第469話
そういえば、目前の敵に集中していたために気づかなかったが、ジェンサック伯爵の本陣と思しき軍旗の密集地に、かなり近づいたようだ。
「閣下、上です、上!」
突然メイクス銅士がそう叫んだので、反射的に上を見ると、ブラカーデ城の時の蜥蜴兵の一隊が近づいてくるのが見えた。上空の兵数を測る術など知らぬので数は分からぬが、五百はいるのではなかろうか。
「フラウ金士、あの有翼の蜥蜴に勝てるか」
「数は多いが勝てる。ワタシが攻撃するまで、部隊を止めろ。被害が増えるぞ」
「承知した」
「じゃあ行ってくる。メトポーロンを頼んだ」
アキはそう言い、オンドラークに愛馬の手綱を預けると、妖刀ナルカミを鞘に納め、鞍の上から飛び、敵歩兵の肩や頭などを足場に駆けていった。
「全隊、停止せよ! 近くの敵歩兵を殲滅する! 全隊、停止だ!」
俺は喇叭手を見ながらそう叫んだ。ちょうど精鋭部隊と戦っているところであるし、後日の被害を減らす事にもなるだろう。
「我々も有翼の蜥蜴を落としましょうか?」
「できるか?」
「お任せください。お忘れかもしれませんが、我々は人狼です。不可能なら戻ります」
「承知した。では頼んだ」
「はは。進め!」
ルイーゼはそう言い、忠犬と飼育係の人狼を率いて、ジェンサック伯爵軍の本陣に向けて駆けていった。人狼は狼化し、それぞれ担当の忠犬の隣を駆けた。
一足先に進んだアキは、ジェンサック伯爵軍の旗手が掲げる軍旗に攀じ登り、近くにいた蜥蜴兵に飛び移り、掠り傷のみを与え、次の蜥蜴兵に飛び移った。それを繰り返すうち、ジェンサック伯爵軍の本陣から矢が幾本か飛んだが、逆に蜥蜴兵に当たって以降、攻撃は止んだ。
「閣下、親衛隊長殿は帰りの足場を残しておられるようですが、それでは数が減りません。どうなさるおつもりなのでしょう?」
「メイクス銅士、まあ見ていよ」
「はあ」
いつの間にか獲得した首級を鞍に結びつけたメイクス銅士が俺の隣に並んでそう尋ねた。メイクス銅士の心配も分かるが、アキにも作戦というものがある。
ルイーゼ達が本陣に辿り着く頃、アキが掠り傷を与えた蜥蜴兵は九十を超えていた。
「『天鼓!』」
アキがそう叫ぶと、滅紫の稲光が百近くの蜥蜴兵を繋いだ。稲光に選ばれた蜥蜴兵が落下すると、地上のジェンサック伯爵軍兵士に衝突し、落下地点に混乱を齎した。妖刀ナルカミの本領発揮である。
雷光がおさまると、忠犬が十数メルタも跳び、蜥蜴兵を噛み砕いた。この跳躍力は忠犬だけによるものではなく、忠犬が地上でそれぞれ担当の人狼、あえて言うならば訓練士の腕を踏み台に、訓練士の方も忠犬を投げ飛ばしているので、通常ではあり得ぬ高さまで跳んでいるのだ。
地上の訓練士を狙って歩兵が殺到しているが、ルイーゼが腕を振るうと、敵歩兵の鎧が意味を為さず、臓物が飛び出るほどの掻傷が生じ、地に倒れるまでに絶命せしめている。忠犬飼育係でこの調子であれば、戦闘要員として参戦している赤甲の人狼や人虎は、単騎で数十の騎兵以上の働きをしていることだろう。
「退却、退却!」
ジェンサック伯爵軍本陣からそう指示が発せられると、蜥蜴兵は矢の届かぬ高度まで上昇し、地上の敵歩兵は後退の動きを見せた。
「ジェンサック伯爵を逃すな! 突撃だ!」
俺はそう言い、剣を掲げて振り下ろした。すると、第五銅隊の騎兵が我先にと駆け抜け、敵歩兵を踏み倒し、ジェンサック伯爵軍本陣に迫った。
上空を見上げると、愛刀を鞘に納めたアキが落下しているのが見えた。
「エヴラール、メイクス銅隊を孤立させるでないぞ」
俺は早口でそう言い、アキの落下地点を目指し、アキを見つつ第五銅隊の間を駆け抜けた。さすがにヌーヴェル程の駿馬は他におらぬ。
落下地点に辿り着き、両手を広げると、俺の意図を察したらしきアキも両腕を広げ、俺の胸に飛び込んだ。俺は勢いを殺してヌーヴェルに負担をかけぬよう、俺が下になって落馬した。突撃する味方部隊から俺達を護るように、ヌーヴェルが俺とアキの傍に立った。
「無事か、アキ」
「ああ、助かった」
「そうか、ならば良い。ヌーヴェル」
アキの無事を確かめた俺はそう言い、ヌーヴェルに飛び乗り、アキに手を差し出し、俺の前に乗せた。
「伯爵の首を追うぞ」
「身柄を拘束するだけだ。行くぞ」
俺はそう言い、ジェンサック伯爵の本陣を目指して駆け出した。エヴラール達とは後で合流すれば良い。
俺が剣を抜くと、アキはナルカミに加え、俺が帯びていたラスイドも抜き、双刀の構えをとった。アキが落馬せぬよう手綱を握る左手でアキを抱き、個人的な戦意高揚のため深呼吸をしてアキの匂いを嗅いだ。
「団長様、敵が残ってないぞ。もっと進め」
「承知した」
俺はアキに言われ、速度を上げるようヌーヴェルに指示した。確かに、俺もアキも戦う準備は万端であるのに、周囲には味方しかおらぬ。
第六銅隊の先頭を過ぎ、第五銅隊の間を駆け抜けていると、メイクス銅士と並んで駆けるエヴラールとオンドラークの後ろ姿を見つけた。俺はこのまま二人乗りをしても良いが、アキも愛馬に乗った方が戦いやすいかもしれぬ。
「フラウ金士、メトポーロンに戻るか」
「そうだな。ラスイドも返す」
「そうか。オンドラーク!」
オンドラークを呼ぶと、オンドラークとエヴラールがほぼ同時に振り向いた。よく見ると、ルイーゼ達も近くに集まっている。
「フラウ金士に馬を」
「はっ」
俺がそう言うと、エヴラールとオンドラークが速度を落として俺と並走した。すると、アキはラスイドを鞘に納め、メトポーロンに飛び移った。今回の戦では軽業師のような事ばかりをするな。
「では行くぞ。速度を上げよ」
俺はそう言い、三人を伴って駆け出した。エヴラールとオンドラークが掲げる軍旗は、兵士達が進む速度のある種の基準になっていたようで、全体の速度が上がったような気がする。
俺とアキは味方部隊の間を駆け抜け、遂に伯爵軍の兵士と接触した。アキはメトポーロンの鞍に掛けてあった薙刀を取り、敵歩兵の頭を目掛けて薙刀を振り下ろした。
「ジェンサック伯爵はすぐそこだ! 今すぐ降伏すれば許してやるぞ!」
アキはそう言いながら次々と敵歩兵を薙ぎ倒し、ジェンサック伯爵の本陣に迫った。俺も、既にジェンサック伯爵の本陣は見えているし、装備品などから誰がジェンサック伯爵か見当もついている。
俺は弓を取り出し、ジェンサック伯爵が乗る馬を狙って矢を放った。当然であるが、俺が放った矢は狙い通り馬の尻に命中し、それによって馬が棹立ち、ジェンサック伯爵と思しき男が落馬した。
「宰相閣下をお守りしろ!」
ジェンサック伯爵の近くにいた屈強な将がそう叫ぶと、十を越える重装歩兵がジェンサック伯爵を囲んで盾を構えた。
宰相閣下と呼ばれた件については尋問の必要があるが、おそらくウェネーヌム王国での役職だろう。アレストリュプ侯爵はウェネーヌム国王を自称しているし、ロンズデール子爵も何かそれらしい役職を自称しているのだろう。聞いておけば良かったな。
「ジェンサックを包囲、捕縛せよ!」
俺はそう叫び、再び矢を番えた。護衛の重装歩兵が構える盾があっては、矢を射ってもジェンサック伯爵には届かぬだろう。
ジェンサック伯爵の落馬により、ジェンサック伯爵軍の動きが止まったおかげで、ジェンサック伯爵軍本陣を、第五銅隊が包囲しつつあった。
「ジヌディーヌ・ジェンサックに告ぐ。ただちに降伏するのであれば、皇帝陛下のご裁可を賜るまで、その生命を家臣共々、我ら帝国軍が保証しよう」
俺はジェンサック伯爵に狙いを定めた上、周囲一帯に聞こえるようそう宣言した。最初からエジット陛下に生きたまま献上するつもりではあったが、ジェンサック伯爵の返答次第では予定を変えても構わぬ。
「我が名はジヌディーヌ・フォン・ジェンサック伯爵である。武官ごときが、この私に対して無礼ではないか!」
「では名乗ろう。我が名はヴィルジール・デシャン・トラヴィス・プリュンダラー・エクエス・フォン・モレンク=ロード公爵だ。皇帝陛下より、サヌスト帝国軍帝国騎士団長の官職を賜り、貴殿らが起こした叛乱鎮圧を命ぜられた」
「公爵だと? 嘘はいかんな」
「嘘と思うなら、勝手に思えば良い。俺が問うているのは、降伏するか否かだ。早いうちに決断せねば、腕の力が尽きておぬしの眉間に矢が刺さる」
実際には俺の腕の力が尽きる事はないが、脅迫に事実を用いる必要はない。それに、俺以外にもアキを筆頭にジェンサック伯爵の首を狙う者はいくらでもいる。
「…分かった。降伏しよう。全軍に武装解除を命じる」
ジェンサック伯爵がそう言うと、近くにいた兵士が伝令に走ったり、軍楽隊が敗戦の音楽を鳴らしたり、降伏に向けて動き始めた。
「ただし! 私の指揮下にない部隊や私の指示を無視した部隊、私の指示が届かない部隊の武装解除と停戦は確約できない。それでもいいか」
「構わぬ。降伏せぬ者は殺すだけだ。拘束せよ」
俺がそう言うと、第五銅隊や遅れて到着した第六銅隊、その上級単位である第三銀隊が中心となり、ジェンサック伯爵軍の本陣の解体、高級将校の拘束、将兵の武装解除などを始めた。
エヴラールが掲げる帝国軍旗はアキが代わりに掲げ、エヴラール自身にはアーウィン将軍やシャファー将軍への伝令に走ってもらった。
ジェンサック伯爵のみ捕縛するつもりであったから、騎士団の本陣はプラーガにおいてきてしまったが、こういう事になるなら連れて来れば良かったな。




