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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第437話

 アレクを抱いたアルテミシアと共に談話室へ戻ると、レリアがテリハを抱いていた。レリアの魅力は赤子にも通用するのか、俺の血を色濃く継いでいるのか分からぬが、既にテリハはレリアに懐いているようである。


「レリア、戻った」


「ジル、見て見て。もちもちほっぺ、ちょ~可愛い!」


「であろう?」


「うん。あ、アレク、妹ちゃんだよ~」


 レリアはそう言いながら、アルテミシアが抱くアレクにテリハを近づけた。すると、どちらからともなく手を差し出し合い、その小さい手が触れあった。感動的な瞬間である。

 二人が言葉を解する訳がないから、本能的に兄妹である事を悟ったのであろうか。


「凄いね。やっぱり分かるのかな?」


「分からんぞ。近親愛の気があるだけかもしれんぞ」


「そんなこと言わないの。子供は親の影響を受けちゃうんだから、変な事ばっかり言ってると変な子に育つよ?」


「安心しろ。二人ともまだ言葉を理解していない」


「それはそうだけど、お腹の中の記憶がある人もいるんだし、もしかしたらもしかするかもしれないから、気を付けなきゃダメだよ」


「それもそうだ。旦那様の子だからな」


「そうだよ。アレクだって、目を離したらハイハイでどっか行っちゃうんだから」


「まだ三ヵ月だろ? 凄いな」


「でしょ? でもテリハちゃんだって、生後三日とは思えないよ。もっと経ってる感じがするよね」


「テリハは卵から生まれたからな。人間より育った状態で生まれる」


「そういう感じなんだ。やっぱり卵の殻って取っておくの?」


「そんなへその緒みたいな事はせん。そもそも卵殻は魔力になって赤子に吸収されるまでが役目だ」


「へその緒?」


「ヤマトワでは残しておくんだ。いざとなった時に煎じて飲めば、たいていの病気は治る。ま、迷信だな。ヤマトワ人は煎じて飲む迷信が好きなのだ」


「へえ。また今度聞かせてね」


「興味ないだろ。ま、別に構わんがな」


「あ、ジルも抱いてごらん」


「露骨に話を逸らすな。まあいい、旦那様、両手で二人を抱いてみろ」


 二人の会話に聞き入っていると、二人にそう言われた。

 アレクは俺が抱くと泣くので、嫌われているのではないかと不安になる。それゆえ、あまり抱きたくはないのだが、二人にそんな事は言えぬ。心苦しいが、何か適当な理由をつけて断ろう。


「俺は一人の抱き方しか習っておらぬ。二人も抱いては危なかろう」


「あたし達がいるから、もしもの時は大丈夫だよ」


「ワタシ達を信じろ」


「…承知した。もしもの時は頼むぞ」


 良い理由を見つけたと思ったが、すぐに解決してしまった。さすがレリアである。

 アレクが泣いて、俺が傷つくのは避けられぬようであるな。まあ泣かぬ可能性も充分にあるのだ。そう悲観する必要はない。


「じゃあ、まずはテリハちゃんからね。ほら」


「ああ」


「一人なら上手に抱けてるぞ。自信を持て」


「問題はアレクだからね。テリハちゃんを左手でこう…そうそう、そんな感じで。ミーシャ、アレクをこう、優しくね、そう、そうそう、いい感じだよ。ね?」


「姫、完璧だ」


 レリアの指示に従い、右手でアレク、左手でテリハを抱いたが、アレクもテリハも泣いておらぬ。先ほど泣かれたのは偶然で、嫌われてはいなかったようだ。安心した。

 安心したら、急に幸福を感じ始めた。何とも言い表せぬ、最高の気分だ。これほど素晴らしい気分になるのであれば、最初から躊躇わねば良かった。


「失礼します。アンセルムからご一行が到着なさいました」


「一行?」


「俺が呼んだのだ。適当に休むよう伝えよ」


「はい。ですが、白蓮隊五番隊第二分隊のアンッティ・ラスクという方が、ご挨拶したいと仰っております」


「そうか。では会おう」


「承知しました」


 アレクとテリハを抱いていると、ヴァイヤンが入室してそう告げた。レリアには伝え忘れていたが、しばらくは帝都を中心に過ごす事になるので、アレクとテリハのために使用人を呼んだのだ。

 アンッティ・ラスクという者を俺は知らぬが、白蓮隊員であるならば会わぬわけにはいかぬ。


「おい、ワタシ達が邪魔なら、出ていくぞ」


「邪魔ではないが、二人を頼む」


「任せておけ」


 俺はレリアとアキに、アレクとテリハを預け、アルテミシアを含めた三人に着席を勧めた。アレクとテリハが揃ってから、気分が高まって立ったまま喋っていたのだ。


「ねえ、さっきの何とか隊って何?」


「ヴォクラー神が俺の支援のために編成し、派遣してくださった百名規模の部隊、これを白蓮隊という。皇帝陛下に仕える者もあれば、俺に仕える者もある」


「どっちにも仕えない奴もいる。ルガンとかな」


「ヴォクラー神が編成なされた部隊とはいえ、肉体は以前の俺と同じだ。緊張する事はない」


「どういうこと?」


「人間の魂魄で生きる天使族だ。まあ魂魄が人間であるゆえ、人間と大差ない」


「そうなんだ…ただの優秀な人って思ってたらいいの?」


「そういう事だ」


 さすがレリアは理解が早いな。簡単にはできぬだろうが、俺も見習わねばならぬな。

 しばらく談笑して過ごすと、ヴァイヤンが細身の男を連れてきた。見覚えはあるが、その程度である。


「アンッティ・ラスクです。どうぞよろしく、総隊長殿」


「ああ。まあ掛けよ」


「どうも」


 相応しい表現ではなかろうが、陰気な男だな。姿勢のせいか、口調のせいか、何が原因か分からぬが、これほど陰気な男は初めて見た。ラスクには失礼であるが、愛する我が妻子にはあまり近づけたくないな。


「それで、わざわざ挨拶を望むとは何用か」


「マイヤーさんから伝わっていませんか。総隊長殿は奥方様を大変に愛していらっしゃるそうで。マイヤーさんから、その名前をその身に刻んで差し上げなさい、と」


「名を身に刻む、と?」


「ああ、私、彫師をやっておりますので、ご安心を。それでですね、こんな感じでどうでしょうかね。いわゆるレタリングタトゥーというやつですよ」


 ラスクはそう言い、羽織っていた外套を脱いだ。すると、骨が浮き出るほど細い身体に、見た事もないような言語が隙間なく描かれていた。初見の言語であるゆえか、芸術的に見えぬこともないので、確かにレリア達の名を刻むのも良いかもしれぬ。


「頼もう。どこに彫るのが良い?」


「即決すぎだろ」


「そうだよ。もっと相談してよ」


「すまぬ。だが、俺の体に彫るだけであるゆえ、相談は必要ないかと」


「そう言われちゃうとそうなんだけど…ね?」


「そうだ、いいことを思いついた。ワタシと姫が彫る場所を決める。内容も決める。どうだ?」


「構わぬが、彫るのは名前だ」


「それもそうだな」


「あたし達が決めたのが変だったら、断ってくれてもいいからね」


「二人が決めた事であれば断らぬ」


「へへ、ありがと。じゃあ相談するから、ちょっと待っててね」


 レリアがそう言うと、レリアとアキが俺に聞こえぬように相談を始めた。聴覚に魔力を集中すれば聞き取れぬこともないが、二人が内緒にしようとしている事をわざわざ暴く必要もなかろう。


 しばらくして、二人は決定したようである。


「場所は左胸でいい?」


「ああ。良い場所だ」


「名前なんだけど、ケーニギンとかフラウとか入れちゃうと大変だし、今後も増えないとは限らないから、レリアとかアキとか、個人名ファーストネームだっけ? を入れたらどう?」


「上から、姫、ワタシ、アレク、テリハの順だ。また子が生まれたら、下に彫っていけばいい」


「あ、アレクはちゃんとアレクサンドルって入れるからね」


「それとだな、字体は姫の字を丸写しする。旦那様もそれがいいだろ?」


「ああ。全てが素晴らしい。二人に任せて良かった。そういう訳であるから、ラスク、頼んだ」


 俺はそう言い、上衣を脱いだ。まだまだ暑い日が続くから、薄着をしていたが、ここで役立つとは思わなかった。


「待ってください。こっちにも準備があるんですから。早くても今日の夜ですね。準備できたら言います」


「承知した」


「それでは、さよなら」


 ラスクはそう言うと、逃げるように出ていった。準備ができたから挨拶に来たのではなかったか。まあ断られる可能性もあるから、準備はせぬか。


 その後、レリア達と楽しい時を過ごし、夕食を終え、二人が寝室に行った頃、ラスクから準備ができたと報告があった。


「回復魔法に対応するため、総隊長殿の魔力を拝借します」


 ラスクはそう言い、俺の両腕に指ほどの太さがある針を突き刺した。俺でなければ拷問と勘違いするのではなかろうか。

 装置が俺の魔力を吸引している間に、レリアが書いてくれた四人の名前を俺の体に書き写した。下書きは普通の洋墨インクであるゆえ、拭けば消える。


「さて、始めます。痛いですけど、動いたらズレます。魄に刻むので、やり直しはできません」


「構わぬ。やってくれ」


「始めます」


 ラスクはそう言うと、筆のような道具で下書きをなぞり始めた。確かにラスクの言うように、結構な痛みがある。激痛というべきであろう。

 天眼で解析してみると、魄を削り、削った部分に俺の魔力で作った疑似的な魄を嵌め込んでいるようだ。痛みは魄を削るために発生するのであろう。

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