第359話
忠犬の相手をしていると、領主館から通達があった。ミミルに破門され、その姿を傭兵に見せよ、というアシルからの指示であった。
俺は念話でエヴラールに連絡し、街中で俺とミミル、傭兵達が偶然出会うように手配した。ミミル本人にも言ってあるので、良いように演技してくれるだろう。
ユキに忠犬を任せ、アキとリンを伴って指定された地点に向かった。
天眼で二組の位置を確認し、傭兵の視界の端の方に入るような場所で、ミミルに近づいた。ちなみに、トーヴ達は自発的に出掛けており、俺やミミルが先回りをしているだけである。
「商会長、お久しぶりです」
「ファブリス君、旅の話は聞いたよ」
「左様でありますか」
「うん。解雇だ、解雇ッ!」
「は…?」
「ファブリス隊は私の商会にいらん。使徒様の街に君達のような者はいらん。即刻、荷物を纏めて使徒様のご領地から立ち去り、二度と商売をするな、馬鹿者どもめ!」
ミミルは往来であるにも関わらず、そう叫んで持っていた書類を地面に叩きつけた。この、迫真の演技により、トーヴ達は俺達を見つけた。ちなみに、アシルの手配によって、この周辺からは民間人が遠ざけられており、この会話を聞くのは、傭兵を除けば、アシルの部下や役人だけである。
「お待ちください、ミミル様。何か誤解があるようです」
「黙れ黙れ。相手に誤解をさせないのも、商売人の仕事だ。その上で言うが、貴様は商売人に向いておらん。だいたい、お前は金遣いが荒すぎる。商会の金で旅をさせてやってんだぞ。お前の旅費で我が商会は赤字だ」
「申し訳ございませぬ」
「謝っても無駄だ。さっさと失せろ。一角獣は商会の財産だ。持ち逃げしたら、使徒様に報告し、討伐隊を編成していただくぞ」
「…は。今まで、世話になりました。改めて礼を言います。それでは失礼します」
俺はミミルに礼をした。恐縮する気配が伝わってきたが、相変わらず表面的には堂々としたミミルであった。
俺が頭を下げたままいると、気を利かせたミミルが立ち去った。台本を作っておくべきであったな。
「後悔するぞ、馬鹿者」
「もう良いのだ、ユキ。行くぞ」
「あの、私は…」
「悪かったな、リン。俺はこの通り、破門となった。ゆえに、俺にはおぬしを雇うほどの余裕はない」
「そんな…!」
「使徒様を訪ねよ。事情を話せば、フォルミード村の者と共に保護してくださるだろう。では」
俺はそう言い、ユキのみを連れて立ち去った。リンは、演技であろうが、その場で泣き始めた。心が痛むな。
しばらく歩いていると、トーヴが追ってきた。一緒にいたもう一人の傭兵は、気まずそうにリンに近づいた。
「ファブリス様、失礼とは分かっていましたが、お話は聞かせていただきました。我々で力になれる事があれば、遠慮なくお申し付けください」
「聞いていたのであれば分かっておろう。俺はおぬしらに報いる術を失ったところだ」
「冷たいことを申されますな、ファブリス様」
「良い。もう俺とユキに関わるな。では」
俺はそう言い、アキを連れてトーヴの前から去った。
今後、何らかの理由で再会することがあろうとも、他人の空似を押し通す。これはゼーエン作戦に参加する者のうち、身分を偽る全ての者に命じてある。ちなみに、リンはこのままジル・デシャン・クロードとしての俺に保護される。
人気の無い所まで行き、領主館の執務室に転移した。リンやミミルは、それぞれ違う道を通って領主館に来る。
しばらくアキと話していると、リンとミミルが一緒に部屋に入ってきた。
「先程は申し訳ありませんでした、ジル様」
「いや、気にするでない。何も決めていなかったのは俺だ」
「いえ…ところで、このお嬢さんは?」
「リン、自己紹介しろ。旦那様の大事な客だぞ」
「いや、俺が客なのだが…」
「カイラ・リン・トゥイードです。クィーズス王国フォルミード村出身、十八歳です。ファブリスことジル・デシャン・クロード公爵に救われ、お仕えする事になりました。以後、お見知り置きください」
「ミミルと申します。ジル様とは今年二月に出会い、それ以降、懇意にしていただいています。こちらこそ、どうぞよろしく」
二人は互いに自己を紹介し、握手をした。一緒に帰ってきたのに、互いに名も知らなかったのか。
「ミミルよ、早速で悪いが、リンの生活用品を用意してやってくれ。色々あって、ほとんど何も持っておらぬのだ」
「承知しました。早速、取り掛かりましょうか?」
「ああ、頼んだ」
ミミルはそう言い、一礼して退室した。リンがどうすべきか、視線で俺に問うたが、アキが顎で追うように指示をした。リンはそれに従って部屋を出ていった。
「そういえば旦那様、リンをどこに住ませてやる気だ?」
「屋敷に空き部屋でもあるだろう」
「いやいやいや、旦那様、良く考えろ。あいつが同じ建物で暮らしたら、ワタシの機嫌がどうなるか分かるか?」
「悪くなるのか?」
「当たり前だ。旦那様の家族でもないし、警備に役立つ訳でもないし、家事をする訳でもない奴と一緒に暮らす意味が分からん。だいたい、仕事を家庭に持ち込む男は嫌われるぞ」
「そういうものか」
「知らん。だが、ワタシは嫌だ。家の中でも、部下の誰かが優秀で、とか、あの上官が鬱陶しくて、とか、あの件は面倒そうだな、とか色々言われてみろ。休まらないだろ」
「確かにそうか。では、どうする?」
「使用人の寮にでも住ませておけ。正式に任官するまでは、旦那様の単なる私臣だ。使用人と一緒だろ」
「そうか。ではそうしよう」
「それでいい」
アキに誘導された気がするが、まあ良い結果に纏まったので良かろう。リンと一緒に、フォルミード村の他の者を寮に住まわせてやろう。
「真面目な話も終わった事だし、旦那様、出掛けよう」
「別に構わぬが、どこへ行く?」
「刀を見に行くのだ。ヒナツに腕のいい刀工を探させておいた」
「ヒナツか…大丈夫なのか?」
「安心しろ。ヒナツは連れていかない」
「いや、そうではない。ヒナツの紹介した者で大丈夫なのか、と」
「そっちか。それならもっと安心しろ。ワタシも名前だけは聞いた事ある。ドウダヌキ、という里の奴らだ。田んぼにある死体を斬れば、胴を抜けて田んぼまで斬り裂く、というのが、ドウダヌキの由来だ。良さそうだろ」
「ああ。良い刀を作るのであれば、俺に文句はない」
「じゃあ行こう」
アキはそう言い、俺の手を引いて歩き始めた。
道中、アキはヒナツからの報告を伝えてくれた。どうやら、俺がヒナツを嫌っている事を知り、気を遣ってくれているようだ。
タカミツ殿は、武器生産の拠点をサヌストに移し、ヤマトワ国内に運ばせる計画を立てているそうだ。俺としては、軍資金の無駄遣いに思えるが、わざわざ計画する程であるからには、何か理由があるのだろう。
それから、タカミツ殿から『教育指南書』という書物が届いているそうだ。これは、龍の子の孵化から、ある程度(概ね五歳)まで、起こり得る問題とその対処法について記してあるそうだ。アキは、困った時にだけ見る、として、部屋の奥の方にしまったそうだ。
アキと話していると、ドウダヌキに着いた。ドウダヌキは完全に分業化しているそうで、全体の指揮を執る者が注文を聞き取るそうだ。
「ヨシフサです。アキ様、刀の要望などあれば、今のうちに」
「いい感じにな。ワタシが使ってる木刀が届いてるはずだが…」
アキはそう言い、説明を始めた。
アキは意外と精密な剣術で戦うので、色々と注文が多いのかもしれぬ。俺の場合、武器は丈夫であればそれで良いのだが、俺のような者は少数派であろう。
アキの注文を隣で聞いていたが、何を拘っているのか全く分からなかった。反り具合であったり、刀身の長さであったり、素材であったり、色々と話し込んでいた。素材でも変わるのか。
その後、日が暮れるまで話し込んで満足したアキと共に帰宅した。アキの用事であるから一緒にいたが、これが他の者の用事であれば途中で帰りたくなっていた。それほどまでに疎外感を覚えた。




