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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第371話

 アズラ卿を従妹として扱う心構えを本人から聞いていると、水菓子が出てきた。良い話とやらの前に、良い口直しとなろう。


「それで、良い話とは何です?」


「ふふふ。喜んでください。絵画が完成しましたよ。それも、十枚も!」


「絵画?」


「あれ……?」


 絵画とは何であろうか。それも、完成すれば俺が喜ぶべき絵画…レリアの絵であろうか。そういえば、レリアが荘園に籠る前に、幸福の芸術とやらを雇ったのであった。


「幸福の芸術からでありましょうか」


「えー…と、ウジェーヌという画家ですね。幸福の芸術って、逆に何ですか?」


「ウジェーヌ、確か代表の名です。絵はどこに?」


「まあまあ、食べ終わってからでいいじゃないですか」


「では早く食べましょう。絵でも何でも構いませぬので、レリアに会いたいものです」


「私もまだ見てませんから、下手な絵でも怒らないでくださいよ?」


「…善処します」


 仮にレリアを侮辱する意図を持って描かれた絵であれば、俺はウジェーヌを殺して首を晒し、幸福の芸術を我が領から追放する。皆殺しにせぬだけ、ありがたいと思ってもらおう。まあ、つい怒りで皆殺しにしてしまう可能性も、完全には否めぬが。


 食事を終えると、談話室に案内された。すると、布で隠された絵がいくつかあった。十枚と聞いていたが、談話室に入らぬ大きさの絵は抜いてあるようで、十枚に満たぬ。


「なるほどなるほど。どれから見ます?」


 アズラ卿は俺より先に机に駆け寄り、机の上に置いてあった紙を取ってそう言った。絵画の一覧であろうか。


「どれからと言われましても、全て布を被っていては選べますまい。アズラ卿の仰るままに」


「そうですか。そうですよね。じゃ、まずはこの四枚から見てみましょう。四、五、六、七番を」


 アズラ卿がそう言うと、サラ達が布の番号を確認し、布を被せたまま机の上に並べた。子窓程度の大きさの、おそらく正方形の絵が四枚だ。アズラ卿が一度に四枚を指定するからには、連作か何かであろう。


「まず四番。どうぞ!」


「…私が外すのです?」


「捲ってあげてください」


 アズラ卿に言われ、サラが番号を確認した上で布を外した。

 俺とレリアが接吻している場面であり、レリアの顔が良く映えるように描いてある。絵を見て気付いたが、接吻しているレリアの顔は初めて見たな。いつも俺が相手であり、その俺はレリアの唇に夢中になっているので、レリアの表情を見る余裕など無かったようだな。やはり、レリアは絵になっても美しい。


「…泣いてませんか?」


「泣いてなどいませぬ。汗と見間違えているのでは?」


 アズラ卿に指摘されるまで気付かなかったが、どうやら俺は汗をかいているらしい。レリアと会えぬ日々を憂いてか、冷や汗でもかいたのであろう。汗をかいたのは初めてだ。


「もう冬ですけどね。どこに飾ります?」


「書斎に飾りましょう。普段過ごす部屋に飾ると、見惚れて動けませぬ。それに、書斎には掃除以外では誰も入りませぬゆえ、独占できます」


「いいですね。私もいつか好い人ができたら、絵を描いてもらってから結婚したいものです」


「アズラ卿が結婚…」


 アズラ卿が結婚など、考えられぬな。ファビオとユキのように相手が定まっていれば、想像もできるが、アズラ卿の相手など想像もつかぬ。

 そういえば、先程の叙爵の話でも、サヌスト王家の王子と王女の扱いは、現在のサヌスト王家と同じであるようなので、もしかすると、アズラ卿とルイス卿は婚姻も禁じられていたのかもしれぬな。


「なんですか。変だとでも言いたいんですか?」


「いえ、想像できぬと思っただけです」


「傷つきました。まだまだ幼い私になんてことを…!」


「あ、いえ、そういう意味ではなく、未来の事は誰にも分からぬとでも申しましょうか、つまり、アズラ卿に限ったことではなく…」


「冗談です。私だって、五百年も封印されるなんて思ってませんでしたから、未来の事は誰にも分かりません。ね?」


「ええ。そういう事です」


 変な誤解を与えてしまったが、ちゃんと理解してもらえたようで良かった。アズラ卿が機嫌を損ねて罷業でもすれば、俺個人だけでなく領地全体が多大な不利益を被る。それだけアズラ卿を信頼し、多くの権限と任務を与えているのだ。


「じゃあ、気持ちを切り替えて、次、五番いきましょう」


 アズラ卿がそう言うと、サラが五番の布を外した。

 先程と同じ構図で、今度は俺とアキが接吻している場面の絵であった。こう見ると、アキもなかなか綺麗だな。レリアにはむろん劣るが、それでも美女であることには変わりない。


「汗はかかないんですか?」


「ええ。アキは隔離されていませぬゆえ」


「それもそうですね。でも、見惚れてはいるでしょう?」


「論ずるまでもありますまい」


「ですね。ジルさんは見た目に反して、かなりの愛妻家ですからね。私もそれだけ愛されたいものです」


「…従妹では近すぎましょう」


「そういう意味で言った訳じゃないですけど、その気があるんですか?」


「いえ、全く…あ、アズラ卿に魅力が無いという意味ではなく…」


「分かってますよ。さっきから変な事ばかり言ってますけど、もしかして、疲れてます?」


「どうでしょうな。絵とはいえ、レリアの顔を見て気が緩んでしまったのかもしれませぬ」


 先程から、自分でも話がおかしな方向に進むと思っていたが、やはりおかしな方向に進んでいたか。アズラ卿には無礼な事をしたものだ。


「じゃあ、早く休んでもらいたいので、六番と七番は一気にどうぞ」


 アズラ卿がそう言うと、サラが六番と七番の布を外した。

 今度の二枚の絵は、先程の二枚を反対側から描いたものであった。つまり、レリアと接吻する俺の顔と、アキと接吻する俺の顔が、それぞれ映えるように描かれているのだ。あまり自分が接吻をしている顔など見たくないものだな。


「アズラ卿、返却は可能でありましょうか」


「何言ってるんですか。ジルさんが奥さんの絵を貰って嬉しいように、奥さんもジルさんの絵を貰って嬉しいはずですよ」


「そうでしょうか」


「逆の立場で考えてみてください。ジルさんが六番七番の絵だけ貰って、四番五番の絵を貰えなかったら、いい気分じゃないでしょう?」


「そうですな。文句を言います」


「じゃあ、どうして奥さんが同じ気持ちにならないと言えるんですか?」


「確かにそうですな…」


「でも安心してください。自分のこんな顔を見るのは恥ずかしいと思うので、私がお二人に渡しておきます。いいですか?」


「ええ。私の視界にはなるべく入らぬ場所に飾るよう、お伝えください」


「分かってますよ」


 アズラ卿は、やはり良い方だ。俺だけでなく、レリアやアキの事まで気遣っていただけるとは。そもそも、アズラ卿は俺の家令でも何でもないので、絵画の受け取りに付き合っていただく必要は無いのだ。であるのに、わざわざ出向いてくださるとは、何とありがたいことであろうか。


「ジルさん、勘違いしてもらっては困るんですけど、私は自分が楽しくって、今ここにいるんですからね」


「何の事です?」


「いいえ、別に何でもありませんよ。次、いきましょう。一、二、三番を、一度にいっちゃってください」


 アズラ卿がそう言うと、サラが三枚同時に布を外した。腕は二本であるのに、器用なものだな。

 今度は、縦が二メルタ程度もある肖像画三枚であった。もちろん、それぞれ、俺、レリア、アキである。


 俺は、鎧を纏った上で、兜を左脇に抱えている姿であった。自賛にはなるが、古代の王族にも見えるし、大国の武将にも見える。まあ俺はこのような姿勢をした覚えがないので、本当に王族や武将の絵を元にしているのかもしれぬが。


 レリアは、ドレス姿で椅子に座っている状態を描かれている。確か、この椅子は領主館の謁見室から持ってきたもので、宝石やら黄金やらが使われており、もちろん絵画にも描かれているが、それらが見劣りするほど、レリアが美しく見える。

 だが、これが真に驚くべきことだが、本物のレリアは、絵画の中のレリアより数段美しいのだ。仮にレリアが二人いれば、俺は胸の高鳴りによって心臓が破裂してしまっているだろう。それほど美しい。


 アキは、いつもの赤いヤマトワ風の鎧を纏い、鞘に収めたままの刀を杖のようにして立った姿が描かれている。レリアとは違う魅力があるし、迫力で比べるならば、三人の中でも突出している。

 ちなみに、これは完全な余談であるが、アキがこの姿勢で立っている時は、刀が歪むという理由で、木刀を持って立っていたのだが、絵ではアキの愛刀に変わっている。


「どうです?」


「実に良い出来です。特に、レリアが美しい。アズラ卿もご存知かと思いますが、この椅子は座る者を引き立て役にして、自らを主役とする類の品でありますが、レリアにはそれすらを引き立て役としてしまうほどの美しさがあります。私が言っては身内贔屓にしか聞こえぬでしょうが、レリアの美しさを良く表現できています。特に、レリアの瞳が元来持つ美しさを、かなりの割合で表現できているではありませんか。この、黒い右目と水色の左目が、それぞれに良く映えており、なかなかに美しい。笑ったレリアを期待していたのですが、この何とも言えぬ表情も、また美しい。私としては、レリアが持つ可愛らしさを前面に出しても良いのでは、と思うのですが……」


「あの、分かってますよ。私が聞きたいのは、満足かどうかです。どうですか?」


「大いに満足しております」


「じゃあ、それでいいです。私だってジルさんと同じ感想を抱いているんですから、画家本人に伝えてあげてください」


 やはりアズラ卿は素晴らしい審美眼をお持ちだ。アンドレアス王の教育方針によるものか、それとも生まれ持ったものなのかは分からぬが、レリアの美を俺と同等に理解するのは、ローラン殿を除けば、アズラ卿の他におらぬ。


「最後の三枚を見に行きましょう。談話室に入らないくらい大きいですよ」


「どこにあるのです?」


「ちゃんと手配してありますから、安心してください。あ、さっきみたいに感想を言うのは無しですよ。不満があったら、聞きますけど」


「承知しました」


 アズラ卿は俺のためにわざわざ手配してくれていたのか。俺はアズラ卿にどう報いれば良いのであろうか。


 談話室を出て玄関に行くと、三枚の絵が既に飾ってあった。玄関から入った場合に良く見えるように配置されているようである。


 向かって左にある絵は、ドレス姿のレリアが椅子に座り、俺とアキが武装してレリアの背後に立っている絵である。

 中央にある絵は、正装の俺が椅子に座り、ドレス姿のレリアと甲冑姿のアキが背中合わせに立っている絵である。レリアは水色の瞳と髪をこちらに向け、向かって左を向いている。

 向かって右側にある絵は、和服姿のアキが椅子に座り、武装した俺とドレスを着たレリアが、アキの背後に立っている絵である。


「どうですか、ジルさん」


「満足です。画家に対して感謝の文を(したた)めようかと」


「いい案ですね。喜ぶと思いますよ」


「ならば安心して感想を書きます」


「じゃあそろそろ帰りますね。あ、最後に一点。銅像は来年になるそうです」


「承知しました。置き場所を考えておかねばなりませぬな」


「そうですね。それじゃあ、私はこれで」


「今日は色々としてくださって、礼を言います」


「いえいえ。私の方こそ、礼を言わねばなりません。美味しい夕食をありがとうございました。おやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


 アズラ卿は俺の言葉に手を振って応え、伴の役人を連れて帰っていった。

 どうやら馬車を用意してあったようだ。アズラ卿の年齢の子は既に眠っている時間であるから、歩いて帰るべきではなかろう。

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