第461話
俺がブラカーデ城に入ると、すぐに城門が閉ざされた。俺はとりあえず、ハウスラー金士によって手配された俺の私室へ行き、武装を解いた。
その後しばらくすると、メイクス銅士によって捕らえられた叛乱軍側のブラカーデ守備隊の捕虜がいる牢まで、メイクス銅士本人に案内された。
「半数ほどは我らが斬り殺しましたが、三百程度は残っておるようです」
「おぬしらより多いではないか」
「五百と六百は誤差です。それに、こう言っては多方面に失礼ですが、旧ノヴァーク王国正規軍に属していた我らを、数字通りの戦力と思わんでください」
「確かにそうだ。ノヴァーク軍が大敗した戦は二度のみであるそうだな」
「ええ。いずれも外因ですな。尤も、外因含めて戦でありますから、我が軍の大敗に変わりありません。それと閣下、惜敗なら幾度もあります」
「そうか。まあ惜敗程度なら引き分けに含んでも良かろう」
「閣下、お言葉ですが、我が軍に辛勝したのはサヌスト王国軍が大半ですぞ」
「失言であったな。心のうちに留め置いてくれ」
「ええ、喜んで」
メイクス銅士は会話していてなかなか楽しい。何かあれば今後も頼ろう。
牢に着くと、捕虜のうちで最高位の兵士がメイクス銅士の部下によって連れ出されていた。
「生き残った者の中では最高位ですが、全軍から見ると末端も末端です。今更ですが、閣下が自ら尋問なさらずともよろしいのでは?」
「尋問などせぬ。おぬし、名は?」
「ラスロというそうです、閣下。地方の平民には、まだまだ家名制度が馴染んでおらんようですな」
メイクス銅士は俺を呼ぶまでにある程度の情報は聞き出していたようだ。ブラカーデ城を制圧した後に残存兵を捕らえ、さらにその管理と尋問までするとは、第五銅隊は少々働きすぎかもしれぬな。
「そうか。では改めて問おう。ラスロよ、なにゆえ城門を開け放っていた?」
「リュディガー様の命令で…」
「リュディガー…聞かぬ名だな」
「巨人様の頭領様で…あ、巨人様っていうのは…」
「それは知っている。おぬしらの軍の規模を聞いておこう」
「巨人様が五百人、侯爵様の軍が六万人と聞いています」
「そうか。メイクス銅士、後は頼んだ。シムカス金士に言って別部隊と交代し、第五銅隊は休め」
「承知しました」
捕虜ラスロから衝撃的な情報を聞き出した俺は、メイクス銅士にそう命じて牢を出た。第五銅隊を早く休ませてやりたいが、巨人五百の情報を共有し対策を練るのは僅かでも早い方が良いので、自分達で手配してもらう事にした。
エヴラールとオンドラークに軍議の用意を命じ、俺自身はゆっくりと軍議室に向かった。親切な誰かが城内の至る所に簡易の標識を置いてくれたので、俺でも迷わぬ。
軍議室に来ると、既にハウスラー金士とジセル金士が並んで地図を睨んでいた。
「凶報だ。巨人は百体どころではない。その五倍はいる」
「失礼ですが、それは事実ですか?」
「事実か否かは分からぬが、先ほど捕虜から聞いた。戦意高揚のための噓かもしれぬが、我らは最悪を見据えねばならぬ」
「左様です、閣下」
ハウスラー金士はそう言い、軍議用の駒を出した。歩兵を表す駒に巨人と書かれた小さな旗がついた、ハウスラー金士の特別製である。
「巨人の討伐には炎が有効ですが…五百となると油が足りますかな?」
「ラーカー城に相談してみよう。それで足りぬならゲーラ県、いや、レーヴァック州にも協力を要請する」
「地方局長殿の書状が役に立ちますな」
「ああ。いずれにしても意志が確実に届くよう、イーディ銀士には尽力してもらわねばならぬ」
「ですな。ところで、城門が開いていた理由はお分かりに?」
「巨人の頭領の指示だそうだ。真意は分からぬ」
サヌスト人とは違う文化を築いたであろう巨人の戦法など分からぬ。兵法には聞けば納得できる程度の合理性があるが、城門を開け放つなど、一切の利がないように思える。あるとすれば、罠を仕掛けたりだが…
「ハウスラー金士、城内に罠などなかったか?」
「ご安心ください。ポッカー将軍閣下がお命じになり、安全が確認されました。井戸の水も綺麗なものです」
「そうか。では益々分からぬな」
城内に罠でも仕掛けるなら、城門を開放する理由にはなるが、違うらしい。まあそれは分かり易すぎるな。
その後しばらくすると、金士以上の将校と参謀が集まってきた。
「聞いたかもしれぬが、改めて共有する。巨人は五百体もいるそうだ。誇張もあるかもしれぬが、少なくとも味方がそう信じる程度の数はいるということだ。無策で挑めば我が軍は大敗する。良案がある者は遠慮せず言ってみよ」
俺はそう言い、ハウスラー金士の用意した巨人の駒を地図上に置いた。
「軍議中、失礼します。伝令にございます。ラーカー城、陥落!」
突然扉を開け放ったイーディ銀士がそう叫んだ。俺の聞き間違いでなければ、ラーカー城が陥落したと言った。それはつまり、我が軍の物資が叛乱軍の手に渡ったということだ。もしラガルド金士が焦土作戦を決行していたら、敵の手には渡っておらぬが、物資を失ったことに変わりはない。
「陥落だと?」
「は。半死半生の伝令兵が、つい先ほど到着し、そう告げて気を失いました」
「レガット金士、伝令兵には悪いが、なるべく早く起こしてくれ」
「承知しました」
伝令兵には悪いが、レガット金士相当官に頼んで起こしてもらう他ない。何せ、ラーカー城の状態によっては我が軍は皇帝陛下の民から略奪せねば餓死する。伝令兵一人の体調には構ってはいられない。
「ゲーラ県まで侵入を許したとなると、騎士団だけで片付く問題を越えたかもしれませんな」
「勝ったとしても我らには何らかの罰が下る覚悟はしておいた方がいいだろうな」
「安心せよ。罰があるなら俺だけだ。おぬしらは俺の指揮に従っただけであるゆえ、戦後の心配はいらぬ。それより、問題は我が軍の進退である。引き返してラーカー城を奪還するか、突き進んでアレストリュプ侯を討つか、二つに一つだ」
騎士団としての初陣がこのような結果になっては、最悪の場合騎士団の解体すらあり得る。だが、罰を受けるとしても、罰を受けるためにはまず生き残らねばならぬ。それに、罰があるなら俺の引責辞任でどうにかするし、それで駄目なら爵位でも何でも返上する。部下だけは庇ってやらねばならぬ。
「それぞれ案を聞こう。ポッカー将軍はどうか」
「引き返してラーカー城を奪還、あるいは近々到着するはずの援軍と合流し、ゲーラ県に侵入した敵から討つべきかと」
「なるほど。ジェラルラン副将軍は?」
「情報が足りません。叛乱軍の主力の位置と規模すら分からないようでは、第三軍の二の舞ではないでしょうか」
「確かにそうだ。ハウスラー金士はどうか」
「巨人と牛頭人、これ以上の強敵がいないとも限りません。副将軍閣下と同じく情報収集を優先すべきでしょう。ですが、それと並行して食糧だけでも確保しなければ、我が軍は今月中に揃って餓死します」
「それもそうだ。他はないか?」
高位の三人には聞いてみたが、前進派はいないか。まあ退路を確保せぬのは愚策であるから当然か。
「コルネイユ隊第三金隊長バルド金級騎士です。よろしいですか」
「ああ。遠慮はいらぬ」
「ラーカー城はラガルド殿と援軍にお任せし、我が第一軍はアレストリュプ侯爵を目指して前進し、早いうちに討ち取るべきではないでしょうか。物資の問題も、敵の物資を略奪…いえ、接収すれば解決するかと」
「…確かに叛乱軍の物資を我が軍が利用するのは良いが、巨人や牛頭人が何を食べているか分からぬぞ。草でも食っていたら、軍馬は餓死を免れるが、それでは意味がない。やはり情報が足りぬな」
前進派もいたが、敵の物資の流用に関しては魔将王軍の食料が何か分からぬうちは支持できぬ。人間と同じであれば良いが、草や魔石でも食べていたら、我が軍の飢餓は解決せぬ。




