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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章
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第501話

 翌朝。今日はドリュケール城にいる将兵に対し、宮廷魔術師の二人が魔法を、ディミオス教育幕僚のガレタ銀士が魔闘法を、それぞれ教える。教える将兵に関してだが、北方支部が編成した魔物対策部隊の将兵を中心に、それぞれ五百名ずつである。

 俺は魔法教練と魔闘法教練をそれぞれ行ったり来たりしながら、現地将校と運用法などについて軽く話した。この際、アキやエヴラールは訓練相手になったり、将兵に助言をしたり、忙しそうにしていたので、アデレイドを伴って移動している。


 魔法を教わる部隊の銅士と話していると、ルナール将軍が駆けてきた。


「閣下、念のためご報告いたします。三国国境の件ですが、ヴェンダース軍がシンラシオン領に侵入、魔物と交戦中のシンラシオン軍を挟撃したと」


「そうか。サヌスト領に侵入されぬ限り、放置で良かろう」


「はい。念のため、部隊を増員し、両軍の侵入と魔物の被害に備えております」


「であれば、我らは予定通りに動くまでだ」


「承知いたしました。それでは失礼いたします」


 ルナール将軍が慌てているから何事かと思ったが、ヴェンダース軍とシンラシオン軍が衝突しただけであった。

 ヴェンダース軍がいくら精強とはいえ、辺境の一部隊でシンラシオン全体がどうにかなるとは思えぬし、そもそも内乱中のヴェンダースが侵攻しようとも、後方を気にして全力は出せぬだろうから、大した脅威にはならぬ。万が一ヴェンダース軍とシンラシオン軍が結託し、全力を以てサヌストに侵攻しても、現地部隊のみで騎士団が援軍に駆け付けるまでの足止めは可能である。


「兄さん、ヴェンダースもシンラシオンも兵士一人ひとりが強い軍隊だと聞きましたが、サヌスト軍は魔物退治をやっていてもいいのですか?」


「ああ、安心せよ。我が軍も総出で魔物の相手をする訳ではない。それに、仮にサヌストが侵攻を受けたとして、今は冬であるから、防御側であるサヌストが有利だ。さらに言えば、防衛軍も阿呆ではないから、国境近くの部隊はそうでない部隊より強い」


「確かにそうですね。ありがとうございます」


 ローラン殿がアデレイドを鍛えているとは言っていたが、なかなか立派になっているではないか。今年十歳になるはずだが、十歳の少女とは思えぬな。既に剣術も馬術も並の兵士を遥かに凌ぐが、あと数年もすれば軍略家としても頼りになるだろう。


「妹さんですか?」


「いや、妹ではない。我が妻の叔父上の養女だ。一年半ほど前、当時のマルク・フェルナンド提督であったジャンリュック閣下の実娘だ」


「賊に殺されたという…」


「ああ。実はその少し前、アデレイドは俺と婚約していたのだ。だが、ジャンリュック閣下が亡くなり、当時マルク・フェルナンド提督代理に任じられた我が義叔父であるヴァーグ将軍が保護なされ、双方の了承の上、俺との婚約も解消した」


「壮絶な…」


 ジャンリュックの死など、ローラン殿が仕組んだ事もいくらかあるが、表向きには今言った通りである。この事は俺とローラン殿と、他は僅かな者しか知らぬ。


 その後、銅士と別れ、魔闘法を教わる部隊に向けて歩き出した。


「あの、兄さん。正式に軍に入れるようになりそうですか?」


「いや、申し訳ないが無理かもしれぬ。言い訳をさせてもらうと、騎士団の編成やアレストリュプ動乱、さらに今の魔物討伐と、結構忙しかったのだ」


「そうですか…」


「すまぬな。だが、ローラン殿に追い出されたら、騎士団に来ると良い。騎士団が嫌ならモレンク血閥軍でも席は用意できる」


「ありがとうございます。でも、おじさまが面倒を見てくれると言っているので、しばらくはディミオスにお世話になります」


「そうか。ではおぬしが十五になるまでには仕官できるよう努めよう」


「ありがとうございます」


 アデレイドは騎士階級とはいえ、貴族の子女であるから、帝国軍に入隊するには士官になる他なく、これには高等武官試験に合格するしかない。

 ちなみに、帝国軍将兵は高等武官、下士官、兵士の三つの階級群からなる。高等武官は条件を満たせば出自に関係なく就けるが、下士官は兵士からの昇格でしか就けぬ。兵士は徴兵か志願かの違いはあれど、平民からしか採らぬ。つまり、貴族に生まれたら下士官にはなれぬのだ。

 それゆえ、現在下士に任じられているアデレイドは特例であり、正直あまり好ましい状況とは言えぬのだ。


「兄さん、もし良かったら手合わせしてくださいませんか」


「ああ、良いぞ。ローラン殿もアデレイドは優秀だと言っているし、楽しみだ」


「本当ですか?」


「ああ。あの方はレリアには嘘を言わぬ」


「兄さんが聞いたわけじゃ…?」


「俺も同席していたゆえ、同じ事だ」


「お姉さまの荘園籠りの時には、お姉さまとイリナ姉さまに追い出されて、ずっと私に剣術を教えてくださってました」


「そうか。楽しみにしておこう」


 レリアの慶事休養にローラン殿がついて行った時には中で何をするのか不思議だったが、アデレイドを鍛えていたのか。まあ本来であれば、レリアに構っていたかったのだろうが、姪二人に追い出されてはローラン殿も従うしかあるまい。


 魔闘法を教える練兵場に着くと、アキが例の仮面をつけ、木刀を振りかぶり、逃げ惑う将兵らを追いかけていた。あの仮面を持って来ていたのか。まあ重いものでも嵩張るものでもないし、別に咎めぬが、アキは魔物討伐作戦を何だと思っているのであろうか。


「フラウ金士、木刀を一本貸してくれ」


「団長様、まさか団長様が自ら鍛えてくれるのか?」


「いや、アデレイドと手合わせを」


「貸すのはいいが、その後ワタシも手合わせしたい」


「承知した」


 俺はアキから木刀を受け取り、練兵場の一区画を借りていたアデレイドと合流した。俺は別に斬られても大丈夫なので、アデレイドは普段使っている愛剣を使う事になっている。

 今は二人とも動きやすい服装をしており、破れたりしても別に大丈夫だ。まあ俺はともかくアデレイドの替えの服を用意するのは体格的に大変なので、なるべく気遣うつもりであるが、多少は着替えも持って来ているはずであるから、気にしすぎる必要はない。


「ではアデレイド、始めよう」


「はい。よろしくお願いします」


 アデレイドはそう言い、一礼してから剣を抜いた。子供用に少し短くはあるが、なかなかの名剣であるように見える。レリアにしか興味がない風を装っているローラン殿も、義理とはいえ娘の面倒はしっかり見ているようだな。もしかしたら、娘ではなく弟子として接しているのかもしれぬが、まあアデレイドがしっかり育つのであれば、二人の関係性は何でも良い。


 アデレイドは剣を中段に構え、ゆっくりと迫ってきた。俺は木刀を構え、その場でアデレイドを待った。

 アデレイドが駆け出すと同時に、アデレイドの剣は魔力を纏った。なかなかに上手いな。

 アデレイドが切っ先を俺に突き出したので、俺は身を捩って躱し、アデレイドの剣を下から叩いて撥ね上げた。アデレイドが一歩後退り、体勢を立て直すまで僅かに待ち、次の一撃は体勢が崩れぬよう返した。

 アデレイドの斬撃は、鎧越しには無力である事を自覚しているのか、関節や目など鎧では守り切れぬ箇所を中心に狙われた。まあ狙われる箇所も限られるので、防御は容易い。


「なかなかに上手いぞ。魔闘法の魔力も綺麗なものだ」


「ありがとうございまッ! …す」


「気を抜かぬ事だな」


 アデレイドが返答した際、剣が纏った魔力にむらが生じたので、俺はアデレイドの剣を弾き飛ばした。戦場に出る事を想定するなら、剣のみに集中はできぬし、良い教訓になれば良い。


「ありがとうございました。おじさまにも言われました」


「そうか。まあ実戦を経験すれば改善するかもしれぬ。怪我せぬ範囲で前に出よ」


「はい。おじさまには怪我をしてもいいから、戦果を上げるよう言われました」


「俺の指示に従ってもらおう。頭が上がらぬのは俺だが、ローラン殿より俺の方が階級も爵位も高位にある。それに、初陣では怪我をするかもしれぬが死にはせぬ、という加減が分からぬだろう」


「アデレイド、戦いになったら団長様は全体の指揮に忙しいだろうから、ワタシの近くにいろ」


「よろしくお願いします」


 アデレイドと話していると、待ち切れなかったアキが割り込んできた。確かに、アキの近くにいれば危険は大幅に減るし、アキの戦いを見ればアデレイドにとって良い経験になるだろう。


「さて、お前たち。あのサヌスト最強と名高い帝国騎士団長であるモレンクロード大将軍と、その親衛隊長のワタシが手合わせをする。よく見ておけ」


 アキはいつの間にか集めた観衆に向けてそう言った。よく見れば、後ろの方でガレタ銀士が俺達の手合わせを見るよう誘導している。見世物ではないのだが。


「さて、団長様。手加減はいらん。一瞬で終わっても、それは敗者の実力不足だ」


「承知した」


「言っておくが、木刀と魔闘法だけだぞ。じゃ、ガレタ銀士、頼んだ」


「は。それでは構えてください」


 誘導を終えたと思しきガレタ銀士がアキに言われて審判の位置に立った。アデレイドはいつの間にか観衆に加わっていた。

 アキがいわゆる八相の構えを採ったので、俺もそれを真似てガレタ銀士の合図を待った。


「始め!」


 ガレタ銀士の合図とほぼ同時に地面を蹴ったアキは、瞬く間に俺との距離を詰め、俺を袈裟斬りにしようと木刀を振るった。当然ではあるが、木刀は魔力を纏っており、生身で受けようものなら木刀なれど致命傷になり得る。

 俺はアキ以上に魔力を厚く纏わせた木刀で、鍔の辺りを振り抜き、返す刀でアキの右手と左手の間を振り抜いた。これにより、アキの持つ木刀は三つに砕けた。

 勝敗を明らかにするため、俺はアキの背後に回り、木刀を首筋に当てた。当然、既に魔闘法は解いている。


「…ワタシの負けだ」


「勝者、モレンクロード大将軍閣下!」


 ガレタ銀士の宣言より早くアキは降参した。

 俺としては魔闘法を見せるために苦戦を演じても良かったし、何なら親衛隊長としてのアキに花を持たせるために負けてやっても良かったのだが、アキに手加減不要と言われては従わざるを得ぬ。


「団長様、さすがだな」


「ああ。木刀を折ってしまったが、良かったろうか」


「大丈夫だ。将官府の予算で買ってるからな」


「そうか」


 アキの木刀の出処は別にどこでも良いのだが、今回の作戦に持ってきた数は限られているのではなかろうか。まあアキ本人が良いなら良いか。

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