第420話
翌朝。ナタリア様とリアン殿は、宿酔のジスラン様を馬車に乗せ、さっさと帰った。シャンタール嬢の出迎えの準備という名目であったが、リアン殿がナタリア様に怯えた結果であることは明白だ。
俺はケーニヒ大公に礼を伝えるようムレイに伝え、リンを連れて自領に戻ることにした。
四月に手配した事の途中経過も気になるし、できればアキにも帝都に来てほしい。人手が足らぬ訳ではないが、癒しが足らぬのだ。
わざわざ一角獣で駆けるのは面倒であったので、アンセルムの屋敷の執務室に転移した。
執務室を出ると、ちょうどアキとアガフォノワ、アウストリアが通りかかった。
「アキ、戻った」
「…帰るなら言え。迎えに行ったのに」
「すまぬ。転移で帰ってきたのだ。それより、一番隊の二人もいる事であるし、私兵再編の進捗を聞かせてもらおう」
「そうだな。その後で夫婦の時間をとろう」
「いや、悪いが他の視察もしたい。夜まで待ってもらおう」
「そうだな。夜の方が盛り上がる。さあ入った入った」
俺達はそう言うアキに執務室に戻され、ソファーに座らされた。
アキが俺の隣に座ると、一番隊の二人が持っていた資料を机の上に広げた。
「総隊長、ご説明いたします」
「おい、ワタシが説明するんだ、黙ってろ。まず、旦那様の軍隊は五色軍団と呼ぶ。役割ごとに色分けするんだ。図があるから見ろ」
アキがそう言って指差したのは、サヌスト語とヤマトワ語が混在する資料であった。俺は両方を理解できるので構わぬが、一方しか読めぬ者もいるだろうに。
アキは俺の左手を自らの左肩に乗せ、触りながら説明を始めた。やはり癒しになるから帝都に連れて行こう。
五色軍団は次の五つの軍団から構成される。
赤甲軍団。アキを士大将とする部隊で、忠誠心と戦闘力のみで選抜した精鋭で、将兵の戦闘法や出自などその他の条件は一切鑑みぬ部隊だそうだ。装備は赤く染め、アキの言うところの赤備えである。
青甲軍団。バローとシャミナードを共同軍団長とする部隊で、いわゆる工兵部隊である。装備や道具などは青で揃えるそうだ。
黄甲軍団。ダレラックを部隊長とする部隊で、魔法使いを集める部隊だそうだ。装備は黄で揃えるよう命じたそうだが、基本的に魔法使いは武器を持たぬので、黄色い制服を制定するそうだ。
黒甲軍団。アガフォノワを司令とする部隊で、魔導具を兵器として扱う歩兵部隊だそうだ。現状は魔導具の技術が追いついておらぬため、とりあえず領内の要人の身辺警護をしているそうだ。いずれは防御力のある黒い服を制服として制定するそうだが、今は黒いマントのみを揃えているそうだ。
白甲軍団。アウストリアを総船将とする部隊で、最新鋭の軍船を用いた水軍だそうだ。我が領内には海は無いが、湖やら河やらはあるので、そこで活躍するそうだ。制服も軍船も白く染めるそうだ、現状どちらもない。
「あの、そういう事は二人きりの時にしてください」
リンがそう言って咎めたのは、アキの服に入った俺の左手である。アキの説明を聞いているうちに、アキ自身の誘導によって俺の手は進んだのだ。
「言っておくが、旦那様はまだ揉んでないぞ。触ってるだけだ」
「そういう問題じゃないですよ。お二人も何か言ってあげてくださいよ」
「総隊長は我々の上官、いや、主君だ。文句などない」
「トゥイード卿は秘書官として冷静さを失っているのでは?」
「まさか私が少数派…?」
「そういう事だ。話を続けるが、旦那様さえ良ければ赤甲と黒甲から少しずつ出して、帝都の屋敷を警備させるぞ。もちろん、あっちの警備隊はどっちかに吸収する」
「あれ、無視されてます?」
「黙れ」
アキはリンの抗議を一蹴し、説明を続けた。
現状、五色軍団に組み込んでいるのはアンセルムとその近郊にいる部隊のみで、帝都にいる部隊やレリアの荘園の警護についている部隊など、遠くにいる部隊は五色軍団の存在すら知らぬ。
ちなみに、五色軍団の由来であるが、ヤマトワのホージョウなる武家が有する軍隊の編成で『五色備』というものがあり、これをサヌスト語に訳したものである。
ホージョウ家の五色備も赤、黄、青、黒、白の五色からなっているが、五色軍団とは機能が異なり、ホージョウ家のものは、最高格の家臣五名が預かる五つの部隊の総称である。
その後、城塞の建設であったり、軍港の整備であったりの構想を聞かされた。まあ十年単位の計画であるそうであるから、予算的な心配はあるまい。
昼食後、アガフォノワとアウストリアと別れ、他の視察に向かうことになった。
まずは、米屋有吾に任せている連合商会について視察することになった。アキとリンのみを連れて来たが、この二人がいれば充分である。
連合商会の本部は、アンセルムのほぼ中央にある空き地に、二階建ての大理石の建物を建築中だそうで、現在はダルク商会本部の一角を間借りしているそうだ。ちなみに、ダルク商会とはミミル商会が改称したものであり、ダルクとはミミルの家名である。
仮説本部に来ると、マイヤーの秘書を名乗るクッカ・マルヤ・スータラという白蓮隊五番隊員が出てきた。
「ユーゴ様はダルク会長と会談中です。もう少しで出てこられると思いますが、お呼びしましょうか」
「他に幹部はおらぬのか」
「皆様、出払っております」
「そうか。では待とう」
俺とアキは言われたソファーに並んで座り、リンはスータラと話し始めた。
「旦那様、暇ができたな。久しぶりに、ワタシにベーゼしろ」
「ベーゼ…古い言葉だな。まあ同じ行為であるが」
俺はそう言い、アキに口づけをした。やはり俺には癒しが足りていなかったようで、随分と気が楽になったような気がする。
アキは盛り上がってきたのか、俺の膝に俺と向かい合うように座って帯を緩め、俺はそれに応じ、服に手を入れた。
「あっ! また始めてる!」
「公共の場ではお控えください、総隊長」
「承知した。だが、ここは公共の場ではあるまい」
「その通りだ」
「私達がいるでしょう。もしかして、見せつけてらっしゃるので? それなら、大勢を呼び、近くでまじまじと見て差し上げます。そうでないなら、今すぐお辞めください」
「おい、スータラとやら。お前は旦那様の部下だろ。口答えするな」
「総隊長、愛する奥様の痴態を衆目に晒してもよろしいのでしょうか」
「…アキ、帰ったら人目を気にせず、存分に楽しもう」
「旦那様が言うならそうしてやる。確かに、我慢が長い方が気持ちいい時もある。今回はそれだな」
「ああ。夜になれば遠慮はいらぬ。そういう訳であるから、帯を直そう」
俺はそう言い、アキの帯を直した。
アキがその気になって俺を誘惑すると、俺は正気を失ってしまうようだな。まあ今回に関してはアキのみに責任を押し付けられぬが。
しばらくすると、マイヤーが入室してきた。すると、さり気なくスータラの尻を撫で、軽く口づけをしてから俺達の正面に座った。
「お待たせしました。総隊長、今日は何ですか?」
「単なる視察だ。視察とは言うが、おぬしの報告だけで良い」
「分かりました」
「だが、その前にひとつ。そこのスータラは、おぬしにとって何だ?」
先程は俺達に説教したスータラも、マイヤーの行動は一切咎めておらぬ。それどころか、喜んで受け入れているようにすら見えた。
「単なる秘書ですよ。巨乳の美人秘書との濃密なスキンシップは、全ての男の夢でしょ?」
「お前の価値観を押し付けるな、変態め。旦那様は部下を実力でしか選ばない。巨乳とか美人とか、秘書には必要ないだろ。それからな、その価値観も含めて、ワタシはお前が嫌いだ。次、気に食わん事を言ったら、両腕を斬り落とす。分かったら、気をつけて旦那様の話を聞くことだ。さあ旦那様、話せ」
「概ねアキの言う通りだ。まあ安心せよ。アキが両腕を斬り落としても、俺がすぐに治してやる」
「そうなったら、もう一回斬るだけだ。旦那様は多分それも治すから、終わりの無い拷問が始まるだけだな。言動に気をつけろ。それじゃあ本題に進め」
「え…」
「両腕」
「はい。これ見てください」
マイヤーはアキの『両腕』という言葉に怯え、抱えていた資料を全て差し出し、説明を始めた。
連合商会は、昨日の時点で五十を超える商会の加盟申請が届いており、そのうち審査を通過した商会は二十程度ある。審査とは、モレンク血閥領内を活動拠点にしているか否かであったり、俺への忠誠心であったり、まあ優遇を与えるに相応しいか否かを調べているのだ。
若手であったり、独立希望であったりで、低利子での融資を希望する者も三十名程度おり、既に三名に銀貨三百枚ずつ融資したそうだ。
支部を置く場所については、未だ検討中であるが、モレンク血閥領内の人口一万人を超える都市や帝国内の重要都市などに設置したいそうだ。領内はともかく、領外の重要都市に置く場合はその地の領主の許可が必要であるから、俺の紹介を求めていた。
理事会の構成員については、モレンク血閥の各家当主を理事として迎え、副理事長はルイス卿に頼む方向で調整しているそうだ。その他には、一定以上の上納金を納めた商会の代表者や理事長が特別に任命する者などを理事として迎える。
事務局については、しばらくは領主館からの出向者で補充するが、いずれは独自の局員を揃える予定だそうだ。




