第458話
先頭の巨人を視界に収める頃には、急拵えではあるが、拒馬による三重の障壁、四十の攻城塔、五十の投石機が用意できた。全攻城塔に投石機を備えているので、投石機の合計は九十を数える。
通常、攻城塔とは城壁に兵士を侵入させるために建設するが、今回は弩や投石機を高所に設置する目的、つまり防御力を求めておらぬので、簡易な構造となっている。そのため、迅速に数多く用意できた。
「大きいですな」
「ああ。だが、ほとんど裸で助かった」
俺は傍らのポッカー将軍にそう答えた。迫る巨人は、筋肉質で毛深い人間の男をそのまま大きくしたような肉体に、どこからか引き抜いてきた大木を担ぎ、腰布のような大きな布を巻いた姿である。その巨体を洗えるほど大きな水場がないのか、不潔そうである。
攻城塔や投石機などを用いて巨人に対する直接的な攻撃をするのは、被害のほぼないコルネイユ隊隷下エグレット隊である。巨人と共に進む奴隷歩兵軍に対しては、同じくピヴェール隊が遠距離から攻撃を加える。
「始まりましたな。あれが効かないとなれば、我が軍は敗走するしかありませんが…」
「巨人とはいえ、見た目は人間と同じだ。小石を投げつけた程度の威力はあるだろう」
「なるほど、小石ですか。嫌がらせにはなりましょうが…決定打になり得ますかな?」
「どうであろうな。まあ投石だけが攻撃ではない。何かは効くだろう」
ポッカー将軍は少々心配しすぎである。兵を率いるならば、敗北の可能性は胸の内に秘めておくべきなのだ。
投石機による攻撃は、少なくとも巨人を不快にはさせるのか、巨人は迫る岩石を大木で防いでいる。防がれた岩石は、足元の奴隷歩兵らに降り注ぎ、彼らを虐殺した。
近づくまで想定すらしていなかったが、巨人は共に進軍する奴隷歩兵を躊躇いなく踏みつけている。奴隷歩兵も逃げられれば良いのだが、督戦隊つまり牛頭人による統制が利いており、逃げられぬようである。
「弩、斉射せよ!」
エグレット隊を率いるケン・キース・フィメル筆頭金級騎士の号令によって、全ての攻城塔から百を超える矢が放たれた。
当然の事であるが、弩から放たれた矢は歩兵が放つ矢とは比べ物にならぬほど高威力である。であるのに、巨人の肉体に刺さったのは数本であり、出血を強いたのは頬の一本のみである。
「次、火炎攻撃!」
フィメル金士がそう叫ぶと、十の投石機から樽がうち出された。あの樽には油が満たされており、巨人に命中した樽が砕け、巨人を油で濡らした。
「火矢を射て!」
フィメル金士がそう叫ぶと、今度は弩から火矢が放たれた。
巨人に命中した火矢は、巨人が反応するよりも早く巨人を炎に包んだ。こうなれば、あの大木も良き燃料である。
巨大な火柱となった巨人は、耳を劈くような悲鳴を上げながらもしばらく耐え、その後、奴隷歩兵を下敷きにして倒れた。先ほど命中せず、地面に落下した樽からこぼれ出た油に巨人の炎が燃え移り、奴隷歩兵軍を督戦隊諸とも炎に包みこんだ。
とりあえず、我が軍の将兵が踏み潰される前に倒せて良かった。攻城塔や投石機にも被害はない。
「エグレット隊全将兵に告ぐ! 全ての攻撃に炎を添えろ! メナート隊は岩石と油を交換しろ! 急げ、後続の巨人は四体以上いるぞ!」
勝利に沸く将兵に対し、ポッカー将軍はそう叫んで気を引き締めた。どうやら、勝機を見出し、強気になってきたようである。
ちなみに、メナート隊とはエグレット隊の支援を行う、コルネイユ隊隷下の部隊である。むろん、今回の任務がそうあるだけで、同格の部隊である。
「伝令、伝令! 巨人および牛兵の集団が迫っております」
「内訳は?」
「巨人六体、牛兵百強であります」
「承知した。ポッカー将軍、ここは俺に任せて、おぬしはロシニョル隊とシゴーニュ隊を直接指揮し、作業を急がせよ」
「御意」
斥候からの伝令の報告を聞き、俺はポッカー将軍を後方で攻城兵器の組み立てを行う二隊の指揮に向かわせた。この二隊も、コルネイユ隊隷下のエグレット隊などと同格の部隊であり、現在はシムカス金士の部隊と共に投石機や攻城塔の建設を命じてある。
「巨人六体、牛兵百体が迫っている! エグレット隊は巨人、ピヴェール隊は牛兵のみに注意を払え! 戦友を信じよ!」
俺はそう指示を出した。
拒馬による障壁の内側に横に広く伸びていたピヴェール隊が陣形を変え、密集隊形の三個銀隊を障壁の脆弱な部分に集中させ、残りの五個銀隊はその後方で盾を置き、得物を弓矢に持ち替えた。
メナート隊は岩石を油の入った樽に交換し終えたようで、火矢による援護射撃の用意を始めた。
先の巨人を燃料とする炎の向こう側から、巨人と牛兵の咆哮が聞こえてきた。
「エグレット隊、攻撃用意!」
フィメル金士の号令で樽と火矢が装填されるとほぼ同時に、炎の壁に裂け目ができた。どうやら、巨人が湿った土で消火を試みているようである。
隙間から牛兵と奴隷歩兵が侵入してくると、巨人は炎を飛び越え、こちら側に現れた。やはり、少なくとも今回の全ての敵にとって炎は弱点であるようだ。
「エグレット隊、放て!」
フィメル金士の号令で、今度は樽と火矢が同時に放たれた。弧を描いて飛ぶ樽と、直線的に進む火矢とでは、当然火矢が先に到達するが、まあ誤差のようなものである。
燃え盛る同族の死体を見て予測したのか、火矢や樽は巨人が持つ大木で振り払われた。大木は多少焼け焦げたが、振り回されて火は消えた。
「ピヴェール隊、放て!」
指揮官たるノーム・ロール筆頭金級騎士の号令によって、巨人の足元を射程圏内まで進んだ牛兵と奴隷歩兵に対し、ピヴェール隊が攻撃を開始した。こちらは火矢ではなく、普通の矢である。
「大将軍閣下、ポッカー将軍閣下の伝令です。追加の投石機は完成次第、前線に供給します。まずは十機です」
「承知した。追加の投石機だ! エグレット隊第三銀隊が使え!」
ポッカー将軍から届いた投石機は、攻撃陣地の周辺警備を命じてあった第三銀隊に渡すよう命じた。ピヴェール隊が牛頭人と奴隷歩兵の接近を防いでいるので、もう必要なかろう。
「ポッカー将軍閣下から伝言でございます。攻城塔に油を満載して火をつけ、それを巨人に向けて倒してはいかがか、と」
「なるほど…やってみよう。数はポッカー将軍に任せる」
「御意。それでは失礼いたします」
ポッカー将軍の伝令はそう言うと、再びポッカー将軍の所に駆けていった。
なかなか良い案に思えるが、問題はどうやって狙った方向に倒すか、である。まあポッカー将軍が考えているだろう。
追加の投石機も攻撃に加わり、先頭の巨人に攻撃が集中し、ついに伸びきったその体毛に引火した。さらに油の樽が集中し、巨人は炎の柱と化した。
先ほどの巨人とは異なり、燃え盛る巨人が暴れ、周囲の巨人に引火した。
「燃える巨人に油を集中しろ!」
フィメル金士の号令で油の樽が燃え盛る複数の巨人に命中し、さらにその巨人らも暴れたために全ての巨人に燃え移り、最初の巨人がうつ伏せに倒れたために前進していた牛兵や奴隷歩兵も炎に包まれた。
「我が軍の勝利だ!」
俺がそう宣言すると、勝鬨が上がった。まだ十万を殺し尽くしたとは思えぬから、完全勝利とはいえぬだろうが、まあ一つの区切りにはなろう。
「バンシロン銀士、最低限の部隊のみを残し、他の全部隊を休ませよるよう、シムカス金士に通達せよ」
「御意。シムカス金士殿に来ていただきますか?」
「ああ。ポッカー将軍とジェラルラン副将軍も呼んでくれ」
「承知しました」
エヴラールはそう言うと、伝令兵を集めて指示を出した。
その後、しばらくすると呼び出した三人が来た。
「大将軍閣下、まずは朗報を。偵察によれば敵軍は半数以上が統制を失い離散、残った三万弱も後退しております」
「副将軍、朗報である事を強調するとはつまり…」
「はい。敵に巨人が残っております。それも全てが体長十五メルタを超えているとの事です」
「そうか、承知した。その時こそ、ポッカー将軍の秘策を使ってみよう」
ジェラルラン副将軍がそう報告してくれた。おそらく残った三万はジェンサック伯爵軍の本隊との合流を目指しているのだろう。
三人と相談し、少なくとも三日の休息を取ることになった。その間、重傷の兵や僅かな捕虜の後送、巨人や牛頭人の生体の調査なども済ませる事にした。




