第323話
ドルミーレを発ち、リンや文官を気遣った最大速度で駆けると、昼過ぎ頃にはクィーズス王都ヴァシパラティに着いた。アンガスは普通の馬の一・五倍の速度で進む計算で予定を立てているそうだが、その倍の速さで進んでいる。王都滞在中に予定を立て直させねばならぬな。
王都の検問では、一角獣であるからと止められることはなかった。
どうやら、鳩やら早馬やらパー・ダン傭兵団の連絡網を用い、各地の支部に事前通達をし、その支部員が軍に伝えてくれていたようだ。
そのため、これ以降の旅では、一角獣である事が理由で止められる事は無くなったそうだ。
俺達は、パー・ダン傭兵団側が用意した宿にスージーの案内で向かい、アンガスは一角獣を傭兵団の厩舎に預けに行った。アンガスは傭兵団に旅程を伝え、各地の支部で宿を手配させると言っていたので、街にいる間は良い宿に泊まれそうである。
ドルミーレ奪還の一件で恩義を感じたのか、組織として旅を助けてくれるようである。
王都での宿は、ホスピティウムという、そこそこ豪華なものを借り切ってあった。昔、国賓対応のために建てられたものが、色々あって民間に払い下げたそうだ。
かなり大きい建物であるが、見た目よりも部屋数は少ないそうで、各人に個室を割り当てたら、満室に近い状態になり、思い切って借り切ったそうだ。宿代は俺が支払うので、思い切るべきは傭兵団側ではなく俺であるのだが、まあ細かい事は気にせぬ。
ホスピティウムでは各室に専属の使用人が五人ずつ付いており、色々と面倒を見てくれるようだ。それから、厨房や料理人も各室の専属で、食の好みや調理法など細かい指示を聞いてくれるようだ。
ホスピティウムは、かなり居心地が良いので、今日は一歩も出歩かぬことにした。クィーズスの最高級の旅宿の調査という名目である。
俺はアキの部屋に行き、寛ぐことにした。ちなみに俺の部屋は会合用に開放してあり、俺は夜間もアキの部屋に入り浸る。
「おい、旦那様」
「何だ?」
ラスイドの手入れをするアキを黙って眺めていたら、手入れを終えたアキが話しかけてきた。
ちなみにラスイドは、水氷龍の力で血を浄化し、土石龍の力で刃こぼれを修復する能力を持つので、俺が所有者である限り、特別な手入れは必要ない。現在、所有者は俺、使用者はアキという状態であり、自己修復能力や戦闘に用いる魔力の供給源は俺であるから、ほぼ無制限に使える。
「何か斬ってみたい」
「別に構わぬ。何を斬る?」
「それを相談してるのだ。ワタシとしては、人間に近い方がいい。ま、塊肉でもあればそれでいいぞ」
「そんなものはない…が、試し斬りであれば引き受けよう。俺を斬ってみよ」
「いやいやいや、そんなの悪いだろ」
「気にするでない」
「そう…か?」
「ああ。首でも胴でも好きな箇所を斬れば良い」
俺はそう言いながら上衣を脱いだ。俺は斬られても治るが、服は直らぬ。それに血液は並の洗濯では落とせぬらしいゆえ、服を着たままで斬られたら、服を駄目にする。まあ服屋に任せたら元通りにできるあろうが、面倒だ。
「おぉ…やる気だな。念の為に聞いておくが、骨は普通の形だな?」
「俺に骨はないゆえ、安心して良いぞ」
「旦那様を疑う訳じゃないがな、骨が無いわけないだろ。蛇でもあるんだぞ」
「なぜ蛇?」
「ニョロニョロして骨が無さそうだろ」
「そうか?」
「例え話に文句を言うな。賭けをしよう。もし骨があったら、今夜は旦那様をめちゃくちゃにしてやる」
「骨が無ければ?」
「ワタシを好きにしていいぞ」
「乗った。好きに斬ってみよ」
「後悔するなよ」
アキはそう言い、俺の姿勢を指定した。俺はアキの指示に従い、四つん這いになった。おそらく首を刎ねるのであろう。
「五、四、三、二ッ!」
アキはせっかく数えていたのに、最後まで待ちきれずに『二』で俺の首を斬り落とした。少し驚いてしまった。
死んだフリをして驚かせてやろう。『二』で斬られた意趣返しである。
「本当に骨がない。しょうがないな、ワタシの事を好きにしてもいいぞ」
「……」
「おい、無視するな」
「……」
「おいおい、こんな美女を好きにできるんだぞ。ん?」
「……」
「おい?」
アキはラスイドを取り落とし、焦って俺の体を揺すり始めた。普段は強気なアキも、俺の死には焦ってくれるのか。アキには悪いが、良い事を知れた。
「おい、こんなので死なんのは知っている」
「……」
「妖刀だから…か?」
「ユキ…さん?」
リンが怯えたように呟き、勢いよく扉が閉まる音がした後、扉の向こう側からリンの悲鳴が聞こえてきた。妙なところを見られてしまったな。
「ユキ、リンはどこに行った?」
俺は胴体の方から首を生やし、刎ねられた首を魔力に還元しながらそう言った。首の方から胴体を生やすと、どうしても一瞬だけ全裸になるゆえ、胴体から首を生やしたのだ。
俺は『二』で斬られた事に驚いて気を失っていたことにしよう。でなければ、アキの機嫌を損ねてしまう。
「旦那様、良かったぁ!」
アキは俺に勢いよく抱きついた。俺が悪いのは当然だが、凄まじい罪悪感を覚えるな。もう二度とせぬようにしよう。
「すまぬ。数え始めたゆえ、数え終わってから斬られるものと思って油断していた。リンの悲鳴で気がついたが…見られたか?」
「ああ。旦那様が部屋に来たのが嬉しくて、鍵を閉め忘れていたみたいだ。ワタシも可愛ところがあるな」
「自分で言うものではないぞ」
「ワタシが言わなければ、旦那様は言わんからな。それより、リンにはどう説明する?」
「俺に良い案がある」
「じゃあ任せた」
「おぬしも協力せよ。そこに座れ」
俺はそう言うと、アキは床に座った。ちなみにここの床には、上等な絨毯が敷いてあるので、別に座っても良いはずだ。まあ土足で踏んでいるので、気にする者は気にするかもしれぬが。
俺は異空間から出した、葡萄酒が入った酒瓶と酒杯を机の上で倒し、葡萄酒を撒き散らした。これで血があったとは誰も思わぬし、気づけぬ。
俺は飛び散った全ての血が葡萄酒と混ざったことを確認し、アキの膝の上に頭を乗せた。
「設定はこうだ。俺とおぬしは葡萄酒を飲んでいた。俺は立ち上がろうとして、転んだ。良い感じに酒が入っている俺は、おぬしに甘えた。同じく良い感じに酒の入ったユキは、俺を膝枕で癒していた。それをリンが見間違えた。どうだ?」
「お互いにほぼ素面という設定に変えろ。旦那様が転んだのは…ただのドジだ」
「ではそういうことにしよう」
リンが勘違いをしたのは俺の落ち度であるゆえ、多少の悪評は耐えよう。素面で転ぶなど、罠があったとしても有り得ぬが。
「じゃあリンを呼びに行くぞ。他の奴らを呼ばれたら面倒だ」
「ああ。その前に着替えよう」
「そうだな。酒に塗れた服で歩き回るとか、子供みたいだと笑われる」
「そういう理由ではないのだが…」
俺は二人分の替えの服を出し、二人で着替えた。俺もアキも楽しくなってきたので、途中で中断して少し戯れたため、少し長引いた。
脱いだ服は適当にまとめて置いておいた。専属の使用人とやらに任せておけば良い。
「では行くか」
俺がそう言い、扉を開けると、ローザを連れて走ってくるリンの姿が見えた。頼りにするのは、エヴラールやケリング達ではなく、スージーでもなく、ローザなのか。部屋が近いというわけでもないので、人選の意味が分からぬな。
「あーっ!」
「リン、騒ぐでない」
「ファブリス様ぁ、もう化けて出ちゃったんですかぁ?」
リンはそう言いながら、俺の胸で泣こうと近づいてきたが、アキが間に入ったのでアキの胸でそう言った。俺は別に好かれているわけではないようだ。自惚れていたな。
「何を言っているかは知らんが、ワタシ達の邪魔をした罰を受けろ。旦那様、ワタシが押さえているうちに犯せ」
「やーんっ!」
アキはリンを強く抱き締めて持ち上げ、リンの尻をこちらに向けた。リンもリンで、楽しそうに尻を押さえながらこちらを見た。
「ユキ、俺はおぬしが分からぬ。勝手に妬いていたかと思えば、同じ女を犯せと言う。俺は愛妻家であるゆえ、妻以外には欲情せぬと知っておろう?」
「失礼ですよ、ファブリス様ぁ」
「旦那様は失礼じゃない。芋女に芋女と言っただけだからな。事実を言っただけだ」
「ちょっと酷いですよ、二人とも。ローザさん、どうにかしてくださいよ」
「ワタシからも頼んでやろう」
「お任せ下さい」
ローザはそう言うと、アキからリンを受け取り、俺とアキに一度ずつ礼をしてから、自室の方に歩いていった。リンは黙ってローザに抱きついている。ローザに懐いているようだな。
「…設定が無駄になったな」
「勢いだけの小娘だな。思ってたのと違う。もっと賢い感じだと思っていた」
「阿呆らしい性格の天才という可能性も捨て切れぬぞ」
「それならいいが」
アキはなぜか不服そうにそう言い、部屋に戻っていった。ユキを演じている間のアキは理解できぬな。
その後、使用人に葡萄酒を片付けさせ、脱いだ服も預け、夕食を食べてゆっくり過ごした。
ローザがリンをどうしたのかは知らぬが、あれ以降は部屋に来なかった。




