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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第470話

 ジェンサック伯爵軍の捕縛や武装解除を進めていると、エヴラールが駆け戻ってきた。朝日が完全に昇り切り、東西の有利不利がなくなった頃のことである。


「伝令、伝令! プラーガが急襲を受けております!」


 エヴラールは俺を見つけるとそう叫んだ。プラーガにはポッカー将軍が率いる歩兵三万に加え、ダレラック達黄甲(ジョーヌ)の魔法兵がいるので安心と思っていたが…


「詳細は?」


「は。我らが蹴散らした歩兵より遥かに精強な歩兵三万により、プラーガ西側を包囲されています。これにはシャファー将軍閣下の部隊が向かっております。また、アーウィン上級将軍閣下の部隊が、数千の騎兵隊による攻撃を受けております」


「四万に数千が挑んだと?」


「はい。どうやら、数十騎から数百騎の小規模部隊による多方面からの同時攻撃があったようで、大半の部隊を撃破あるいは撃退したそうですが、僅かながらも被った損害により、動きが鈍っているようです」


「そうか。プラーガの三万からの反撃は確認できたか?」


「東側に兵力の大半を集めていたようで、反撃に動いているのは、多く見積もっても銀隊が精々といったところです」


「そうか。まあポッカー将軍の指揮であるし、ダレラック達もいるし、心配はいらぬな。我らは予定通りに動けば良かろう」


 シャファー将軍の三万騎も救援に向かっていると言うし、わざわざジェンサック伯爵逃亡の危険を冒してまで一万騎を救援に向かわせる必要もなかろう。

 アーウィン将軍は珍しく手子摺っているようだが、すぐに立て直して動き始めるだろう。アーウィン将軍にはジェンサック伯爵の降伏が伝わっているはずであるし、その後はジェンサック伯爵軍の武装解除を手伝ってくれるだろう。


「さて、ジェンサック伯。いや、ジェンサック伯爵位は剥奪することにしよう。改めて、ジヌディーヌ・ジェンサックよ、おぬしの麾下と思しき部隊、合計四万弱が我が軍を攻撃していると報告があったが…」


 俺は憲兵に見張られているジェンサック伯爵を、馬上から見下ろしながらそう言った。

 武装解除を条件に助命してやったのだ。多少は脅しておかねば、繰り返されても困る。


「知らん。言ったろう。私の指揮下にない部隊、私の指示を無視する部隊、私の指示が届かない部隊に関しては、武装解除も停戦も確約できない、と」


「どうであったか…まあ良い。我が軍に従わぬなら幾万の叛徒であろうと殺し尽くす。我が軍としても生者を護送するより、死者を輸送する方が楽だ」


「約束が違う!」


「フラウ金士、我らの約束とやらを旧ジェンサック伯爵殿に教えて差し上げろ」


「分かった。ワタシはアキ・フラウ・フォン・モレンクロード金級騎士だ。モレンク血閥総帥第二夫人にして、モレンクフラウ子爵だ」


 軍旗をエヴラールに返したアキはそう言って下馬し、ジェンサック伯爵の傍らに蹲み、目線を合わせた。

 しばらくアキの手が必要になる事は起こらぬであろうし、ジェンサック伯爵の逃亡は絶対に許してはならぬし、アキをジェンサック伯爵の話し相手にしておけばちょうど良い。


「閣下、ご報告します。我らが蹴散らした雑兵どもですが、本人達は奴隷歩兵を自称しております。閣下は奴隷歩兵を特別扱いしておられるようですが…」


「その点は気にするでない。解放奴隷になれるのは奴隷だけだ。敵兵や捕虜では解放奴隷になれぬ」


「はあ。つまり、歩兵と奴隷歩兵とで待遇を分ける必要はないと?」


「ああ。とりあえず、どちらも武装を解除し、捕虜とせよ」


「承知しました」


 ジェンサック伯爵に背を向けると、ダッド銀士が待っていたようでそう報告した。ちなみに、ダッド銀士とは、メイクス銅士の第五銅隊が属する銀隊の指揮官であるリー・ド・ダッド銀級騎士である。

 容易に突破できたと思ったら、訓練すら受けておらぬという奴隷歩兵による防御であったか。とすると、エヴラールが報告したプラーガを半包囲する三万の歩兵部隊と入れ替わっていたのかもしれぬな。


 アーウィン将軍の隊と合流し、ジェンサック伯爵軍の全将兵から武器を没収して、主要な将校を拘束した我が軍は、プラーガへの帰路についた。

 プラーガの方でも決着がついていたようで、二万三千の歩兵を捕虜として獲得していた。


 諸々の処理を指示し、俺達は合同司令部の作戦室に集まり、互いに戦果を報告した。既に日も落ちかけているので、夕食を食べながら、である。


 プラーガを包囲した別働隊は、ジェンサック伯爵家が以前より有していた私兵が大半を占め、伯爵の弟ノルディーヌ・ジェンサックが率いた部隊であり、今回のジェンサック伯爵軍が用いた作戦としては伯爵自身を囮に、精鋭部隊でプラーガを攻略しようとしていたようだ。

 この別働隊であるが、歩兵三万の他、蜥蜴兵、正式な種族名は竜人ドラゴニュートと言うらしいが、これが千ほどいたそうだ。


 プラーガ西側に襲来した別働隊(ノルディーヌ隊)に対し、各方角に金隊のみを残し、それ以外の三個金隊とダレラック達を率いて駆け付けたポッカー将軍は、西門前に金隊を一個配置し、残りの二個金隊を城壁上に配置し、定石通りの籠城戦を指揮したそうだ。

 シャファー将軍が部隊を率いて駆けつけ、一万騎ずつ三方面からノルディーヌ隊を包囲すると、ポッカー将軍は開門を指示、自ら一万の重装歩兵を率いて突撃、ノルディーヌ隊を挟撃した。すると、敗北を悟ったのか、ノルディーヌはただちに降伏したそうだ。

 ノルディーヌの降伏後、ノルディーヌ隊へ再戦を促すように竜人ドラゴニュートが来襲したが、これに備えていたダレラックら黄甲ジョーヌの魔法使いにより、半数以上が撃墜され、竜人ドラゴニュートも降伏、あるいは敗走した。


 この戦闘により、歩兵二万三千と竜人ドラゴニュート二百弱を捕虜としたそうだ。また、死体などを数えた概算では、歩兵五千、竜人ドラゴニュート五百を討ち取り、歩兵二千、竜人ドラゴニュート三百を逃したそうだ。


 次に、アーウィン将軍の部隊を襲った騎兵隊であるが、これは先代ジェンサック伯爵の姪に婿入りした、武家貴族出身のグレゴワール・ジェンサックが指揮した部隊で、傭兵など叛乱に際して増員した五千騎からなっていた。

 グレゴワールは傭兵を殺し尽くすか、そうでなくても数を減らし、その装備品などの私物で、傭兵に支払った戦費を僅かでも回収するため、待機中と思しきアーウィン隊に、万が一にも勝たぬよう小規模な部隊に分け、無策で突撃させたそうだ。

 ジェンサック伯爵やノルディーヌに確認したところ、グレゴワールの独断であったそうで、本来は我が軍の輜重部隊を狙うよう命じてあったそうだ。曲解に曲解を重ねたようだな。


 この戦闘により、騎兵三百弱を捕虜としたそうだ。こちらも概算であるが、二千騎を討ち取ったのみで、残りの三千騎弱は逃したようだ。叛乱軍に参加した傭兵が復讐戦を挑むとは思えぬので、捨て置いて構わぬだろう。


 ちなみに、俺達が獲得した捕虜は、歩兵のみ三万三千であるから、全てを合計すれば、五万六千強の捕虜を獲得したことになる。詳しく確認せねば分からぬが、二万以上は奴隷歩兵であろう。


「六万もの捕虜を抱えては素早く動けぬ。シャファー将軍、捕虜管理に人員が必要であれば、プラーガ守備隊を増員するぞ」


「それではお言葉に甘えて、クリマタン隊を全て捕虜管理に残していただきたく」


「承知した」


 捕虜を連れては動けぬゆえ、シャファー将軍には迷惑を掛けるが、まあ仕方あるまい。

 騎兵を城郭都市の防衛や捕虜管理に使うのは勿体ないような気もするが、アーウィン将軍の下でプラーガを治めていたし、今さらポッカー将軍に命じても多少の混乱が生じる。それに、俺はシャファー将軍に好かれておらぬようなので、俺個人としても別行動が好ましい。


「失礼します。近衛兵殿がいらしておりますが、いかがいたしますか」


 今後について話していると、突然扉が開いて警備の兵士が現れそう言った。色々あって忘れていたが、今朝来るはずであった内務大臣来訪の使者であろう。

 ハウスラー金士が通すよう命じると、すぐに深紅の軍服を纏った近衛兵が来た。ちなみに、近衛兵の軍服には特殊な加工が施されており、甲冑には劣るものの、ある程度の防刃性能を有し、これを正式武装とする。


「近衛兵団第一近衛騎兵金隊第三銀隊旗衛官ムサ・フォン・カッセル銅級騎士であります」


「帝国騎士団長モレンクロード大将軍だ。用件は?」


「は。此度の叛乱により荒廃したウェネーヌム州の再建のため、サンドリーヌ・ガイエ内務大臣閣下自ら百名の文官方を伴い、ご来訪なされます。近衛兵団第三銀隊は文官方の護衛任務を命ぜられ、私はその先遣の使者として参りました」


「内務大臣が?」


「はい。皇帝陛下は此度の叛乱を重く受け止め、腹心であられる内務大臣閣下の派遣をご判断なさいました」


 アーウィン将軍が聞き返すと、カッセル銅士はそう答えた。わざわざ内務大臣が来るのはエジット陛下の命令によるためか。まあクィーズスなど三国との合邦後、一年足らずに起こった叛乱であるから完璧以上に鎮圧し、平定せねばならぬから、当然といえば当然か。


「内務大臣閣下ご一行は十二月一日にラーカー城に到着なさいます。その後は州内の様子に応じて動かれるそうです」


「承知した。ちょうど先ほど州内の最後の敵を倒したところだ。二十日もあれば完全に平定できる、と内務大臣閣下と銀隊長に伝えよ」


「承知いたしました。それでは私は出発いたします」


「いや、今夜は休んで明朝発てば良かろう。バンシロン銀士、適当な部屋を」


 俺がそう言うとエヴラールがカッセル銅士を連れて部屋を出ていった。

 おそらく内務大臣一行が到着するまでには、少なくとも軍事的には解決するはずであるし、させねばならぬ。

 それにしても、俺は叛乱軍を倒して終わりのつもりであったが、このままでは年内に帰れぬかもしれぬな。いや、俺は騎士団長であるが、教皇でもあるので、帝都に戻って月隠りの祈りやその後のお告げの祈りもせねばならぬから、何としても年内には帰らねばならぬ。内務大臣一行に挨拶だけしたら、後はアーウィン将軍に任せて帰ってしまおう。

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