第383話
御前会議を終え、とりあえず白蓮隊は俺の屋敷で待機することとなった。エヴラールは、なぜか休んではならぬと思ったそうで、余計に疲れていた。
白蓮隊員は俺が睡眠を要さぬと知っているようで、朝まで面会の予定を詰め込まれた。
俺は普段着に着替え、アキが眠りにつくのを見届けてから、談話室に来た。すると、まずは男が一人と女が二人いた。この男の方は、一番隊伍長ランヴァルド・オークランスといったはずだが、女は二人とも知らぬな。
「お呼び立てして申し訳ありません、総隊長。一番隊第一分隊伍長ランヴァルド・オークランスです」
「第一分隊クセニア・アガフォノワです」
「同じくクレスセンシア・アウストリアです」
「そうか。何用か」
「本題にも繋がる事ですが、まずは二人の自己紹介を」
オークランスはそう言い、二人に話すよう促した。どうせなら名乗った時に纏めてして欲しかった。
「私とアウストリアはフォルモーント国士官学校の同期でありました。オークランス伍長はその時の教師であります」
アガフォノワはそう言い、前世の話を始めた。前世の話から始まるのか。長くなりそうだな。
「私の故国は、とある二カ国による連合軍の侵攻を受け、滅びました。その直前、私達は卒業直前だったのですが、准尉として任官し、それぞれ南極と北極の大陸に派遣されました」
「准尉?」
「軍人の階級です。条件を満たしていないため士官ではありませんが、下士官より大きな権限を持ちます。サヌスト軍でいえば、五十騎長がこれに該当すると言えましょう」
「なるほど。続きを」
「星の南端と北端に派遣された私達ですが、奮戦する間もなく国が敗北し、二カ国による分割統治を受けることになります。その際、二カ国は赤道を境界線として定めたため、私達は別の国の支配を受けることになります。その後、統治を巡って、宗主国である二カ国が争い始め、軍人であった私達も召集され、争うことになります」
「私達は異なる軍種に配属されましたが、互いを狙って作戦を立案し、実行しました。幾度となく交戦しましたが、決着はつかず、死を迎えます」
「アウストリア、黙りなさい。私は士官学校を首席で卒業するはずだったのですが…」
「アガフォノワ、首席は私だ。嘘を言うなら黙らない」
二人はそう言い、睨み合い、黙り込んでしまった。どちらが首席でも良いので、俺は早く面会を終えたいのだ。
「二人とも首席候補でした。卒業試験をする暇すら無かったので、首席も次席も定まっておりません」
見かねたオークランスが説明を引き継いだ。俺の意を察したのかもしれぬな。この二人を近づけぬよう気をつけよう。
「ここからが本題ですが、二人を総隊長の私兵に任じてはくださいませんか。アウストリアは宇宙軍海戦隊、アガフォノワは陸軍装甲擲弾兵で、それぞれ大尉まで昇進しました」
「そうか。考えておこう」
「ありがとうございます」
「総隊長、オークランス伍長を学校長に、軍学校を作ってください。もちろん、私兵の育成を目的としたものを、です」
「我々が大尉まで昇進できたのは、伍長の教育が第一の理由です。故国でも伍長の教育は認められ、通常は数年で異動となるはずが、十年以上も士官学校に配属されていました」
「そうか。ちょうど学園を建設中であるゆえ、それに追加しよう」
「ありがとうございます。では私達の話は以上です」
「ありがとうございました」
三人は満足そうに立ち上がり、部屋を出ていった。分からぬ語がいくつかあったが、まあ良いか。つまりは、私兵の強化を手伝うということであるから、アキに言っておけば良い。
茶を飲んで待っていると、次は大きな人物が入ってきた。アキが寝室に飾ろうとしたが、不気味であるから侍女が止めた、般若という仮面があったが、それに似た仮面をつけており、武装と体型を隠すように外套を羽織り、さらにその上から大剣を背負っているので、性別が分からぬのだ。だが、男であっても女であっても、かなり大きい。おそらく、クラウディウスより大きい。
「一番隊第一分隊ルガン・トロワジエームです」
そう言った声は、かなり低いものではあるが、確かに女の声であった。この体躯で女か。男でも大きいのに、女か。世の中広いものだな。
「座って良いぞ」
「はい」
トロワジエームはそう言って俺の正面に座った。俺の膝立ちとトロワジエームの座高は、ほぼ同じ高さだ。それほど大きい。身長だけが大きい訳ではなく、横も大きい。つまり、威圧感がある。
「何用か。いや、まずは自己紹介か」
オークランス達に学んだが、まずは自分の前世について語ってもらおう。でなければ、どう接して良いのか分からぬ。
「私はクレープス皇国に生まれ、三度死に、三度生き返りました」
「生き返った?」
「はい。一度目は、強盗を返り討ちにしたら、貴族だったみたいで、本来は正当防衛で無罪のところ、死刑になりました。絞首刑の後、土葬されたみたいですが、起きたら土の中だったので、逃げました」
「絞殺は効かぬ、と?」
「そうみたいです。それで、二度目は、判事と死刑執行人に復讐しようと思って、放火し、逃げ遅れて焼死と判断されました。ですが、起きたら死体安置所で、黒焦げになっていたので、逃げました」
「炎も効かぬか」
「です。それで、三度目は、戦果を挙げて偉くなろうと思って、性別を偽って軍に入隊し、クレープス皇国軍兵士として出征したら、フォルミーント国軍のアウストリア准尉に胴体とか足とか十箇所くらい撃たれました。気付いたら一人だったので、逃げました」
「撃たれた…?」
「金属の礫を勢いよく飛ばす機械があって、その礫が体に命中したんです。頭に当たれば、たぶん即死です」
「礫…」
「それで、私の記憶にないので数えていませんが、四度目は世界が滅んで、リャゴスティヤン様に助けられました。なので、本当は四回死んで四回生き返ってるんです」
「そうか」
この体躯で不死身ということは、かなり厄介である。金属の礫がどれほどの威力か分からぬが、それ以外の二度の死から生き返っている時点で、不死身と判断しても良い。
「ところで、本題は?」
「はい。私を総隊長の弟様のお付にしてください。人狼のシュッとした方です」
「人狼…ファビオか」
「ですです。あの方は、たぶん凄い事をすると思うんです。お願いします」
「俺は構わぬが…その仮面を外さねば、怖がられるのではないか?」
「これは…地獄の鬼の皮を剥いで作ったんです」
「いや、製法は何でも良いが…」
「ダメですか?」
「好きにせよ。ただし、俺は許可を与えてファビオに紹介するだけだ。ファビオ本人が拒めば、おぬしをお付に任ずる事はできぬ」
「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」
トロワジエームは自分の話だけをすると、すぐに帰ろうとした。俺は、ふと隣に並んでみたくなったので、扉まで見送った。
隣に並んで改めて思ったが、目測で百七十メタ程あった。俺は百二十メタ弱であるから、俺の一・五倍強ある。ファビオと比べれば、三倍弱である。本人が怖がらねば良いが…
トロワジエームを見送ると、すぐに次が来た。正確に表せば、トロワジエームを見送り、扉を閉める前に、気配もなく入室してきたのだ。
レリアより五メタほど小さい背の、銀髪の少女である。確か、一番隊のもう一人の伍長であったはずだ。
「エステル・アルヴェーン。白蓮隊一番隊第二分隊伍長。ヘーゲモニア帝国内親王。宇宙軍准将。戦死で三階級特進、宇宙軍大将、らしい」
「そうか」
どうやら、部屋の外で今までの会話を聞いていたようで、前世に関する情報を簡潔に纏めたつもりらしい。簡潔すぎて分からぬが、まあ良いか。
「何用か」
「私を正規軍に入隊させて、それなりの地位に。顧問ではなく、将校に。できれば独立した部隊を。精鋭にする」
「承知した。その時になれば手配しよう」
「じゃあ以上。礼を言わせてもらうわ」
アルヴェーンはそう言うと、退室していった。扱い難いな。准将というのがどれほどの地位か分からぬが、わざわざ自分で言う程度には自慢に思える地位であろうから、無能であることはなかろう。
アルヴェーンがいなくなると、今度は男女四人が入ってきた。確か、二番隊の面々であったはずだ。
「失礼します。二番隊組長ドゥシャン・ホジャークです」
「二番隊第一分隊伍長ボニファース・バルテリンクです」
「二番隊第一分隊ヤロスヴァラ・スカロヴァーです」
「同じくヴィレム・クライフです」
女、男、女、男の順に名乗り、それぞれ着席した。二番隊ということは、政治的な人員であろう。確かに、文官のような雰囲気を感じる気もする。
「何用か」
「は。我々が中心となり、改革を推し進めるわけでございますが、その際の援助をお願いしたくございます、総隊長」
「援助?」
「はい。我々は現状、一切の後ろ盾がない状態です。そのような者が推し進める改革など、誰が信じられましょうか。そこで、総隊長には我々の後ろ盾として、その権威を誇っていただきたいのです」
「そうか。ならば好きにせよ。エジット陛下と俺の意に反さぬ限り、俺はおぬしらを肯定する事を、ヴォクラー神に誓おう」
「ありがとうございます。では我々はこれで」
ホジャークが喋り終えると、四人は立ち上がって退室しようとした。誰かは知らぬが、俺が早く終わらせたいことを伝えたのかもしれぬな。アルヴェーンであろうか。
「あ、これは個人的な頼みなのですが、アルヴェーン伍長を紹介してくださいませんか」
「勝手に話しかければ良かろう」
「そんな恐れ多い…!」
「恐れ多い?」
「かの御方は、宇宙の戦姫と呼ばれる、我が故国の英雄ですよ。私如きが話しかけるなど…」
「そうか。では考えておこう」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
最後にクライフの頼みを聞かされたが、白蓮隊員どうし勝手に仲良くやって欲しいものだ。
面会はとりあえず終わりだそうで、俺は寝室に戻っても良いと、ルホターク副長に言われた。なぜ副長に管理されねばならぬのか。




