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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第303話

 しばらくすると、売子が茶と軽食を持ってきた。売子が言うには、料理人を兼ねた店主が、領主様(おれ)に下手な料理を出せぬと拘り、その結果、かなり待たされたようだ。

 売子に金貨を渡して帰した。今の俺は気前が良いのだ。


「冷めぬうちに食べよう。夕食は共に食べてやれぬが、軽食程度であれば共に食べれる」


「え、夕食も呼んでくださいよ」


「別に構わぬが」


「ありがとうございます。それで、何か思いつきました?」


「俺からの贈り物であれば思いつくが、おぬしからレリアに贈るものとなると、途端に難しく感じる。おぬしはどうだ?」


「思いつきましたよ。名前入りの、しかも鍵付きの日記なんてどうですか?」


「思いついたではないか。しかし、なぜ鍵付きを?」


「その方が特別って感じじゃないですか」


「そうか」


 俺にその感覚は分からぬが、イリナが良いなら良かろう。となると、今から買い物に付き合わされるのか。まあレリアのための買い物であるから、別に構わぬが。


「それで、お義兄さん的に、お姉ちゃんは喜ぶと思いますか?」


「喜ぶと思うぞ」


「じゃあ、なんて言って喜ぶと思いますか?」


「…ありがと、イリナ。毎日は無理かもしれないけど、できるだけいっぱい書くね。すると、おぬしはこう言う。お義兄さんとの思い出を書けばいいんだよ。それなら毎日かけるでしょ、と」


「私の反応はいいですよ。でも、ほんとに喜びますかね?」


「おぬしも心配性だな。少なくとも、要らぬとは言わぬ。妹想いの良い姉であると、これだけは確定しているのだ」


「それならいいんですけど」


「おぬしが姉を想うように、レリアも妹を想っている。いや、少し違うかもしれぬが、凡そ同じ感情と思って良い」


「そんなに言わなくても分かりましたよ。それで、いい文具屋さんと鍵屋さん、知ってます?」


 そういえば文具も鍵も俺自身は用意したことがないな。それに、そもそも俺は愛用している文具は無い。その場にあるものを使うだけだ。


「文具屋は知らぬ。鍵屋は…解錠の達人なら知っている」


「解錠の達人…その人、鍵は作れるんですか?」


「無理だ」


「じゃあ、どっちも探さなきゃいけませんね」


「ああ」


「そういうことなんで、早く食べちゃってください。こんなに食べたら、せっかくのお夕食が食べれないじゃないですか」


「そうか。おぬしが姉に頼めば、毎日でも共にできようぞ」


「え、いいんですか?」


「俺はレリアの頼みであれば従う。仔猫(シャトン)めも駆除してやるつもりであったが、今は飼っている」


「え、可哀想ですよ」


「今は飼っている」


「知ってますけど…あ、喋ってないで食べてくださいよ」


「ああ」


 俺は残っていた軽食を全て丸呑みし、紅茶も流し込んだ。せっかく時間をかけて拘った店主には悪いが、イリナに急かされては従わざるを得まい。

 イリナはそんな俺を見ながら、優雅に紅茶を飲んでいた。


 俺が軽食を食べ終えると、席に金貨を置いて個室を出た。すると、会計を求められたので、金貨を渡した。二重の支払いとなったが、まあ良いか。今の俺は気前が良いのだ。


 店を出ると、イリナは俺の手を引いて走り始めた。日が傾き始めているので、焦っているのであろうな。


「はいはいはい、急いでくださいよ」


「急いでいるではないか」


「あっ…!」


「何だ?」


 イリナが急に立ち止まったので、俺はイリナを追い越してしまった。知り合いでもいたのであろうか。


「一年分の日記だったら、毎年日記を贈ればいいですよね?」


「…まあそうかもしれぬな」


「やった、いいもの思いついてたんですね、私。あ、来年になって忘れてたら教えてくださいね」


「俺も忘れるかもしれぬ」


「意外と意地悪ですね。お義兄さんがお姉ちゃんに関係することを忘れるわけないじゃないですか」


「そうか。それより日が暮れるまでが、今日の期限であるぞ」


「じゃ、走りましょ」


 イリナはそう言い、再び俺の手を引いて走り始めた。元気だな。

 イリナはあと四年で今のレリアと同年齢になるわけだが、それまでにレリアのような落ち着きを手に入れられるのであろうか。いや、生来の性格の問題かもしれぬな。まあ元気なのは良い事だ。


 イリナは何度か露店に寄り、良い文具屋を聞いて回った。情報料として購入した菓子などは、全て俺が食べた。


 複数の露天商の口から出た『パプトゥリー』なる文具屋に来た。

 外観は…普通だな。まあこの街自体が新しいので、廃屋などはまだ存在せぬ。全て新築だ。新築ではあるのだが、何と言うべきか、客足が遠ざかりそうな店構えだ。


「先に入ってください」


「なぜ?」


「だって……お強いんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ失礼して…さ、行きましょ」


 イリナは俺の左側から抱きつき、体を俺の後ろに隠し、顔だけを横から出してそう言った。余程恐れているようだが、利き手を空ける配慮はできるようだ。


 店に入ると、老婆が奥に座っているだけで、他の者の姿は見えぬ。天眼で確認しても、周囲には俺とイリナ、老婆しかおらぬ。


「失礼する。ここがパプトゥリーで相違ありますまいな?」


「左様でございます」


 老婆が俺の問いに悍ましげに答えたせいで、イリナがしがみつく力を強め、顔を引っ込めた。


「そうか。では、注文をさせてもらおう。イリナ」


「はい!」


「注文を」


「ちゅちゅちゅ注文ですかっ?!」


「ああ。おぬしが選ばねば、おぬしからの贈り物とは言えまい?」


「そうなんですけど…」


 イリナは様子を伺うように顔を出し、すぐに引っ込め、またすぐに顔を出した。

 老婆に失礼だな。適当に言い繕ってやるか。


「すまぬな。我が義妹であるが、人見知りが激しく…」


「いいえ、気にしておりませんので」


「ならばよろしいが」


 老婆は相好を崩し、イリナを孫娘でも見るかのような目で見た。その様子を見たイリナは俺から離れ、俺の前に出た。ようやく覚悟ができたようだ。いや、覚悟する必要がなくなったと言うべきか。


「言います!」


「はい、どうぞ」


「一年分の日記をください。できれば、九月二十七日から始まって、翌年の九月二十六日で終わるものがいいです。それから、鍵もつけてください。名前も入れてください」


「日記の日付は自分で書くんだよ。日付が入ってるのは予定帳さね。日記でいいかい?」


「あっ…はい、日記で」


「はい。ちょいとお待ち」


 イリナが早口で説明すると、老婆は立ち上がり、店の奥へと入っていった。

 それにしても、仮に日記ではなく予定帳であったとしても、九月二十七日から始まり、翌年の九月二十六日で終わるものなど、言ってすぐに出てくるものではあるまい。おそらく特注品を用意せねばならぬであろうから…五日で完成すまい。まあイリナは日記を頼んだので、気にする必要はないが。


「はい、お待ち」


 老婆はそう言い、日記と思しき書物を五冊ほど抱えて戻ってきた。


「ありました?」


「刻印できる鍵付きの日記はこれだけ。名前は一晩かかるが…間に合うかい?」


「間に合います。じゃあ…どれがいいと思います、お義兄さん?」


 イリナは嬉しそうに振り向き、俺に相談した。


「それこそおぬしが選んでやれ。俺からの贈り物ではないのだぞ」


「助言くらいなら…」


「いや、おぬしが決めよ。助言もやらぬ」


「そうですか…じゃ、これで」


 イリナは真ん中に置いてある赤い革の日記を取り、中身を確認しながらそう言った。助言を求める割には、即決できるのだな。俺はイリナが分からなくなってきた。


「凄いですよ、お義兄さん。手触りがいい!」


「そうか」


 イリナは嬉しそうにはしゃいでいる。店に入る頃には考えられぬな。あの時は厄介な程に怯えていたが、やはりイリナは元気な方が良いな。


「名前はなんて言うんだい?」


「イリナです」


「綴字は?」


「何でです?」


「何でって…名前を入れるんじゃないのかい?」


「あ、そっちですか。これ、姉にあげるんですよ。名前はレリア、です。綴字は…ごく一般的なレリアです」


 イリナはレリアの綴字を『ごく一般的なレリア』と説明した。

 ごく一般的な、という説明が気に食わぬが、わざわざ訂正を求めるほど俺は狭量ではない…が、やはり気になるな。だが、妹であるイリナを責める気にはならぬ。もし、他の誰かが言った言葉であれば、俺は訂正させるが、イリナであれば良いか。


「…こうかい?」


「あ、そうですそうです。字、綺麗ですね」


「無駄に長生きしとらんよ」


「実は、字が下手くそな人だったらどうしよう、とか考えてたんですよ」


「杞憂だったね。あたしゃ、字には自信があるよ」


「みたいですね。何かあったら、別件でもお願いしますね」


「上客になってくれるかい?」


「それは分かりませんけど、一応のお願いですよ」


 イリナは老婆と楽しそうに話している。最初は怯えていたが、やはりイリナは人と距離を縮めるのが上手だ。

 レリアの妹がイリナで良かったと、俺はつくづく思う。ヒナツのような性格の者がレリアの妹であれば、俺は気を病むか、完全な仕事人間になっていただろう。


 その後、イリナは老婆と話し込んで詳細を決めた。


「それじゃ、作業に取り掛かる前に、お代を頂こうかね。日記代に刻印代、急務代、それに諸経費を合わせて…金貨五枚と銀貨三枚…やっぱり銀貨はいらんよ。金貨五枚だけ頂こうかね」


「金貨…五枚……ちょっと待ってください。お義兄さん、ちょっと」


 イリナは俺の服を引いて店の隅に寄り、懐から革袋を取り出した。


「金貨なんて無いですよ…」


 イリナは声を低めてそう言い、助けを求める視線を寄越した。


「俺が払ってやろう」


「ダメです。私からの贈り物なんですから」


「そうか。ではどうする?」


「何か、仕事をください。その先払いでお願いしたいです」


「仕事…か。そうだな……俺とレリアの子がいずれ生まれる。その時、叔母として良い手本になってくれるな?」


「それはもちろん」


「では頼んだ。これはその契約金として渡す。良い叔母となる準備金が欲しくば、また伝えよ」


「ありがとうございます。ほんっとにありがとうございます」


「良い。それより店主殿を待たせては悪かろう」


「ですね」


 小声で相談した結果、俺とレリアの子の手本となる人物が決まった。イリナを手本とすれば、間違いは無い。

 ちなみに契約金として渡したのは、金貨百枚が入った革袋だ。その中にも金貨百枚との引換券を複数枚入れておいた。それに、準備金という名目でいつでも小遣いをやれる。

 これで、イリナが俺以外に借金の相談をすることは無いはずだ。借金などせぬ方が良いし、もし高利貸にでも目をつけられたら、面倒なことになる。そんな面倒事に、レリアの妹を巻き込ませぬためであれば、金貨数百枚程度、安いものだ。


 その後、老婆から引き換えの札を渡され、イリナと帰路についた。

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