第519話
エジット陛下を含めた皆が公選議官と略していたので俺も公選枠枢密院議官をそう呼ぶが、公選議官の三名の紹介が終わると、ジェローム卿が前に出て魔法と魔物について話し始めた。これは軍令部総長としてではなく、枢密院副議長としての事である。
ジェローム卿が説明した魔法と魔物については、その大半が俺が報告したものであるが、宮内省学術局や文化省文書管理局など他の機関から報告されたものも僅かにあった。
ジェローム卿の説明が終わると、軍部の主導で議論が進められた。魔法はともかく、魔物に関しては軍が出ねばどうにもならぬので当然である。
昼食、夕食、二度の夜食と、四度の食事を要する程の長時間議論した結果、二つの組織が創設される事になった。
まず、軍務省の外局として、魔物の討伐を任務とする魔物討伐庁が設置される。軍部でギルド庁と仮称していた組織である。
魔物討伐庁は帝国全土の魔物の動向を監視し、民間の魔物討伐者に対して魔物討伐を発注する。民間の魔物討伐者とは、魔物討伐庁が管理する冒険者資格が発行された者を指す。この他、魔物討伐者の支援であったり、魔物素材を活用した対魔物兵器の開発など、魔物の討伐に関する全てを所管する。
魔物討伐庁は、ミルデンバーガー達から提供されるであろう技術を当てにした組織であるといっても過言ではないが、これは初めから研究する必要がないという事である。今から研究を始めていては、これから増えゆく魔物に対応できぬかもしれぬので、かなり助かる。
魔物討伐庁の長たる魔物討伐庁長官は、現役の大将軍をもって充てられる事となり、初代長官は俺が任命された。これは、魔物討伐の受注が追い付かなくなった場合、麾下部隊を動員した大規模な討伐作戦を実施するためである。
魔物討伐庁次官には、ミルデンバーガーが任命された。魔物討伐を効率的に導入するためであるが、全面的な信頼は未だ築けておらぬため、軍令部と枢密院事務局から一名ずつ監視役の秘書官が出向する。
ミルデンバーガーの他のダークエルフも、庁内の重要な職に就ける予定であるが、それは本人らの帝都到着後の事であり、さらにその重要な職というのも用意できておらぬから、まだ先の事である。
魔物討伐庁は騎士団の魔物調査局を母体に、文官の軍務官僚などによって構成される軍務省の外局である。魔物討伐庁長官は大将軍であり、本省である軍務省の長である軍務大臣の将軍あるいは将監より階級が高いが、枢密院議官としては同格であるので、階級に関しては看過する事になった。
次に、内務省の外局として、魔法の開発、研究、管理などを統括する魔法技術庁が設置される。
魔法技術庁はサヌスト帝国が国家として、魔法に関する全てを統括し管理する。魔法を系統ごとに登録し、新魔法が開発された場合には登録を義務化するそうだ。それから、魔導具も登録が必要である。
魔法の管理に加え、魔法使いの管理も行う。どれほど小規模であっても外部に影響を与える魔法を行使する者は魔法使いとして登録される。また、魔導具などの開発者も別枠で登録が必要である。
魔法と魔導具の管理というからには、それぞれを定義する必要があるが、これは今から専門家を集めて協議するそうだ。
魔法技術庁の長たる魔法技術庁長官には、内務省上席宮中顧問官エドガー・バリー・カリーが選ばれた。ちなみに、宮中顧問官とは宮廷内に常駐し、皇帝による諮問に応じる事を任務とし、軍務省を除く九省に二名ずつ置かれている。
魔法技術庁の設立に際し、魔法技術庁設置会議が置かれ、俺は魔法に関する専門家として、特別議員に選ばれた。
この二つの組織は、今年の十月の設置を目指し、動き始める事となった。俺は両方に深く関わらねばならぬから、これまで以上に多忙となるだろう。
俺は四月から国土平定令に従事せねばならぬから、定期的にリンと連絡を取り、リンに動いてもらわねばならぬ。リンは騎士団幕僚総局に秘書課も作らねばならず、そちらも忙しくなるはずであるが、秘書課の設置後は、秘書課員と業務の分担が可能となるので、ある程度負担は軽減できるはずである。
枢密院が解散すると、議官やその随行者はそれぞれ執務室で仮眠を取るようだ。まあ昨日の朝から明け方まで議論が白熱し続けたので、仮眠を取らねば死人が出かねぬ。
俺は仮眠を始めたリンやミルデンバーガー、挨拶に来たヴェンダール夫人を執務室に残し、屋敷に帰る事にした。昼頃まで休みと聞いたので、朝食を食べたら戻れば良いだろう。
屋敷に帰り、邸内を探すと、談話室のソファーで寝るレリアを見つけた。どうやら待ってくれていたようだ。
俺はレリアに毛布を掛け、隣に座った。幸せそうに眠っているレリアを見ると、それだけで癒されるな。
しばらくレリアの寝顔を眺めて癒されていると、窓から朝日が差し込み、それによってレリアが目を覚ました。
「あれ、ジル…あ、寝ちゃってた?」
「ああ。気持ち良さそうに寝ていたぞ」
「ごめん、昼寝までして待ってたんだけど…」
「謝ってくれるな。俺はレリアが俺を待ってくれようとしただけで嬉しいのだ。それに、幸せそうなレリアの寝顔を見れただけで、俺はかなり癒された」
「それならもっと可愛く意識して寝てた方が良かった?」
「いや、充分可愛かったぞ」
「そう? ありがと。でもね、あたしだってもっと可愛くなれるんだよ。お化粧とかして、顔もビシッとキメて、服も綺麗なドレスとか着て、色々できる事はあるんだから。あ、そうだ。次はそれで待っていよっか?」
「いや、いつ頃帰れるか分からぬのだ。化粧は肌に負担が掛かると聞くし、ドレスを着ていると寛ぎ難かろう。同じ負担を掛けるなら、完全な休みに二人で出掛ける時にしてもらいたい」
「確かに肌荒れしちゃったら元も子もないよね」
「…肌荒れなどは分からぬが、無理はせぬよう頼む」
レリアであれば例え肌荒れしても可愛いとは思うが、それはそれとして、俺は詳しくないが、肌荒れとは何らかの不調の表れであろうから、好ましい状況とは言えぬだろう。レリアの美貌のためならば、俺は全財産を使ってもらっても文句は言わぬ。
「そういえばジル、今っていつ?」
「十七日の朝だ。朝食を食べたら戻らねばならぬ」
「違うでしょ。ジルが戻るのはあたしの隣でしょ。だから『騎士団に戻る』じゃなくて、『騎士団に行く』って言って」
「すまぬ。朝食を食べたら枢密院に行かねばならぬ」
「あ、枢密院だったの?」
「ああ。だが、レリアから離れねばならぬという意味では同じだ」
皇帝陛下の臣としてはこの二つは異なるべきであるが、今の俺はレリアの夫である。そう考えれば、別に間違っておらぬだろう。
その後、俺が遅れて恥を掻いてはならぬと言うレリアと朝食を済ませ、しばらく抱き合ってから屋敷を出て枢密院に向かった。この感触を忘れずに今日を過ごそう。
枢密院に着き、執務室に行くと、リンとミルデンバーガー、ヴェンダール夫人がソファーで寝ていた。女三人が寝ている部屋で、俺一人が起きているのも面倒事に巻き込まれそうであるので、俺は談話室に向かう旨の書置きを残し、それに従った。
談話室では、暖炉を管理する文官が一人いるだけで、他は誰もおらぬ。まあ皆は疲れているはずであるし、仮眠とはいえ熟睡しているのだろう。
俺は一応受け取っていた騎士団の色々な報告書を読む事にした。この辺りはエヴラールやリンに任せっきりなので、文書で読むのは久々である。




