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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第476話

 翌日。早朝、俺はアレストリュプ侯爵邸の庭で、リンと並んで親衛隊の面々が用意を整える様子を見ていた。今回は各人が五日分の食糧と水を持ち、野営も幕舎など張らず、完全な野宿となる。この時期に雨が降ることは稀であるから、まあその点の心配はいらぬ。

 食料以外にも持って行かねばならぬ荷物があるので、その準備に手間取っているようだ。


「寝る前に考えてみたんですけどね、私、結構ワガママな女なんです」


「いきなり何の話か」


「昨日言ったじゃないですか。結婚相手を探してくれるって」


「ああ、そういえば言ったな。条件を聞こう」


「じゃあ言いますけど、真剣に聞いてくださいね。私がロード様に秘書官としてお仕えする事を容認し、支えてくれる事。武官である必要はないですけど、私を守れるくらい強い事。だけど安易に暴力に訴えない事。私より賢い事。彼の収入だけで家事のために人を雇えるくらい稼いでくれる事。お喋り過ぎない事。酒癖が悪くない事。長男じゃない事。両親と揉めても私の味方をしてくれる事。私より年下である事。顔は醜男じゃなければ気にしません。身長はロード様より高いくらいがいいですけど、最悪私より大きければ大丈夫です。あとは、私と気が合う人がいいですね。あ、帝国官吏じゃなくてもいいですけど、せめて公吏ではあって欲しいですね。ロード様の領地に誰かいないですか?」


 リンの結婚相手の条件など安易に聞くべきでなかった。稼ぎや職業などは俺がどうにでもしてやれるから、とりあえず考えぬものとしても、リンより賢い事というのが難しい。賢い、を何と定義するかによるが、よほどリンに不利な条件でなければ、リンより賢い者を探すのは困難だ。しかも、それでいてリンと気が合わねばならぬのだから、不可能ではなかろうか。


「…無理だな。おぬし、十七であろうに年下を望み、しかもおぬしより賢い者を望む」


「あ、十九歳です」


「それでも同じだ。おぬし、本気で相手を探す気があるのか?」


「どうやら無いみたいですね。あ、私、一人だけ思い当たりますよ」


「いるのか…?」


 リン自身の知り合いにいるのであれば、俺はきっかけを作ってやるだけで良いな。もしかすると、気になっている人でもいるのかもしれぬな。であるならば、あの面倒そうな条件の相手を探す手間が省ける。


「はい。私の目の前にいます。ロード様ですよ」


「残念であるが、俺は長男だ。それに、二十四歳だ」


「そのくらいは目を瞑って差し上げますよ」


「…断る。正直に言わせてもらうが、俺とおぬしは恋人にも夫婦にもなれぬ。上官と部下、この距離感でなければ、俺はおぬしを苦手になる」


 俺は地位も名誉も財産も充分以上に有するので、例え俺個人に求心力がなかろうと、結婚を望む者は多かろう。そういった求婚を全て受け入れると終わりがない。

 それに、そもそも俺は器用な方でないから、妻として愛するのはレリアとアキの二人で精一杯なのだ。むろん、地位や名誉、財産を目的に求婚する者にとっては、俺からの愛など無価値なものであろうが、それでも俺は妻として迎え入れた以上は、愛すべきであろうし、愛してしまうだろう。

 まあ色々と理由はあるが、例え俺個人を好いた上での求婚であったとしても、別に俺はその者を妻や恋人にしたいほど好いている訳ではないので、俺自身が結婚したくないのだ。


「…泣いてもいいですか?」


「いや、まあ友人程度にはなれるかもしれぬな。悪かった」


「冗談ですよ。せっかく助かった命なんですから、アキさんの旦那様に手は出しませんよ」


「そうか。すまぬな」


「謝らないでくださいよ。私だって下手な冗談を言ったんですから、自業自得ですよ。それでも詫びたいなら、フォルミードのみんなに良くしてあげてください」


「ああ。むろんだ」


 リンには世話になっているし、日頃からフォルミード村の面々には多少の優遇をしているつもりである。むろん、リン本人にも報いているつもりである。


 準備を整え、アレストリュプ侯爵邸を出て城門に向かって進んでいると、アーウィン将軍とグローブス将軍がそれぞれ副官のみを連れて待っていた。


「閣下、出発直前に申し訳ございません、報告書です。どうぞ、お納めください」


「グローブス将軍、礼を言う」


「いえ、当然の事です。私こそ、皇帝陛下の精兵を…」


「グローブス将軍、敗北を罪と思うならば、帝都に帰還した後、軍令部に出頭せよ。軍事法廷の準備をするよう要請しておく。勝手な判断で、己の功罪を決めるでない」


「…は」


 グローブス将軍は報告書をエヴラールに手渡すと、再び詫びようとしたので、俺はそれを遮ってそう言った。報告書を書くうちに、反省の気持ちが強まってしまったのかもしれぬな。

 ちなみに、将官を裁くのは、軍令部に設置される、軍令部総長を長官とする最高軍事法廷に限定される。これには上官たる俺も出廷せねばならぬが、もしかするとグローブス将軍の上官として裁かれる側としての出廷になるかもしれぬな。まあどうにかなるだろう。


「閣下、道中どうかお気をお付けください」


「ああ。アーウィン将軍、後は頼んだ。では」


 俺達はアーウィン将軍とグローブス将軍の見送りを受け、ヘーパヌルを発った。


 今日中にラーカー城まで駆け抜け、デュポール参謀長やグリーン副将軍、ラガルド金士に挨拶し、ラーカー城で一晩休む予定である。

 そして明朝ラーカー城を発ち、四日かけて帝都まで駆け抜ける。この際、道中の主要な都市や城塞などに寄らず、帝都までほぼ休みなく駆ける。精鋭のみでなければできぬ、強行軍である。

 今回の旅では、速度を重視するために武装はそれぞれが帯剣するだけである。


 一日中駆け抜け、深夜となる頃、ラーカー城が見えてきた。事前に連絡をしていれば、迎えが来ていたかもしれぬが、昨日決まって今日出発したので、ラーカー城には伝わっておらぬはずだ。

 俺達は騎士団旗を掲げ、松明で照らしているので、味方と分かるはずであり、つまりすぐにでも開門されるはずであるのだが、なかなか開門せぬ。


「団長様、名乗ってみろ」


「そうしよう」


「おい、その前に飲め」


 俺はアキに言われ、手渡された水を飲み干した。俺は別に喉を用いて発声している訳ではないので、水を飲んでも単なる水分補給にしかならぬが、まあアキの気遣いを受け取らぬ理由はない。


「開門、開門せよ! こちらは帝国軍帝国騎士団長モレンクロード大将軍である! ただちに開門されたい!」


 俺がそう叫ぶと、警戒任務中と思しき将兵が城壁上で動き始めた。動きが鈍いが、まあ魔将王軍による大損害を被ったラーカー城であるから、仕方ないな。

 しばらくすると、警戒するようにゆっくりと開門した。ゆっくり開こうが、俺が敵であれば開門してから襲撃するので、別にゆっくり開いても意味はない。


「失礼。大将軍閣下と名乗られましたが…」


 門が開くと、銅級騎士の階級章を付けた騎兵と、それを守るように囲む槍兵が二十名ほどいた。城壁の上では弓箭兵が俺達を狙っていた。偽物と思われているようだな。


「ああ。我が名はヴィルジール・デシャン・トラヴィス・プリュンダラー・エクエス・フォン・モレンク=ロード大将軍だ。聖務のため、帝都に帰還中だ。一晩、部屋を貸してくれぬか」


 俺がそう言うと、オンドラークから松明を受け取ったアキが近づき、俺を照らした。俺はこの銅士を知らぬが、銅士は俺の顔を知っているようで、態度があからさまに変わった。


「申し訳ございません、閣下。すぐにご用意いたします」


「ああ。俺含め、百五十六名だ。相部屋で構わぬ」


「はっ」


 銅士はそう言って部下に何かを命じると、槍兵の半数ほどが城内に駆け戻っていった。俺達は銅士に先導され、ラーカー城に入城した。

 厩舎の兵士が馬を預かりに来ると同時に、急いで着替えたと思しきラガルド金士が来た。


「これはモレンクロード大将軍閣下。聖務と伺いましたが…」


「ああ。月隠りの祈りのため、年内に帝都に帰らねばならぬ。強行軍であるが、貴殿やデュポール参謀長らに挨拶しようと思って寄らせてもらった」


「左様でございますか」


「ああ。食料も持参しているし、部屋だけ貸してもらえれば迷惑はかけぬ」


「迷惑などと…こちらです」


 ラガルド金士はそう言い、銅士から案内を引き継いだ。


 その後、俺達はラガルド金士に案内され、急いで書かれたであろうモレンクロード大将軍府という看板がある区画に着いた。

 部屋割りであるが、十人部屋が十六部屋あった。それゆえ、十五部屋を親衛隊に、親衛隊以外で一部屋となった。


「それでは私は失礼します」


「どこへ行く?」


 荷物を置いたエヴラールが剣と毛布のみを持って部屋を出ていこうとしたので、呼び止めた。まあ何がしたいのかは分かるし、任せておいても良いが、念の為行き先を聞いておいた方が良かろう。


「部屋の前で休ませていただきます」


「そうか。では頼んだ」


「それでは私もバンシロン銀士殿と共に」


「では私も…」


「ちょっと待ってくださいよ。これってロード様とアキさんを二人きりにする流れですか?」


 エヴラールに続いてオンドラークやオンドルフまで部屋の前で休むと言い始めると、リンがそう言った。そうか、俺の身辺警護のためではなく、俺とアキの夫婦生活を気遣っての事であったか。


「安心せよ。俺達とて弁えている。相部屋で良いと言ったのは俺だ、気遣いはいらぬ」


「承知しました。オンドルフ、お前は残って閣下の身の回りの世話を」


「はい、承知しました」


「それでは失礼します。オンドラーク、行くぞ」


「はっ」


 エヴラールはそう言い、オンドラークのみを連れて部屋を出ていった。オンドルフがリンの手伝いばかりをしているためか、オンドラークはエヴラールの補佐ばかりをしている。まあ俺はエヴラール達がやりやすいようにやってもらえれば良い。


「おい、リン、オンドルフ。分かっているな?」


「何ですか?」


「ベッドを集めろ。私と旦那様が使う」


「いやいやいや、ロード様が弁えてるって言ったばっかりじゃないですか。あーっ、ダメですよ、簡単に従っちゃ」


「ですが…」


「ロード様、弁えてるんですよね? ねっ?」


 リンが俺に抗議する前にオンドルフは動き始めていた。確かに弁えていると宣言した直後の行動ではないし、そもそもベッドの配置を変えるなど、迷惑をかけぬというラガルド金士との約束にも反する。


「ああ。オンドルフ、必要ない。明日以降に備えて、ゆっくり休め。特におぬしらはヘーパヌルに着いて休む間もなく再び発ったのだ」


「旦那様、ワタシは旦那様を思ってだな」


「分かっている。アキ、早く寝よう」


「そうだな。おい、お前達。旦那様の寝顔を見たら、旦那様の親衛隊長が怒るぞ」


「わざわざ見ませんよ」


「俺の寝顔などどうでも良い。早く休め」


 俺はそう言って寝間着に着替え、ベッドに入った。アキもすぐに俺の隣に寝転び、オンドルフが灯りを消すとすぐに眠った。意外と疲れていたようだ。

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