第412話
俺が参加するまでの話について、ジュスト殿の補佐官であるルグーがエヴラールに伝え、それを俺とリンに教えてくれた。
それによれば、武官組織も文官組織も、むろん他にも結構な大改革が行われるようだ。
軍事に関してだが、まずは階級制度を導入し、上下関係を明確にするそうだ。
大元帥と元帥を一人ずつ任命する。
大元帥については、幼帝や病弱などの場合を除き、皇帝と同一人物が任命される。その判断基準は、摂政が置かれているか否か、だそうだ。まあエジット陛下はまだお若くあるから、今は選定基準などどうでも良い。
元帥については、ジェローム卿が任命された。まあサヌスト王国軍の最高位である全軍総帥であるから、当然の人選であろう。
各軍の高級将校二百名を、将官に任命する。
大将軍、将軍、副将軍の三階級制を採り、四名を大将軍、三十六名を将軍、百六十名を副将軍に任ずる。
人数は不明であるが、水軍将校には、将軍の代わりに提督の語を当て、大提督、提督、副提督の三階級制とする。むろん、水軍将校も将官に含まれるので、将官二百名に変わりは無い。
この二百名の人選は、大公の意見を聞きつつ、実力を重視して選ばれるそうで、未だ議論中であるそうだ。
概ね五百騎長級以上の将校を、士官に任命する。ここでいう士官とは、階級郡名であり、将校と同義語ではない。
士官は、陸上戦力と水上戦力、後方支援や軍政専門の三部門に分類し、それぞれ階級名が異なる。
まず、陸上戦力の士官は騎士官と称し、金級騎士、銀級騎士、銅級騎士の三階級とする。金級騎士が昇格すると、副将軍となる。
次に、水上戦力の士官は水士官と称し、金級水士、銀級水士、銅級水士の三階級とする。金級水士が昇格すると、副提督となる。
最後に、後方支援や軍政専門の士官は徒士官と称し、金級徒士、銀級徒士、銅級徒士の三階級とする。ただし、徒士官に関しては、金級徒士が最高階級であり、将官への昇格は不可能である。
概ね五百騎長級未満の将校を、下士官に任命する。下士官は軍種による区別は無く、全て同じ階級名を用いる。
下士官は、上士、中士、下士の三階級制である。
そして、いわゆる兵卒には、一律で兵士という階級が付与される。
兵卒が何か判断する程の損害を被っている場合、その部隊は敗走していようから、兵卒に階級を設けぬそうだ。それに、何らかの理由で兵士のみで遂行する任務があった場合は、軍歴による序列を形成すれば良い話で、常設の序列が必要とは思えぬ。
もう一つ、軍事に関するもので決まったのは、全軍を統率する大元帥に直隷し、その指揮権を輔翼する全武官組織の上位組織として、『軍令部』が設置されるそうだ。
軍令部の長は、官職名を軍令部総長といい、当然であるが、元帥であるジェローム卿が任命されている。ただ、軍令部の構成員として決まっているのはジェローム卿だけであり、他はまだ決まっておらぬそうだ。
軍令部の第一の任務は、臨時の構成員として、大将軍と幾人かの将軍を任命することであり、第二の任務は、全軍の再編と階級の付与である。
次に、政事に関することである。
まず、以前ヴァーノン卿が提唱していた、全ての文官組織を八つに分ける案を採用し、組織名を決定したそうだ。むろん、文官組織を八つに分ける案とは、軍政部門や宗教部門も加えた、合計で十の部門を設立する案である。
内務省。地方行政を統括する。諸侯の自領統治について、ある程度の監視と指導をし、帝室直轄領の直接の統治も担当する。
財務省。財政を統括する。徴税や国庫の管理に加え、これから行われる通貨統一なども担当する。
法務省。法律関係を統括する。帝国内全ての法律を一元管理し、さらにそれを用いて人を裁き、刑の執行までを担当する。
文化省。各地の遺跡の管理であったり、学問の振興であったり、まあ文化面の行政を統括する。将来的に設置されるであろう学園の運営なども担当するだろう。
宮内省。宮中に関する一切を統括する。帝室の身辺の世話であったり、貴族に関する行政などを担当する。また、貴族同士の問題の仲裁なども担当する。
建設省。国土の管理や都市計画、官衙の営繕などを統括する。数年のうちに遷都をするそうだが、この新都の建設も担当する。
農商省。諸産業を国家として統括する。商人の保護であったり、飢饉の対策であったり、結構重要である。
国務省。その他の行政を担当する。外交であったり、奴隷解放であったり、まあ統一性がないものではあるが、重要なものばかりである。
軍務省。軍政を統括する。徴兵や階級の管理など全軍の人事であったり、軍需物資を集めたり、武官からしてみれば重要な部門である。それゆえ、文官は最低限必要な人員のみで、他は徒士官を集める。
宗教省。ヴォクラー教は無論のこと、その他の宗教の保護を担当する。ただし、ヴォクラー教を否定するものや完全に反するものについては規制するため、その判断なども担当する。
この『省』という呼称は、白蓮隊員による発案であり、行政機関の最上位のものを表す語である。ただし、軍務省にとっての軍令部、法務省にとっての高等法院など、さらに上位の組織がある場合もある。
省の長は、官職名を大臣といい、それ未満とは一線を画す権限と責任を有する。
そして、こちらも全文官組織の上位組織として、『枢密院』が設置される。
枢密院の長は、官職名を枢密院議長といい、ヴァーノン卿が任命された。今まででいうところの宰相に相当する職である。
この構成員は、官職名を枢密院議官といい、各省の大臣に加え、元帥や大将軍などの将校、皇帝や大公が指名する功績ある者など、合計三十名が定員である。なお、元帥は枢密院副議長に任命されるので、厳密には枢密院議官ではない。
枢密院の由来であるが、古代サヌスト王国に存在した、国王の諮詢機関の名称を流用しているそうだ。
それから、これは今も議論中であるが、全ての諸侯が帝室に領地を献上し、それを再分配するものである。この計画は仮称として、全領再編と呼んでいるそうだ。
全領再編について、反対意見がそれなりに出ているのに諦めぬ理由であるが、表向きには全土を把握することで、様々な戦略に役立てる、というものである。これも事実ではあるが、あくまで本来の目的の副産物であり、その本来の目的は、形式的にではあるが、サヌスト皇帝が各地に封ずる事で、諸侯を心理的にも臣従させる事である。
むろん、全領再編によって、領地が増える者もあれば、減る者もあるので、この選定は慎重にならねばならぬ。であるからこそ、広大な血閥領を見返りに、貴族を熟知する大公の協力が必要なのだ。
結局、今日は何も決まらぬまま日が暮れ、場所を変えて立食パーティーが始まった。これは、各地の貴族が交流し、結束を高めることを目的として、テイルストバシレウス大公とノヴァークレクス大公の到着後、毎夜開催されているそうだ。
パーティーが始まると、俺はクィーズスケーニヒ大公に挨拶に向かった。リアン殿の事があるので、苦手ではあるが仕方ない。
「クィーズスケーニヒ大公閣下、相談したき議がございます」
「モレンクロード公爵、いかがなされたかな?」
「失礼なれど、婚姻を望む未婚の姫はいらっしゃいませぬか。というのも、我が愛妻の兄、つまり我が義兄が縁談の仲介を私に求めるのですが、私の狭き人脈では良縁を紹介できぬと思いまして、ご相談いたしました」
遠回しな言い方で意図が正しく伝わらねば、ジスラン様やリアン殿に勘当されかねぬので、直接的に言った。まあ言い方が災いして破談になったら、次の大公に接するときの参考にすれば良い。
「ふむ…未婚の身内はいるが…他に情報は?」
「ヴォードクラヌ伯爵家嫡男、名をリアン・フォン・ヴォードクラヌ、今年で二十八歳です。今は、同伯爵領内にある最新鋭の魔導城砦、ラポーニヤ魔城の城主です」
「なるほどなるほど。ところで、ヴォードクラヌ伯爵家は、モレンク血閥外なのか。なにゆえ?」
「血閥制度に基づけば、配偶者の実家を血閥に加える事はできませぬ」
「制度を読み込んでおかねばならんな。縁談については、前向きに検討する。近いうちに返答しよう」
「ありがたく存じます」
どうやらクィーズスケーニヒ大公に対しては、直接的な言い方で問題なかったようだ。
前向きに検討を言葉通りに受け取れば、リアン殿にとって朗報であろう。リアン殿が屋敷に来たら伝えて、身上書やら何やらを用意しておくよう言おう。
「そういえば、ノヴァークレクス大公が紹介を望んでいたが、貴殿はどうかな」
「ご紹介いただけるのですか」
「これも何かの縁だ。ついて来給え」
クィーズスケーニヒ大公はそう言うと、俺を先導して歩き始めた。この様子から察するに、既に両家は和解したようだ。




