第347話
朝食会場では、アンガスから会場への入場券を受け取った。『七十』と書かれた札である。アキ達のものも見せてもらったが、同じ数字である。
会場は、王都ブラカーダのどこにいても見えるほど大きな、石造りの円形闘技場であり、王宮からの直通路が整備されているそうだ。
ノヴァークでは石造建築技術が発達しており、これはノヴァーク人が奴隷だった頃、平時は重労働である石造建築をさせられていたから、というのが通説だ。だが、奴隷が設計段階に関わるはずもないので、ノヴァーク人の功績であろう。
観戦するのは、俺、アキ、エヴラール、リン、シャーロット、アンガス、スージーであるが、パー・ダン傭兵団やライオネル傭兵隊の幹部も近くの席で観戦するそうだ。ちなみに、パヴェルとダルセル、ローザは市街の視察に行っている。
円形闘技場は、単に王都の闘技場と呼ばれる事が多いが、正式にはアレクサンダー・ゴッドフリー・オーウェン・ジャクリーン・モニーク・その他のノヴァーク諸王鎮魂闘技場と言うそうだ。これらの人名は、ノヴァークの王の名だそうで、例えばアレクサンダー王は、コンツェン王国への侵攻中に病死した王で、オーウェン王はコンツェンに攻め入るも左軍大将に裏切られて戦死した王だそうで、他の王は王配との離婚によって身投げした女王や、即位直後に急逝した王であったり、普通でない死に方をした王に対する弔いとして命名されたそうだ。二度のコンツェン遠征はリンに調べさせよう。
俺達は、アンガスの案内で闘技場に来た。闘技場には複数の入口があり、入場券にあった『七十』という数字は入口につけられた番号だそうだ。国王席と賓客席、その周囲を囲むように警備席があるのが第一区画で、俺達はその隣だそうだ。入口の数字と区画が冠する数字は同じ数字であり、国王席から右回りに若い数字が冠され、七十の入口があるので、第一区画と第七十区画は隣り合っている。
御前決闘裁判というからには、将帥側は国王が見やすいように立ち回るため、その近くの区画の席も、他の席に比べたら見やすいそうだ。
天井部分は開放されているが、天幕が張られ、観客席には直射日光が当たらぬようになっている。
「ファブリスさん、あとは身内だけで楽しんでください。国王席が近いから、司会の声も聞こえると思いますよ」
「そうか。おぬしは?」
「申し訳ないですけど、組織の連中と見させてもらいます」
「そうか。帰る時は迎えに来てくれ」
「了解です」
「では」
アンガスはそう言い、スージーを連れて部下のところに行った。第七十区画はパー・ダン傭兵団と関係組織が借り切っているそうで、すぐ近くにいるのだが。ちなみに、アンガスの兄であるパー・ダン傭兵団の長は、ウェテラーヌス伯爵の指揮の下、第一区画の警備にあたっている。
しばらく待っていると、舞台上に音楽隊が出てきて、演奏を始めた。各所に設置された鏡が日光を反射し、舞台上を照らしている。
すると、第一区画にいたうちの一人が立ちあがり、前に出た。そして、鏡の光で照らされた。
「吾こそは、ノヴァーク王国宰相ポリテフティス公爵ゼイヴィアなり。ノヴァーク王国国王であらせられるレイモンド陛下、王妃であらせられるラダ・フット陛下のご来着である」
ポリテフティス公爵がそう言うと、奥から三人が歩いてきた。そのうちの男が剣を抜いて掲げると、観客から歓声が上がった。これが王であろう。
王が剣を収めて席に着くと、左右に女が座った。王と年齢が近そうな女が王妃であろうが、もう一方は誰であろうか。
「リン、あれは誰だ?」
「知りませんよ。でもたぶん、フローレンス王女だと思いますよ」
「なるほど」
「あれが数多の男を破滅させた売女か」
「失礼であるぞ」
「そうですよ。相手が王族じゃなくても言っちゃだめですよ」
「そんなに酷い言葉なのか。サヌスト語は難しいな」
「どこで覚えてきたのか…」
「あ、そういえばファブリス様、これどうぞ」
リンはそう言い、昨夜エヴラールから受け取った報告書と同様の報告書を俺に渡した。
報告書はポリテフティス公爵について纏めてある頁が開かれていた。この公爵は、ノヴァーク人にしては珍しく、文官の道に進んだ王族だそうで、文武に秀でているそうだ。まあそれはノヴァーク人基準であるそうだから、他の国の宰相の方が賢いだろう、とリンの注釈がある。
これもリンの注釈だが、ノヴァーク王国の宰相は武官職だそうで、数多いる文官を取り纏め、その不正を防ぐ目的があり、実際に監査隊という武力組織を指揮下に置いている。ちなみに、ノヴァーク人の文官はテイルスト人の武官より少ないとされているそうだ。そのため、テイルスト国王が派遣するテイルスト人文官が、ノヴァーク人の宰相の下で実務を担っているそうだ。
ポリテフティス公爵に話を戻すと、この公爵は現王の父の異母弟の長女の夫である王女配だそうだ。元々ポリテフティス公爵は子爵位であったそうだが、先代から功績を重ねて公爵まで陞爵したそうだ。ちなみに、ノヴァーク人は『ポリテフティス』という発音が難しいそうで、『ポリフ公』と通称されている。確かに、ポリテフティスとは言い難い。
俺達が話していると、音楽隊が音楽席に撤収した。そろそろ始まるのであろうか。
「ゼイヴィアよ、判事と罪人を」
王がそう言うと、ポリフ公が前に出た。判事とは、将帥達の事だそうだ。それから、普通の裁判では罪人か否かを決めるのが目的のため被告人と称するが、御前決闘裁判では、既に罪は確定し、これは刑罰を決める裁判という建前なので、罪人と称するのが通例だ。まあこれは御前決闘裁判だけの事であるから、気にする必要は無い。
「判事、主将フェリックス・アーウィン左軍大将」
ポリフ公がそう言うと、舞台上に坊主頭の大男が出てきた。身長は百七十メタほどあり、肩幅は俺の倍以上ある。装備品は立派な赤い房のついた兜と胸甲のみだが、アンガスからの情報では盾を使うそうなので、充分なのだろう。
「続いて判事、副将メリッサ・エッジレイ右軍大将」
続いて出てきたのは、薄片鎧を纏い、細剣を帯びた女将軍であった。アーウィン大将に並ぶと小さく見えるが、おそらくアキよりも背は高いだろう。
「続いて判事、三将レイチェル・イーガン水軍大将」
続いて出てきたのは、鎧などを一切身につけず、狼牙棒を肩に担いだ女提督である。軍歴から察するに、五十代以上であるはずだが、まだまだ若々しい。この提督によって海賊が討伐され、水軍の増強がなされ、海路の安全が確保されたそうだ。
「続いて判事、中堅デイガー・ウェイン・キャステラ央軍副将」
続いて出てきたのは、ノヴァーク人には珍しい白人の男だ。そもそも『ノヴァーク人』という人種がある訳ではなく、ノヴァーク人とはノヴァーク王国民の事を指し、これらの大半は解放奴隷または逃亡奴隷、それらの子孫である。奴隷狩りを産業として国家が主導するのはコンツェン王国のみであり、その対象となるのが、コンツェンのさらに南の地域に住む黒人であるため、ノヴァーク人には黒人が多いのだ。
キャステラ副将であるが、頭には一本の毛もなく、リンによれば毛根が死んでいるそうだ。武装は、なぜか額当てを二つをつけ、胸甲とマント、それから肩に鎖を巻いているだけで、帯剣などはしておらぬ。
「続いて判事、五将スーザン・フレイザー右軍副将」
続いて出てきたのは、小柄な女将軍であった。武装は、鎧を纏っているだけで、帯剣などをしておらぬ。アーウィン大将のように、別で用意しているのかもしれぬな。
「続いて判事、次鋒ダスティ・カラザース水軍副将」
続いて出てきたのは、鎧など防具を一切纏っておらぬ男で、戦棍を担いでいる。ちなみに、カラザース副将は、イーガン大将の腹心として、例の海賊討伐以前から同じ立場にあったそうだ。
「続いて判事、先鋒ライオネル・イアノッタ水軍副将」
続いて出てきたのは、伸びきった髭を三つ編みにし、獣の牙で角を象った兜を被り、膝下まである楔帷子を纏い、その上に毛皮のマントを羽織った大男である。イアノッタ副将は、元々海賊であったのだが、色々あってノヴァーク水軍に副将として迎えられ、自身に課された海賊出身将兵の纏め役という役割を全うしているそうだ。以前から聞く、ノヴァーク水軍増強の切っ掛けとなった海賊討伐について、二度のコンツェン遠征と一緒にリンに調べさせよう。
「続いて罪人、コンツェン王国貴族ティカツケーク伯爵ジャンルーカ以下、コンツェン軍士官八十名」
ポリフ公の言葉で、八十名の罪人が引き出された。各人には、手枷がはめられ、両脇を屈強な兵士に抱えられている。みすぼらしい服を着ているせいで、服装からはどれがティカツケーク伯爵か分からぬ。
「罪人、ノヴァーク王宮侵入計画犯カルロ・ピアネリ及びその一党二十名」
今度の罪人は、リンが貰ってきた案内の小冊子によると、ティカツケーク伯爵の奪還を目論んで入国したコンツェン人だそうだ。
「その他、特定犯三十名」
ポリフ公は面倒になったのか、単なる時間の都合か、三十名が一度に連れ出された。
「以上、判事七名、罪人百三十名、入場いたしました」
ポリフ公がそう言い、王が確認して片手をあげると、罪人達は雑に退場させられた。ちなみに、罪人の両脇を抱えるのは主宰者である央軍大将直属の兵士だそうだ。




