第398話
あれから、特に問題もなく順調に行軍し、二月十日の昼間、演習地であるデュシスズィスィ地方に到着した。使節団はここで調子を整え、明日か明後日に出立する。
陣地構築にちょうど良い台地があったので、そこに陣を張った。標高百メルタ程度のこの台地は、言われねば分からぬほど緩やかな傾斜であり、それに加えて、半径五メルタル程度の頂上が平らであるから、陣を張るのに一切の問題はない。
地図で確認すると、ヒュドール台地という名前であった。地図の補足に、ヒュドール高原と呼ぶ者もいると書いてあった。
第二陣の運んだ物資を用いて、第一陣が築陣するので、俺はジュスト殿と合流した。
「ジル卿、地盤の強化なんてものは、魔法でできるのか?」
「不可能ではないが、おそらく地震を伴うぞ」
「地震か…よし、示威も兼ねて、テイルストの辺境を巻き込んで地震を起こして欲しい。明後日までにサヌスト領内には通達するから、明日は範囲とか詳細を打ち合わせよう」
「承知した。では俺は地盤強化のため、事前調査をしておこう。ところで、なぜ地盤強化を?」
「わざわざ他国軍に観測されやすい場所で演習をするんだ。陥没して壊滅なんて事が起こったら、これ以上ない恥晒しだ。それに、今回は魔法の演習だし、万全を期しておきたい」
「なるほど」
「頼んだぞ」
ジュスト殿はそう言うと、手隙の騎兵隊に向けて馬を駆った。近隣の城砦や都市、農村などに対する使者を選ぶのであろう。
俺は魔導教官候補生を集め、地盤強化とその事前調査をする事を伝えた。ちなみに、道中、移動しながら講義をしていたら、全員が魔力の感知が可能になり、さらに優秀な者は簡単な魔法を扱えるまでになった。
「コティヤール総帥からの命令である。明後日、この周辺の地盤を強化する。その事前調査として、地下の状況を調べねばならぬ。同行したくば同行せよ」
俺はそう言い、候補生を連れてヒュドール台地の頂上の中心あたりに向けて駆け出した。ちなみに、アキとエヴラールは、魔法関連の書物を収める、仮設の図書館を設置するリンを手伝いに行かせた。
テイルスト側から観測しやすくするため、西側の斜面の手前に本陣を置き、斜面に向かって将兵の幕舎を置く予定であり、今は本陣の辺りにいるので、事前調査のために移動せねばならぬ。斜面に将兵の幕舎を置く件であるが、斜面というほどの傾きはないので、しばらくの生活に悪影響はなかろう。
中心に来て、一角獣を適当に繋ぎ、土魔法による地中調査の方法について、簡単に講義してやった。具体的には、満遍なく魔力を飛ばし、飛ばした魔力に集中していると、空洞があったり、岩が埋まっていたりすれば、反応があるので、それを元に総合的に判断するのだ。おそらく、蝙蝠の超音波と似たようなものであろう。
「では、俺は調査を開始する。互いの魔力は基本的に干渉せぬゆえ、各自で調べて俺の結果と比べてみるのも良かろう」
俺はそう言い、地中に魔力を飛ばし始めた。俺は繊細な魔法は苦手であるゆえ、関係する一切の権限をラヴィニアに貸与し、調べさせた。
調査結果であるが、地下と言うべきか内部と言うべきか、とにかく頂上から汲みやすい位置に巨大な水源があった。いや、水源というよりは、巨大な水玉の表面に五メルタ程の厚さの土が張り付いているといった方が正しいかもしれぬ。
さらに範囲を広く調べてみると、少なくとも二百メルタルより近くにある全ての山岳から地下水が流れ込み、溜まっているようである。
調査範囲を地下深くに変えると、ヒュドール台地の中心、地下五百メルタル辺りに、巨大な魔法陣があった。地中にあるため、直接の確認はできぬが、天眼に亀裂が入るほど魔力を込めれば、内容は分かる。細かい事は色々あるが、地上に大量の水を集め、これを解除まで保持する魔法であった。
ついでに、水質なども調べてみたが、これ以上ないほど綺麗な水であり、各地から栄養が流れ着いたのか、表面の土も肥沃なものであった。
「俺は調査を終えた。日が暮れる頃には築陣も終わって夕食も出来ておろうから、それまでゆっくり調べると良い。質問があれば聞いてやろう」
俺はそう言い、椅子を出して座った。ラヴィニアには、リンを呼ぶよう言いつけ、帰陣させた。
「閣下、何度やっても水しか見つからないのですが…」
「ああ。五メルタほど掘れば、水が出てくる。おぬしら程度の魔力量であれば、おそらく水の向こう側の土は感知できぬ。それほど大量の水があるのだ」
ジェゴフが数人を引き連れて不思議そうに尋ねてきたので、俺はそう言ってやった。
「そのような地形は有り得ないと思うのですが…閣下も勘違いをなされているのでは?」
「いや、確かだ。地下五百メルタル程に魔法陣がある。地中であるゆえ、転移しての確認はできぬが、確かにある」
「左様ですか…」
「ああ。そういうことであるから、おぬしの推察は正しい。自信を持っても良いぞ」
「ありがとうございます」
ジェゴフはそう言い、一緒に来た者と再びどこかに行った。
俺とジェゴフの会話を聞いていたのか、質問に来ようとした者が再び調査に戻った。結果は言うべきでなかったかもしれぬな。
しばらく待っていると、嬉しそうな顔をしたアキが、背中にリンを乗せて駆けてきた。俺が目当てにしていたリンは、アキにしがみつき、気分の悪そうな顔で俺を睨んだ。さすがに頼りすぎているかもしれぬな。
「客将様、リンを連れて来たぞ。リンは馬を連れてきてないからな。私情じゃないぞ」
「ああ。礼を言う」
「ロード様…」
しがみついていたアキが下馬したため、リンはメトポーロンからずり落ちた。そして、嘔吐した。
「リン、大丈夫か?」
俺はリンの傍らに膝をつき、回復魔法をかけてやった。今から頼み事をするのであるから、なるべく優しくしてやらねばなるまい。
「ロード様…アキ様に乗馬の訓練をするように言ってください。後ろに私を乗せてる事を忘れて、無茶苦茶な乗馬でした。おかげで、こんな大勢に恥を晒す羽目になっちゃいましたよ」
「アキ、障害物など無かったろうに、丁寧な乗馬はできぬのか」
「客将様、一角獣は素人でも完璧に乗りこなすんだぞ。ワタシが滅茶苦茶な指示を出したとしても、無駄を省いて上手く走る。つまり…どういう事だ?」
「メトポーロンの問題だと?」
「そうだ。客将様かヌーヴェルか、とにかく誰かに会いたかったんだろ? あ、ほら、見てみろ」
アキに言われてメトポーロンを見ると、ヌーヴェルに近づき、頬擦りをしていた。いつの間に仲を深めたのであろうか。全く気づかなかった。
「リン、すまぬがそういう事だ。今後はアキ以外に送迎を頼むと良い」
「そうします。その結果として、騎手の方に惚れちゃっても仕方ありませんね?」
「ああ。応援しよう」
「…そうですか。ところで、何の用ですか?」
「ラヴィニアから聞いたとは思うが、地盤強化を命ぜられたゆえ、その事前調査をした。異常なし、とのみ伝えるつもりであったが、事はそう単純でなかった。記録に残るよう、報告書で報告する」
「報告書は書きます。書きますけど、道具が無かったら書けませんよ」
「用意しよう」
俺はそう言い、自邸の執務室にある執務机一式を再現し、創造魔法で創った。
リンが着席し、俺の目を見たので、報告内容の説明を始めた。ちなみに、アキはヌーヴェルの手綱を引き、メトポーロンに乗って駆け回っている。
それから、リンの助言で追加の調査をしたり、報告書に記す地下の予想図などを描いたり、色々やっていると、日が暮れ始めた。
俺は候補生を集め、帰陣を伝えた。結局、皆が水のみを探知し、それを疑問に思っていたようであった。まあ俺の調査結果と同じであるから、疑問は解決されたも同然であろう。
陣地に戻ると、主要な士官が会議用幕舎に集まっていた。ちなみに、シヴァコフ帝国騎士はプティジラール城に、補給の要請に向かったので、ここにはおらぬ。あと二十日ほどであれば補給しなくても大丈夫だが、それを過ぎると食糧が不足する。
俺はリンとアニエス嬢を伴い、幕舎に入った。リンは特別文書管理官として呼ばれており、アニエス嬢は候補生の代表として俺が呼んだ。
「遅れてすまぬ」
「ジル卿、早速で悪いが、調査結果を教えてもらいたい」
「承知した。まず、地盤強化に影響はないと思ってもらって結構だ。だが、これを見てもらいたい」
俺はそう言い、リンが書いた報告書をジュスト殿に渡した。ジュスト殿は皆に見えるよう、机の上に報告書を置いた。
「報告書にも書いたが、巨大な地下水源を発見した。水質も調査したが、綺麗なものであった」
「ジル卿、この図によれば、原因は地下五百メルタルにあるものだと理解したが、確かと思っていいのか?」
「ああ、確かだ。俺の見立てでは、古代サヌスト王国時代に刻まれたものだ。理由は予想であるが、農業用地にでもしようと思ったのだろう。土も肥えていた」
ジュスト殿の疑問も尤もである。肉眼で地下五百メルタルを確認しようと思ったら、数百年単位を要するであろう。いや、人力で掘るのは不可能であろう。
「客将閣下、井戸を掘っても構わないのでしょうか」
「可能と思われるが、地盤強化の後にした方が良かろう。地盤強化に伴う地震で崩れるかもしれぬ」
「承知いたしました。工兵を集めて待機しております」
名は知らぬが、おそらく辺境軍の千騎長である者がそう言った。井戸を掘れば、水の補給が必要なくなるため、補給がかなり楽になる。水は重量的にも体積的にも、運ぶのは大変なのだ。
その後、今後の計画について確認して解散となった。
地下水源に関しては、明日のうちに協議し、最終的な判断をするそうだが、おそらく帝都に伝令を出して、専門家を派遣してもらうように決まるだろう。会議後にジュスト殿が言っていた。




