第381話
枢機卿のうち、聖ソフィアン大聖堂にいた十名の枢機卿とアシルが呼ばれた。ちなみに、宗教的に考えれば、アキは単なる一般教徒であり、大聖堂に出入りできるだけでも特別扱いを受けているので、これ以上は我儘を言えぬ。
会議室に通され、しばらく待っていると、アシルと枢機卿が一斉に入ってきた。ちなみに、従卒の二人は何とも思われておらぬのか、俺の背後に立っている。
「猊下、お告げがあったと伺いましたが…」
皆が着席すると、ニルス大司教が代表してそう言った。
「ええ。オンドルフ、書記を」
俺はそう言い、アシルから貰った筆記用具一式と紙を机の上に置いた。オンドルフを使えば、この二人の説明も始め易かろう。
『一つ。サヌスト王国は、サヌスト帝国へと国号を変え、サヌスト国王はサヌスト皇帝を称すること。
一つ。テイルスト、クィーズス、ノヴァークの三国を併呑し、文武各部門を統合すること。
一つ。白蓮隊員を各部門顧問として配置し、その意向に概ね従うこと。以上。』
「これが、此度のお告げである。それと、これは我らの私事であるが、俺とアシル、ルカとウルの改名を命じられた」
「なぜ改名を?」
「天界の事情だ。我らは従うのみ」
「承知いたした。改名後は何と名乗れば?」
当然というべきか、やはりアシルがそう尋ねた。まあ神に与えられた名を改めよ、と言われても混乱するし、一年も使った名を急に変えては、やはり周囲も含めて混乱する。
「オンドラーク、説明を」
「は。この通りであります」
『ヴィルジール・デシャン・トラヴィス・フォン・モレンク=ロード
シルヴィン・クロード・フォン・モレンク=スタール
ウルヒラム
シャールカ』
オンドラークはそう言い、既に用意してあった名前の一覧を掲げた。元の名を記しておらぬが、俺以外は元の名に近い名であるから、察してくれるだろう。
「シルヴィン・クロード・フォン・モレンク=スタール…」
「モレンクというのは、血閥名であるそうだ。まあ詳細は後で話そう」
「承知いたした。であれば、国王陛下にご報告申し上げ、御前会議にて詳細を詰めればよろしかろう。枢機卿団から幾名か、ご同行願おう」
アシルはそう言い、会議を切り上げた。まず枢機卿に報告すべきかと思ったが、別に報告を求めている様子はなかったな。覚えていたら、次からは気を付けよう。
聖ソフィアン大聖堂を出ると、馬車が三台ほど用意されていた。先頭の馬車に乗り込むとアキがいた。従卒の二人にも乗るよう勧めたが、徒歩で行くそうだ。
他の馬車に、アシルや枢機卿が分乗した。幾名か、とのことであるが、五名ほどが参内するようだ。
「旦那様、あけましておめでとう」
「ああ。おめでとう」
「意外とあっけないな」
「言ったはずだ。祈りを捧げるだけだ、と」
「そうは言うがな、エヴラールの話ではすごい光ったらしいじゃないか。扉が閉まってるのに、光ってるのが分かったらしいぞ」
「そうなのか?」
「自覚はないのか」
「ああ。俺は天界に行っているつもりであったゆえ、ここで何があったか分からぬ」
「そういうものなのか。ワタシも行ってみたい」
「…どうであろうな。難しかろう」
「分かっている。社交辞令を真に受けるな。ま、そんな事はどうでもいいが、あの二人は誰だ? 聖職者には見えんが」
「…忘れていた」
アキに言われて思い出したが、枢機卿団に従卒二人を紹介するのを忘れたな。枢機卿からしてみれば、見たことない二人が何やら雑用をさせられていたわけだ。まあ彼らは優秀であるから、ある程度は察していただろう。
「忘れてないだろ。今紹介しろ」
「ああ。あの二人は従卒だ。白蓮隊という、天界で編成された部隊の者だ。ちなみに俺が総隊長らしい」
「どんな隊だ?」
「軍事関連、政治関連、魔法技術関連、非魔法技術関連、その他の五つの隊からなる。それぞれ十五名強が属するそうだ」
「軍事関連か…旦那様、私兵をもっと強くしろ。結構な立場にいるんだから、暗殺の機会も増える。旦那様本人は大丈夫でも、姫とか巻き込まれたら嫌だろ」
「確かに、俺以外が巻き込まれる可能性もあるか」
暗殺が俺個人に対するものとは限らぬし、周囲の者を守るために常に集団で行動する訳にもいかぬ。強者を護衛としてつけるのは当然だが、その周囲の警備も固めておかねば万全とはいえぬ。
「当たり前だ。よし、ワタシに言ってくれたら、赤備を作ってやろう。強い隊にしてやるぞ」
「頼もしいことだ。ところで、話が全く変わるのだが、まだ出発せぬのか?」
「旦那様が祈り始めてから、暴動があったらしい。その時に何ヶ所か放火されて、聖騎士がそっちに連れてかれた。で、護衛なしで行くなんて不用心はできんからな。エヴラールも手伝いに行くぐらいだぞ」
「なるほど。年末にご苦労なことだ」
「もう年始だがな」
西方教会の者も法皇に振り回されているのかもしれぬな。まあ狂信者ばかりというし、振り回されるのを望んでいる可能性も、そもそも振り回されている自覚すらない可能性もあるだろう。
「教皇猊下、失礼いたします」
アキと話していると、デトレフ卿が扉を開けてそう言った。別に見られて困るような事はしておらぬが、いきなり開けられると驚くな。
「何かあったか」
「は。西方教会の法皇聖騎士団を称する謀反人が、大聖堂の出入口を外から封鎖しております。ご報告が遅れましたこと、申し訳ありません」
「いや、良い。外から封鎖ということであれば、内外で呼応すれば良かろう」
「検討いたします。つきましては、聖堂内で待機いただきたく存じます」
「俺が陣頭指揮を執ろう」
「いえ…」
「旦那様、ちょっとは考えろ。その服は着替えが大変なのに、鎧に着替えて、また着替えるのか? それとも、そのままの服で戦って、その服を壊すのか? 大人しく待ってろ」
「それもそうか。デトレフ卿、明日まで待つが、それでも制圧できておらねば、俺が出る。そのつもりで臨め」
「承知いたしました」
デトレフ卿はそう言い、一礼して駆けていった。明日までかかるようであれば、俺も着替えているであろうから、服に関しての文句は言われまい。
俺達が馬車を降りると、護衛の聖騎士が来て、教皇用の休憩室に案内された。従卒の二人も連れてきている。
「さてさて、ワタシにも名乗れ」
アキはソファーに深く腰掛けると、従卒の二人に対してそう言った。そういえば、従卒とは紹介したが、名は教えておらぬな。その点に関しては俺の失態であろう。
「ドラホミール・オンドラークであります、奥様」
「アデーラ・オンドルフです」
「なるほど。お前らは白蓮隊とかいう隊から旦那様についてきたらしいが、白蓮隊とは何だ? ワタシにも分かるように説明しろ」
「それについては私がご説明いたします」
オンドラークはそう言い、説明を始めた。その間、オンドルフは俺が服を脱ぎたがっているのを見て、手伝い始めた。
服を脱ぎながら、オンドラークと話を聞いていたが、ルホターク副長の話とほとんど一緒であった。違う点は活動資金について、である。
本来は白蓮隊全体でサヌスト金貨十万枚であったはずが、一人十万枚と勘違いした調達係の天使により、サヌスト金貨一千万枚が用意された。これは、色々と面倒を見る予定の俺個人に贈られるもので、俺が白蓮隊総隊長を引き受ける場合、俺個人の私財としても良いそうだ。
この一千万枚は、各隊の組長が二百万枚ずつ分けて持っているそうだ。ちなみに、ルホターク副長は一番隊組長を兼務しているそうだ。
金貨一千万枚など、意味が分からぬ。試しにリンに全額渡してみるのも面白いかもしれぬ。まあリンが可哀想なので、事務的な手続きのみを任せるとしよう。
俺の着替えも終わり、聖堂騎士団と法皇聖騎士団の戦況を眺めていたが、面白い事は起こらぬ。
「旦那様、聖堂騎士団はなぜ突撃せんのだ? 確か、五百だったか千だったかは、この聖堂に詰めてるはずだろ?」
「詳しいな。おそらくデトレフ卿は力任せに突破して、周囲に被害が出ぬようにしているのであろう。この事態に衛兵が気づき、挟撃でも出来れば理想なのだが」
「衛兵の装備じゃ厳しいだろ」
「ああ。中央軍でも出てくれば、多少は楽であろうが」
「旦那様の私兵を呼んだらどうだ。念話すれば、すぐだろ?」
「ああ。明日になれば、俺が出る。その時になれば、内からは俺が指揮する聖堂騎士団、外からはヴァトーが指揮する魔戦士隊が、挟撃する。聖堂騎士団に多少の被害はあろうが、これが最も早い」
「いや、旦那様が転移して外から攻めて、ワタシが内から出る。これが一番いい」
「確かにそうだ。まあ明日になってから考えよう」
「意外と片付いてるかもしれんしな」
「ああ。千騎もいるなら、どうにかなるかもしれぬ」
窓から見える範囲であるが、一つの出入口につき百名程度が、拒馬やら瓦礫やらで囲んだ陣地を築いている。
食料の類は見えぬため、おそらく短期決戦を望んでいるのであろう。その割には大人しいが。
武装は、各人が帯剣する以外には、槍や矢が纏めておかれている。陣地の中心部には焚き火台が設置され、夜間は良い的になりそうだ。
法皇聖騎士団が築いた陣地の外側であるが、王都の衛兵が並び、増援や野次馬が乱入するのを防いでいるようであるが、攻撃を仕掛けるつもりは無いようである。
夜半、アキが眠り、従卒の二人にもそれぞれ休憩室を与えて休ませ、戦況を見守っていると、動きがあった。夜になって野次馬が減り、なぜか再び増えたと思えば、中央軍の歩兵であった。どうやら、夜になるのを待っていたようであるな。
「聖ソフィアン大聖堂前を占拠する賊徒に告ぐ! ただちに罪を認め、投降せよ。さもなくば、蹂躙す」
様子を見ていると、ジュスト殿の声が響いた。天眼で確認すると、歩兵隊の背後に、騎乗したジュスト殿と五十騎程度の騎馬隊がいた。俺の危機と聞いて、辺境軍所属であるにも関わらず、わざわざ駆けつけてくれたのかもしれぬな。
「神に仕え、その信徒を護る聖堂騎士団に乞う! 我らの突撃に応じ、挟撃されたし!」
ジュスト殿がそう言うと、中央軍の歩兵が火矢を斉射し、法皇聖騎士団の姿が明らかになると、騎兵隊が歩兵の間を駆け抜け、複数の敵陣に切り込んだ。
それに呼応し、大聖堂の門扉が開かれ、徒歩の聖騎士が突撃した。
法皇聖騎士団の聖騎士は、多少は抵抗しているようであるが、数でも質でも優るサヌスト中央軍・聖堂騎士団には勝てぬようで、続々と斬られた。
窓から見えぬ場所でも同様の戦いがあったようで、増援が来る様子は無い。
清々しい程の勝ち戦であった。




