第491話
お告げの祈りを始めてからしばらくして目を開くと、そこは天界であった。
「また来たのか、魔天使族の」
「…また貴殿か」
俺を待っていたのは、ヴォクラー様ではなくリャゴスティヤンであった。久々にヴォクラー様に会えると楽しみにしていたのだが、またリャゴスティヤンか。早く用件を済ませて帰してもらおう。
「そう嫌そうな顔をするな」
「お告げを賜りたく」
「そう急くな。上からの指示でな、お前を歓待しろ、と」
「上? 上というと、ヴォクラー神ですか?」
「いや、違う。お前如きに語れぬほど高貴なる御方だ。紹介したいヤツもいる。座れ」
リャゴスティヤンがそう言うと、近くに椅子が現れたので、俺はそれに軽く腰掛けた。すると、料理らしきものが載った机が現れた。初めて見るので料理かどうかは分からぬが、食器も揃っているし、料理人らしき格好の小さな天使族もいるので、おそらく料理だろう。
「これは?」
「紹介しよう。ジルデシア・シャンクロードだ」
俺の問いを無視したリャゴスティヤンがそう言うと、光り輝く扉が現れ、中から総髪の天使族が出てきた。リャゴスティヤンとは徹底的に気が合わぬな。
「ジルデシア・シャンクロードです」
「ジルデシア・シャンクロード…我が旧名に似ているな」
「当たり前だ。俺が似せて名付けた。話を本題に戻すが、お前ら、神の代理人を自称する割には天界に報告せんのだな。特にお前、去年来た時には既に教皇だったと、つい先日そう報告があったが…言い訳を聞いてやろう」
ジルデシア・シャンクロードと握手をしようと立ち上がると、リャゴスティヤンがそう言って俺の前に立った。言い訳も何も、俺は少なくとも地上で規定される必要な儀式をしたし、その中にはヴォクラー神への報告もあった。
「教皇とは地上における神の代理人ではありますが、それは地上の信徒から見て、そうあるだけです。天界から見れば、地上の信徒を代表しているだけに過ぎぬのでは? そもそも、教皇が誰かなど天界から見れば些事に過ぎず…」
「お前は馬鹿なのか? 地上の信徒を代表するなら、それなりの儀式で天界に報告しろ。それで、だ。二代目を探しているようだから、親切なリャゴスティヤン様が新しい教皇を派遣してやる。名乗れ」
リャゴスティヤンはそう言い、ジルデシア・シャンクロードに再び名乗るよう促した。天界では何事も完璧であるのかと思っていたが、この二人を見る限り、そう取り繕っていただけのようだな。
「ジルデシア・シャンクロードです。あなたから教皇職を引き継ぎます」
「それは結構だが、俺に後任を指名する権利はない。せいぜい推薦してやる程度だ」
「構いません。下界の信徒ならば、妾の天力に当てられ、妾に投票するでしょう。ところであなた、妾より下級の天使と聞きましたのに、敬意が足りないのではありませんか?」
「…申し訳ありませぬ。私より上席者を派遣していただけるとは思わず」
「そう。言っておきますけれど、使徒なんて下級職に就いている間は、直属の部下以外の天使は全員上席者と考えるべきです。だいたい、あなたはまだ百歳に満たぬと聞きます。そのような幼子が妾より上席にあると勘違いするなんて、思い上がりも甚だしいと、そう言わざるを得ませんわね、リャゴスティヤン様」
「黙れ。末席どうし仲良くやれ」
「申し訳ありません」
リャゴスティヤンとジルデシア・シャンクロードは共謀して俺を貶めているのかと思ったが、どうやらそれぞれがそれぞれの意志で俺を貶めているようであった。前者も前者で嫌だが、後者の方がもっと嫌だな。
ジルデシア・シャンクロードも、俺より上席であるならそれらしく振舞ってほしいものだ。そう振舞わぬのなら、多少の無礼は許してほしいものだ。そもそも、ジルデシア・シャンクロードと俺は協力すべき立場であるのに、その態度は一切協力的ではない。
「おい、お前ら。俺が歓待してやると、わざわざ飯まで用意したのに、いつまで喋ってるつもりだ。腐る前に全部食え」
「申し訳ございませぬ」
「リャゴスティヤン様、お心遣いありがとうございます。あなた、妾より先に話すなんて礼儀を知らないのかしら」
「おい、揉めるなと言ったはずだ。すぐに食ってすぐに下界に行け。いいか、俺の時間はお前らの時間の億倍以上の価値がある。俺の前でする無駄話は、お前らの生命では贖えない罪だ。早く食え」
「その前にお告げを賜りたく」
「あなた、妾より先に…」
「食ったら分かる。早よ食え」
俺は早くお告げを賜りたいだけであるのに、リャゴスティヤンとジルデシア・シャンクロードが揉めて話が進まぬ。
お告げを賜るにはリャゴスティヤンから聞き出す他ないので、とりあえずリャゴスティヤンの言葉に従い、机の上に並べられた料理らしきものを手に取った。料理らしきそれは、見た目より数倍重く、匂いも強烈であった。
食べぬ訳にもいかぬので、とりあえず食べてみたが、見た目以上に腹の中で膨らむな。
天眼と魔眼の総力を以て調べたところ、これは地上の食物に比べ、含まれる魔力や天力、栄養が多く、さらに食べた者の魔力やら天力やらを吸収して膨らむようで、胃の弱い生物が食べれば、腹が破裂して死んでしまうかもしれぬ。いや、この場合は胃の弱い生物というより、大半の生物と表した方が正確だ。
栄養に関してだが、骨のついた肉のような見た目で、玉葱のような匂いを放ち、氷のような食感の、今俺が食べた料理は、拳ひとつ分も食べれば人間が一生で摂取する栄養が含まれているようであった。それが、キリンよりも高く積み上げられた皿が見えるだけで四つある。さらに、これ以外の料理も含めれば、鯨の生涯の食事総量に匹敵しそうな量の料理が並んでいる。
「ジルデシア・シャンクロード様もお召し上がりください」
「遠慮しておきますわ。せっかくリャゴスティヤン様がご用意くださったのだけれど、これはあなたが食べるべきだと、妾は思いますわ」
「は…?」
「リャゴスティヤン様は、あなたを歓待するよう命じられたのであって、妾を歓待するよう命じられたのではありませんのよ。さあ、お食べなさい」
「しかし、ジルデシア・シャンクロード様もお召し上がりに…」
「諄いわね。あなた、早く食べませんと、下界で何日経っているか知りませんわよ」
「は。それでは、食べた物を消化したく思いますので、少々運動をさせていただく」
俺はそう言い、誰もおらぬ方向に向けて魔力効率の悪い魔法陣を設置し、それらに魔力を注ぎながら食事を続けた。こうでもせねば、満腹で死んでしまう。
幸いな事であるが、妖魔導王ララちゃんによれば、俺の肉体は百億のジル細胞で構成されており、これは魂魄さえあれば独立した知的生命として活動が可能となる器官がそれぞれに備わった細胞であり、つまり俺は百億の魔石や内臓を有しているのと同義なのだ。それゆえ、俺は食事を魔力に変換するのと、魔力を消費するのとを同時にできるのだ。
俺の設置した魔法陣によって周囲の景色が変わる頃、漸く俺はリャゴスティヤンに出された料理を完食した。地上の料理より味に劣る上、腹に嫌な溜まり方をするので、二度と食べたくないな。
俺は座っていられなくなるほど満腹になったので、無作法を承知で床に寝転んだ。満腹で寝込むなど、初めての経験である。いや、そもそも体調不良で寝込んだ経験すらない。
「完食…いたしました」
「あら、器に何か書いてありますわよ」
「何と…?」
「今回のお告げですわね。読みなさい」
「代読を…お願いします」
「仕方ないですね」
ジルデシア・シャンクロードはそう言うと、俺が食べ終えて重ねてあった器を広げ、覗き込んだり、裏を見たり、色々やってお告げを集めた。
そういえば、リャゴスティヤンの姿が見えぬな。食事中にどこかに消えたのか。自分勝手だな。
「あら、お告げの場所が書いてあるだけなのね。あの扉の向こうにあるようです」
「確認をお願いします。私は動けませぬゆえ」
「…あなた、ご自分の立場を分かってらっしゃるの?」
「は。承知しているつもりです。ジルデシア・シャンクロード様こそ、私の体調を考慮ください」
「…そうね」
ジルデシア・シャンクロードはそう言い、先ほどまで無かった扉の向こうに行った。すると、扉が消えた。面倒な仕組みだな。
しばらくして扉が現れると、ジルデシア・シャンクロードが石板を抱えて出てきた。大きいお告げだな。
「自分で読んでください。読み終えたら、妾と一緒に下界に行きましょう」
ジルデシア・シャンクロードはそう言うと、石板の文字が彫ってある面をこちらに向けた。
『一つ。ヴォクラー教中央教会は、現教皇を退位させ、新教皇にジルデシア・シャンクロードを就任させること。
一つ。サヌスト帝国皇帝は、ヴォクラー教中央教会に帝国領土の一部を割譲し、教皇領としての独立を認めること。
一つ。ヴォクラー教西方教会法皇を自称するルーファス・グラハム・マーレイを神敵と定め、これを征伐すること。以上。』
「読みましたね? 詳細はリャゴスティヤン様から伺っておりますので、下界…いえ、新たな任地に行きましょう」
俺がお告げを読み、ジルデシア・シャンクロードの目を見ると、ジルデシア・シャンクロードはそう言い、周囲に天力を撒き散らした。すると、周囲が光り輝き、俺の視覚を奪った。体調不良である事を気遣って欲しいものだ。




