第496話
エジット陛下に従って陛下の執務室まで来ると、侍従が茶を用意して待っていた。俺達は陛下に勧められ、ソファーに座った。
「元帥や法務大臣はどうしたと思う、大将軍?」
「は。アレストリュプらを処刑しているのではないかと」
「だろうな。ところで、生き残りを野戦軍で預かってくれるな?」
「は。ですが、重用などできませぬゆえ、その点はご勘弁を」
「いや、雑用に使ってくれた方がいい。叛乱を起こせば、たとえ生き残っても一生を雑用に捧げさせられるとなれば、思い留まる者もいるかもしれない。あまり大声では言えないが、慰み者にしてくれても構わないし、春を売らせて儲けてもらってもいい。野戦軍の管理下にあれば、それでいい」
「…掃除でもさせようかと思っておりましたが」
「それもいい。とにかく、任せる」
「御意」
お優しいエジット陛下が、叛徒の一族とはいえ慰み者にしても良いなどと仰るとは、かなり怒っていらっしゃるようだ。まあ合邦直後の不安定かつ大事な時期に叛乱を起こされ、さらに弁明の機会まで与えられたのに、それを反故にされては、感情的にも政治的にも怒って当然であるし、そうあるべきである。
「あ、そうそう。これは今朝決めた事だから、大将軍には初めて言うけど、アレストリュプとジェンサック、ロンズデールの三つの家名は没収する。記録上は旧家名を使う事もあるだろうけど、これからは一律でフェアレーターと呼ぶ」
「御意。綴字は古代サヌスト語の叛逆者と同じですか?」
「詳しいな、大将軍。由来も綴字も、何もかも一緒だ」
「左様でありますか。それではそのように受け入れの手配をいたします」
アシルからウェネーヌム州の叛乱の予兆を聞いた時、アレストリュプ侯爵家の情報を基にし、仮想敵叛乱者侯爵家の名称を考えるにあたり、それらしい単語を一通り調べただけで、俺は別に古代サヌスト語に詳しくはない。
「さて、叛徒の話は置いておこう。大将軍、モレンク領の魔物はどうなっている?」
「は。討伐は完了したようですが、死体は届いておりません。魔物調査局に、過去の資料などを基に魔物図鑑を編纂するよう命じております」
「それはいい。実はな、各地で魔物によるものと思しき事件が多数発生しているようなんだ。国土平定令とは別で、騎士団で対処できるか」
「討伐隊の派遣は可能ですが、相手によっては討伐に長期間を要します。国土平定令に間に合わぬかもしれませぬ」
「大丈夫だ。領主を通さずに話を進めてしまったが、モレンク血閥軍なら如何なる魔物の討伐も可能だと、スタール伯爵とフラウ子爵から聞いた。騎士団で討伐可能なものはその場で討伐、不可と判断したものはその動向を監視し、我が臣民への被害を抑え、モレンク血閥軍が順番に対処する」
「承知いたしました。双方に手配をいたしますので、情報を賜りたく」
「うん。内務省から上がって来ているのは、これで全部だ。これ以降は騎士団に直接持って行くよう言うから、受け付けるように。ああ、それとエッジレイ将軍」
陛下はそう言いながら数百枚はありそうな報告書らしき紙束を引き出しから取り出し、自らの執務机の上に置いた。確認だけで数日を要するかもしれぬな。
「は。帝国騎士団長閣下、近衛兵団から対魔物戦闘を学ぶため部隊か、あるいは将校だけでも構いませんので、受け入れていただきたく思います」
「受け入れよう。近衛兵団には庁舎の件でも世話になった。規模は後ほど調整しよう」
「ありがとうございます」
「ああ。ところで、近衛兵は全てが士官と聞いたが、将校とは誰を指す?」
「はい。銀士以上の部隊指揮官を指します」
「そうか。覚えておこう」
アレストリュプ動乱でも共闘はしておらぬし、近衛兵団と密接に協力した作戦は初めてである。意思疎通の障害となりそうなものは、小さいものでも排除しておかねばならぬ。
その後、多少の歓談をして解散した。解散後、俺はエヴラールと合流し、騎士団本部庁舎に来た。
騎士団本部庁舎に着くと、リンと合流し、昇格内定通知書を受け取ったコボン将監、ルーヴァン副将監に加え、部局長や主要な指揮官などを集めた。リンによれば、アキはまだ屋敷で休んでいるそうだ。
ちなみに、コボン、ルーヴァン両名の昇格に関してだが、軍令部による承認は終えたが、大元帥たるエジット陛下による任命式がまだなので、正式にはまだ昇格しておらぬ。だが、もう確定したようなものなので、昇格後の階級で呼んでも構わぬだろう。
また、二人が正式な昇格前であり、正副局長が不在になってしまうので、まだ幕僚総局を正式に設置できておらぬ。まあ正副局長を含め、集められた人員は幕僚総局としての動きを開始しているようなので、書類上の話である。
「さて、では初めに俺から二点。アレストリュプ家、ジェンサック家、ロンズデール家の生き残りを騎士団で預かる事になった。また、この三家は家名を没収され、叛逆者を意味するフェアレーターを家名として扱う。近いうちに法務省から身柄が移されるゆえ、待命金隊長は部下に通達せよ」
「承知しました。受け取った後については如何いたしますか」
「それを今から決めるのだ」
今月は第三金隊が担当であったようで、レガー金士がそう答えた。
フェアレーターをどう扱うかは、俺に一任されたわけであるが、俺個人としてはあまりに惨い扱いはしたくない。慰み者にでも、と陛下は仰ったが、これはどう扱っても良いという例えであろう。
「では二点目だ。各地で発生している魔物による事件の対処を命じられた。対処とは魔物討伐も含むが、討伐のみを指す訳ではない。こちらに大きな被害が出るようであれば、魔物の動向を監視し、モレンク血閥軍を待つ」
「閣下、それは国土平定令での役割分担でしょうか」
「いや、それとは別の命令だ。ちなみに、これが報告された事件だ。幕僚総局長、なるべく早く州別に一覧化せよ」
「御意。出陣には間に合わせます。いつですか?」
「決まっておらぬが、早くせねば民衆の被害が大きくなる。モレンク血閥軍と合同本部を設置し、共同で作戦を立てよ」
「御意。指揮権はどちらにありますか」
「騎士団だ」
まあ騎士団もモレンク軍も、俺の指揮下にあるので、面倒事があるなら俺を介せば良い。
その後、議論を重ねた結果、二つとも結論が出た。
まず、一つ目のフェアレーターの処遇であるが、これは本部庁舎で雑用をさせる事にした。
フェアレーターのため、という訳ではないが、兵務局に庁舎管理部を設置し、その中にフェアレーター管理課を設置し、監視を行う事にした。
これまで、本部庁舎の管理は待命金隊が行っていたが、月が替わる度に引き継ぎをしていては非効率であるので、業務の管理を担当する組織を作ったのだ。現状、騎士団が有する庁舎は本部庁舎のみであるが、遷都したら新都に本部を移す予定であるので、その管理も行う予定である。
フェアレーターの雑用であるが、具体的な事はフェアレーター管理課長に任せることになった。まあ掃除なり何なりを任せるよう言っておいたので、おそらく掃除であろう。
二つ目の魔物の対処であるが、これは魔物調査局に派遣されている黒甲軍団の通信手を通してモレンク血閥軍に協力要請を出した。だが、これはあくまで騎士団としての正式な動きであり、実際は俺が念話でアズラ卿に直接伝え、アズラ卿とアガフォノワが自ら作戦本部に参加すると返答があった。
それから、各地の被害報告書の精査は、作戦本部に属する、魔物調査局員とモレンク血閥軍統帥本部員、内務官僚、私兵局員が行う事となった。
聖務やら何やらが忙しかったので俺も忘れかけていたが、そもそも各州に魔物の注意を呼びかけ、救援に騎士団やモレンク血閥軍を派遣するのは、国土平定令に含まれていた事である。それを、内務省が報告書を纏めもせず、急を要すると陛下に提出したのが、今回の始まりである。内務大臣が不在であるとはいえ、少々出来が悪いように思う。
まあ内務省の能力は別として、民衆に被害が生じているのであれば、対処せねばならぬ。それが騎士団の任務である。
魔物討伐部隊派遣の具体的な日程であるが、今月中には全部隊が出立する予定である。




