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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第331話

 メタクサリティに向かう道は、それなりに人気の道だそうで、かなりの数の旅人や隊商を避けながら進んだ。

 途中からは、アンガスが荷馬に積んであった、大きな音が鳴る鐘を鳴らしながら進んだ。俺は迷惑料として、銀貨や銅貨をばら撒きながら進んだ。


 クィーズスとテイルストの国境では、それぞれに対して通行税を納めた。


 クィーズスのノトヴォロス城塞では、一角獣(ユニコーン)を接収されそうになったが、アンガスがパー・ダン傭兵団とサザーランド子爵の名を出すと、すぐに引き下がった。

 俺はサヌスト人の悪評を残してはならぬため、こういう場合に武力で抗ってはならぬから、アンガスの対応は助かる。


 テイルストのエクソドス砦には、アンガス達の知人がいるはずであったが、今は周辺地域の見回りに行っているようであった。

 その人物は、サザーランド子爵と個人的な交友関係があるそうで、パー・ダン傭兵団も世話になっているそうだ。そのため、アンガスは挨拶をするつもりであったそうだが、いなかったので伝言を残して去った。


 その後、昼休憩以外は休まずに駆け抜けると、深夜にはメタクサリティに着いた。

 普通はヴァシパラティから十日以上を要する距離であるが、それは普通の馬の場合であり、一角獣(ユニコーン)の全速力であれば、少なくとも十五分の一程度に短縮できるそうだ。


 メタクサリティでは、エヴラールが手配した旅宿に泊まる事になっている。

 さすがに、このような辺境にパー・ダン傭兵団の支部は無いそうで、現地で宿を決めようとしていたようだ。辺境であるから良い宿が空いているだろう、という事だそうだ。


 俺はエヴラールを自室に呼び、他の者は休ませた。


「太守は何と言っていた?」


「太守には会えませんでした」


「そうか。まあ突然来た者が会えるほど、太守も暇ではないか」


「それもあると思いますが、身元の分からない者には安全か否か分からないため、おいそれと会えないのでしょう」


「では明日は俺も行こう。サヌストの公爵の遣いと言えば、門前払いはできまい」


「は。必要はないと存じますが、ご忠告申し上げます。武力の行使は、護身以外にはなさいませんよう」


「ああ。承知している」


 俺は気に入らぬ事があれば、すぐ武力に訴えると、エヴラールに思われているのであろうか。俺はさすがにそれほど短気ではない。


「ところで、その絨毯は見たか?」


「はい。少しだけ見えました。縦が約三十メルタ、横が約四十五メルタの大きさでした。柄は…似た柄を用意しました。こちらです」


 エヴラールは手巾(ハンカチ)程度の大きさの布を取り出した。赤く縁取られ、その内側に無数の龍が織り出されている。


「これらの内側に、二匹の(ドラゴン)を囲むように四羽の不死鳥が織り出されていました」


「…(ドラゴン)の方が位が高いのか?」


「古代テイルストの宗教では、(ドラゴン)は神の使い、龍は(ドラゴン)の使いとして、この世に顕現するそうです。その名残でしょう」


「そうか。分かった。今日はもう休んで良いぞ。明日も早かろう」


「は。それでは失礼します」


 エヴラールはそう言うと、手巾(ハンカチ)を置いて出ていった。


 俺は今更寝る気にもなれず、かと言ってアキの部屋を訪ねても迷惑であろうから、今回の旅について手記でも書くことにした。

 とりあえずの題として、表紙に『友邦巡遊記』と書いた。いずれ変わるかもしれぬが、良い案を思いついたな。


 まず、旅の発端と三国の概要、経過した分の旅程、第三十一隊の構成員についてを纏めた。

 それから、これまで行った場所の概要と感想について纏めていると、朝日が昇り始めたので、中断した。また暇ができたら続きを書こう。


 俺は身だしなみを整え、朝食会場で皆と合流した。今回、俺について太守府に行くのは、エヴラール、アキ、リン、ケリングである。他は自由行動とした。

 アキ、エヴラール、ケリングは武装させ、リンには通訳として同席してもらう。メタクサリティ太守はサヌスト語を話せると思うが、念の為である。


「ファブリス様、昨晩ご忠告申し上げたはずですが」


「武力に訴える気はない。だが、脅迫は辞さぬし、嘘もつかぬ」


「そうですか」


「なるべく威圧感を与えるように行こう。では」


 俺はそう言い、宿屋を出た。

 エヴラールの案内で、なるべく目立つ道を通って太守府に向かった。


 太守府の門前に来ると、警備を担当するノヴァーク人傭兵が来た。


 ちなみに、テイルスト人の武官は約一万名おり、そのうち約二千名は士官である。残りの八千名は、軍政などを専門の任務とする、軍属の文官である。ただし、テイルスト王国では彼らも武官として扱われる。

 軍隊の根幹たる兵士は、全てノヴァーク人傭兵である。


 つまり、太守府の警備兵も統率者こそテイルスト人だが、兵士はノヴァーク人であるため、ノヴァーク人傭兵が対応をしても何ら不思議は無い。


「懲りもせずまた来たのか。ダメなものはダメだ」


「エヴラール?」


「は。昨夜申し上げました、門前払いをした張本人です」


「そうか」


 俺は警備兵を睨めつけながら、懐に手を入れ、短剣を取り出した。警備兵は、俺が武力に訴えると思ったのか、剣の柄に手をかけた。


「我らはサヌスト王国貴族ジル・デシャン・クロード公爵閣下の遣いである。メタクサリティ太守閣下にお目通り願いたい」


 俺はそう言い、公爵家の紋様が描かれた短剣を差し出した。陛下より下賜されたものではなく、それを模してウィルフリードとベランジェールが作った模造品である。


「これは…少々お待ちを」


 警備兵はそう言うと、短剣を持って引き下がった。警備兵が簡単に持ち場を離れても良いのであろうか。俺がその気であれば、簡単に侵入できる。


 しばらくすると、テイルスト人を連れた警備兵が戻ってきた。おそらく上官であろう。


「見た事がない紋章だが…」


「そうか。それは貴殿らの情報収集不足であろう。それより太守閣下は何処か」


「こちらです。護衛の方々はこちらへどうぞ」


「私は通訳です。記録係も兼ねていますので、同席させてください」


「構いません。どうぞ」


「ワタシは妻だ。護衛も兼ねていたが、今からは単なる妻だ。同席するぞ」


「…どうぞ」


「私達は部下です。護衛も兼ねていましたが…」


「なりません。先の三名のみ、ご案内します。こちらへどうぞ」


 エヴラールとケリングが目配せし、一緒に来ようとしたが、さすがに拒否された。リンの同席は当然であるが、アキは上手く言いくるめたものだ。ちなみにアキは刀をエヴラールに預けた。


 俺はエヴラール達とわかれ、テイルスト人の士官の案内に従った。

 しばらく進んで、庭園が見える応接室に案内されると、士官はどこかに行ってしまった。


「なんか緊張してきちゃいました」


「そうか。気負う必要などない。俺が交渉を纏める」


「心強いです」


「旦那様は心以外も強いぞ」


「そういうことじゃないですよ」


「おぬしら、来たぞ」


 天眼で警戒していると、先程の士官が誰かもう一人を連れて戻ってきた。

 応接室の扉が開き、長身のテイルスト人が入ってきた。

 俺は立ち上がって出迎えた。俺が公爵として来てるのであれば座ったままで良かろうが、公爵の部下に過ぎぬ今の俺が、座ったままでは無礼であろう。


「突然の来訪を詫びる。我らはサヌスト王国貴族ジル・デシャン・クロード公爵の遣いである。私はファブリスという。よろしく頼む」


「メタクサリティ太守ホーダーン男爵ワーウィックと申す。遠路はるばる、良くぞ参られた。まずはご要件を伺おう」


 ホーダーン男爵はソファに座りながらそう言った。俺達はホーダーン男爵の正面に座った。


「メタクサリティ太守府にあると噂される、メタクサリティ織の絨毯をお譲り願いたい。むろん、対価は支払う」


「…ふむ」


「如何かな?」


「簡単には頷けない」


「であれば、我が君主が動かねばならなくなる。ご覚悟頂こう」


「話を急くでない。あれは我が太守府の象徴としての機能も持つ。もしあれを譲るなら、新たな象徴を用意せねばならない。その費用も請求させてもらうが、よろしいか?」


「むろん。我が君主は、絨毯の代金の四倍を支払うよう、我らに命じられた。それには、代替品の代金、謝礼金、その他経費も含まれている」


「あの絨毯を譲るなら、テイルスト金貨、いや、サヌスト金貨で八千三百枚。その四倍をお支払いいただけると?」


「サヌスト金貨三万五千枚、キリ良く支払おう」


「それでは商談成立ということで」


 ホーダーン男爵はそう言い、握手を求めてきたので、俺はそれに応じた。

 意外と簡単に纏まったな。テイルスト人の貴族や役人は、戦争を仄めかされると、ある程度の要求には従うと聞いていたが、噂通りで良かった。


「引渡し日は…」


「今日頂こう。用意していただきたい」


「承った。カズンズ!」


 ホーダーン男爵がそう叫ぶと、先程の士官が入室してきた。テイルストでは武官の地位が低いと聞いていたが、まるで雑用係ではないか。


「例の絨毯を梱包しろ。なるべく早く、丁寧に、だ」


「よろしいので?」


「聞こえなかったのか?」


「いえ、承知しました。すぐに取り掛かります」


 カズンズと呼ばれた士官はそう言うと、走ってどこかに行ってしまった。ホーダーン男爵が上官であるのは分かるが、あれほど地位の差があるのか。


「それでは代金をお納めしよう」


 俺はそう言い、異空間から金貨百枚が入った革袋を三百五十個取り出し、机の上に置いた。頑丈な机のようで、全てを置いても軋みさえしなかった。


「数えさせてもらうが、よろしいな?」


「当然のことだ。構わぬ」


 ホーダーン男爵はそう言うと、今度は文官を呼んで金貨を回収させた。

 ホーダーン男爵自らも『ごゆるりと』と言い残し、金貨を運んで退室した。


 しばらく寛いでいると、ホーダーン男爵が戻ってきた。


「お待たせした。金貨はちょうど三万五千枚、確かに頂戴した。絨毯は表の牛車に載せてある。牛と牛車は差し上げる。それでは私は失礼」


「こちらこそ礼を言う。では」


 ホーダーン男爵の言葉に俺はそう応じ、応接室から去った。先ほど、ケリングから念話で牛車に載った絨毯を受け取ったと聞いているので、ホーダーン男爵の言葉に嘘はない。あれば斬る。

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