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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第421話

 連合商会の視察を終え、ダルク商会本部を出ると、馬車が待機していた。その周囲にはアガフォノワと黒いマントの歩兵が十名いる。これが件の黒甲軍団(ノワール・ラ・モール)か。


「お待ちしておりました、総隊長。次は研究所の視察に行きましょう」


「承知した。ところで、おぬしらが黒甲軍団(ノワール・ラ・モール)か?」


「はい。総隊長の兵士から優秀な者を選抜し、特殊訓練を施しました。一か月足らずではありますが、充分な成果が得られたと感じております」


「そうか。詳細は中で聞こう」


「は。どうぞ」


 アガフォノワはそう言うと、馬車の扉を開き、踏み台を置いて、俺達に乗車を促し、自らもそれに続いた。

 俺達が座ると、アガフォノワが窓を叩き、それを合図として馬車が動き始めた。


「では、アガフォノワよ、詳細を聞こう」


「は。まず、現状黒甲(ノワール)は凡そ二個大隊の規模です。そのうち、一個中隊に対し、私が特殊訓練を施しました。これを第一中隊と称し、他中隊の教育を命じた小隊を除いて総隊長の護衛任務にあたらせます」


「アキ、要約せよ」


「つまりだな、旦那様。中隊というのは、だいたい百五十人くらいで、大隊というのは四個の中隊と指揮用の小部隊からなる。旦那様の護衛をするのは、百人強といったところだな。合ってるか?」


「はい、流石です。三十名を教育小隊として残しますので、百二十名が総隊長の護衛任務に当たります」


「そうか」


 アガフォノワは百二十名と言うが、帝都の警備隊を合わせれば二百名を超えるだろう。

 その後、研究所建設予定地に着くまで部隊編制や訓練内容などの説明を受けた。魔導具の使用を前提としたものではあるが、無くてもそれなりの活躍はできるそうだ。少なくとも、俺の護衛には充分である。


 郊外の研究所建設予定地に着くと、フーレスティエ達の出迎えがあった。


「お待ちしておりました、モレンクロード公爵様」


「どうした、フーレスティエ。よそよそしいじゃないか。前は旦那様の事は名前で呼んでただろ」


「安心せよ、フーレスティエ。侮蔑の意がなければ、呼び名など何でも良い」


「そうですか。四月にジル様が戻られた際には敬称の変化を知りませんでしたので、帝都に行かれている間に少々思い詰めておりました」


「そうか」


 俺達は安心したようなフーレスティエに案内され、仮設の研究所を見て回ることになった。


 研究所は、俺の許可さえあれば『モレンク研究所』と称するそうで、俺は許可しておいた。大事なのは名称ではなく実態であるから、所属さえ分かれば良い。

 モレンク研究所の所長には、ラルス・オットー・キーヴィッツという白蓮隊五番隊員が任命された。彼自身は研究を司らず、管理部門を統括して会計や人事などを担当する。ちなみに管理部門の役職は、事務職と通称する。

 研究所には、分野ごとに研究室や開発室などが設けられ、メリーン組長は『魔法技術研究室』を、アルクラ組長は『非魔技術開発室』を、それぞれ室長として率い、実際に研究もする。事務職に対し、こちらは研究職と通称する。

 現状、魔法技術研究室、非魔技術開発室、軍事研究室、陸上兵器開発室、軍事艦艇開発室の設置が決定している。これ以外にも、必要に応じて設置されるので、土地は広くとられている。


 フーレスティエの説明を聞きながら、仮設の小屋や幕舎が立ち並ぶ区間に来た。仮説研究所だそうだ。


「総隊長、お待ちしておりました」


「ああ。アルクラ組長、進捗を聞こう」


 俺達の気配を感じたのか、無人で見張る技術でもあるのか、俺達が来るとほぼ同時にアルクラ組長が出てきた。やはり事前に連絡しておくと、円滑に進むな。次から気を付けよう。


「室長とお呼びください。人を介してではありますが、献上いたしました打鍵印字機タイプ・ライターの試作、生産が可能な程度には充実しております。許可さえいただければ、すぐにでも増産できます」


「そうか。リン、打鍵印字機タイプ・ライターの使い心地はどうだ? おぬしの感想によっては、増産して皇宮に献上するが」


「そんな重大な事、まだ本番で使っていないのに決めれませんよ。ただ、誰が扱っても汚い字にならない点は素晴らしいですね。アルクラ室長どの、頂いた打鍵印字機タイプ・ライターの字はシュヴェスター子爵閣下の字と伺っておりますが、他の誰か、例えばフラウ子爵閣下の字に変えることはできますか?」


「技術的には可能です。ただ、活字の制作の基にするため、前後の文字と繋がっていないことなど、ある程度の条件を満たした字が必要になります」


「そうですか。ありがとうございます。増産するのであれば、あまり癖のない字がよろしいかと思いましたので、お尋ねしました」


「サヌスト語が母語でない我々には違和感がありませんが、シュヴェスター子爵閣下の字は癖があるのでしょうか」


「こう言っては失礼にあたりますが、()()()クサい字です」


「ふふ、そうですか。ここだけの話にしておきましょう。現代的、一般的な字の一覧を頂ければ、新しく作りますよ」


「それではお願いしてもいいですか。ロード公爵閣下のご邸宅にある書庫に、幼児教育用の書物がありましたので、それを用いて作ってください」


「分かりました」


 俺がアルクラ室長と話していたのに、いつの間にかリンに乗っ取られた。まあ非魔技術開発室の成果は現状打鍵印字機(タイプ・ライター)だけであり、打鍵印字機タイプ・ライターを使っているのはリンだけであるから、当然といえば当然なのだが。

 それにしても、俺の屋敷に幼児教育用の書物などあったのか。色々な所から適当に持ってきたものを、部下に任せっきりであるから、何があるのか分からぬ。


「アルクラ、そういう事なら、姫の字で書けるやつを作ったら、旦那様は喜ぶぞ」


「アキ、俺が使っているのは魔導印字機マギア・ライターだ。打鍵印字機タイプ・ライターではない」


「なるほどな。メリーンに言えばいいのか」


「そういう事だ」


「総隊長、活字は共通部品ですので、私に命じてくだされば、魔法技術研究室にも伝えておきます」


「待て待て、量産したらダメだぞ。姫の字の機械は旦那様の専用だ。特別感が無くなるからな」


「分かりました。それでは、これから開発する全ての物品は、総隊長専用のものをひとつずつ作り、通常版と合わせて献上いたします」


「頼んだ」


「旦那様は姫の気配が少しでもすれば喜ぶ。ああ、あとな、ワタシも何かに参加したい。今度、相談に来るから用意しておけ」


「はい。お待ちしております」


「次いこう、次。な、旦那様」


「ああ。フーレスティエ、次はメリーン組…室長を訪ねよう」


「こちらです、どうぞ」


 俺達はアルクラ室長と別れ、次の小屋に向かった。すると、近づいただけでメリーン室長が出てきた。白蓮隊員は念話を含め全ての魔法が使えぬから、フーレスティエが念話で手配しているのではなかろう。


「お待ちしておりました、総隊長。早速ですが、魔導印字機マギア・ライターの使い心地はいかがでしょうか」


「ああ。なかなかに良いぞ。書くよりも早いし、清書がいらぬほど綺麗に書ける」


「ありがとうございます。もし、改善点などございましたら、すぐにでも対処いたしますが」


「アルクラ室長にも言ったが、俺の専用機として、レリアの字を基に活字を作ってくれ」


「承知しました。資料をいただければ、三日以内にお届けします」


「分かった。ところで、活字とは何だ?」


「…こちらへどうぞ。実物をお見せします」


 メリーン室長はそう言うと、小屋に俺達を招き入れた。

 小屋の中には、魔法陣や見た事もない文字が書かれた資料などが散乱していた。研究者の知人は白蓮隊員が初めてだが、研究者とは片付けが苦手なのであろうか。それとも、単にメリーン室長が怠惰なだけであろうか。まあ室長室という個室であるから、他人に迷惑をかけぬし、注意する必要もなかろう。


「これをご覧ください。まず、この思念受信盤で読み取った思念を、この魔法陣で文章化します。すると、ここに描いてある水魔法の魔法陣によってインクが生成され、印字されるべき文字が刻まれた活字がついたアームが動き、紙にドン、です。はい、ドン」


 メリーン室長は、室長室にあった巨大な模型を手動で動かし、仕組みを説明してくれたが、俺が仕組みを知ったところでどうにもならぬ。だが、分かりやすい説明ではあった。つまり、活字とは俺やルガンがハンコ部分と呼んでいた部品のことである。


「面白いじゃないか」


「ありがとうございます、フラウ子爵」


「旦那様の専用機ができたら、旦那様が今持ってるやつを渡すから、赤く塗れ。ワタシが使う。旦那様、それでいいな?」


「ああ。だが、新品を使えば良いのでは?」


「ワタシは旦那様のお古を使いたいのだ。旦那様だって、新品のベッドよりも、ワタシや姫と寝たベッドの方がいいだろ? それと同じだ」


「なるほど」


 俺が使わぬようになり、死蔵されるはずの魔導印字機マギア・ライターにも使い途ができて良かった。


 その後、メリーン室長と別れた俺達は他の研究室や工場予定地などを見て回り、視察を終えた。連合商会の視察より幾分か楽しかった。

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