第480話
枢密院庁舎の副議長室で話していると、エジット陛下がもうすぐ到着なさると、近衛兵が知らせに来た。昼食を終えるには遅すぎるような気もするが、何かあったのかもしれぬな。まあ近衛兵の様子から察するに大した問題ではなかろう。
俺達はジェローム卿に伴われ、議場に入り、それぞれ自席に着いた。議場は俺が叛乱鎮圧に出ている間に改修があったのか、天井が色硝子になっており、今日のように晴れた日には室内に明かりを灯す必要がないほど明るい。
しばらく待っていると、書記官がエジット陛下の到着を知らせに来た。議長たるヴァーノン卿と内務大臣のガイエ卿を除いた議官とその随行者は、それぞれ自席で立ち上がり、陛下を出迎えた。
「掛けてくれたまえ」
最奥の自席まで進んで着席したエジット陛下がそう言うと、立ち上がって出迎えた全員が着席した。
陛下が伴ったのは、ヴァーノン卿の他、侍従武官長のサヴォイア将軍、枢密院事務局書記官長のレン・ガロー、枢密院事務局の書記官五名、内務省の腕章をつけた文官である。
「初めに行っておこう。予がウェネーヌム州の復興に派遣した内務大臣に代わり、ムーア副大臣を代理人として出席する事を認める」
「ゲイリー・モルダー・ムーアです。どうぞお見知りおきを」
ムーア副大臣はそう言うと、内務大臣の席に座った。
俺が軍務で欠席する時には、次席のアーウィン将軍も軍務で忙しいはずであるし、誰を出席させるべきであろうか。従軍せぬ騎士団幹部といえば、局長らが相当するので、役割からいって総務局長あたりであろうか。それとも、普段から政治的な部分を担当するリンであろうか。そのあたりも兵站組織と一緒に考えよう。
「さて、早速だがモレンクロード大将軍、ウェネーヌム州での戦果を聞こう」
「は。叛乱軍にはアレストリュプ家の他、モリンシ県のジェンサック家、コンタギオ県のロンズデール家の私兵、州内の奴隷十万が参加し、さらに皇帝陛下の血縁上の兄にあたるアルフレッド元王太子が、魔将王を自称し、数千の魔族からなる援軍を送っておりました」
俺は陛下に指名されたので、立ち上がって説明を始めた。すると、リンが目立たぬよう屈み、必要そうな資料を俺の前に置いて指で示した。
「アルフレッドめ…まだ予の邪魔をするか。それで、叛徒どもはどうなった?」
「は。我らサヌスト帝国軍がアレストリュプ家、ジェンサック家、ロンズデール家の一族、重臣を捕縛し、その軍隊は解体いたしました。アルフレッドからの援軍については、苦戦を強いられは致しましたが、我が軍が撃破いたしました」
「うむ。全て終わった事ばかりに聞こえるが、完遂前の事情についても報告を」
「は。アルフレッドが派遣し実質的に皇帝陛下の諸侯を誑かした、フンボルトというダークエルフの身柄を帝国騎士団が追っています。この他、これはガイエ内務大臣の所管かとは思いますが、ウェネーヌム州の他、レーヴァック州ゲーラ県にも被害が及びましたので、皇帝陛下にはウェネーヌム州及びレーヴァック州に対し、税の減免などの救済措置を採っていただきたく存じます」
「うむ。内務大臣と彼女が率いた財務官僚の報告を待たねばならないが、民衆の生活が元に戻るまで、徴税は停止するし、必要ならば復興のための人員も送る。予は領主の罪を領民には問わない」
「はは。罰すべき領主でありますが、一族と重臣共々シュエットが護送しております。年内の到着は難しいかもしれませぬが、ご容赦いただければ幸いです」
「うむ。ご苦労だった。議長」
陛下がヴァーノン卿を指名したので俺は一礼してから座った。
ヴァーノン卿は自席から立ち上がり、陛下の近くまで進み、こちらを振り返った。
「今後の対策についてだ。アレストリュプ軍は鎮圧されたが、これが何度も続くと耐えられない。ウェネーヌム州のようにアルフレッドに誑かされたり、そうでなくても叛乱を企てる諸侯が出ないとも限らない。その対策を」
「はい。まずはホジャーク卿らから提出された、公選によって選出される枢密院議官の枠を確保し、叛乱に至る前に諸侯の意見を枢密院に届け、取り除ける不満ならば取り除き、そうでないなら軍部に対策を講じていただく案について、本人から詳細を説明していただきましょう」
「うむ。予としても賛成だ。三割も空席があるのは、組織として健全ではないだろう。ホジャーク卿、詳細について説明を」
「はい。まず、皆様に資料をお配りいたします」
陛下に指名されたホジャークが立ち上がってそう言うと、書記官らが資料を全ての議官とその随行者に配った。ちなみに、本官としての枢密院議官の秘書業務を行うのは、枢密院事務局の議官部に属する書記官らである。
ホジャークは議場内を歩き回りながら、先ほど俺に説明した事を、より詳しく説明した。俺以外にも複数の大臣やノヴァークレクス大公などから協賛を得ていたようである。
エジット陛下が賛成と仰ったからには、既に決議されたも同義であり、賛否についての議論は無く、説明が終わるとすぐに詳細について議論が始まった。
何か意見が出ると『うむ。それがいい』か『うむ。次は?』と陛下が仰り、前者ならば決定、後者ならば素早く議論して前者を引き出し、意外とすぐに終わった。それでも日が暮れ、明かりが灯されている頃ではあるのだが。
結局、公選枠は三席用意される事となった。
議官の任期については五年間とし、帝国暦で五の倍数年の一月一日を任命日、次期の任命日の前日を任期満了日とする。議官選挙については、これに間に合うよう実施する。
被選挙権を有するのは、全ての皇族、貴族当主、一部の平民である。ただし、既に枢密院議官である者は有さぬし、事情がある場合には返上もできる。一部の平民とは、五名以上の有権者の推薦を受け、百オールの手数料を納めた者の事である。
議官選挙の投票権を有するのは、ウェネーヌム州を含む帝室直轄領四十県を除く県令百六十名である。県令は領主の意向を受け、その代理人として票を投じる。辞退しておらぬ場合は諸侯にも被選挙権があるが、当然自らの仕える領主に対しても投票できる。
議官選挙の得票数上位三名が枢密院議官に任じられる。議官選挙によって選ばれた者は、任命日までに官公職を辞し、帝都に参ずる義務が生じる。
これらは第二回選挙以降の話であり、第一回選挙は少々特殊である。
第一回選挙は、明日にでも布告され、来年の三月末までに投票を締め切る予定である。
まず、選挙を担当する枢密院事務局選挙部の書記官が、全ての被選挙人を訪ねて意思を確認して一覧を作成し、今度は一覧を携えて百六十の県令府を巡り、投票先を聞いて回る。この書記官の身辺警護のため、騎士団の第三独立騎兵金隊を貸す事となった。
第一回選挙で選出された議官については、任期を帝国暦四年末までとする。まあ中途半端な時期に始めるので、二回目以降をきりの良い時期にするには仕方のない事である。
公選の枢密院議官についての制度が決定すると、今日は解散となった。一部の議官と書記官のみ残り、布告のための文書を作成するそうだ。
俺を含めた血閥総帥四名には、選挙部の書記官が同行し、自邸にて被選挙人の意志を確認するそうだ。
そういう訳で、俺はアキとリンの他、デュフロと名乗った書記官を伴い、自邸に向かった。エヴラールは従卒の二人を連れて先に屋敷に戻ったと、書記官が教えてくれた。
「念のために言っておくがな、ワタシは辞退するぞ」
「当たり前だ。我が親衛隊長はおぬししかおらぬ」
「リン、騎士団の勢力拡大のために、立候補するか? 旦那様の県令に推薦を命じて、ワタシが手数料を出すぞ」
「いやいや、私が議官になったとして、誰がロード様の秘書官をするんですか? 私がいないと、ろくな政務ができないでしょう?」
「それもそうだ。旦那様、自分の名声のためにもリンを手放すなよ」
「俺は何も言っておらぬ」
アキが辞退すると言ったが、そういえばモレンク血閥には俺含め被選挙人が八人もいるのだ。まあ俺は枢密院議官であるし、アキやアシルは武官として官公職に就いているし、ルイス卿やアズラ卿は公吏である。さらに、ファビオやカイは幼いので、レリア以外には不可能なのではなかろうか。だが、レリアが枢密院議官になるのは…本人が望むのなら別だが、俺としては政争に巻き込まれたりしたら危ないし、やめてほしいものだ。




