第314話
とりあえず、それぞれが荷物を自室に置き、合議用の部屋に集まることとなった。夕食を運ばせるよう、スージーが手配したそうだ。
「さて、ファブリスさんとは話がついているが、他の方々にも説明しておこう。この夕食を以て解散とし、明後日の朝食を以て再集合とする。俺とスージーは、この部屋か自室で待機していますんで、護衛が必要な方はご用命あれ」
「指名するなら別料金だよ。ファブリスさんの許可もある。それぞれ異性を指名する場合には、口説いたりする可能性もあるわけだから、同性の二倍にさせてもらうよ。それでいいね、ファブリスさん?」
「ああ。念の為に言っておくと、そこの二人が主な護衛対象だろう。アデラールは騎士崩れであるし、ケリングも似たようなものだ。ローザとドロテアは、女武者として名を馳せたユキに護身術やら何やらを叩き込まれたおかげで、そこらの兵には負けぬ。俺も軍に入って、五十騎程を率いる立場になったが、上官に反発したら辞めさせられた。その二人は、兵役を免除されたようであるから、弱い。その代わり、頭脳労働は得意だ」
俺は適当な設定を言ったが、全員が同じ場にいるので、良い様に合わせるだろう。ちなみに病気など特別な事情があれば、兵役は免除される。まあ人の手を借りねば満足に生活できぬ者など、戦場では足でまといでしかないということであろう。
「身の上話はいいですけど、とりあえずその二人が主な護衛対象なんだね?」
「ああ。ちなみに経理を任せている。俺が商会長となれば、会計部門の長とその補佐になる」
「あ、そう」
「了解です。護衛は任せてください」
アンガスがそう言ったところで、夕食が届いた。
夕食後、俺はアキと共に自室に戻った。やはり夫婦という設定にしておいて良かった。単なる部下という設定であれば、堂々と同衾などできぬ。
ちなみにエヴラールは、俺の部屋の前で剣を抱いて寝るそうだ。こちらは、俺に恩義を感じたアデラールが『騎士アデラールは主君ファブリスを命を賭して守る』と忠誠を誓ったという設定だ。実際は文官や傭兵が無駄な詮索をせぬよう見張る役割を与えた。
「さて、旦那様」
「何だ?」
「この宿は壁も厚いと言っていたぞ」
「ユキ、何が言いたい?」
「旦那様、一ついい事を教えてやろう。尻なら孕まんぞ」
アキは帯を緩めながらそう言った。当然のことを、恰も新事実のように話しているところを見ると、別の意図があるのかもしれぬな。まあ別の意図などというものは限られているのだが。
「…当然のことだな」
「ヒナツに春画を何枚か貰ったのだ。ワタシはそれを見ながら慣らしておいたから、旦那様さえ良ければいつでもできるぞ。孕む可能性は無いから、子作りはできんがな」
「…そうか」
「それから、二人の時は本名で呼べ。いや、やっぱり待て。ユキと呼ばれて抱かれるのも悪くないな…好きにしろ。アキと呼んでもいいし、ユキと呼んでもいい。旦那様の気持ち次第だ」
「ではユキよ、寝不足を覚悟しておくことだ。おぬしが誘ったことであるゆえ…」
俺はそう言いつつ、アキの服に手を入れながらベッドに移り、押し倒した。
翌朝。俺は眠ってしまったアキの隣で、罪悪感に苛まれていた。
レリアは無事に子を産むために、色々と制限された生活をしているはずであるのに、夫たる俺がこんなことをしていても良いのだろうか。レリアは許してくれるかもしれぬが、俺が俺を許せぬ。
俺は短剣を取り出し、自宮することにした。己に対する罰である。ローラン殿の影響も否定できぬが、ローラン殿と違い、俺の目的はあくまで痛みを感じることにある。
罰であるからには、罪の軽重によって、罰の軽重を決めねばならぬ。そういうわけであるから、精を放った回数と場所によって、自宮の回数を決めることにした。
今回は五回の自宮である。繁殖孔以外に五回であるからだ。
五回の自宮を終えたが、俺は自身が痛みに鈍感であることを忘れていた。確かに痛かったが、それだけだ。まあ良いか。
切り離した五つの、いわゆる宝であるが、これは魔力に還元した。俺の本体から切り離された部位は、そのまま残すことも、魔力に還元することも、どちらでもできる。魔力に還元すれば、いずれ魔素となり、誰かの魔石によって魔力となって使われ、そしてまた魔素になる、を繰り返すのである。ちなみにそのまま残しておいた場合、死体と同じで腐り、場所によっては肥料となるかもしれぬ。
朝日が昇り始めた頃、アキが目を覚ました。意外と早起きだな。
「…旦那様、ワタシの匂いは……?」
寝惚けたままのアキがそう言いながら、ベッドの傍らに座る俺の太腿に顔を埋め、そのまま眠ってしまった。これでは俺も動けぬではないか。まあ良いか。
しばらくすると、アキはどんな夢を見ているのか知らぬが、俺の服に手を入れ始めた。
「ユキ、起きているなら朝食だ。眠っているなら、起こしてやるぞ」
「…やってみろ」
アキの了承を得たので、俺はアキを抱き上げ、膝の上に向かい合うように座らせた。そして唇を重ね、なるべく強く抱き締めた。愛情表現と見せかけた、軽い締め技である。
最初は寝たフリをしていたアキであったが、次第に反攻に転じ、俺の首に手を、腰に足を回し、締め始めた。そして目を開き、俺の鼻を甘噛みした。
「起きたのであれば朝食だ」
「旦那様、酷い起こし方だったぞ。相手が旦那様じゃなかったら、あのまま鼻を噛みちぎっていたぞ。いや、その前に舌を噛み切って殺してくれる。いやいや、その前にワタシの寝顔を見た時点で殺す」
「何でも良いが、早く準備せよ。俺はおぬしと街を歩きたいのだ」
「あ…いきなりそんな事を言うな。早く服を出せ、服を」
アキは嬉しそうにそう言い、俺はアキの服を出してやった。ちなみにアキは事が終わればすぐに寝てしまうので、今は何も着ておらぬ。
アキの着替えを手伝ってやり、食堂で朝食を終えると、俺達は街に出た。あくまで俺達の目的は視察なのだ。
出掛ける直前にエヴラールに報告されたのだが、今日は全員出掛けるらしい。俺はアキ、パヴェルはアンガス、ダルセルはスージーを伴い、ここに挙げなかった者は一人で行くそうだ。
「旦那様、宿を出たはいいが、何がどこにあるのか分かるのか?」
「いや、全く分からぬ。適当に歩けば良かろう」
「迷子になっても知らんぞ。宿に帰れなくなるのが一番怖い」
「安心せよ。宿には戻れる」
「そういえば、旦那様の帰巣本能は渡り鳥並みだったな。じゃあ適当に行くぞ。とりあえず右に行く」
「そうしよう」
帰巣本能が渡り鳥並みというのを褒め言葉として受け取って良いものだろうか。帰巣本能に限れば、鳩の方が優れていそうなものだが。まあ良いか。
アキの言う通り、とりあえず右に進むと、大通りに出た。どうやら正解を引き当てたようだ。
「適当に見るぞ。ワタシが気に入った物があれば買え。サヌストの物と比べる」
「本来の目的を忘れてはおらぬようだな。まあ気楽にやれば良い」
「そろそろ誕生日だからな。心の底から気に入る物があれば、それが誕生日の贈物でいい。あ、既に用意してくれてるんだったら、先に言ってくれ。多分そっちの方がワタシ好みだ」
「おぬしの誕生日か」
「十五日だ。忘れたとは言わせんぞ」
「当たり前だ。俺はこう見えても愛妻家だ」
「どう見られてるつもりか知らんが、その言葉を信じるぞ」
「ああ」
危ないところであった。最近の激務のせいか、アキの誕生日など一切忘れていた。何か用意せねばならぬな。いや、今から何かを買えば、必ずアキに見つかり、今の嘘が明らかとなる。魔法で何かを創って渡すしかあるまい。考えておこう。
その後、宝石店やら装飾品店やらを巡り、アキの買い物をしつつ、好みを探った。
アキは気に入ったものがあれば、すぐに買ってしまうので、敢えて好みを外す作戦だ。既に持っているものを渡しては、色々と気を遣わせてしまうだろう。成功するか否かは全く分からぬが、宝石を付けておけば間違いは無いのだ。
昼食後、クィーズス産の野菜やら果物やら穀物やらを買い込み、宿に戻った。帰ったらキトリーに渡し、質について聞いてみるのだ。まあキトリーは自分の異空間で色々と作り、料理には主にそちらを使うようなので、聞いても分からぬかもしれぬな。
夕食後、今宵もアキの誘いに乗り、早々に部屋に籠った。




