第337話
暖和亭から戻った俺は、サヌストから招待した者をサヌストに送り届け、アキと飲み直してから二人で眠った。
なかなか大変であったが、良い日であった。レリアの誕生日もこうして祝いたかったが、本人不在では面白くない。来年のレリアの誕生日は、盛大に祝おう。
翌朝。いつも通り、日の出前に目覚め、アキを寝かせたまま自室に戻り、朝食を摂っていると、リンが訪ねてきた。それも、後ろには朝食を持つ使用人を連れて、である。
「おはようございます、ファブリス様」
「ああ。朝から何の用だ?」
「恒例のアレ、ですよ。食べながらでいいので、読んでください」
「恒例?」
リンはそう言いつつ俺の正面に座り、冊子を置いた。表紙には『テイルスト王室に関する調査報告書』とある。王室に関する調査が恒例になっていたのか。
俺はリンの報告書を取り、読み始めた。
現在、狭義のテイルスト王族は三十八名であり、広義となればやはり人によって意見は異なる。狭義や広義の定義はクィーズス王室の際と同様であると、注釈があった。
前回と同様、俺が知るべき者が四人ほど挙げられている。重要人物を挙げてくれるのはありがたいな。
まず、国王であるスペンサー四世。ちなみに王妃はマージェリー妃と言い、トレワヴァス公爵家の現当主の姉であり、王妃個人もフィレナーダ侯爵という爵位を有する。
スペンサー四世は、王子時代に隊商に所属していた事もあるそうで、商人に対する優遇政策を採っているそうだ。具体的には、盗賊の積極的な討伐、街道の整備、王都での定期的な市の開催、三百を超える王家御用商人に対する関税の大幅な免除などがあるそうだ。挙げればまだまだあるそうだが、リンはキリがないと判断し、途中で切り上げたそうだ。
国王の従弟にして、テイルスト宰相であるヘタイロス公爵アルバート王子。
実力主義として知られる、テイルストの政界で、長年に亘って宰相として君臨する実力者である。テイルスト人にしては珍しく、武芸も嗜んでおり、スペンサー四世に対する暗殺者を何度か撃退したそうだ。
スペンサー四世が隊商に属していた時、同じ隊商に属していたそうで、その頃から以心伝心の関係であったそうだ。
国王の姉であるアデルフゥア公爵キャスリーン王女。全名をキャスリーン・マーガレット・アデルフゥアと言うそうで、マーガレットとは、数年前に亡くなった、自身の母たる王太后の名だそうだ。アデルフゥア公爵は、そのマーガレット妃から継いだものである。
本来、政治的な権力を有さぬはずであるが、その影響力はヘタイロス公爵のそれを上回っており、その派閥としては国王派に次ぐテイルスト王国内二位のものであるそうだ。
アデルフゥア公爵の長女たるジュヌヴィエーヴ王女。二十歳であるのに、未だ婚約の話すら出ておらぬそうで、クィーズス王室のパムファイネッテ王女と、似たような境遇にあるそうだ。
スペンサー四世とアデルフゥア公爵が特に気に入っているそうで、アデルフゥア公爵の娘のうちでは、唯一婚約しておらぬ。他の娘は、アデルフゥア公爵派を大きくするための政略結婚であったり、別の王族に嫁いだり、有力な貴族に嫁して臣籍降下したり、色々である。
アデルフゥア公爵は、これについて、自身に男児が生まれておらぬゆえの後継者としての待遇としているが、これは単なる言い訳であろう。他の家から婿入りさせれば、後継者としてアデルフゥア公爵位を継承できる。
それから、これは王室外から選ばれるのであるが、『副王』という役職が置かれている。これは、王室内の庶務を統括し、王族同士の揉め事の仲裁を担当する役職だ。絶対的中立が求められ、国王に直属する。場合によっては、ノヴァーク傭兵による武力での解決も認められている。
その副王であるが、現在はネサニエル・ラングトリーという商家出身の平民が就いている。
不文律ではあるものの、豪商出身の官吏から選ばれるのが通例である。これは特定の王族に買収される事を防ぐためであり、貴族ではなく平民出身者が選ばれるのは、貴族間の派閥に影響される事なく職務を全うするためである。
「どの王家にも、箱入り娘っているんですね」
「いや、サヌスト王家に姫君はおらぬ」
「サヌスト王室ってどんな感じですか?」
「今はエジット一世国王陛下ただお一人だ。前王の王太子であったアルフレッドは、神に離叛し、王室を追放された」
ヴォクラー神のお告げが無かった場合、現在のエジット陛下がしている事は簒奪である。だが、現実にヴォクラー神のお告げがあり、サヌスト王国の玉座には神に認められた者が主として座る以上、叛逆者と呼ばれるべきはアルフレッドの方である。
「じゃあ、バンバン御子を産んでもらわなきゃいけませんね」
「おぬし、無礼であるぞ」
「そうですね。この言い方だったら、王様を種馬扱いしてるみたいですね」
「無礼であると言っているのが分からぬか」
「あ、ごめんなさい」
「次から気をつけよ」
「はい」
「話は変わるが、そのサヌスト国王エジット陛下が、ご婚約なされた。これは、非公表の情報ではあるのだが、まあ数年もすれば御世継ぎがお生まれになるだろう」
「王女様が生まれるかもしれませんよ」
「その時は女王として、ご即位いただければ良かろう。それに、一人しか生まれぬと決まっている訳ではない」
「そうですね。それに、後宮もあるでしょうし、王子様の一人や二人、多分生まれますね」
「…ああ」
リンは、俺に対する礼儀などは守るが、その場におらぬ者に対する礼儀などは守らぬ。俺のおらぬところでは、おそらく俺に対する礼儀も守られておらぬ。
俺自身に対する無礼は、多少は許せるが、ヴォクラー神やエジット陛下に対する無礼は許せぬな。まあ許さぬからといって、罰のようなものを与えたりはせぬのだが。
「旦那様、誕生日会が終わったからといって、ワタシを蔑ろにしていい訳じゃないぞ」
少し不機嫌なアキが俺の部屋を訪ねてきた。もう起きたのか。リンとの話を終えたら戻ろうかと思ったのだが。
「慮ればこそ、だ。気持ち良さそうに眠っているおぬしを起こす気にはならぬ」
「…リンと話す必要は無いだろ」
「私が押しかけてきたんですよ。恒例の報告書ができたので確認してくださいってね」
「そういうことだ。俺は部下として接するだけで、おぬしが心配するような関係にはならぬ」
「何も心配してない。旦那様を信じてるからな。じゃあ旦那様、出掛けよう」
「ああ。どこに行く?」
「適当に歩き回ればいいだろ。行くぞ」
「あ、私も…」
「お前は来るな。ワタシは旦那様と二人で出掛けるのだ」
アキは俺の手を引き、そう言いながら部屋を出た。ちなみにアキは、朝の準備を終えているようである。
俺とアキは何も決めずに伝説を出て、とりあえず王宮の方に向かう事にした。街の中心部であれば、どこに行くにも近かろう、ということである。




