第37話
「ジル様、例の御三方をお連れしました」
フーレスティエが人狼、人虎の反対側に控えていた。その後ろにはフィデールとドニス、アルベリックがいる。
「ああ。では、ドニス。お主に先遣隊の隊長を任せる。アルベリックはその補佐を。フィデールは非常時以外は見守っていろ」
「「「御意」」」
「では、ドニスの後ろにシュレベールが、アルベリックの後ろにディフェンタールが、フィデールの後ろにバスティアが乗って行け」
それぞれ自分のペアと握手をしている。
「準備が出来次第、出発しろ」
すると先遣隊が雄叫びをあげた。そして次々と一角獣やアクリスに飛び乗り、ドニスを先頭に駆け出した。
人狼や人虎は四足歩行になって走ることで一角獣やアクリスの速さについて行ける。俺は人狼でもあるし人虎でもあるから分かる。
俺は先遣隊の最後の一人が出発したのを確認してオディロンに念話を送る。
オディロン。アシルに先遣隊が出発したと伝えてくれ。
───承知した───
俺は幕舎に戻る。後ろにはレリアとフーレスティエ、フーリエ、ムグラリスがついてきた。
「ジル様、ハイエルフとなられたからか、美しいお顔立ちになられましたな」
「フーリエ殿の言う通り。耳を拝見してもよろしいですかな?」
フーリエとムグラリスがなぜか媚を売るようにそう言ってきた。
俺は耳にかかっていた髪を掻き上げ、耳を見せる。
「「「おぉ…」」」
俺とレリア以外の皆が感心したようにそう言った。
「なんだ?俺も見たいから鏡を持ってきてくれ」
「鏡でしたら私奴が創りましょう」
フーレスティエがそう言うと水魔法で空気中の水分を集め、それを凍らせて鏡のように加工した。
「長い…のか?」
俺は自分の耳の長さが他と比べてどうなのか分からぬ。ただ横から見たら後頭部から何か出ているな、と感じるくらいには長い。
「フーレスティエの耳はどんな長さだ?」
「ジル様の後ですと短く感じるかもしれませんが…」
フーレスティエはそう言いながら髪を掻き上げた。
「…あれ?」
「私もエルフの中では長い方なのですがジル様と比べると劣りますな」
「なぜ俺はこんなに長いのだろうか?」
「ハイエルフを含めたエルフの耳の長さはそのエルフの魔力量に比例すると言われております。ハイエルフは生まれつき魔力量が多いので耳が長いのです。つまりジル様の魔力量がとてつもなく巨大なのです」
「そうか。だが耳が長くても動かせないから戦闘時は邪魔だな」
「ジル様程、高位の魔法使いなら姿を変えれると聞いたことがあります」
「やってみる」
俺は髪を元通りに戻して耳が短くなるように念じる。
魔法はイメージが大切だと聞いたので創造魔法の逆バージョンと思おう。
短くなった気がする。
「どうだ?」
「短くなっております」
「じゃあ、儀式とか大切な時は元に戻すことにしよう」
「左様でございますか」
特に話す事も無くなった。フーレスティエ達も黙っている。何か仕事を頼んで出て行ってもらおう。
「ラポーニヤ魔族で人魔混成団に所属していない者の中で各種族から五人ずつ智者を選べ。その二十五人とヴァトー、ブームソン、ヴィルトール、バロー、シャミナードの五人で三十人のラポーニヤ長老院を創る。ラポーニヤ魔族の統治を任せる」
「「「御意」」」
我ながら思いつきにしては良い案だったのではないか?
三人が礼をして出て行ったのでレリアと二人きりになる。
「あーもう寝るか?」
話す事が思いつかなかったので俺はそう言う。
「うん」
俺とレリアは同じベッドに入る。
「ねえ、さっきの三人が報告に来たりしないよね?」
「朝にするように言っておく。今夜はゆっくり休もう。最近、移動ばっかりで疲れるから」
「うん、そうする」
俺は三人に報告は明日で良いと伝えておいた。
翌朝。目が覚めた俺はレリアを起こさないようにベッドを出て、着替える。
着替えた後は幕舎の外に出て適当に誰かいないか探す。まだ日の出前であった。
「ジル様、おはようございます」
「ああ、おはよう。お主の名は?」
俺は挨拶をしてきた人狼の名を尋ねる。狼の姿ではなく人間の姿だがなぜか見分けがつく。
「ルブーフです。人狼隊の副隊長をしております。以後お見知りおきを」
「人狼隊副隊長のルブーフだな。覚えておこう」
「ありがたき幸せ」
ルブーフはそう言うと右手を胸に当て跪いた。
「ルブーフは今は何をしていたのだ?」
「特に何もしておりませんが…強いて言うなら散歩でしょうか。ところでなぜそんな事を?」
「いやな、適当に手合わせをしてくれ。人狼の戦い方にも慣れておきたい」
「私で良ければ御相手致しましょう」
「ああ、頼む」
俺とルブーフは狼の姿になり、距離をとって睨み合う。せっかく着替えたのに脱いでしまった。
「いつでも来てくれ」
「では、失礼します」
ルブーフはそう言うと俺に向かって走り出した。
俺は爪を構えて走り出す。
俺の爪とルブーフの爪が衝突する。
人狼の爪は魔脈が集中しており決して砕けることは無いと言われている。そんな人狼の爪同士が衝突するとどうなるか。それは分からぬ。
ただ今回はルブーフが人間の姿に戻り尻もちをついていた。
「これは…」
「ルブーフ、大丈夫か?」
「はい。これは人狼の防御本能だと思われます。私も実際に見た事やなった事はないのですが聞いたことがあります」
「どういうことだ?」
「まずは人狼の爪について説明しましょう。人狼の爪や牙には魔脈が集中しております。爪や牙の強度の秘密はその魔脈にあるのです。魔脈に魔力をいつもより多く流すことで硬く保つのです」
「待った待った。魔力を込めるってどういうことだ?」
「人狼は生まれつきそれができますのでわざわざ意識することはありません」
「なるほど。続けてくれ」
「はい。その魔力が足りなくなった時人間の姿に戻るのが『人狼の防御本能』です」
「待て待て。なぜ人間の姿に戻るのだ?」
「そうですね…分かりやすく説明すると人間の姿の方が省エネだからです。狼の姿は常に魔力を消費し続けるのです」
「なるほど。理解した。つまり一部分だけ変身出来たら省エネでもあるし強くもなるのだな?」
「やってみなければ分かりません。ですが狼の姿と人間の姿では根本的な筋力が違いますので攻撃をした際、踏ん張れないかと」
「なるほど。事はそう単純ではないのだな」
「ええ。ですが何故でしょう。ジル様なら不可能を可能にしそうですね」
「そうか。それは人虎も同じか?」
「分かりません。人虎を呼びましょうか?」
「頼む。出来れば人虎隊の副隊長を呼んでくれ」
「承知しました」
ルブーフはそう言うと走り出した。
俺は焚き火の西側に座る。なぜか日の出が見たくなってきた。
「あ、ジル!」
後ろで俺を呼ぶ声がした。レリアだろう。
「レリア、おはよう」
「おはよう。起きたらいなかったからびっくりした」
「すまんな。起きたら暇だったからルブーフと手合わせをしていた」
「ルブーフ…さん?って誰?」
「ルブーフでいい。ルブーフは人狼隊の副隊長だ」
「そうなんだ。そのルブーフはどこに行ったの?」
「人虎隊の副隊長を呼びに行ってる」
「どんな人?」
「俺も分からぬ」
その後、俺らは黙って東を見つめることにした。
しばらくすると明るくなってきた。日の出だ。
俺は水魔法で焚き火を消して朝日を見つめる。たまにはこうやってのんびりすることも大切だろう。
後ろから誰か来た。俺はもう少しのんびりしたいので話しかけられるまでは振り向かない。
「ジル様、ご報告です。ここより西方十メルタル程に騎兵隊が布陣しております。その数約五千」
「ご主人様、聖堂騎士団です。如何致しますか?」
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