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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第423話

 屋敷に着くと、ファビオが出迎えてくれた。レリアが欠けている事だけは惜しいが、久々の家族団欒である。レリアとは十一月まで会えぬのか…


「おかえり。カイ達以外はみんな揃ってるよ」


「そうか。カイ以外には誰がおらぬ?」


「トモエとヒナツ。あ、あとは知ってると思うけど、アシルお兄様もいないよ」


「アシルお兄様?」


「ラングランが、オレもお兄様も、お貴族さまのご当主さまだからって」


「そうか。ところで、ラングランとは誰であったか」


「レノラだよ。あ、エレーヌはエレーヌ・シスレーって言うんだ」


「そうか。続きは食事中に聞かせてもらおう」


「ユキとルカもいるよ。あとは、最近はウルも一緒にご飯食べてんだ。すごいでしょ」


「ああ。楽しみだ。行こう」


 ルーヴ男爵に相応しく育つよう、ファビオの教育方針を改めたと聞いたような気がするが、ラングランは誰を参考にしているのであろうか。

 ファビオに連れられて食堂に行くと、ルカとユキが仲睦まじく座っていた。二人の間に会話がないように見えるが、楽しそうである。


「シャールカ、ユキ、久しいな」


「おかえりなさい、お義兄様。お忙しいと伺いましたのよ?」


「…おぬし、ユキか?」


 ユキがサヌスト貴族のような挨拶をしたので、驚いて天眼で魔力を確認したが、見た目と同じくユキ本人であった。普段会わぬ子の成長は早く感じると聞いていたが、なるほど、こういう感覚か。


「旦那様、子どもの成長はびっくりするくらい早いんだぞ。厳しい厳しい教育係に文句も言わず、来る日も来る日も貴婦人教育を受けてる。ワタシも受けたが、旦那様が求めるワタシじゃなくなりそうだからやめた」


「そうか。教育係とはレノラ・ラングランか?」


「いや、エリカというヤマトワ人だ。ヤマトワ風とサヌスト風、どっちの貴婦人を目指すか揉めたが、ユキはヤマトワ出身だからな。とりあえずヤマトワ風の貴婦人を目指してる」


「違うよ、お姉ちゃん。ヤマトワ人がサヌスト風の礼儀作法を教えてくれてるんだよ」


「いや、ユキの知らんとこで揉めた」


「嘘言わないで。ファビオが始めた時に、ヒナツがエリカさんを紹介してくれたんだよ。経緯も何もかも知ってるよ」


「…そういうことだ、旦那様」


「ヒナツの紹介だと…? 教師を変えたほうが良いのでは?」


 エリカとやらとは面識がないので何とも評せぬが、ヒナツが寄越した教師であれば、二人目のヒナツに育ってしまうかもしれぬ。性格の半分は遺伝だそうだが、つまりもう半分は教育などの環境という事であろうから、最悪の場合は、アキのような粗雑さで、ヒナツのような悪影響を周囲に振り撒く女になるかもしれぬ。そのような事態だけは何としても避けねばならぬ。


「大丈夫だ、安心しろ。ヒナツの紹介だが、水氷龍の一族じゃない。水氷龍が人質として預かっていただけで、土石龍の眷属だ。重鎮竜の娘とか言ってたな」


「そうか。今も人質を?」


「いや、三龍同盟を結んだし、しかも二人の孫娘がカイに嫁いだから、全部解放された。今も連絡将校みたいな感じで、一族に帰らない奴もいるがな」


「なるほど」


「お兄ちゃん、ご飯、冷める」


「そうであったな。食事にしよう」


 俺達はルカの一声で会話を中断し、それぞれ席に着いた。

 料理が運ばれてくると、皆が上品に食べ始めた。やはり幼い方が、受けた教育を身につけるのは早いのであろうか。俺などより、よほど上品に食べている。


「ジル様、ウルフラム様には離乳食を召し上がっていただいております。元来、人狼の離乳食とは成体の人狼が途中まで消化した、いわゆる半消化状態の食事を指しますが、キトリー様にご相談申し上げましたところ、同じ状態のものを清潔にご用意いただきましたので、ウルフラム様にはこちらを召し上がっていただいております」


「…普通の人狼の離乳食は不潔なのか?」


「大人が咀嚼しますので、その者が疫病を患っていれば、感染してしまいます。ただでさえ死にやすい幼児期に、疫病に罹ってしまえば、その多くが命を落としますので、なるべく健康な者が担当するのですが、確実ではありません」


「そうか。他にも離乳食を欲する人狼がいれば、同じものを配ってやれ。赤子を危険に晒す訳にはいかぬ」


「承知いたしました。エドメ様とフーリエ様にお伝えします」


「頼んだ」


 シスレーが説明しながらウルに離乳食を与えた。ヤマトワ料理の粥に似ているが、もちろん使われているのは米ではなく肉だ。僅かに残る魔力から察するに、鹿に近しい動物の肉であろう。

 食卓の上にある燃料台で火にかけられた小鍋から、柄の長い匙で掬った離乳食を、沸騰したままウルに食べさせたが、口内は大丈夫なのであろうか。普通の赤子なら、火傷して大泣きしそうなものだが。


「熱くないのか?」


「熱いです。普通の匙では、私も火傷してしまいます」


「それをウルに?」


「はい。ウルフラム様は炎の才能者でらっしゃいますから、熱いのがお好きなようです。我々が温かい食事を好むのと同じだそうです。ウルフラム様はその温度が普通より高いだけとのことです」


「なるほど。まあ本人が良いのであれば、俺に文句はない。そういえば、アティソン爺の魔道具も調子はどうだ?」


「はい。頂いて以降、唯の一人も負傷しておりません」


「ならば良い」


 そういえば、あれからアティソン爺と会っておらぬが、元気にしているのであろうか。まあ何かあったら連絡があるだろうし、そもそも万年単位の時を生きる悪魔であるから、何かあるはずもないのだが。どうせ、天女とやらと仲良くやっているのだろう。


 その後、夜が更けてそれぞれが帰るまで皆と楽しい時を過ごし、皆が帰った後は久しぶりにアキとの夜を楽しんだ。やはり俺には癒しが必要だ。


 翌朝。準備を整えた俺とアキは、アガフォノワに命じられたサラに連れられ、庭に向かった。

 ちなみに、サラはまだ家名を名乗っておらず、俺の命名を希望したので、ブランの家名を与え、サラ・ブランとした。それを見て羨んだアメリーには、ワフィの家名を与え、アメリー・ワフィとした。さらに、それらを見て羨んだ侍女達は、とりあえず保留とし、俺の子が生まれた時に記念に命名してやると言って難を逃れた。あのまま命名を続けていたら、今日の出発は不可能になっていた。


 庭に出ると、整列した黒衣の将兵が、眠そうなアガフォノワに従っていた。


「ヴィルジール・デシャン・トラヴィス・プリュンダラー・エクエス・フォン・モレンク=ロード公爵閣下、ご到着!」


 アガフォノワの隣にいた兵士が、アガフォノワが驚くほどの声量でそう叫んだ。すると、皆が抜剣し、胸の前で構えた。驚くべきか、その剣身は黒く染っており、光を一切反射しておらぬ。闇討には最適であろうが、俺の護衛ではなかったろうか。


「その剣はどうした?」


「は。黒甲軍団(ノワール・ラ・モール)の名に恥じぬよう、装備品は黒く染めております。剣身に付与した魔法効果を長持ちさせるため、特殊な染料を用いて染めております」


「そうか。いずれ詳しく聞こう」


 アガフォノワの代わりに答えたのは、先ほど叫んだ兵士であった。武装が他とは少々違うので、隊長格か、それに近しい地位にあるのだろう。


「さて、総隊長閣下。帝都に行きましょう」


「ああ。準備はできておろうな?」


一角獣ユニコーン含め、準備を整えております」


「では行こう」


 俺がそう言うと、黒衣の将兵がそれぞれの愛馬に飛び乗った。アガフォノワが精鋭と評するだけあって、全てが無駄のない動きであった。

 俺やアキ、リンもそれぞれ騎乗し、見送りに来ていたファビオやルカ、ユキに手を振りつつ、屋敷を出た。


 アンセルムを発って半日ほど街道を駆け抜け、帝都に近づくと、帝都から五十騎ほどの騎馬隊が出てくるのが見えた。

 高級官吏の休暇はあと三日残っているはずであるから、おそらく下級の士官の判断でどうにかなる程度の問題でも発生したのであろう。念のため天眼で確認しつつ、必要があれば援護してやろう。


「おい、アガフォノワ。あの騎馬隊はどうする? 五色軍団サンク・ラ・モールの初陣はワタシの隊が飾りたいんだが」


「総隊長閣下、迎撃しますか?」


「おぬし、阿呆か。あれは帝都の警備隊、つまり友軍だ」


「左様ですか。それでは攻撃いたしません」


 帝都から出てきた騎馬隊が敵であるはずがないのに、わざわざ言ってやらねば分からぬものであろうか。以前は士官としてそれなりの地位にいたと聞いたが、世界が変われば常識も変わるものであろうか。まあこれから成長していけば良い。


「当たり前だ、馬鹿者。旦那様の評判を落とすつもりか?」


「ですから、攻撃しません、と」


「当然だ。そんなこと、いちいち旦那様に聞くな」


「しかし…」


「ワタシと旦那様とリン以外は、お前の指揮下にあるんだぞ。しっかりしろ」


「申し訳ありません」


「アキ、程々にせねば、士大将夫妻の評判が落ちるぞ」


「意地悪言うな、ばか。ワタシは部下を育てようと思ってだな」


「ならば着いてからで良かろう。舌を噛んでも治してやれるが、痛がるおぬしを見たくない」


「アガフォノワ、旦那様に感謝しろ」


「ありがとうございます」


 アキの説教は意外と為になるが、ヤマトワ出身のアキが使うサヌスト語は少々厳しいので、アキの人望が無くなりかねぬ。そうなっては、私兵全体の士気に関わるし、俺個人としても妻が嫌われ者になってほしくない。


 しばらく駆け、帝都から出た騎馬隊が近づいてきた。援護の要請であろうか。


「そこの部隊、止まらんか!」


 騎馬隊のうちの一騎がそう叫んだ。俺達に用があったのか。確かに事前に知らされず、百騎強の騎馬隊が近づいてきたら、警備隊としては対応せざるを得ぬ。悪いことをしたな。


「我らはモレンク血閥総帥ヴィルジール・デシャン・トラヴィス・プリュンダラー・エクエス・フォン・モレンク=ロード公爵閣下、ご夫人フラウ子爵アキ・フォン・モレンクロード閣下の一行なるぞ」


「噓を言うな。モレンクロード公爵閣下が帝都を発たれたという記録はない! 正体を明かせ!」


「貴様らこそ、姓名と所属、官職名を言え! 帝都から出てきたとて、帝国軍とは限らんだろう!」


「私は帝都警備隊南方部第三騎兵隊、グレゴリー・ド・オブライエン五十騎長だ。満足したら、大人しく縛に就け」


「失礼いたした。私は畏れ多くもモレンクロード公爵閣下の役を務めているだけの、単なる兵士にすぎませぬ。フラウ子爵閣下は本物でらっしゃるぞ。護衛任務の訓練中に道を失ったゆえ、とりあえず街道を北上していたところ、帝都が見えたゆえ、公爵閣下に挨拶を、と考えた次第だ」


 俺はこれ以上揉めぬよう、アガフォノワとオブライエン五十騎長の会話に割り込んだ。どうやら、そもそも俺達が転移で帰ったことが問題であるようなので、俺が穏便に解決せねばならぬ。


「そこの女は貴公を公爵閣下と呼んだが?」


「アガフォノワ司令は昨夜から寝ておらぬゆえ、役であるか否か、分からなくなったのであろう。迷惑を掛けたな。では失礼」


「おい、子爵閣下はどこに?」


「ワタシだ。確かお前達は帝都警備隊南方部所属といったな。旦那様に言っておく」


「申し訳ございませんでした。どうぞお通りください」


 アキがそう言うと、オブライエンとその部下達は街道から出て俺達に道を譲った。アキは本物であるから、最初からアキに対応させれば良かったかもしれぬな。まあ良い。


 その後、フラウ子爵一行ということで帝都に入り、屋敷に戻れた。次からは気を付けよう。

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