第46話
俺はセリムを喚んだ。
「セリム、魔王の話の前に一つ良いか?」
「なんでしょうか?」
「キトリーって誰だ?」
「会ったことはありませんが確かキアラ様の近衛調理師の女です」
「なるほど。他も教えてくれ」
「男は近衛執事セバス、近衛将軍クラウディウス、私、ヨルクです。女は近衛侍女レンカ、近衛調理師キトリー、近衛神官ジュスティーヌです」
「やはり執事はセバスと言うのか」
「いえ、本名はグレンと言います。キアラ様の拘りでキアラ様の近衛執事は代々セバスと言う名を受け継ぐのです」
「代々?そんなにキアラって長生きなのか?」
何故か急に寒くなってきた気がする。
「いくらジル様といえどもレディの年齢を聞くのは失礼よ」
セリムが直剣のように姿勢を正した。俺は振り返り体を直角に曲げた。
「申し訳ない」
寒気が引いていった。
「これからは気をつけるのよ」
「はい」
俺はセリムの方に向き直る。
「なあ、セリム。夜風にあたりに行かないか?」
「そうしましょう。今夜は星が綺麗だと思います」
俺はセリムと共に逃げるように部屋を出て城壁まで急いだ。部屋を出た所にいたエヴラールも何故かついてきた。
城壁上にはちらほら見張りの兵がいる。夜襲などを警戒しているのだ。
「エヴラールはなぜ来たのだ?」
「ジル様の従騎士として常に身辺警護をしなければなりません」
「セリムは強いぞ」
「それでもです。どうか私のことなど気にせずにお話を続けてください」
エヴラールがそう言うので俺はセリムの方を向く。
「で、魔王の話だったな」
「はい。ジル様は魔王の事をどこまでお聞きになりましたか?」
「千五百年以上前、ヴェネリース族を味方につけ、大陸中を千年以上に渡り、恐怖で支配していた。そして五百年前、アンドレアス王に討たれた。その後は体を五つに斬り裂かれ、サヌスト王国各地に封印されている」
「そうです。私が話したいのはそれ以前の話です」
「教えてくれ」
「その昔、五柱の神が堕ちました。そのうち二柱は天使になり、もう二柱は悪魔の王となりました。残りの一柱は後ほどお教えしましょう。悪魔の王となった二柱の神ですが一人の悪魔を巡って決裂します」
「一人の悪魔ってなんだ?」
「美しい女であったそうです。そして破れた神は滅び、勝ち残った神も堕神となりました。その後、堕神はその悪魔と結ばれました。やがてその二人の間に子が生まれました。二人はその子をジャビラと名付けました。ジャビラは多くの悪魔に可愛がられ、魔界でも屈指の戦士となりました」
「魔法使いじゃなくて?」
「はい。中には武を極める悪魔もいるのです。やがてジャビラは『魔界ですることは無くなった』と言い、世界神が創った世界を転々とするようになりました。最初は悪魔達が追いかけていましたが転生魔法を使いだしてからはその足取りがつかめなくなりました」
「転生魔法ってなんだ?」
「転生の為だけに存在する魔法です。そして悪魔達はやっとの思いでジャビラを見つけ出しました。そこはアーチスキュウの日本という国でした。ジャビラは悪魔達に捕まり、一度は魔界に戻りますがすぐに転生魔法を使い、このヒルデルスカーンのヤマトワという島に生まれました」
「だがヤマトワは魔王の支配下には置かれなかっただろう?」
「はい。ジャビラはやがてヤマトワの王になりましたが海を渡ると大きな大陸があると知り、ヤマトワを去りました。ヤマトワを去る時に自身の腹心を帝とし、ただ一言『俺の部下が来たら面倒を見てやってくれ』そう言い残して海に飛び込んだのです。その後は大陸に渡り魔王となる、ジル様の言う通りです」
「魔王語の事を話し忘れているぞ」
「そうでした。ジャビラはアーチスキュウの日本という国をたいそう気に入り、言葉や文化だけでも…とヤマトワで日本語を広めたのです。そして大陸に来て魔王になった後、魔王語として日本語を広めました」
「ヤマトワでは何語って言うのだ?」
「ヤマトワでは『ヤマトワ語』や『ジャビラ語』と呼ばれています」
「実は俺が新しく手に入れた記憶はそのアーチスキュウの日本という国のタケルという少年のものだ」
「少年…ですか」
「ああ。十三歳の頃、謎の病になり十四歳で命を落としたようだ」
「やはり神の影響は大きいようです。下位神とはいえ二柱も滅ぶと多くの命が失われるのです」
「そのようだ。他の生物神の配下が尽力したおかげで被害はアーチスキュウのみで抑えられているようだ」
「ヴォクラー様がそう仰っていたのですか?」
「ああ。直接聞いたのではないがタケルの記憶にあった。生物神の傷がまだ癒えてないそうだ」
「イェンスウェータの神殺しは余程強力なようです」
その後もセリムと話していると一人の騎兵がドリュケール城の方角から走って来た。薄水色のマントなのでジェローム卿の部下で間違いないだろう。
その兵が叫んだ。
「開門!開門願う!」
「何者だ?」
見張りの兵がそう聞き返した。
「私は第二王子エジット殿下及び北方守護将軍ジェローム様からの使者であります!急ぎお伝えしたき事がございます!」
「今開ける。暫し待たれよ」
見張りの兵がそう言って城門を開けだした。ちなみにここは北側の城壁だ。なので北門だろう。
見張りの兵、騎士隊の者が門を開ける。門は一騎がギリギリ通れるくらい開けられた。
「急用とは何事だ?」
見張りの兵が城壁から降りて使者に話しかける。その間に使者は馬から降りた。
「エジット殿下からはこれを、ジェローム様からはこれをジル様に渡すように、と仰せつかりました」
そう言うと使者が二つの書簡を取り出した。
「承知した。明日の朝までに届けよう」
「いや、到着次第すぐに読んでもらうように、とのことです」
「分かった。共に来てもらおう」
俺は城壁から飛び降りて肩を並べて歩き出した二人の目の前に着地する。
「その必要は無い。今読んでやろう」
二人が腰を抜かしてしまった。
「団長!」
俺は二人を助け起こす。
「ジル様に読んでいただきたい物がございます」
「知っている。全て聞いていた」
「ではこちらを」
俺は使者から二つの書簡を受け取る。
「こっちを読むからそっちを持っていてくれ」
俺はエジット殿下からの手紙を手元に残し、ジェローム卿からの手紙を使者に返した。
手紙の内容は俺に懸賞金がかけられたから気をつけろ、ということだ。
「そっちもくれ」
ジェローム卿の手紙も同じような内容だった。
「俺に懸賞金が?」
「はい。『やや長身の黒髪でオッドアイの使徒を騙る男ジル』に金貨千枚の懸賞金がかけられていました」
「面白い」
俺は二人からの書簡を異空間にしまい、走り出す。いつの間にかすぐそばに来ていたセリムとエヴラールもついてくる。使者もついてくる。見張りの兵は戻って行った。
俺は部屋に戻り、エヴラールにアシルを呼ぶように頼んだ。
「ジル様、何かお考えがあるのですか?」
「ああ。懸賞金を貰いに行く」
「本人から出向いても貰えないのでは?」
「まあ俺に考えがあるから大丈夫だ」
しばらくするとアシルが来た。
「アシル、金貨千枚欲しいか?」
「何をいきなり?」
「とにかく金貨千枚欲しいか?」
「ああ。貰えるなら貰おう」
「では王都に行こう。俺に金貨千枚の懸賞金がかかっている」
「ジル殿は馬鹿か?」
「なぜ?」
「自分にかけられた懸賞金が貰えるわけないだろう」
「まあまあ大丈夫だ」
俺は細かい事を説明する。
まず俺とアシルと人狼と人虎で王都まで行く。そして王都の酒場で俺とアシルが飲んでいるところに人狼と人虎の二人が手配書を持って俺を問い詰める。その間にアシルは逃げる。それを人虎が追い、人狼は俺を捕まえる。もちろん俺とアシルは丸腰を装う。
その後、人狼と人虎が俺を王宮まで連れていく。アシルを逃がしたことを王宮の者に詫びると信憑性が増すだろう。アシルはその間に聖堂騎士団長の屋敷に手紙を届ける。
人狼と人虎が金貨を受け取った事を確認したら俺は時空間魔法で逃げ出し、さっさと王都を去る。
これが俺の考えた作戦だ。
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