第352話
舞台に出たグローヴァー大将は普通の剣を帯び、普通の鎧を纏って武装している。罪人と同じ扱いを受ける五人は、コンツェン軍の兵装ではないものの、武装はしている。
「特別犯を煽動した、または率いた特別犯主導犯を、これよりグローヴァー央軍大将が、決闘裁判にかける」
ポリフ公がそう言った。特別犯を率いた者という事は、ティカツケーク伯爵などコンツェン軍の上層部にいた者か。いや、敢えて特別犯というからには、カルロ・ピアネリなど、他の特別犯を率いた者も含まれているのかもしれぬな。
「判事、ルーク・グローヴァー央軍大将」
ポリフ公がそう言い、グローヴァー大将が抜剣して剣を掲げると、歓声が上がった。人気の老将であるようだ。
「罪人、バリー・ガルシア。この者は特別犯三名を引き連れて辻強盗を繰り返し、ノヴァーク人七名、テイルスト人五名を殺害した罪がある。よって、グローヴァー央軍大将による裁きが下される。死刑になった場合…」
「双方、用意せい」
ポリフ公は、まだ何かを言おうとしていたが、国王が遮り、グローヴァー大将は剣を構え、バリー・ガルシアは星球式鎚矛を構えた。
「始め!」
国王の宣言で、グローヴァー大将が駆け出し、対するバリー・ガルシアは星球式鎚矛を振り上げた。
グローヴァー大将は、バリー・ガルシアが星球式鎚矛を振り下ろす前に、その両腕を両断し、返す刃で首を刎ねた。
「次!」
「罪人、フランコ・アレオッティ。この者は、コンツェン貴族ティカツケーク伯爵家に属する私兵であり、同伯爵の身柄の不当な返還を達成すべく、ノヴァーク王宮への侵入を企て、その後方支援を担当するため、我がノヴァーク王国へ不法に入国した罪がある。よって、グローヴァー央軍大将による…」
「それはもういい。双方、用意」
グローヴァー大将が舞台上からポリフ公の言葉を促し、ポリフ公が罪人について説明していたが、国王が遮り、その言葉によってグローヴァー大将が剣を構え、対するフランコ・アレオッティが矛を構えた。
「始め」
国王の宣言で、グローヴァー大将が歩き始めると、フランコ・アレオッティは防御の姿勢を見せた。
勝手な想像だが、後方支援部隊の指揮を任されるという事は、慎重なのではなかろうか。特に、ティカツケーク伯爵を奪還した後は帰国せねばならず、退路の確保が優先されるべき作戦において、後方支援の占める重要度は高かろう。
グローヴァー大将が近づくと、フランコ・アレオッティは矛で牽制し、近づけぬようにした。矛の間合いを保つ限り、剣士であるグローヴァー大将は傷のひとつすらつけられぬ。
グローヴァー大将は、近付けぬ事に苛立ちを覚える訳でもなく、何度も挑み続けた。見たところ、かなりの老将であるが、体力に自信があるのであろうか。
しばらくの攻防の後、グローヴァー大将が身を屈め、フランコ・アレオッティに向けて一気に駆け出し、両膝のすぐ下で剣を薙いで両断し、倒れるフランコ・アレオッティの心臓に剣を突き立てて殺した。今までの無駄に見えた攻防は、防戦に専念するフランコ・アレオッティの油断を誘うためのものであったか。
「次!」
「罪人、ギド・モゼール。この者は、コンツェン貴族ティカツケーク伯爵家に属する私兵であり、同伯爵の身柄の不当な返還を達成すべく、ノヴァーク王宮への侵入を計画立案し、我がノヴァーク王国へ不法に入国した罪がある。よって…」
「もういい。双方、構え」
先程と同様、グローヴァー大将に促されたポリフ公の言葉を国王が遮った。それに応じ、グローヴァー大将は剣を、対するギド・モゼールはコンツェン軍の一般兵と同じ剣を抜いた。もしかすると、武勇ではなく智謀で出世し、その為に武器に拘りが無いのかもしれぬな。
「始め」
国王の掛け声で、グローヴァー大将が歩き始めると、対するギド・モゼールも同程度の速度で歩き始めた。
二人は剣の間合いまで歩き進み、その内側へと入ると、グローヴァー大将がギド・モゼールの心臓を目掛け、剣を突いた。すると、ギド・モゼールは自らの剣を投げ捨て、グローヴァー大将の剣の柄を両手で掴み、さらに深く刺し込み、血を吐きつつも笑みを浮かべ、前のめりに倒れた。
智謀の将かと思ったが、意味の分からぬ最期であった。俺には分からぬような、何か特別な意味でもあったのであろうか。
「次!」
「罪人、カルロ・ピアネリ。この者は、コンツェン貴族ティカツケーク伯爵家に属する私兵であり、同伯爵の身柄の不当な返還を達成すべく、ノヴァーク王宮への侵入を企て、実行部隊を直接指揮するため、我がノヴァーク王国へ不法に入国した罪がある。よって…」
「もういい。構えろ」
先程までと同様、ポリフ公の説明を国王が遮り、グローヴァー大将とカルロ・ピアネリはそれに従った。いや、グローヴァー大将は、ギド・モゼールの体から剣を引き抜こうとしているが、なかなか抜けぬようだ。
国王を待たせてはならぬと思ったか、グローヴァー大将は投げ捨てられていたギド・モゼールの剣を取り、構えた。
「始め」
国王の掛け声で、カルロ・ピアネリが駆け出すと、グローヴァー大将は一歩も動かず、ギド・モゼールの剣を振り、調子を確かめた。
カルロ・ピアネリがグローヴァー大将に斬りかかると、グローヴァー大将は受け止めようと剣を出し、二本の剣が衝突すると、ギド・モゼールの剣は半ば程から折れた。カルロ・ピアネリは、グローヴァー大将が使う剣が折れる事を知っていたように追撃をしたが、グローヴァー大将は剣の断面で受け止めた。
グローヴァー大将を仕留め損ねたカルロ・ピアネリは、想定外といったように距離を取り、グローヴァー大将もそれに倣った。
折れた剣を短剣のように構えたグローヴァー大将に対し、カルロ・ピアネリは焦りを見せつつ、グローヴァー大将が動くのを待った。
グローヴァー大将が身を低くして駆け出すと、カルロ・ピアネリは剣を低く構え、グローヴァー大将を待った。グローヴァー大将はカルロ・ピアネリの隣を駆け抜け、脇腹に剣を当てたが、傷は浅く、カルロ・ピアネリは顔を顰めただけであった。
カルロ・ピアネリの脇腹から出た血が地面に落ちるより早く、グローヴァー大将は反転し、背後から心臓を突いた。鍔が背中にめり込むほど刺さり、折れた上に潰れて拡がっていた切っ先が、心臓を体内から体外へと押し出した。
「次!」
「罪人、ジャンルーカ・ティカツケーク。この者は、コンツェン貴族ティカツケーク伯爵家の当主にして、先のコンツェン軍による我がノヴァーク王国侵攻においては、督戦隊を指揮して数多の死兵を生み出し、これによって戦闘を長引かせた罪がある。よっ…」
「いい。構え」
ポリフ公の言葉を遮った国王に従い、グローヴァー大将は素手で構え、ティカツケーク伯爵は剣を構えた。
「始め」
国王の掛け声で二人は駆け出した。
ティカツケーク伯爵が突き出した剣の腹を、グローヴァー大将は両手で挟み、ティカツケーク伯爵の鳩尾を蹴った。鳩尾を庇いつつ蹌踉めいたティカツケーク伯爵に対し、その右手首を掴んだグローヴァー大将は幾度も追撃を加えた。
グローヴァー大将が、ティカツケーク伯爵の右腕を折ると、ティカツケーク伯爵は剣を取り落とした。グローヴァー大将は、ティカツケーク伯爵の顳顬に回し蹴りをした上で剣を拾い、ティカツケーク伯爵の喉を突き刺した。
「特別犯主導犯、バリー・ガルシア、フランコ・アリオッティ、ギド・モゼール、カルロ・ピアネリ、ティカツケーク伯爵の五名、全てが死刑に処された。これより三日間、この五名の首は城門前に晒される事になろう」
ポリフ公がそう宣言し、グローヴァー大将が国王席に一礼すると、客席から今日一番の歓声が上がった。
やはり、特別犯主導犯に対する恨みの方が強いのであろうか。それとも、グローヴァー大将が人気であっただけであろうか。
グローヴァー大将の裁判が終わり、舞台上の死体が片付けられると、閉会式が始まった。開会式はしておらぬのに、閉会式はするのか。まあ帰り支度の為の時間であるようで、半数以上の観客が舞台から意識を逸らしている。




