第39話
幕舎に入り、魔法陣を書き換えた俺はレリアにキアラを紹介する。
「あー、この人はヴォクラー神からの遣いのキアラだ」
「妾はキアラよ。あなたは?」
「あ、あたしはレリア」
「そう。ジル様とどういう関係?」
俺を含めた皆の視線がレリアに刺さる。
「あたしは…ジルの…」
「俺の婚約者だ」
「え…?」
「ん?違うのか?」
「ううん。違くない」
俺とレリアは見つめあって笑った。
「オディロン。あなたも大変ね」
───これでも数日前に出逢ったばかりだ───
「驚いたわ…」
───二日目からこんな感じである───
二人で何かを話している。
「お前らって知り合いだったのか?」
───知り合いではあった───
「そうか。なんか熟年夫婦みたいだな」
俺が何気なく言った言葉だった。
「オディロン!あなた、言ったの?!」
───いや、我は断じて言っておらん───
「じゃあ、どこで…」
───ロドリグかもしれん───
「あの猫…」
二人が何故か慌てだした。
「二人ともどうしたんだ?」
「いや、何も無いわ。ところでジル様に紹介したい者がいるのだけれど呼んでもよろしいかしら?」
「何人?」
「三人よ。男二人に女一人。私の部下よ」
「呼んでくれ」
「では、外に出ましょう」
「なぜ?」
「嵐を止めてあげるわ」
「本当か?」
俺はキアラに今も続いている嵐を止めるように頼んで外に出る。
キアラは正確な大きさも分からぬくらい大きい魔法陣を描き、魔力を込める。すると嵐が止んだ。
「では、妾の下僕を呼びましょう」
「ああ」
ちなみにレリアは俺の後ろにいる。オディロンは魔法陣を描いて異空間に帰っていった。
キアラが新たに三つの魔法陣を描いた。その魔法陣に魔力を込めると三人の男女が出てきた。
「ジル様に挨拶をせよ」
「「「御意」」」
「私はキアラ様の侍女のレンカです。以後お見知りおきを」
「拙者はヨルク。キアラ様の近衛騎士であります。以後お見知りおきを」
「私はセリム。キアラ様の近衛魔術師であります。以後お見知りおきを」
皆が名乗った。俺も名乗っておこう。
「俺はジルだ。よろしく頼む」
「此奴らをジル様の従魔にしてもらいたいの」
「キアラと同じ異空間で良いのか?」
「従魔にさえすればセリムに調整させるから気にしなくて大丈夫よ」
「そうか」
俺はキアラがやったように三つ同時に魔法陣を描く。魔眼と左右の手に描く。それぞれを天眼で補助するが難しいな。
俺は魔法陣に魔力を込める。
「成功か?」
「成功よ。後はこっちでやっておくからジル様はレリアさんとごゆっくりどうぞ」
キアラ達はそう言って異空間に消えていった。
「ジル、お腹空いた」
「そうだな。誰か呼ぶか」
「あたしが作ってあげる!」
「本当か?」
「うん!何が食べたい?」
「おすすめは?」
「オムライス!」
「じゃあオムライスを頼む」
俺はレリアの手料理を楽しみに幕舎に戻る。
「ジル様、いらっしゃいますか?」
「誰だ?」
幕舎の外から呼びかけられた。ルブーフの声がしたからルブーフだと思うが一応聞いた。
「ルブーフです。人虎隊の副隊長ビュルガーを連れて参りました」
「ビュルガーです。入ってよろしいでしょうか?」
入れたくないけど入れるしかないだろうな。入れなければ幕舎の前でウロウロしそうだしな。
「良いぞ。入るならさっさと入れ」
「「失礼します」」
二人が入って来た。何故かキョロキョロしている。
「どうした?」
「レリア様は何処に?」
「朝ご飯を作りに行っている。俺の為にな」
ビュルガーが聞いてきたので答えてやった。
「左様でしたか。ところでなぜ私を呼んだのです?」
「人狼の防御本能と同じことが人虎にも起こるのか?」
「人狼の防御本能とはなんでしょうか?」
「魔力が無くなった時に人間の姿に戻る事だ」
「あーその事ですか。我々人虎はそのような事にはなりません。爪や牙に通す魔力が無くなると空腹と睡魔が同時に襲ってくるだけです」
「それは酷いな」
「そうでしょうか。空腹と睡魔を耐えればそのまま戦えます」
「魔力が尽きたらどうなるんだ?」
「分かりません」
「予想だとどうなる?」
「死にますね」
「ん?」
「死にますね」
待て待て待て。魔力が尽きたら死ぬのは全生物共通だ。だから人虎が特別な何かを有しているのかと思ったが違うのか。
「弱くないか?」
「人虎は人狼と違って短期決戦型なんですよ」
「ああそう」
その後も俺はビュルガーの熱弁を適当に聞き流す。
ビュルガーがしばらく話していると誰かが幕舎に近づいてきた。
「ジル、おまたせ!」
レリアだ。
俺は立ち上がり外に出る。
「外にテーブル持ってきてもらったの」
「たまには外で食べるのも良いな」
「でしょ!」
俺は机を挟んでレリアの正面に座る。
「オムライスは?」
「ちょっと待って」
レリアが勢い良く皿を机に置くと同時にこう言った。
「じゃーん!」
レリアの掛け声と同時にオムライスが真ん中で割れた。表面はトロトロだ。
おそらくオム(オムライスの卵の部分)の中はトロトロの状態で表面に切れ込みがいれてあってギリギリ繋がっている状態だったのだろう。それが勢い良く机に置いたことで完全に切れて割れたのだろう。
偉そうに解説するが俺にはできぬ。
「食べて食べて!」
「ああ。いただきます」
俺はオムライスを食べる。
「…美味い!」
「ほんと?」
「ああ。ほっぺが崩れそうだ」
「落ちるんじゃないの?」
「そうだ。ほっぺが落ちそうだ」
その後も美味しく頂いた。この世界に来てから一番美味しかった。
そして片付けを幕舎の中にいた二人に任せて幕舎に戻る。
「ねえねえ、ジルって何?」
「何ってなんだ?」
「人狼なの?人虎なの?ハイエルフなの?」
「俺は魔天使族でもあるし人狼でもあるし人虎でもあるしハイエルフでもある」
「魔天使?」
「ああ。魔天使族だ」
「何それ?」
「天使の中で唯一、魔石を持つ選ばれた天使だ」
「え、ジルって天使だったの?!」
「ああ。使徒は天使だ」
「そうなんだ…え?人間じゃないの?」
「ああ。まだ人間の血は飲んでいないからな」
「あたしの血、飲む?」
「飲まぬ。俺がレリアの血を飲んだら女になってしまう」
「じゃあ、誰の血を飲むの?」
「誰か優秀な男の血を飲もう」
「優秀じゃないとダメなの?」
「血の持ち主の影響を多少は受けるからな」
「でも多少でしょ?」
「ああ。俺の実力の前では無に等しい。が、砂でも集まれば砂漠になる。だから多少だが気にする」
「じゃあ、これから出会った強敵の血を飲めば?」
「それは良い案だ」
俺はレリアの案を忘れぬようにヨドークに伝えておく。
「団長、そろそろ出発ですぞ」
アルフォンスが幕舎の外でそう言った。
「ああ。すぐに行こう」
俺は幕舎の外に出る。
「おぬしらは?」
アルフォンスの両隣に知らぬ犬人と猫人が控えていた。
「僕は犬人隊の副隊長ペロドーだワン。今はバロー様の代理をやってるワン」
「僕は猫人隊の副隊長キュリスニャ。僕もシャミナード様の代理ニャ」
あの二人の代理であった。
「代理二人が何をしに来た?」
「幕舎の片付けしに来たワン」
「だから早く出て行くニャ」
アルフォンスが慌てている。俺に対して出て行けと言ったからであろう。
「わかった。レリア、行くぞ」
俺はレリアと幕舎を出て行く。
「そういえば昨日のアレどうなったの?」
「アレ?」
「長老がなんとかって言ってたよ」
「忘れてた。まあその内報告に来るだろう」
俺はレリアと共に歩いて行く。特にどこに行く訳では無いが散歩をする。
「あ、ジル様。おはようございます」
「ああ。おはよう」
俺の隣でレリアがキョロキョロしている。ラポーニヤ魔族がジロジロ見ているからだろう。
俺は土魔法で俺とレリアが立っている所を一メルタ程高くする。
レリアが驚いて俺にしがみついた。
「皆に紹介しておこう。レリアだ。レリアも何か一言で良いから言ってくれ」
「レリアです。ジルの、こ、婚約者です。よろしくお願いします!」
レリアがそう挨拶した。ラポーニヤ魔族から拍手喝采がわき起こった。
中にはラポーニヤ笛を吹いている者もいるがレリアには聞こえていないだろう。
「姫様!」
どこかでそんな声がした。
ラポーニヤ魔族からレリアが『レリア姫』や『姫様』と呼ばれることになるのはこの後からである。
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