第313話
トロテュラー城塞を後にし、とりあえず今日は王都とトロテュラー城塞の中間地点であるケントロティという街を目指し、明日一日はそこで自由時間とする予定だ。
ケントロティに着くまで、ケントロティについて話を聞いた。
ケントロティは典型的なクィーズスの街で、内側から居住区、農業区とあり、それぞれの外側を城壁に護られた城塞都市であるそうだ。
そもそもクィーズス王国とは、元々サヌスト王国の農耕地帯であったのだが、当時のクィーズス総督オレクシアク将軍が、五万の歩兵を率いて叛乱し、それをアンドレアス王が咎めなかったので成立した国である。サヌスト王国の西半分を、初代王は戦わずして手に入れたのである。
ちなみにその約百九十年後、時のクィーズス国王アッティカス三世が、ノヴァークの建国に手を貸し、クィーズス王国領の南側三分の一を初代ノヴァーク国王デイヴィスに与え、属国とした。
さらにその百九年後、時のノヴァーク国王ゴッドフリーは、テイルスト国王アルガーノン三世に後方支援を申し入れ、クィーズス国王ガーフィールド二世の軍勢を破り、さらに戦場となったシュラハトール平原以南を領土として手に入れた。その際、ノヴァーク国王ゴッドフリーとテイルスト国王アルガーノン三世との間で、シュラハトール同盟が結ばれ、それから約二百年が過ぎた現在も、更新され続けている。
まあ歴史は帰ってから学ぶとして、クィーズス王国はサヌストの八割以上の国土があり、これはテイルストとノヴァークの領土を足したものより広い。
にも関わらず、クィーズス軍は、ノヴァーク軍より少ない。そのため、野戦を好まず、逆に篭城戦や攻城戦、市街戦となると滅法強い。ゆえにある程度の人口がある都市の周囲は城壁に囲まれ、その周辺の農村民を匿うこともできる。
ちなみにクィーズスは大陸で最も肥沃とされる地帯を有しており、サヌストもクィーズスからの食糧輸入が半分ほどを占めている。また、そのせいか農民は大切に扱われ、兵役を免除されているのも、クィーズス軍が少ない理由になるかもしれぬ。
話をケントロティに戻すと、クィーズス王国有数の城塞都市であり、しかも太守が善政を敷いているので、住民の幸福度が高く、それゆえに治安も良いそうだ。太守とは、クィーズス王家直轄領の城塞都市に派遣される、統治の責任者である。王家直轄領でなくても、太守がいることがあるが、それはその地の領主が真似ているだけであるそうだ。
トロテュラー城塞からしばらく進むと、農村が多く感じるようになった。
さらにしばらく進み、太陽が夕日と称される頃合になると、ケントロティが見えてきた。なかなか長い城壁であるが、それゆえに高さは二メルタ強程度しかない。
「低いな。あんなの、助走をつければ普通の馬でも跳び越えられるぞ」
「そりゃ無理ですぜ、奥様。馬の跳躍力で、ギリギリ届かない高さになってるし、そもそもそんな事態になってるなら、城壁に辿り着く前にハリネズミに生まれ変わってる。言ったはずですぜ、クィーズス軍の得意分野は篭城戦だって」
「言ってたな…」
「ま、ノヴァーク軍に対しては、こんな城壁はあってないようなものなんですがね」
「そんなに強いのか?」
「そりゃあ、ノヴァーク軍に入るのは全ノヴァーク人の憧れですし、憧れるには相応の理由があるってもんで」
「お前は入らなかったのか?」
「入れなかったんですよ。財政的に定員は決まってるから、倍率が高いんですよね。それで、落ちた奴の末路は、傭兵になるか、軍需産業に就くか、家業を継ぐか、この三択になる。俺は代々傭兵をやってるから、傭兵になった」
「それで国として大丈夫なのか?」
「家業ってのがいい具合に調整されてるんでね。兄弟全員が軍に入るなんてのは、珍しいことで、基本的に家業は廃れない。だからまあ、国として成り立ってるんで」
「ふーん」
道中、アキがアンガスと話しているだけで、俺は何も話さかなった。アンガスの話というのは、アキとの会話のことであったのだ。これは別に疎外されている訳ではなく、アキが俺を気遣っているのだ。本名で呼んでしまわぬように会話を減らしてやろう、と。
「アンガス、城門が閉まり始めているぞ。ユキとの会話も良いが、おぬしはまず、我らの案内役なのだ」
「おっと、そりゃいけません。スージー、城門を閉めさせるな!」
アンガスが後方に向けて叫ぶと、スージーが駆けて来た。今はそれほど速く駆けている訳ではないので、五騎程度すぐ抜かせる。速度を落としているのは、文官の二人を気遣ってのことである。
「アンガス、アタシは宿を押さえとくから、共同厩舎で集合だよ。あとこれ、頼んだよ」
「ああ。行ってこい」
スージーはアンガスに荷馬を預け、先に駆けていった。
スージーはアンガスの兄の元妻と聞いているが、年齢はアンガスのが上だ。それゆえか、アンガスの指示に不満を漏らすこともなく、よく従っている。アンガスの兄と離縁したのが、アンガスとの仲のせいではないかと思えるほどに二人の仲は良好で、夜寝る時もアンガスに寄りかかって寝ている。
スージーが駆け抜けてからしばらくした後、俺達も城門についた。城壁は土が積まれた土塁の上に隙間だらけの柵があるだけで、城門は両開きの鉄扉であった。
「話は聞いている。俺達も処分を覚悟でやってるんだ」
「分かってるさ。特別入城税が欲しいのだろう?」
「分かってるならいい」
アンガスはそう言い、通常の入城税の三倍を支払った。
クィーズスでは、何か特別なことをしてもらう場合、特別税と称した賄賂を支払うのだ。特別税の相場は、元値の三倍で、関係者全員で等分するらしい。
俺達が城門を通ると、城門は閉められた。
城門の先には、農耕地が広がっているが、収穫された後のようで、ただ何もない土地である。
農道のような道を進み、太陽が完全に沈んだ頃、内側の城門に着いた。ここでは特別税は五倍であった。
共同厩舎に行くと、スージーが待っていた。だが、一角獣を預けておらぬ。
「珍獣は預かってないんだとさ。代わりに預託屋を紹介された。行くよ」
スージーはアンガスから荷馬を受け取りながらそう言い、先に歩き始めてしまった。
俺達も馬から降り、スージーを追った。
しばらく行くと、今にも崩れそうな小屋に着いた。
「呼んでくる」
スージーがそう言い、一角獣二頭をアンガスに預け、小屋に入っていった。これはおそらく管理人の待機用だろう。そうとしか思えぬ。いや、思いたくない。
しばらくすると、スージーは一人で戻ってきた。やはり間違いであったか。
「経費別で、一頭一晩銀貨十枚。十二頭で二晩だから…」
「銀貨二百四十枚、金貨に換算すると二十枚。そういう訳ですから、お支払いを」
「信用できるのか?」
「ここは紹介制の厩舎らしくて、中は綺麗だ。厩舎も別にある。ここが嫌ってんなら、ファブリスさん自身で探せばいい。それはアタシ達の依頼に含まれてない」
「いや、ここで良い。一角獣騎兵隊が突撃すれば、槍騎兵の突撃と同じ効果があると聞いている。気に入らぬのなら、自分達でどうにかするだろう」
「槍騎兵の突撃ねぇ…」
「この前のガッド砦の調査に俺も同行したが、あの時は凄まじかった。五倍の敵を相手に、サヌスト軍の騎兵は一人の死傷者も出しておらぬ」
「そんなに…アンガス、グレッグに言ってうちも買ったら戦力増強になるし、国軍編入も有り得るんじゃないのかい?」
「そりゃいい。今度会ったら言っておこう」
「その時はミミル商会を介してくれ。金額は他と変わらぬが、質は保証する」
「その時はぜひ」
「おい、商売を忘れての旅なのに、商談をするな。旦那様、さっさと預けて宿に行こう。ワタシが癒してやるぞ」
「そうしよう。スージー」
「はいよ」
話が逸れたが、良い逸れ方であった。ミミルの利益になるならそれで良い。いや、帰ったら破門される予定であるから、少し面倒なことになるかもしれぬな。まあ良いか。
小屋に入ると、すぐ出口があった。ヤマトワの寺院によくある門のような役割か。いや、少し違うかもしれぬな。
小屋から出ると、中庭のような所に出、管理人と思しき人物が待っていた。なかなか良い身なりをしているな。安心できそうだ。
「お待ちしておりました。早速ではございますが…」
「ファブリスさんよ、払っておくれよ」
「ああ。金貨二十枚であったな。経費分で倍渡そう。足りぬ場合は…後で払おう」
俺はそう言い、クィーズス金貨四十枚を管理人に渡した。
管理人は金貨を懐にしまう代わり、小さな鐘を取り出して鳴らした。すると、複数の馬丁が出てきた。
俺達は馬丁に手綱を預け、預託屋を後にした。その際、ヌーヴェルに対して、『不満があれば多少は暴れても良い』と伝えた。一角獣の体調不良によって、旅に遅れが出てしまってはならぬ。
その後、駱駝亭なる宿屋に着いた。
事前に決めてあった通り、二階を丸ごと借り切ったおかげで、人数分の部屋が用意できた上、荷物用に部屋を割いても部屋が余ったようだ。
それぞれの個室を、階段に近い方から右左の順で挙げると、アンガス、スージー、ケリング、エヴラール、アキ、俺、荷物用、合議用、ドロテア、ローザ、パヴェル、ダルセルという部屋割りになった。合議用というのは、旅程についての話し合いの場として設けられた部屋で、全員が集まっても余裕がある広さだ。




