第482話
応接室を後にし、食堂に移ると、いつもより豪勢な食事や酒が用意されていた。厨房に無理を掛けておらねば良いが。
俺はレリアとアキの間に座り、正面にアシルとルイス卿に挟まれたアズラ卿が座った。アキは相変わらずアシルを嫌っているようで、先程から必ず俺かレリアを間に挟んでアシルを睨んでいたが、今では正面に座ったアズラ卿から視線を動かさず、アシルを視界に入れぬよう努めていた。
「さて、兄上。こうしてモレンク貴族が一堂に会したのだ。互いに近況報告でもしよう」
「お前如きが仕切るな。いいか、旦那様。血閥総帥なんだから、もっとしっかりしろ」
「…承知した。では互いに近況報告でもしよう」
アキの文句に従い、俺がアシルの提案を復唱すると、アキは不服そうに黙った。好きにならずとも良いが、アシル嫌いも直して欲しいものだ。
「じゃあ、言い出しっぺのアシルからどうぞ」
「義姉殿がそう言うならそうしよう」
レリアに促されたアシルは、自らの近況報告を始めた。それにしても、今の『言い出しっぺ』の言い方が最高に可愛かったな。
アシルは近況報告として、スタール伯爵家での出来事の他、帝国軍での事も語った。
まず、スタール伯爵家での出来事であるが、モレンク血閥軍の隷下部隊としてスタール伯爵軍を改めて組織したそうだ。スタール伯爵軍は、精鋭三百程度の実戦部隊に、数百名規模の複数の諜報部隊からなるそうだ。
スタール伯爵軍の指揮に関してであるが、当然ながら君主はアシルであり、君主代行はナナさんが担当しているそうだ。ナナさんは武門の出身であったそうで、淑やかであるように見えるが、ヤマトワ流の兵法にも明るく、本人も武芸を嗜んでいるそうだ。
指揮系統としては、モレンク血閥軍の君主たる俺の下につき、ロード公爵軍である五色軍団とは同格の部隊である。ちなみに、アズラ卿は五色軍団の君主代行とモレンク血閥軍の君主代行を兼任している。
帝国軍での事であるが、大きく分けて二点あった。
まず、軍令部内の組織のうち、部を改称し、本部と称するそうだ。これは、今回のアレストリュプ動乱で、軍令部と騎士団とで同名の組織が多くあり、わざわざ軍令部か騎士団かを冠さねば、いずれの組織か区別がつかなかったそうだ。まあ軍令部も騎士団も、組織名はその組織の機能をそのまま付けただけであるから、同名の組織が多くなってしまうのだ。
具体的には、アシルを長とする軍令部情報部は軍令部情報本部となり、アシルの官名は軍令部本部長となる。当然であるが、組織名と官名が変わるだけであるから、騎士団情報部の指揮系統における上位に来たり、構成員の階級が上がったりするわけではない。
次に、士官の採用について、である。
これまで、各旧王国軍では、それぞれ異なる方法で士官を採用していた。例えば、サヌスト王国軍では武家貴族の子弟のみが士官として入軍し、ノヴァーク王国軍では全ての将兵が兵卒からの叩き上げであり、テイルスト王国軍では採用試験に合格したテイルスト人のみが士官として採用され、クィーズス王国軍では現役士官に附いて数年の修練を積んだ農民ではない者が士官見習いとして採用された。
これらの軍を統合したサヌスト帝国軍では、統合以来、未だ新規で士官を採用しておらぬそうだ。制度が整っておらぬのが最大の理由である。だが、今回のアレストリュプ動乱での多数の士官の戦死により、省部では急がねばならぬという気運が高まっているそうだ。
そこで、軍務省人事局は、将官、騎士官、水士官、徒士官を高等武官と総称し、高等武官試験により採用する事とした。ちなみに、高等武官試験の名称は、文官のうち官僚を採用するための高等文官試験から来ているそうだ。
高等武官試験の内容や難易度については、分野に応じて設定するそうだ。未だ設定中ではあるが、最低限の剣術、槍術、弓術、馬術に加え、兵法や歴史などが共通の試験となり、それ以外は騎士部門、水士部門、徒士部門それぞれに求められる技術や知識が異なるので、それを試すそうだ。
士官相当官については、引き続き高等武官試験を経ずとも、将官が自らの責任において任命できる。それゆえ、高等武官には含まれぬようだ。
アシルの次は、ルイス卿とアズラ卿が所領について説明を始めた。
まず、アンセルムを領都に定めた上、カエルム州の州都、カエルム州に属するアイレア県の県都にも指定したそうだ。そして、領主館を増築し、モレンク血閥領主府、カエルム州令府、アイレア県令府の庁舎として利用しているそうだ。
そもそも、モレンク血閥領はハイリガー州、カエルム州、イスキューロン州からなっている。さらに、ハイリガー州はキント県、アンファン県、ジェーチ県、カエルム州はアイレア県、テンプルム県、イッラ県、セグリダー県、イスキューロン州はアウルム県、ラピス県、トーフス県、エブル県、ルトゥム県からなる。
モレンク血閥領は、サヌスト帝国との協調を第一に考え、官僚の受け入れ要請などがあれば全て受け入れているそうだ。
ただし、軍の受け入れは最小限に済ませており、モレンク血閥領三州の合計で一万程度であるそうだ。さらに、領内の最高位の武官は金級騎士で、将官は配置されておらぬそうだ。
第一防衛軍に限れば千にも満たぬそうで、それは領内に帝国軍の城砦が存在せぬためである。領内に帝国軍の城砦が無いのは、領地を下賜された時や領地再編があった時に、エジット陛下が気遣ってくださったからだろう。
第二防衛軍は、他領との州境付近にのみ配置し、近隣の諸侯軍の越境を警戒しているそうだ。ちなみに、多少の手続きが必要になるものの、諸侯には自領保護のため交戦権が認められており、正当性を主張できるのであれば、他領への侵攻が可能となる。
第三防衛軍は、帝国憲兵のみ受け入れ、衛兵隊は受け入れておらぬそうだ。帝国憲兵とは、軍隊内の秩序維持や捕虜の取り扱いをする通常の憲兵ではなく、罪を犯した市民を拘束したり、未然に防いだり、いわゆる法執行機関である。
帝国軍を受け入れておらぬ分、旧来の衛兵隊を編入したモレンク血閥軍が活動しているそうだ。
モレンク血閥領の財政に関して、であるが、かなり余裕があるようだ。
まず、帝国暦二年まで、モレンク血閥領は納税を免ぜられると、財務省から正式な通達があったそうだ。ヤマトワとの交流を担うために、免税の措置となったのだ。それゆえ、帝室に納めるべき税分が、そのまま手元に残っているのだ。
それから、商会連合はモレンク商業連合へと改称し、本格的に動き始めたそうだ。連合会費を納める事で、通行税の免除などの恩恵を受けられるとの事であるが、それは連合が一括して納めているために実現しているという体裁であり、その上納金が結構な額になっているそうだ。
さらに、国務省の奴隷解放政策を利用した金策を思いついたアズラ卿は、周辺領から通常より高値で買い取り、その奴隷を解放する事で、国務省からの協力金が得られる上、領内の人口増加も見込めるとのことであった。人身売買は既に禁じられているので、移動費や転居費という名目で支払ったそうだ。
他にも、三龍同盟の自治区からの納税や軍服の製作などで結構な額を稼ぎ、金庫の増設を考えるほどであるそうだ。この財産は、私兵の増強や兵器開発など金のかかる軍事分野に用いているそうだ。
最後に、俺とアキもアレストリュプ動乱について可能な限り報告し、夕食会を終えた。
俺はレリアと二人で寝室に行き、アレクの寝顔を見た。ちなみに、アキはユキと会うと言って会いに行った。
「相変わらず可愛いな」
「毎日見てても可愛いよ。ミーシャに一番懐いてるのだけ、ちょっと分からないんだけどね」
「ああ。そういえば、アレクが喋ったと聞いたのだが」
「そう。ミーシャって言ったんだよ。母親としては、ママンとか言って欲しかったんだけど…思い通りにはいかないね」
「ああ。そういえばお母様とか母上とか決めなかったか?」
「あたしもそう思ってたんだけど、言い出したアキがもういいって言ってたから、あたしもいいかなって」
「そうか」
決めた時はかなり拘っているように感じたが、アキは飽きが早いな。
それにしても、レリアがとんでもなく可愛いな。いや、アレク含めて母子ともに可愛すぎる。
「ねえ、似合ってるよ、その服」
「そうか?」
「うん。あたし、その服好きだよ。こう、ジルは立派な絵画なんだけどね、それを立派な額縁に入れたみたいな…ちょっと違うかな。でも、似合ってる服を着てる時は、服じゃなくて顔に目線が行くって言うけど、ジルの顔から目を離せないもん」
「褒められてばかりでは恥ずかしいゆえ、俺も言わせてくれ。レリア、俺もレリアの顔から目を離せぬ。大好きだ」
「あたしも大好き…だけど、アレクの前だから、ね?」
「ああ。俺も自重できる。が、長くはもちそうにない。近いうちにアルテミシアにアレクを預けて二人きりにならぬか?」
「そうだね。ねえ、ひとつだけ聞いていい?」
「ああ。ひとつと言わず、いくらでも聞いてくれ」
「アキと戦場ではどうだったの? 上官と部下として、じゃなくて、妻と夫として」
「大半の兵士が妻をおいて出征しているのだ。添い寝しかしておらぬ」
「そう。よかった。もし進展があったら、次からはあたしも連れて行ってもらうからね」
「進展などせぬ。アキもアキで、大して誘わぬので、俺としても我慢が容易なのだ」
まあレリアやアキは存在自体が誘惑であるが、その点は除いて考えねばならぬ。そうでなければ、俺はアキを戦場に連れていけぬようになってしまう。
その後、レリアが寝落ちるまで二人で話し込み、レリアが寝た後は着換えてレリアの髪をなでた。




