第292話
給仕が持ってきた茶を飲みながら待っていると、アズラ卿が帰ってきた。色々と資料を持っているが、無造作に執務机に投げ置いた。
「待たせてごめんなさい。帰るなら言ってくれたら良かったのに」
「いえ、今日決まって今日帰ったので。ところで、レリアを襲った暗殺者とやらはどこに?」
「あ、会いたいですか?」
「ええ。この手で罰してやらねば、気が済みませぬ」
「ごめんなさい。情報を吐かせようとして拷問したら、気がおかしくなっちゃって、まともに話もできなくなっちゃったんですね。それで、情報源としての価値も無くなっちゃったんで、餓死させました」
「…なるほど」
アズラ卿はなかなか恐ろしいことを淡々と語った。気がおかしくなるほどの拷問をした末、気がおかしくなれば、おそらく放置し、餓死させた。同情とまではいかぬが、それに似た感情を抱いた。
元々その気は無いが、アズラ卿をぞんざいに扱ってはならぬな。
ところで、俺のこの気持ちはどうすべきであろうか。死体に攻撃を加えるような、蛮族の如き真似はすべきではないし…とりあえず死体を確認し、その時の衝動に任せてみるか。
「死体はどうしました?」
「まだ牢にありますよ。万が一にも餓死していなかったら、希望を与えちゃいますから。忘れるまで放置して、骨にしちゃおうと思ってましたけど…」
「では確認させていただきたい。生きていたら、更なる拷問を加え、殺してしまえばよろしい」
「ですね。行きましょう」
「ちなみにいつから食を断たせているのです?」
「八月の…十日くらいに最初の一人が狂って…最後の一人は十五日くらいだったので、半月くらいは何も食べてないと思いますよ」
「…そうですか」
半月も牢に放置していたら、確実に死んでいるな。だが、気が狂っているということであるし、仲間の屍肉を食らって生きているかもしれぬな。まあどちらでも良いか。
アズラ卿の先導で松明を灯して地下牢に入った。しばらく奥に進むと、異臭が漂ってきた。例えるなら、というより、これが正しいのであろうが、死体が腐った臭いがする。確実に死んでいるな。
地下牢の階段を全て降り、最奥にまで進むと、死体が五十体以上あった。五つの牢に分けられ、それぞれに十体強があるので、レリアの襲撃後も生き残った七十五名がここに押し込まれたのか。いや、七十五体も死体は無いから、何名かは別の場所で死んだのか。
「全部死んでますね」
「ええ。半月も放置されては、生きてはいますまい」
「……」
「「!」」
俺がアズラ卿に応えると、呻き声が聞こえた。俺は驚き、こういう場所でこういう声を出すのはやめて欲しいものだ、と思いながらアズラ卿を見ると、アズラ卿も同じ顔をしてこちらを見た。
「…アズラ卿」
「私じゃないですよ」
「とすると…」
「誰かが生き残ってますね。調べましょう」
「ええ。少々お待ちを」
俺はそう言い、天眼で調べた。すると、俺とアズラ卿以外に生者が二人もいた。半月も飲まず食わずで生き長らえるとは、なかなか生命力があるな。
「そこの牢に二人、生きています。開けましょう」
俺はそう言い、武装してから牢の扉を引いた。内開き、つまり扉は押すべきであったし、鍵もかかっていたようで、色々と壊したようだ。まあ良い。空き室はまだまだある。
俺は牢に入り、邪魔な死体を足で除けながら進んだ。踏むのは無礼かと思ったが、わざわざ丁寧に除かす必要はない。
「貴様、生きているのか?」
俺はしゃがみ込み、横たわって呻き声を出す男の髪を掴み、顔を持ち上げてそう言った。回復魔法を使っても良いが、まだ苦しんでもらおう。
「…うぅ、ぁ…あぁ…ぁ」
「貴様に生きる機会をくれてやろう。主の名と情報を話せ。さもなくば、そうだな…医師の管理下で三ヶ月間、痛めつける。良いな?」
「…あ…ぉあ」
「そんな要求ができる立場だと思ってるなら、もう三日くらい放置してあげましょうか」
アズラ卿はそう言い、先端に螺旋状の刃がつけられた筆程度の大きさの金属の針を取り出した。拭き取ってはいるようだが、血液の気配と怨念を感じるような気がする。
「で、どうします?」
「…アズラ卿、ここは私にお任せを」
「分かりました。お願いしますね」
アズラ卿はそう言い、針をしまった。
俺はとりあえず、生き残っている二人を回復させた。体中に無数の穴が空いており、耳や目、声帯なども抉られていた。これでは質問しても聞こえぬであろうし、仮に聞こえても声も出ぬなら答えられぬし、筆談しようとしても無理である。転がっている死体をよく見ると、同じような傷をつけられた死体ばかりである。
「おぬしら、分かっておろうな?」
「…?」
「あ、サヌスト語は話せないみたいですよ。通訳を呼びますか?」
「お願いします」
サヌスト語が分からぬのに、よくレリアまで辿り着けたな。もしかすると、サヌスト語を話せる指揮官が別にいるのかもしれぬ。アキにでも探させてみるか。
しばらく待っていると、役人の一人が来た。通訳であろう。
「お待たせいたしました」
「良い。今から俺の言う事を訳せ。なるべく強い言葉で、だ」
「承知しました」
俺は適当な死体に腰掛け、へたりこんでいる元暗殺者の視線に合わせた。その方が威圧し易かろう。
「未遂とはいえ、我が愛妻に手を出す事は、死より重き罰を与えねばならぬ。だが、貴様の主と上官について詳細を語れば、安らかな死を約束してやろう。ただし、これは先に話した方のみだ。もう一人は俺の気が済むまで相手をしてもらおうか」
俺はなるべく言葉を選びながら話したが、最終的に言葉を選ぶのは通訳であるから、あまり意味がなかったか。
「どちらが俺の相手をしてくれるか…」
俺の言葉が訳されると、二人は顔を見合せ、競うように手を挙げた。
ふと思ったが、気は狂っておらぬようだ。回復魔法で治ったのか、それともアズラ卿の判断が杜撰であったのか、おそらく後者であろうが、前者ということにしておこう。
「俺達の会話も訳せ」
「承知しました」
「アズラ卿、どちらがお好みです?」
「嫐り甲斐があったのは、こっちですね」
「そうですか。では、私はこちらを担当しましょう。アズラ卿は、殺さぬ程度にお好きにどうぞ。後で回復させて、私も気を晴らさねばなりませぬからな」
「ですね。じゃ、私は別室で」
「ええ」
アズラ卿は左の男の髪を掴み、別室に引きずって行った。大の男であるから、抵抗されれば、アズラ卿が危ないので、魔眼を護衛として飛ばした。
───私は私で情報を引き出しますね───
通訳をそちらに向かわせた方がよろしいでしょうか。
───ヴェンダース語なら話せます。ついでに言っておくと、魔王語もコンツェン語も話せます。それから護身程度なら魔法も使えます───
そうですか。では互いに励みましょう。
───ええ、そうですね───
アズラ卿はアズラ卿で情報を引き出すようだが、期待せぬ方が良かろう。
「では話してもらおうか。貴様の主は誰か」
『主家はムグルサ伯爵家。以前の主はモーゼス・ムグルサ将軍。その死後、ヴァルンタン・ムグルサに仕えるようになった』
「この作戦の部隊の目的、規模、統率者、潜伏拠点は?」
『目的はモーゼス将軍を殺害した者及びその周辺人物への報復。規模は少なくとも五百名。統率者はへスス・バング。潜伏拠点は無く、標的に合わせて動く』
「そうか。他は…」
「よろしければ、尋問を引き継ぎましょうか?」
俺が質問を考えていると、通訳がそう言った。この通訳は文官であるから、こういう相手とは二人きりになりたくはないと思ったが…まあ本人が良いと言っているし、任せるか。
「良いのか?」
「はい。何か護身用の武器を頂ければ…」
「護身用の武器か」
文官でも暗殺者として訓練された者に勝てるような武器か…何か良いものでもないか…良いものがあるではないか。
俺は魔法で油を作り、元暗殺者に樽一杯分の油をかけた。
「もしもの時は松明を投げつけ、全力で逃げよ」
「ありがとうございます。公爵閣下の灯りが無くなってしまいますが、よろしいのですか?」
「ああ。俺は夜目が利く。この程度の暗闇、昼の外と同じだ。では頼んだぞ」
「はは」
俺は通訳にそう言い残し、アズラ卿のいる牢に向かった。魔眼で見ていたが、尋問には素直に応じているようだ。
「アズラ卿、順調ですかな?」
「終わったんですか?」
「いえ、任せてきました」
「そうなんですね。もう終わりましたから、どうぞ」
「よろしいので?」
「はい。拷問してあげてください」
「では失礼します」
俺はアズラ卿と場所を代わり、元暗殺者と目を合わせた。虚ろな目をしているところを見ると、もう疲れているようだ。
「あ、ちなみにペップ・ロペスっていう名前らしいですよ」
「そうですか」
ペップ・ロペスという名だそうだが、まあすぐに忘れるであろう。
俺はとりあえず回復魔法を全力で使った。こうすれば、精神的な部分も回復するし、空腹なども感じぬ。普通の者にこんな事をすれば、空腹や疲労を感じぬ体になり、死んでしまうので、普段は使わぬ。
「ペップ・ロペスよ。罪を悔いて、冥府で猛省せよ」
俺はそう言い、ペップ・ロペスの左手の小指の爪を剥いだ。なかなかの大声で叫んだ。どうやら元気になっているようだな。
それから薬指、中指、人差し指、親指と順に剥ぎ、その次は右手、左足、右足の爪を剥いだ。
「自殺は許さぬぞ」
ペップ・ロペスは下を噛んで死のうとしたが、回復魔法ですぐに治した。俺が許すまでは死なせぬ。
「次はどうしてくれようか」
俺はそう言いつつ、火魔法で爪があった場所を焼き、止血をしてやった。少し暴れたが、顔面を数発殴ると、落ち着いたようだ。
俺は創造魔法で戦棍を創り、躯幹や四肢の骨が砕けるまで殴り続けた。少しは気が晴れてきたな。
「さて、そろそろ本番といこうか」
俺はそう言い、創造魔法で鑷子を創った。気を失いかけていたので、熱湯をかけて目を覚ましてやった。
鑷子を右目に近づけ、一気に押し込んだ。叫びながら暴れたが、無視して続けた。しばらく押し込み、一気に引き抜いた。見事に右目を取り外せた。
「口を開けよ」
俺はそう言い、ペップ・ロペスの口に右目を押し込み、鑷子ごと飲み込ませた。吐き出しそうになったので、煮えた油で流し込んでやった。
「俺の気は晴れた。殺してやろう」
俺はそう言い、顔面を全力で殴り始めた。五発も殴れば反応は無くなり、十発も殴れば息絶え、二十発を数える頃には頭蓋が潰れ、脳髄が溢れ出ていた。




