第363話
聖ソフィアン大聖堂を出て、歩いて屋敷に戻ったが、グザヴィエ司祭は屋敷にまでついて来た。本当に身の回りの世話をするつもりであろうか。
屋敷に戻ると、玄関に献上品が並べられ、歩哨が五人ほど置かれていた。屋敷内であるから、歩哨など必要なかろうに。
私室に向かう途中、エヴラールと会ったので、グザヴィエ司祭を預けておいた。さすがにずっと一緒にいる気はない。
私室に入ると、執務机の上に報告書が置いてあった。エヴラールが俺の動きを読んでいたようだ。報告書、としか書いておらぬので、何に関する報告書か分からぬ。
報告書を読むと、ゼーエン作戦に関することであった。ガッド砦にいるアルフォンスから、王都の屋敷に通達があったそうだ。アルフォンスによると、ゼーエン作戦に参加する全ての部隊が帰還したため、各隊には報告書を提出させた上、陛下の婚姻を伝え、休暇に入らせたそうだ。
最初の頁にエヴラールが纏めたものが書いてあり、それ以降の十頁にアルフォンスからの詳細が書いてあった。内容を纏めてくれるのはありがたいな。これからはリンに頼もう。
アルフォンスからの詳細を読んでいると、ロイクが来た。王都にある俺の所有する屋敷の維持管理に関することで相談に来た。主に人事と経理に関することであった。
人事に関しては、なるべく解雇を減らし、給与を上げるように言った。それから、屋敷のいくつかを寮に変え、これらの維持にも人員を配置するように言った。それから、警備に関する人員を補充するように言っておいた。
経理に関することを要約すると、金銭があればどうにかなるそうであるから、金貨を十万枚ほど渡しておいた。アキが壊した金庫は、既に修理してあるので、そこにしまっておけば良いだろう。ちなみに、あの金庫を囲む壁や床、天井は扉と同じ素材に変えてあるそうだから、あの時のように壁が壊されて侵入される恐れはない。
結局、報告や相談で一日を終えた。楽しかったのは昼食までで、陛下達と解散してからは、溜まっていた事を消化しただけな気がする。まあ実際にそうなのだが、あまり意識したくないものだな。
翌朝。今日はエヴラールの提案で、明日の準備に費やす事にした。
まずは招待状の確認である。
俺は知らなかったが、アンセルムの屋敷に届けられており、その旨が王都の屋敷も伝えられていたそうで、エヴラールが用意してくれていた。
明日はこれを受付の役人に提出するそうだ。それから、その時に献上品も預けるそうだ。危険物の有無や不敬でないか、極端な思想に誘い込むものではないか、などを確認されるそうだ。
次は、服装の確認である。
俺は武官であるから、武官服という服を着ていくそうだ。これは、絹でできた動きやすい儀礼服だそうで、武官が絹服と言った場合には、これを指すそうだ。俺の武官服も仕立ててあるそうだが、俺が言わぬので、ずっとしまってあったそうだ。
それから、客将を含む一定以上の将は儀礼用の刀剣を帯びるそうだ。これは、刃を潰し、柄と鞘を紐で結んであり、剣としての役目は果たせぬものだ。武器として扱うとすれば、鈍器として扱う他ない。
昼食を挟み、最後に礼儀作法を教え込まれた。
歩き方や礼の角度、挨拶の言葉や言ってらならぬこと、話しかけてはならぬ相手など、覚えきれなかったので、ラヴィニアに記憶させた。そして、これらが必要な時にはラヴィニアに身体の操作に関する権限を付与することにした。
結構楽しみにしていたのだが、少し萎えてしまったな。
翌朝。俺は用意を整えた。従者として、エヴラールとアンヌを伴い、護衛として、騎士十名からなるアルフォンス隊と、人狼と人虎それぞれ五名からなるケリング隊を連れていくこととなった。
ちなみに、従者や護衛は、爵位などの家格によって上限が決まっているが、上限に満たぬ者は家格に恥ずべき堕落者という考えがあるので、わざわざ騎士と人狼、人虎を呼び寄せたのだ。
昼前頃、ようやく出発の頃合となった。家格が格下の者から集まるそうで、俺は公爵家当主にして第四将軍格家現役当主、さらには客将軍であり、教皇就任も決まっており、領地も王室直轄領の次に広いとあって、家格はほぼ最高である。であるから、俺は遅刻ではないかと思われそうなほど遅く行かねばならぬ。
用意してあった馬車に、俺がアンヌと乗り込むと、アルフォンス隊が騎乗し、人狼と人虎が狼化、虎化した上、各隊が馬車を囲んだ。馬車の後ろに牛車が続き、最後尾には俺の鎧や剣などを載せた牛車とヌーヴェルを曳くロイクがいる。ちなみに、先頭は我が公爵家の紋章旗を持ち、一角獣に騎乗したエヴラールがいる。
馬車が王宮に着くと、案内の役人が来た。正確には、役人ではなく、サヌスト王家が私的に雇っている侍従である。
献上品を預け、王宮警備隊によるエヴラールとアンヌの身体検査を経ると、ようやくパーティー会場に通された。ちなみに、アルフォンス隊やケリング隊など、入場が認められておらぬ護衛や従者は、別会場で他家に属する同階級の者と交流するそうだ。
俺がパーティー会場に入ると、気配を消したアシルが近づいてきた。気配を消しているだけで、姿は見えているのだ。
「兄上、お待ちしていた」
「うむ」
俺は下手なことを口走らぬよう、最低限の会話しかせぬつもりだ。ラヴィニアに任せてばかりいると、ラヴィニア無しでは会話すらできなくなる、とアシルに脅されているのだ。アシルのことであるから、確かな情報源があるのだろう。
アシルは伯爵なので、俺よりも早く来ている。ちなみにアシルの現在の官職名は、宮中軍事顧問官である。これは、国王に対して軍事に関する助言を行う宮中顧問官であり、客将軍のように本来は高級武官になれぬ者が任命される職だ。
「お集まりいただいた皆々様、式場の準備が整いましてございます。式場までご移動のほど、よろしくお願いいたします」
声の大きな侍従がそう言った。式場の準備など、当日にやるはずなかろうから、おそらく俺の到着を待っていたのであろう。仕方のないこととはいえ、申し訳ないな。
それにしても、俺がパーティー会場だと思ったこの部屋は、単なる控室であったか。まあ貴族など、狭い個室に閉じ込めるより、広い相部屋に押し込んだほうが良いから、控室と言われても納得できるが。
「兄上、変な取引は断れ。迷ったらエヴラールに相談しろ」
「いきなり何だ?」
「兄上は…素直だから、国益のため、とでも言えば変な事業にも資金を出すだろう。金を出すだけなら構わんが、名義を貸すのは絶対にダメだ」
「分かっている。俺は仲の良い者以外に対しては『うむ』と『否』しか言わぬつもりだ」
「本気か、兄上」
「ああ。エヴラールもいるし、どうにかなる」
「ならいいが…エヴラール、しっかりな」
「は。お任せください、アシル様」
アシルはエヴラールの肩を叩くと、どこかに行ってしまった。
控室から式場に移動する間、数え切れぬほど話しかけられた。基本的に俺より格が上の者はおらぬので、礼儀は最低限守っていれば良い。ちなみに、ジスラン様は領地で色々あるそうで、俺が名代を務めているため、気を遣うべき相手というのは、新郎たるエジット陛下と新婦たるフェリシア様、フェリシア様の主賓であるサンドリーヌだけである。俺も偉くなったものだな。




