第406話
しばらくすると、アーウィン大将とエヴァンス侍従武官が訪ねてきた。フレイザー副将も来るかと思ったが、まあ来られても気まずいから良いか。
「まずは、スーザン・フレイザー央軍副将と一部の将兵が貴殿らに対し、数々の非礼を働いた事に関する謝罪を」
「関与した全ての者に謹慎を命じました。将校には昨年度の給与の半額を罰金として課し、納付が不可能な場合には同額を減給します。それによって集まった金銭を、我々の謝意として受け取っていただきたく存じます」
アーウィン大将とエヴァンス侍従武官はそう言い、テイルスト金貨が入った皮袋を机の上に置いた。
「貴殿らの誠意のみ受け取ろう。これは貴殿らの思う良い使い方をなさるが良かろうぞ。さて、過ぎ去った話ではなく、これからの話をしよう」
ジュスト殿はそう言い、金貨の袋を押し返した。アーウィン大将は困惑したが、エヴァンス侍従武官は予想通りといったように受け取り、懐にしまった。
「これからの話といいますと、具体的には?」
「我が帝国の領土拡大について、だ。既に伝わっているとは思うが、貴殿らの王は大公となり、我らが皇帝陛下の臣下になる。ご理解いただいているかな」
「ええ。王家の方々は血閥という新区分として、優遇してくださるとか」
「条件に見合えさえすれば、王家に限ったことではない。ここにいるモレンクロード公爵も、血閥総帥だ」
ジュスト殿はそう言い、エヴァンス侍従武官に俺を紹介した。エヴァンス侍従武官は驚いたように俺を見つめ、納得したように頷き、ジュスト殿に向き直った。
その後、しばらくジュスト殿とエヴァンス侍従武官が政事に関する話をしていたが、二人以外は会話にほとんど参加せず、黙って聞いていた。まあここにいる全てが武官であるから、政事に明るい訳がないのだ。
「アーウィン将軍、腹熟しに乗馬でもしようと思うのだが、案内を頼めるか」
「…お供いたしたく思いますが、私は見ての通り図体が大きく、そのために馬に乗れません」
「馬は俺が用意しよう。貴殿は身を以て知っておろうが、俺は貴殿より重い。であるのに、馬を駆って来たのは知っておろう?」
「ご用意くださるのであれば、お供いたします。ですが、馬を潰しても責は負いませんぞ」
俺は昼食後、アーウィン大将に腹熟しの遠乗りの案内を要請すると、勝者の言葉であるからか、政事の話から逃げたかったのか、馬さえ用意すれば案内をすると即答した。
「コティヤール閣下、よろしいかな?」
「ああ、構わんよ」
「では失礼。アキ、エヴラール、行くぞ」
俺はそう言い、三人を連れて部屋を出た。
エヴラールには先に行って適当な馬を買い取るように命じ、アキとアーウィン大将には武装の解除を求めた。
城門前で愛馬ともう一頭を連れたエヴラールと合流した。俺も異空間からヌーヴェルとメトポーロンを出し、準備をした。ちなみに、全員が帯剣あるいは帯刀のみである。
「アーウィン将軍、この馬の見た目は気に入ったか?」
「…単なる栗毛ですから、気に入るも何もないでしょう」
「そうか。ではこの馬を貴殿に贈ろう」
俺はそう言い、エヴラールが連れてきた栗毛の軍馬に対し、一角獣化の魔法を使った。最近は成功率もかなり高く、失敗する方が珍しいほどであるから、心配はない。
栗毛の軍馬が光り輝き、その光がおさまると、重種馬のような隆々たる体格に、漆黒の鬣、以前より黒みを増して黒馬と呼ぶべき毛色、短剣と同程度の角を有する立派な一角獣がいた。
「良い馬になったな。名をつけてやるが良かろう」
「それでは、シガンテスク、と」
「良い名だ。では、このシガンテスクを貴殿に贈ろう。おそらく完全武装の俺と貴殿が二人乗りをしても、駿馬より速く駆けるだろう」
「なんと…!」
「シガンテスクの試乗を兼ね、出掛けよう」
「ありがとうございます。開門、開門!」
アーウィン大将が嬉しそうにそう言うと、城壁の上にいた兵士が慌てて開門した。
俺達はそれぞれ愛馬に飛び乗り、エイシカ砦を出た。シガンテスクに乗ったアーウィン大将は、ヌーヴェルに乗った俺より四十メルタほど高い目線になるので、近づきすぎると、見上げても表情が見えぬ。
表情が読めぬので何とも評せぬが、おそらく機嫌の良いアーウィン大将がしばらく駆け、小川の近くで休憩することになった。歩兵として戦っているはずであるアーウィン大将であるのに、その乗馬術は熟練の騎兵のようであった。
「アーウィン将軍、どうであった?」
「乗馬は十年ぶりですが、体は覚えているものですな」
「ならば良かった」
アーウィン大将はシガンテスクを撫でながら俺に応えた。歩兵とは思えぬほど馬の扱いに慣れているな。まあノヴァーク軍は歩兵と騎兵の区別をほとんどしておらぬから、歩兵が馬に触れる機会も多かったのだろう。それに、アーウィン大将は高位の指揮官であるから、何らかの形で馬と触れ合っていたのだろう。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何でも聞いてみよ」
「それでは遠慮なくお伺いしますが、なぜ敗者である私にこれほどまでの厚遇を?」
「俺は貴殿を部下にしたい。各国軍を統廃合し、サヌスト帝国軍としたとき、おそらく俺はそれなりの部隊を預かる事になるだろう。その際、貴殿には俺の副将として、共に戦場を駆けて欲しい」
「ありがたきお言葉です」
「それに、これは言うべきではなかろうが、貴殿はノヴァーク人から大いなる人気を集めていると聞く。その貴殿を味方につければ、合邦も容易くなろう?」
「さすがです。このフェリックス・アーウィン、サヌスト帝国に永久の忠義を」
「うむ」
アーウィン大将はそう言って俺に跪き、臣下の礼を執ったため、俺は皇帝代理戦士として返答した。
「ひとつ、俺からも頼みがあるのだが」
「何なりとお申し付けください、閣下」
「では、ノヴァーク王を連れ、帝都アンドレアスに来てくれぬか。クィーズス王より、ノヴァーク王家との和解の仲介をして欲しいとの申し入れがあったのだ。そして、クィーズス王は帝都に向かっている」
「我が王にお伝えし、出来得る限りの説得を致します」
「頼んだ。できれば、テイルスト王も来て欲しいものだが、可能であろうか」
「併せて我が王にお伝えします」
「頼んだ」
ジュスト殿はジュスト殿で国王の出頭を求めているだろうが、同じ内容であれば何度要請しても良かろうし、ジュスト殿にも事前に言ってある。
「客将様、勧誘するのはいいが、ワタシ達の紹介を先にしろ」
「そうであった。アーウィン将軍、この二人は俺の腹心だ。紹介しよう。まず、アキ・フラウ・フォン・モレンクロード副客将軍だ。モレンク=フラウ子爵であり、我が妻だ」
「客将様と同じ家名だから、フラウと呼んで区別するといい。今決めた事だが、これからはそうする」
「改めまして、フェリックス・アーウィンです、フラウ副客将軍」
「うむ。ワタシはヤマトワ出身のヤマトワ人だが、サヌスト帝国に忠誠を誓った。同志だな」
「そうですな」
アキはそう自己紹介し、アーウィン大将と握手をした。
それにしても、これからフラウと呼ばせるのであれば、アキが俺を『客将』と呼ぶときは、俺もフラウと呼ぼう。他にも、個人名で呼んでいる者も私事を除いて家名で呼ぼう。
「それから、エヴラール・フォン・バンシロン二等帝国騎士だ。我が副官だ」
「バンシロンです、アーウィン将軍閣下。以後、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしく願おう」
エヴラールを紹介すると、二人はやはり握手をした。
こういう場合は、馬の紹介もすべきであろうか。いや、ヌーヴェルやメトポーロンが勝手にシガンテスクと交流しているので別に良いか。
「さて、モレンクロード閣下、日が暮れるまでに帰りませんと、夜間の開門をテイルスト人は嫌います」
「そうか、では帰ろう。ヌーヴェル!」
俺達はアーウィン大将の警告に従い、エイシカ砦に帰ることにした。テイルスト人が夜間の開門を嫌う理由は気になるが、どうせ臆病なだけであろうし、アーウィン大将に同胞を売るようなことは言わせたくないので、問わぬことにした。
エイシカ砦に帰ると、俺の勝利を記念した祝勝会に招かれた。どうやら、サヌスト陣営以外は参加できぬようで、アーウィン大将は追い出された。
護衛隊の全将兵が交代で参加するようで、結構な量の料理が用意されている。エイシカ砦の備蓄を使い、エイシカ砦の料理人に調理させているようだ。俺がおらぬ間に、主従関係がはっきりと定まったようだな。




