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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第317話

 主屋に戻ると、アキの指示で賊の懐から財布を回収していた。死人に金銭はいらぬからだそうだ。

 確かヤマトワの教えでは、この世と冥府との間には川が流れており、その川を渡る船賃にいくらか必要と聞いた。これはアキから聞いた話なので、アキが知らぬはずはない。つまりアキは、死んだ賊の魂をこの世に引き留めようとしているのだ。物騒なことをしているな。まあわざわざ止めぬが。


 その後、総出で死体を埋めた。これが一番大変であった。今まで捕らわれの生活を送っていた女達を気遣い、力仕事を引き受けたからである。だが、魔法を使わねば一度に運べる数など限られており、十往復以降は数えておらぬが、なかなか面倒な作業であった。

 ただし、女達もただ見守っているだけではなく、掃除をしていたので、かなり綺麗になった。


 死体を埋め終えると、エヴラールとアンガスが報告に来た。エヴラールに限ってありえぬが、死体の処理を終えたのを確認してから来たのではないかと思うほどだ。


「ファブリスさん、さっき言ってた管理の一隊の死因が分かりました」


「死体が見つかったのか?」


「はい、最後の一人だけ。そいつが手記を遺してました」


「何と?」


「新入りが派遣されて来たから最年長者の提案で、半数がキノコ狩りに出掛け、収穫したキノコを皆で食べた。それが悪かった。食あたりを起こし、老人から順に倒れ、死んでいった。最初は動ける者が墓穴を掘って埋葬していたが、いずれ動けなくなることを危惧し、全員分の墓穴を掘った。冗談のつもりで、全員で墓穴に入って寝た晩、手記の持ち主以外が死に、仲間を埋葬した持ち主は自室に篭った。それで死んだみたいですね」


「簡単に纏めますと、毒キノコでも食べた傭兵達が死んだということです」


「そうか。弔ってやってくれ」


「そりゃもちろん。あ、スージーの指示で、夕食を作ってるんで、ちょっと待ってください」


「…食あたりで全滅したと聞かされた直後に、同じ場所で作った料理を食べよと言うのか?」


「安心してください。今度は大丈夫です。街で買った食材ですから」


「そういう問題…なのか?」


「気にするなら食べなくていいですよ。あ、俺は近くの支部に応援を頼んで来るんで、先に食べててください」


「ああ」


 アンガスはそう言って外に出ていった。援軍は十日かかると聞いたが、部隊編成に時間がかかるだけで、近くに支部があるようだ。


「ファブリス様、私は残党を警戒し、監視塔にて待機します。もしもの際はよろしくお願いします」


「ああ。頼んだぞ」


「は」


 エヴラールは一礼し、外に出ていった。監視塔などあったのか。ただの旅宿と思っていたが、立派な軍事拠点ではないか。


 俺は適当な机と椅子を選び、座って待つことにした。なぜかカイラ・リン・トゥイードも同席した。これほど懐かれるような事をした覚えはないが、敵対するよりは良いか。


「旦那様、騎士の心を忘れているぞ」


 アキがそう言いながら俺の剣を持って来てくれたので、剣を鞘に収めると、俺の隣に座った。ちょうど良い、カイラ・リン・トゥイードの対応を任せてしまおう。


「すまぬな。礼を言う」


「いい。そんな事より、これは誰だ?」


「カイラ・リン・トゥイードだ。賊に捕らわれていたうちの一人だ」


「初めまして。ファブリス様とは、どのようなご関係で?」


「妻だ。ワタシは人妻だぞ。あ、名前はユキだ」


 俺が誘導するまでもなく、互いに興味を持ったようだ。しばらく黙って二人の会話を聞いておこう。喧嘩でも始めたら、せっかく助けてやったカイラ・リン・トゥイードが死んでしまうゆえ、止めてやらねばならぬが。


「そう。私に使命があって良かったですね」


「何が言いたい?」


「出稼ぎですよ。うちの村は一昨年から凶作なので。私みたいに若くて聡明で美しい才女は、村のおばん連中に逆恨みされやすいんですよね。それで、いい機会と思ったのか知らないですけど、出稼ぎを命じられちゃいまして、出発した翌日に捕まっちゃいました」


「…本当に何が言いたい?」


「身の上話ですけど」


「続けろ。聞いてやる」


「え、もう終わりですよ」


「詳しく話せ。夕食までの暇つぶしだ。適当に聞き流すから、重要な事は言うな」


「じゃあ、遠慮なく長話をさせてもらいますね。私は次期村長の第三子、次女に生まれました。祖父が今の村長ですね。そのせいか知りませんけど、我が家にはテイルスト人の商人がよく出入りしたんです。農作物を買って、別の物を売りに来てくれたんですね。その商人達は、凄くいい人達で、私のいい教師になってくれました。これが、私の聡明たる所以です。テイルスト語もある程度話せるようになりましたし、識字やら計算やら歴史やら商学やらにも、そこそこ明るいですよ」


「旦那様に雇ってもらえ。金払いはこの上なくいいぞ」


「でもサヌストに帰っちゃうんでしょう?」


「当たり前だ。だがな、金払いは最高にいいぞ。村ひとつを十年くらい養える額を、前金で払ってくれるように交渉してやってもいい」


 カイラ・リン・トゥイードの対応をアキに任せたら、勧誘を始めてしまった。ただの村娘にしてはかなり賢いようだが、わざわざ村娘を雇わねばならぬ事はないのだ。

 それに、俺達がサヌストからの極秘の視察隊、言わば密偵であることを知る人物は少ない方が良いのだ。であるのに、わざわざ外部の人物を雇おうなどと言い始めるとは…


「勝手な約束をするでない」


「私は大歓迎の話ですよ。そんな額があれば、村に対する手切れ金としては充分でしょう。サヌストに骨を埋める覚悟で、ついて行きますよ」


「しかし…」


「旦那様、ちょっと来い」


「何だ?」


 アキは俺の手を引いて外に出た。カイラ・リン・トゥイードにここまでしてやる義理など無かろうに。


「優秀な奴みたいだから、旦那様の負担は減るぞ」


「そうであるとして、わざわざクィーズス人を雇う必要はなかろう?」


「いや、ある。旦那様は、サヌストの中でもかなり偉いから、クィーズス人とかテイルスト人とかノヴァーク人の部下を持つこともあるだろ。その予行練習だと思えばいい」


「…おぬし、本音を言ってみよ」


「あいつを気に入った。それから、脅威も感じた。旦那様を盗られるかもしれん、とな。だから恩を売って牽制する」


「…俺があの娘に惚れると?」


「可能性は捨てきれん。ワタシと出会った頃、ワタシに惚れるつもりだったか?」


「いや…」


「だから言っているのだ」


「しかし、傍に置いておくから、そういう心配を抱くのだ。俺が今雇わねば、二度と会う機会などあるまい?」


「いや、会う気がする。あの女は、ワタシと同じ目をしている。出稼ぎとか言ったが、サヌスト行きの隊商にでも入って追ってくるぞ。これは確実だ」


 アキのカイラ・リン・トゥイードへの警戒心が異様に高いが、そうさせる何かを感知したということであろう。

 俺は、カイラ・リン・トゥイードに惚れるか、と問われたら、確実に否と答える。レリアに心を奪われ、その残滓すらアキに掻っ攫われたのだ。理論上はどうあっても惚れぬゆえ、アキは心配する必要などないのだ。まあこのような理論など、仮に二人目のレリアが現れたら破綻するような、惰弱なものではあるのだが。


「考え過ぎだ。それに今の俺達は身分を偽っている。追ってきたところで、探せまい?」


「じゃあこうしよう。あの女が里帰りを完全に諦めるような何かがあって、しかもいくつかの条件を満たした場合、ワタシが雇う。どうだ?」


「条件とは?」


「旦那様への好意とか、本当に有能か、とか色々な。ワタシの中で十個くらいある。これを、旦那様にもあいつにも伝えず、満たした場合、ワタシの部下にして手綱を握る」


「…まあ好きにせよ」


「じゃあ、あいつには保留と伝えておくぞ」


「そうせよ」


 良い感じに話が纏まって良かった。保留ではあるが、条件を伝えられぬまま条件を達成することなど、万に一つもない…とは断言できぬが、それに限りなく近しい。

 屋内に戻ると、既に皆は夕食を食べ始めていたが、カイラ・リン・トゥイードは俺達を待っていた。


「とりあえず保留になった。それから、お前の事はリンと呼ぶ。一番短いからな」


「別に何て呼んでくれてもいいですけど、ファブリス様もですか?」


「旦那様もだ。こいつの事はリンと呼べ。短くていいだろ?」


「大して変わらぬ。それより冷めぬうちに食べよう。リンの言う通り、呼び名より夕食だ」


「そんな事は言ってないですけど」


「細かいことは気にするな。旦那様に嫌われるぞ」


「別に嫌わぬが。まあ食べよう」


「そうですね。私なんて、捕まってからろくな食事をしてませんからね。久々のお食事ですよ」


 リンはそう言って食事を始めた。確かに盗賊が奴隷として売り払う予定の者に対し、わざわざ食事を用意してやるとは思えぬな。そもそも盗賊が料理をしている場面が、まず想像できぬ。

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