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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第339話

 結構な時間を待っていると、黒い服を着たテイルスト人らしき老爺が、先程の黒服の男と入ってきた。

 衰退している宗教の指導者と聞くと、痩せ細っているのかと思っていたが、ちゃんと肥え太っていた。あの年齢で太っていると、病気を患い易かろうに、健康そうに歩いているところを見ると、テオスボークの神々の加護でもあるのかもしれぬな。いや、これは冗談でもヴォクラー神に対して非礼か。


「シストラー・シャロンのお知り合いだとか」


「それがシャロン・ド・パーを指しているのであれば、その通りだ。正確に言えば、兄のアンガス・ド・パーの依頼主だ」


「そうですか。不躾ではございますが、早速、拝観料を頂きたく存じます」


「ああ。如何ほど欲する?」


「金貨三十枚、といったところでしょうな」


「承知した」


 俺は面倒事を避けるため、テイルスト金貨百枚が入った革袋を異空間から出し、机の上に置いた。もちろん懐から出す真似をして、だ。


「ブラチヤー・レジナルド、数えて差しあげなさい」


「はい、アチェーツ・トレヴァー」


 老爺に言われた案内の黒服は、この場で革袋をひっくり返し、金貨を数え始めた。なかなか無礼な行いだが、面倒事は避けねばならぬゆえ、俺は何も言わぬ。


「足りませんな。金貨百枚しかありません」


「…金貨三十枚では?」


「ええ。ですが、我々の神は八柱、そしてあなた方はお二人です」


「仕方あるまいな。払えば良いのであろう?」


 俺はそう言い、追加でテイルスト金貨百枚が入った革袋を四つ机の上に出した。

 単純計算であるが、神一柱につき金貨三十枚、それが八柱であり、これが一人分の拝観料であると仮定し、倍にして四百八十枚となる。さらに、主神がどうとか言っていたので、主神には十枚ずつ上乗せした。まあ数えるのが面倒であっただけなのだが。


「ブラチヤー」


「心得ております」


 ブラチヤーと呼ばれている男が、再び金貨を数え始めた。

 ふと気になってアキを見ると、歯を食いしばって何かに耐えていた。アキなら怒ってしまうかと思ったが、別の何かに耐えている最中であったか。


「金貨五百枚、ありがたく頂戴します」


「ブラチヤー、案内して差しあげなさい」


「はい、アチェーツ・トレヴァー。こちらへどうぞ」


 俺とアキはブラチヤーの後を追い、部屋を出た。扉が閉まる直前、アチェーツ・トレヴァーと呼ばれた老爺が嬉しそうに金貨を数え直しているのが見えたが…そういう組織か。来て損したかもしれぬな。


 教会内を案内されたが、礼拝堂以外は単なる寮のようになっており、何も面白い所は無かった。礼拝堂も、像が八体あるだけの、いわゆる礼拝堂であり、これも大して面白くなかった。

 途中、何度か黒い服の者とすれ違ったが、俺を案内するブラチヤーは、男に対しては『ブラチヤー』、女に対しては『シストラー』と呼びかけていたので、もしかすると名前ではなく階級か何かかもしれぬな。とすると、レジナルドがこの男の名か。

 まあこんな場所の記憶などすぐに消えてしまうだろうし、そうでなくても良い思い出などは一切ないので、どうでも良いのだが。


 レジナルドの説明を邪魔せず、なるべく早く終わらせた。アキも何かに耐えているようで、教会の事などどうでも良さそうになっているし、俺は実際どうでも良いと思っている。


「それでは案内は以上です」


「そうか。世話になったな。では、ユキ、帰ろう」


 俺はアキの手を引き、足早に教会を出た。これが組織としての対応であるなら、衰退する理由が分かる。単なる守銭奴ではないか。アンガスはどうか分からぬが、シャロンもこの者らの一味とみて良かろう。なるべく関わらぬようにしよう。


 テオスボークの教会から離れた所にある広場で休むことにした。アキも何かに耐えているようであるし、ちょうど良かろう。


「ユキ、先程から何を耐えている?」


「アイツらへの殺意だ。旦那様が我慢してるからワタシも耐えたが、そうじゃなかったら拷問してから殺していたところだ。何がテオスボークの神々だ、馬鹿共め。全部、金を司る守銭奴の神だろ、どうせ」


「俺も異教を貶める事は言いたくないが、ユキの言う通りだ。良い気分ではなかった」


「ワタシは旦那様に迷惑をかけると思って、何とか怒りを抑えていたが、危ないとこだった。もう少し長くいたら、皆殺しにして放火をしてたかもしれん。それぐらい、あいつらに怒ってる」


「ああ。許されるのであれば、俺もあの教会を潰している」


「当たり前だ。あんなの、なぜ今まで存続できてるのか不思議だ。もっと廃れてしまえ」


「同感だ。あの教会について考えるのはやめよう。何か楽しい事でもしよう」


「そうだな。じゃ、宿に帰ろう」


「そうしよう」


 俺達はテオスボーク教の事は忘れ、宿に帰ることにした。俺が言った楽しい事は、そういう事を指しているのではなかったが、それも楽しい事に含まれるので良いか。

 色々と巡っているうちに、帰り道が分からなくなっていたので、街図を手に入れ、宿に帰った。


 宿に戻ると、リンが俺の部屋で何やら作業をしていたので、俺達はアキの部屋で寛ぐことにした。


「いいか、楽しい事は夜だぞ。旦那様の相手は、結構疲れるのだ。そのまま寝てしまいたいくらいにはな」


「そうか。すまぬな」


「謝るな。疲労以上の幸福を貰ってる」


「ならば良いのだが」


「旦那様はどうなのだ?」


「俺は何をやっていても、肉体的な疲労は感じぬ。感じるのは精神的な疲労だけだ。それゆえ、戦よりも書類仕事の方が疲れる」


 戦の種類にもよるが、余裕のある戦や勝ち戦などであれば、一切の疲労を感じぬ。防衛戦となると、色々な所に気を遣わねばならぬゆえ、多少は疲れるが、書類仕事に比べたら圧倒的に疲れぬ。


「確かにな。ワタシも何もせずジッとしてるのは疲れる。今は旦那様がいるからいいが、一人だったら耐えられん」


「いや、俺は書類仕事をして疲れるのだ」


「ワタシも一緒だ。書類仕事は得意な奴らに任せておけばいい。適材適所というやつだな」


「ああ。俺やユキは言ってしまえば、剣だ。洋墨(インク)をつけて文字を書くのは向いておらぬ。逆に、リンなどは鵞ペンに例えた方が良い。洋墨(インク)をつけて文字を書くのには向いているが、戦闘では一切の役に立たぬ」


「アデラールはどっちだ?」


「どちらであろうな。俺やおぬしほど強いわけではないが、リンほど書類仕事に特化しているわけではない。万能型だな」


「器用貧乏とも言うな」


「そう言ってやるな。俺やおぬしが強いのは、魔法がある事を前提とした武術を修めているが、アデラールはそうではないゆえ、仕方ない部分もある。書類仕事も、どちらかと言えば早い方だ」


 実際、エヴラールよりも弱い武官もいるし、エヴラールよりも仕事が遅い文官もいる。エヴラールの下位互換を見る事は何度もあるが、上位互換を見た事は無い。

 ジェローム卿やジュスト殿は、両方を無難にやってのけるだろうが、俺は書類仕事をしている時の二人に会った事はないので、何とも評せぬ。聞くところによると、ジェローム卿は眼帯をつけ始めてから、かなり衰え始めたそうで、前線に立って陣頭指揮を執る事は、もう少なかろう。


「腹心だから庇ったんだな?」


「俺は無能を腹心にせぬ」


「話をちょっと変えるが、ワタシは旦那様の腹心なのか?」


「おぬし、自分が言った求婚の言葉を思い出してみよ」


「…結婚しろ、さもなくばヤマトワに帰るぞ、みたいな感じだったな」


「ああ。おぬしが替えのきく人材であれば、俺は断り、おぬしはヤマトワに帰っていた。おぬしが無能でなくて、本当に良かったと思っている」


「確かに、危ないところだったな。ワタシが無能だったら、普通に断られて、今頃はヤマトワの内乱で八つ当たりしてるだろうな」


「ああ。俺も寂しさでどうなっていたか分からぬ」


「ルチア辺りに手を出してるだろ、多分」


「無いな」


「無いのか」


 ルチアは単なる被保護者であるから、恋慕の情を抱いたりはせぬ。例えるなら、仔猫(シャトン)のようなものだ。一度庇護対象に定めてしまったゆえ、多少気に入らぬ事があっても庇護を続けねばならぬ。


 その後、夕食まで寛ぎ、夕食後は楽しい事をしてそのまま休んだ。テオスボーク教の一件が無ければ、最高の一日であったのだが…まあ良い一日であったことは確かだ。

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