第349話
死体が片付けられると、今度は本格的な清掃に入った。カラザース副将の攻撃によって血飛沫となった、臓物や骨などを片付けているのだろう。
清掃が終わると、国王達と談笑していたグローヴァー大将とポリフ公が立ち上がった。
「判事、五将スーザン・フレイザー右軍副将」
「罪人、五将集団」
グローヴァー大将とポリフ公の声で舞台に上がったのは、フレイザー副将と、二十名の罪人である。ちなみに、この二十名は、王宮侵入計画犯だそうで、水軍副将二人が殺し尽くした三十名は、その他の特定犯だそうだ。
フレイザー副将は、剣を帯びているが、少々特殊な剣で、その柄頭に鉄鎖が取り付けられており、その先には半径十メタ程の錘が付いている。ちなみに左腰に剣を帯び、右腰に錘を固定している。
「一騎討ちを原則とする。両者前へ」
「開始!」
ポリフ公の宣言の後、罪人が前に出たのを確認したグローヴァー大将の合図で、罪人が抜剣し、フレイザー副将に駆け出した。先程までと違い、ティカツケーク伯爵の救出に選抜された精鋭である。
対するフレイザー副将は、右手で抜剣し、そのまま投擲した。フレイザー副将の剣は、吸い込まれるように罪人の喉に命中し、絶命させた。
「次!」
合図を待っていた罪人は、フレイザー副将が剣を回収する前に抜剣し、駆け出したが、フレイザー副将は鉄鎖を引いて剣を引き寄せて罪人の首を刎ね、右手で剣を受け止め、構えた。
「次!」
合図を待っていた罪人が抜剣し、フレイザー副将に駆け寄ると、一合も打ち合う事もなく、フレイザー副将は罪人の左に駆け抜け、罪人の左脇に剣を突き刺し、心臓を貫いた剣の切っ先は右脇から出た。小柄な分、素早いのか。
「次!」
次の罪人は、合図を待っていたようであるが、すぐに駆けるようなことはせず、抜剣しつつ距離を取った。
フレイザー副将を中心に円を描くように歩いた罪人であるが、フレイザー副将は見向きもしなかった。罪人が一周を歩き切ると、フレイザー副将は正面にいる罪人に向け、左手で錘を投げつけた。弓から放たれた矢より速く飛んだ錘は、罪人の顔面に命中し、異音を響かせながら、骨を砕き、絶命させた。
ふと国王席を見ると、国王は腕を組んで興味深そうに見、フローレンス王女は、舞台を指して隣に控える女官の肩を叩きながら、嬉しそうに見ていた。王妃は無表情である。
「次!」
次の罪人は、合図と同時に抜剣したが、その瞬間に首を刎ねられた。どうやら、フレイザー副将が剣を投げ、左手で錘を握り締めて凪いだようだな。余程握力が強いようだ。
「おい」
「はいはい、どうぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「気になることくらい分かりますよ」
アキがリンに質問しようとしたようだが、リンは質問を聞かずに資料を開いて渡した。開かれた頁は、フレイザー副将についてであった。
フレイザー副将は、握力と腕力が見た目より強いそうだ。
握力は、人の頭であれば握りつぶせる程の強さは優にあるそうだが、一度やって以降、気持ち悪いと言って頑なに断わるそうだ。
腕力は、分かりやすい記録は無いそうだが、フェリックス・アーウィン左軍大将の戦斧を片手で持ち、アーウィン大将を驚かせたという逸話があるそうだ。
「あ、原則破りですよ」
アキと話しながら資料を読んでいると、リンがそう言ってアキの肩を叩いた。もう残り五人ではないか。かなりの数を見逃したな。
フレイザー副将を囲んだ五人は、それぞれ抜剣し、互いに連携する姿勢を見せた。強敵を倒し、その後は最も無傷に近い者が右軍副将となり、ティカツケーク伯爵救出作戦を続行するつもりであろう。
五人は互いに目配せし、同時に斬りかかった。対するフレイザー副将は、左右に剣と錘をそれぞれ投擲して二人に対処し、伸びきった鉄鎖の中心を引き、引き寄せられた剣と錘は正面にいた罪人の首と胴にそれぞれ命中した。
残った二人は、背後からフレイザー副将に斬りかかろうとしたが、フレイザー副将は躱しもせず、鎧で剣を受け止め、振り返り、二人を鉄鎖で殴殺した。
「罪人に対する死刑執行を確認した。フレイザー右軍副将は退場し、清掃隊は死体の処理をせよ」
グローヴァー大将がそう宣言し、フレイザー副将が礼をすると、会場から歓声が上がった。
「武器以外に面白いことは無かったな」
「ほとんど見逃しちゃったからでしょう?」
「誰のせいだと思っている?」
「私はユキさんの疑問に答えただけで、悪くないと思いますよ。ね?」
「俺に言われても何も言えぬぞ」
「そうだぞ。愛妻家は、どんな時でも妻の味方をする。今回みたいにワタシが間違ってなければ、何も言う必要が無いのだ。味方ということは確定しているからな。残念だったな、リン」
「そうでしたね。私が悪かったですよ。ごめんなさいね」
「分かればいいのだ」
アキとリンの会話を聞いていると、舞台の死体が片付けられ、水が撒かれた。
次の判事と罪人は、なぜか舞台の準備が終わっても出て来ぬ。何か問題でも起こっているのであろうか。
しばらくすると、国王席付近のグローヴァー大将とポリフ公が前に出た。準備が終わったようだ。
「判事、中堅デイガー・ウェイン・キャステラ央軍副将」
「罪人、中堅集団」
グローヴァー大将とポリフ公がそう言うと、キャステラ副将と罪人集団が出てきた。罪人は二十名いる。
「一騎討ちを原則とする。両者前へ」
「開始!」
ポリフ公の宣言の後、キャステラ副将と罪人が前に出たことを確認したグローヴァー大将が開始の合図をした。
ただちに抜剣した罪人に対し、キャステラ副将は肩に巻いた鎖を取り、それを振り回し始めた。鎖の先には分銅がついており、当たれば致命傷になるだろう。
罪人が走り始めたが、三歩も行かぬうちにキャステラ副将の鎖が足に絡み、転倒した。
「死刑に処する」
キャステラ副将は小声でそう言い、鎖を引いて手元に寄せて回し、勢いをつけた分銅を罪人の顔面に命中させた。フレイザー副将と似た武術であるが、こちらは剣を使っておらぬし、帯びてすらおらぬ。
「次!」
合図によって走り始めた罪人に対し、キャステラ副将は分銅を顔面に命中させて殺した。同じ殺し方だな。
「次!」
今度の罪人は、いきなり走ったりはしなかったが、キャステラ副将の分銅が炸裂し、死んだ。同じ殺し方ばかりをするので、会場には観客による批判の声が響いた。
「原則破りを上申いたす」
まだ三人しか倒しておらぬのに、キャステラ副将は一騎討ちを辞めたいようだ。観客の批判の声がよほど苦痛なのか、単に多対一の方が戦いやすいのか、理由までは分からぬが、今までの判事に比して、原則破りまでが短い。
「許可する。だが、そうだな…デイガー、剣を使え」
国王はそう言い、近くの警備兵の剣を受け取り、舞台に向けて投げた。キャステラ副将は抱拳礼をし、舞台に突き刺さった剣を引き抜き、今度は剣を胸の前で構えて一礼した。真面目だな。
「開始!」
グローヴァー大将の合図で、十七名の罪人達が、キャステラ大将に向けて走り出した。原則破りがあった時のために相談していたのか、互いに距離を取り、一網打尽にされる事を警戒している。コンツェン軍の士官という話であるから、この程度は当然か。
キャステラ副将は、右手で鎖を回し、左手で剣を構え、一呼吸の後に、罪人達に切り込んだ。
剣の腕もかなりのもので、片手で三人を同時に相手取り、その間に鎖で残りの十四名を翻弄した。
「おい、あの鎖は何なのだ?」
「普通の鎖ですよ。ユキさん、そんな事言ってたら、さっきみたいに見逃しちゃいますよ」
「言われなくても分かってる」
アキが気になるのも無理は無い。
キャステラ副将の鎖は、遠くの罪人の剣を絡め取ったかと思えば、それを近くの罪人の頭に落として殺し、別の罪人の足に絡みついて転倒させ、さらに別の罪人の腕に絡みついて脱臼させたり、一人の人間が片手で操っているとは思えぬほど、精巧な動きをしているのだ。あの鎖にラヴィニアののようなナニカが宿っていると言われた方が信じられる。
観客も、これには納得がいったのか、批判の声は無くなり、歓声へと変わった。
ふと国王席を見ると、フローレンス王女に頭を振って、髪を女官に当てて遊んでいる。おそらくキャステラ副将の鎖を、髪で再現しているつもりであろう。女官は迷惑そうな笑顔であるが、王女に対しては強く言えぬのだろう。
その後、訳の分からぬ動きをする鎖によって罪人のうち十五名が殺され、残りの二名は国王が投げつけた剣によって殺された。
「死刑執行を確認した。キャステラ央軍副将は退場した後、国王陛下に剣を返却せよ。清掃隊、死体の処理を」
グローヴァー大将の指示に対して一礼したキャステラ副将は、退場した。
前半はつまらぬ裁判であると思ったが、後半はなかなか楽しかったな。




