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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第298話

 屋敷に帰る前に領主館に寄ると、既に輸送隊の面々は帰った後であった。その代わり、報告書の束を渡された。これほどの報告を受けねばならぬのか。ということは、報告書の分だけ何らかの進捗があったということか。大変だな。


 領主館前広場で待っていた三人と合流し、再び家路についた。


「そんなに引き受けちゃったら、大変じゃない?」


「大変であるが、元々は俺の仕事だ」


「え、そうなの?」


「旦那様は書類仕事が嫌いだから、あの二人を雇っているのだ。書類と睨み合う旦那様は、ワタシの好みじゃない」


「どういうこと?」


「怖いのだ。そうだな…象に食べられそうな兎になった気分だ」


「…ねえ、兎を食べる象もいるの?」


 俺が知らぬだけで肉食の象もいるのかと思ったが、レリアも知らぬようだ。であれば、少なくとも大陸に肉食の象はおらぬと判断して良い。


「俺は知らぬな。ヤマトワの話ではないか?」


「ヤマトワに象はいない。物好きが飼ってるだけだ」


「じゃあ象に食べられそうな兎って何?」


「例え話だろ。象じゃなくても、キリンでも何でもいいが、大きい動物に食べられそうな兎の気分だ。分かったか?」


「キリンも草食だよね?」


「ああ。大きい動物はほとんど草食か雑食だ」


「なるほど。小さい方が早く動けて、狩りもしやすいからか」


「それは知らぬが」


「栄養の問題でしょ。草ならいっぱいあるけど、肉は狩らなきゃ無いし、確実に大きくなれないからじゃない?」


「それも知らぬが、そう聞けばそのようにしか思えぬな」


「おい、ワタシの意見にも同意しろ」


「俺は内容で判断している。誰が言ったかなど、俺には関係ない」


 例え、レリアの意見をレリアが言ったと知らずに聞いたとしても、俺はその意見を肯定する自信がある。まあ俺は正しい事は否定せぬし、道理に反する事は肯定せぬので、当然といえば当然だ。


「あ、そういえば、旦那様に頼みがあったのだ。旦那様の体に、ワタシと姫の名前を彫れ」


「いや、なぜ俺がそのような事を…?」


「前に姫が言っていたぞ」


「彫り師を探さねばならぬな。幸福の芸術に彫り師が所属していればいいが…」


「な?」


「あたし、そんな事言ってないよ」


「…俺はまだ彫るとも彫らぬとも言っておらぬ」


「彫る気満々だっただろ」


「悪い案ではないと思っただけだ」


「じゃあ彫るか?」


「ああ。そうしよう」


 どこにどう彫るかは考えねばならぬが、それよりも彫り師の手配を先にせねばならぬな。まあ幸福の芸術に誰かがいるかもしれぬし、そうでなくても伝手程度あろうから、心配はいらぬが。これから芸術系のことは、幸福の芸術に一任すれば良い。


「ねえ、あたしの名前だよ?」


「知ってる。こっちこそ、姫の名前を彫れと言ったのだぞ」


「あたしの気持ちは?」


「姫は嫌か。体に妻の名前を彫ってる男は、浮気ができなくなるぞ。それとも、姫にはそういう趣味があるのか?」


「無い、とは言い切れないのが、辛いところだよね。ジルが幸せになれば、あたしも嬉しいし、ジルの幸せにあたしが関係していれば、もっと嬉しい。けど、あたしが原因でジルが不幸になるなら、あたしは手を引くよ」


「そのような事を言ってくれるな。俺はレリアと過ごす時が何より大切なものであるし、もし俺の前からレリアが去ったら、おそらく俺は永久に幸福を感じぬ身になる。俺のためを思ってくれるのであれば、俺の傍にいて欲しい。これが俺の偽らざる本音だ」


「知ってた。でもありがと。あとね、ほんとにあたしの名前を彫るなら、この辺がいいかな」


 レリアはそう言って俺の前で立ち止まり、俺の左胸に手を当て、次いで耳を当てた。

 ここが往来でなければ、せめて人目が無ければ最高であったが、やはり人目があると、そちらが気になる。以前はそんな事を気にしなかったが、俺も変わってしまったな。


「あれ?」


「どうした?」


「止まってる…よね?」


「ああ。俺は心臓を必要とせぬ体だ」


「え、でも血は出るよね?」


「その話は複雑で…」


「いいよ。あたしに分からないことは勉強するから」


「いや、俺もよく分かっておらぬのだ」


「あっ…」


「見たか、姫が幻滅したぞ、アルテミシア」


「幻滅はしてないと思いますけど…」


「幻滅なんてしないよ。だいたい、あたしはジルに惚れたのであって、賢い人に惚れたんじゃないからね。あ、もちろん悪い意味じゃないよ」


「ま、それもそうか。旦那様は総合点がワタシ史上最高だが、知能は低い方だ。この知能で、醜男で、性格もクズで、ワタシより弱かったら、ワタシは会った瞬間に斬る」


 二人に褒められているのか貶されているのか、よく分からぬが、悪い気はせぬな。ということは、褒められているのであろう。仮に貶されていたとしても、本人(おれ)が良い気になっているのであるから、褒め言葉と同意義だ。


「二人とも、嬉しいことを言ってくれるではないか」


「ねえ、ジルは?」


「もちろん好きだ。俺は二人の言う通り、あまり知能の高い方ではないから、上手く言えぬのだが、俺もレリアの知能に惚れたのではない。レリアの知能もレリアを構成する一要素であるが、全てではない。アキの言い方を借りれば、レリアの総合点は満点を超えている」


「ワタシはどうだ?」


「アキも総合点は満点だ。だが、やはりレリアには勝てぬな。自分で言うのもおかしな話だが、俺はレリアが好き過ぎる。言ってしまえば、アキに対しては、レリアに対して放った愛の流れ弾が届いているに過ぎぬ。二人には悪いと思うのだが…」


「悪くないよ。言ったでしょ。あたしはジルの幸せが一番で、そのためには身を引く覚悟だってあったんだからね。もう無くなっちゃったけど」


「ワタシは今でも充分過ぎる。というより、これ以上は無理だな。旦那様の愛が重い。ワタシが旦那様を射止めるまで、よく一人で耐え抜いたものだな、姫は」


「愛なんて重ければ重い方がいいんだよ」


「ねえ、あなたたち、惚気話なら家でしてくれるかしら。往来の邪魔よ」


 レリアとアキとの会話に盛り上がっていると、背筋が凍ってしまうような嫌な声がした。ヒナツだ。立つはずのない鳥肌が立ちそうなほど、寒気がする。体がこれほど拒否反応を示すとは、ヒナツはヒナツで特別だな。悪い意味で、だが。


「おい、何をしに来た。ここにいるのは領主様だぞ。ここを通りたければ、回り道をしろ」


 アキが俺を庇うように、ヒナツと俺の間に割り込んでそう言った。俺のヒナツ嫌いは誰にも言っておらぬが、態度で気付かれたか。


「あら、横暴じゃないかしら。エルフのお嬢さんもそう思うわよね?」


「いえ…思いません。強者こそが正義ですから」


「魔物みたいなことを言って…とにかく、忠告したわよ」


「忠告するのはワタシだ。いい加減にしないと、爺様に水氷龍一門の破門を頼ませるぞ」


 アキもアキで、ヒナツへの対抗心のようなものがあるようだ。単に、俺の敵はアキの敵、ということかもしれぬが。いや、敵ではないか。単に苦手で嫌いなだけだ。


「いくら愛しの孫娘の頼みだからと言って、雷電龍様はそのような馬鹿なこと言わないわ。言ったら…始祖に頼んで、三龍同盟を解散してもらうわ」


「何を言うか。泳ぐしか能のない、おサカナ一門の親玉のどこにそんな力がある?」


「わたしのみならず、一門への侮辱は許さないわよっ!」


 ヒナツはそう言いながら、自身の手を撫で、雪片が描かれた羽織を脱いでアキに投げつけた。もしかすると、手袋を投げつけようとしたが、手袋を着けておらぬことを忘れていたのか。


「自分で自分を破門にして、代わりにワタシを入門させるのか?」


「決闘よ、決闘。もう許さない。エルフ女、立ち会いなさい」


「え」


「嫌なら嫌でいいわ。あなたも痛い目にあわせてあげるから」


「立ち会います!」


 アルテミシアがやる気になってしまったので、俺はレリアを連れて退き、三人を結界に閉じ込めた。俺の街を破壊してもらっては困る。


「両者、構えてください」


 アルテミシアがそう言い、右手を上げた。ヒナツは懐から鉄扇を取り出したが、アキは握り拳を作っただけだ。


「開始っ!」


 アルテミシアは構わずにそう言って右手を振り下ろした。何か策でもあるのか、単に『痛い目』を恐れているのか知らぬが、早く終わらせたいように見える。


「勝負ありっ!」


 二人が動き始めた瞬間、アルテミシアが二人の間に入った。そのせいで、ヒナツが放った氷柱をその身に受けるかと思ったが、アルテミシアは自身を護る結界を張り、それを防いだ。アキはアキで動いていたが、素手であったことが幸いし、何も起こらなかった。


「勝者、アキ夫人」


「ちょっと、どういうことよ」


「心意気ではアキ夫人の大勝です。街中で武器を構えるなんて、許せません」


「あなたもそちら側に付くつもりなら、一緒に叩きのめしてあげるわ」


 ヒナツはそう言い、本当にアルテミシアに対して攻撃を開始した。アルテミシアは防御特化の魔法使いのようで、結界を張って防ぎ、反撃はしなかった。


「よくぞ言った。さすが姫の友達だ」


 アキはそう言い、アルテミシアの結界の内側から、ヒナツに向けて黒雷を五発、暗殺雷を三発撃った。黒雷は氷の壁で防がれたが、暗殺雷は全て命中した。しかし、ヒナツは唇を噛んで耐え、防御を捨てた。


「あいやー!」


 聞き覚えのある声が上空からしたのでそちらを見ると、トモエが空から降ってきた。どうやら二人の決闘を、今は三人になってしまったが、止めに来たようだ。だが、俺の結界に阻まれ、こちらに滑り落ちてきた。


「あいやー。同族殺し、御法度ある。喧嘩やめるよろし」


 トモエはそう言いながら、双錘で結界を攻撃し、破壊しようとしている。術者たる俺に言えば解いてやるのだが、俺やレリアには気づいておらぬようだ。


「トモエ、入りたいか」


「術者あるか。早く解くよろし」


 トモエは振り向かずに返答したせいで、術者が俺であることに気づいておらぬようだ。わざわざ名乗ってやる必要も無いので、結界を解いてやった。

 すると、トモエは礼も言わずに仲裁に入り、なぜか乱闘となった。悪化しているではないか。


「レリア、いざという時は抱いて逃げるぞ」


「アキとアルテミシアは?」


「…」


「分かった。ヒナツが苦手なんでしょ?」


「ご名答。あの性格は俺には合わぬ」


「あたしが何とかしてあげよっか?」


「ありがたい申し出であるが、断らせてくれ。どちらかの人格が豹変せぬ限り、仲良くはなれぬのだ」


「そんなに苦手?」


「ああ。俺が油だとしたら、ヒナツは水だ」


「あ、そんなに…」


「というわけで逃げよう」


 俺はレリアを抱え、その場を走り去った。アキのために戦棍(メイス)と戦斧、刀を置いてきたので、万が一にも後悔するようなことにはならぬはずだ。

 念の為、アズラ卿にも念話で連絡した。アキ達が喧嘩をしているが、俺は訳あって仲裁できぬゆえ、精兵を連れて対処されたし、と。

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