦那様との間に何人子供を儲けるつもりだ?」
「あたしは何人いても困らないよ。ジルの事だから、何十人いても何百人いても、全員をちゃんと育てられるでしょ」
「産む側の負担を考えろ。ワタシはテリハが可愛いから許しているが、そうじゃなかったら許せないくらい痛かったぞ」
「アキは産卵だから、あたしの出産とは違うんだろうけど、あたしはジルとの子を産むためだったら、あれくらい耐えられるよ」
「いや、姫は人間のなかでも最上級に安産だったと聞いたぞ」
「そう言ってたね。じゃあ大丈夫だよ」
「楽観視が過ぎるぞ。悲観しろとは言わんが、出産は本来命懸けということを忘れるな。今回はたまたま運が良かっただけで、次の出産では死ぬかもしれんのだぞ」
「アキ。回復魔法を使い続ければ、危険はほとんど無いんだよ。次はアキもジルに頼んで回復魔法を使いながら産卵してみたら?」
「いや、それは恥ずかしい」
「え? ジルだよ?」
「旦那様だからだ。それに、だ。まだ次の娘の時期は決まっていない。孕んだら考える」
「時期ねぇ…ジル、アタシ達はどうしよっか?」
レリアとアキが次の子に向けて話していたが、俺は会話に入れなかった。出産や産卵を楽だとは言えぬし、逆に過度に不安にさせる事も言えぬ。
「レリア、アキ。家族計画については、相談する日を決めてから相談しよう」
「それもそうだね。今日はジルとアキの応援会なんだから、難しい事は考えずに、パーッと楽しんでね」
「ああ。そうさせてもらおう」
「だな。帝国騎士団高級副官として、楽しむ時は楽しむぞ」
アキはそう言い、到着した夕食を豪快に食べ始めた。この官職名を気に入ったようであるな。
俺やレリアもアキに続き、アレクとテリハはアルテミシアやおヨウが授乳を始めた。当然であるが、アレクとテリハが飲む乳は、魔導具で搾乳したそれぞれの母の乳であり、アルテミシアやおヨウの乳ではない。




