第268話
ピエリックを拘束すると、また別の隊が続々と出てきた。全て合わせると、五千名はいるだろう。城塞に残った兵は約二万であるから、約四分の一が裏切っているというのか。
「非戦闘員を狙え!奴らこそ、諸悪の根源だ!」
ピエリックに代わってロレシオが指揮を執り始めた。文官職であるヴィクトル書記官も裏切っているはずであるのに、非戦闘員を諸悪の根源と断ずるのか。
「落ちぶれたか、ロレシオ!」
モルガンが隊を引き連れ、駆けつけた。モルガンは城塞に残り、防衛任務に当たっている。現在は城壁上を巡回していたのであろう。
確かモルガンはロレシオと同時期に騎士となったと聞いている。
「モルガン、貴様こそ僭王に与するとは、かつての勇姿はどこに行った?!」
「黙れ!如何な理由があれど、現王はエジット陛下だ。そのご命令に従うは、サヌスト騎士のあるべき姿だ」
「ふざけるのは酒宴だけにしろ。我らには主君を選ぶ権利がある。より正しい主君を選ぶことこそ、サヌストを高らしめる行為であるぞ」
「ならばエジット陛下に従うべきだろう!」
「貴様とは相容れぬ運命のようだな。さらばだ、旧友よ。アルフレッド陛下にお仕えする気になったら、口利きしてやろう」
「誰が逃がすか。貴様はここで討つ」
マントを翻し、クラヴジック城から立ち去ろうとしていたロレシオに対し、モルガンは城壁の上から飛び降りた。そしてロレシオに飛び乗り、ロレシオは馬ごと転倒した。二人は右手で短剣を持ち、左手で殴り合った。
モルガン隊が城壁の階段を駆け降りる間、ピエリック特別選抜隊の兵士は馬を連れてきていた。対して、アキは城門前にただひとりで立ち塞がり、近づく兵士を全て斬り捨てていた。
「俺に構うな。退却しろっ!」
「弱者は出ていけ。我が軍は強者のみで構成された常勝の軍隊だ。国王陛下に対する忠義すら貫き通せん奴など、我が軍には必要ない」
「何を言うか、貴様っ!正統なる国王はアルフレッド陛下だ!簒奪の王に従うなど、サヌスト騎士の風上におけんわ」
「過程がどうあれ、玉座の今の主はエジット陛下だ」
「サヌスト国王は前王の長男であられる御方が引き継ぐ。これこそサヌストの伝統であり、アンドレアス大王の思し召しだ」
二人は斬り合い、殴り合いながらも舌戦を続けた。そもそもの考え方が違うようであるので、どれだけ話し合っても相容れぬであろう。
「歴代のサヌスト諸王のうち、十一名は前王の長男ではあられぬぞ。前王ギュスターヴ四世陛下ですら、兄王たるエルキュール三世から玉座を引き継がれた」
「それは…エルキュール陛下が逝去あそばせたからで…」
「ではアルチュール二世はどうかっ?」
「それはギュリヴェール一世に男児がお生まれにならなかったからだ。違うか」
「ならばユルリッシュ一世、ウスターシュ四世は?どちらも前王の次男であられるぞ」
「それは…」
モルガンとロレシオはサヌスト王室史に詳しいようだな。俺など、歴代の諸王の名など覚えておらぬ。であるのに、二人は名前に加えて、前王との関係まで覚えている。歴史に関して言えば、どちらもなかなか優秀であるようだ。
「過去の話を今言って何になる?」
「過去の話を始めたのは貴様だ、ロレシオ。俺は貴様を討つまで止まらんぞ」
「俺こそ、貴様の首を胴体から切り離すまで止まらんぞ、モルガン」
二人はそう言いながら距離を取り、剣を抜いた。短剣による切り傷や殴り合いによる痣などが目立つが、興奮状態にある二人にとっては、些細なことであろう。
「客将閣下、アクレシス卿、俺が死んだら殲滅してください。三倍の兵力で包囲すれば、一兵も逃がさずに済みます」
「シャルル、オリヴィエ、ピエリック様をお助けし、脱出しろ。一兵でも多く、アルフレッド陛下の陣営に届けるのだ」
二人はそれぞれの味方にそう言い、向き直った。互いに死ぬ気なのであろうか。いや、互いの実力を認めているからこそ、勝敗が読めぬのだろう。
二人は剣を構え、しばらく睨み合った。その緊張感が全体に伝わり、戦闘が中断されるほどだ。ヴァーノン卿など、俺のマントを固く握りしめている。
「覚悟っ!」
モルガンが先に動き出した。
モルガンが地面を蹴ってロレシオに迫ると、ロレシオはモルガンの剣をほぼ完璧に受け止めた。
それから、十合、二十合と切り結び、小さな切傷を増やしながら、互いに削りあった。実力は互角であるようだし、気力や体力など、他の条件もほぼ互角であろう。
「くそっ」
二人が勢いよく距離を取った瞬間、ロレシオが石畳の僅かな歪みに躓き、よろめいた。モルガンはその隙を逃さず、剣を投擲した。
ロレシオはモルガンの剣に気付かず、倒れ込むと同時に腹を剣に貫かれた。
最後に勝敗を決したのは、運であった。
「…モルガン…地獄で…待…つ…」
ロレシオはそう言い遺し、吐血し落命した。
「何を惚けている?!さっさと殲滅せんかっ!」
モルガンはロレシオの腹から剣を抜き、一礼してそう叫んだ。二人の死合いに見入っていた両派閥の兵士ははっと我に返り、それぞれの動きに戻った。
ピエリック特別選抜隊はピエリックの救助の隊と退路確保の隊に分かれ、我が軍の兵士はそれを拒もうとしている。
「ピエリック様をお助けしろ!」
「ピエリックを奪われるなっ!」
ピエリック奪還の隊約五百名と、ピエリックを奪還されまいと対抗する兵士約三百名が衝突した。
血を流したモルガンは、血を拭わず、アキの横に並んだ。あの二人であれば充分であろう。いや、そもそもアキだけで充分だ。
「城塞の全将兵を集めろ!奴らはここで殲滅する!」
アクレシスがそう指示すると、伝令の兵士が走った。
俺も参戦すべきか。いや、万が一にもヴァーノン卿が討たれたら、エジット陛下やジェローム卿に顔向けできぬ。既にマルクを死なせているのだ。これ以上、文官に死者が出てはならぬ。
「早く去れ。ロレシオが死んだ今、俺ひとりを助けるためにこれ以上の被害を出してはならんっ!退却しろっ!」
ピエリックはそう言い、近くにいる兵士に噛み付いた。その兵士はピエリックを乱暴に倒し、周囲の兵士が数名飛び乗った。重傷の老将にあんなことをしては、死んでしまうのでなかろうか。
「退却だ。満身創痍の死に損ないと異国の女が一人ずつだ。踏み潰せっ!」
シャルルがそう叫び、先頭を走ったが、アキの薙刀に心臓を貫かれ、落馬したところをモルガンに喉頭を剣で貫かれた。
「侮るな。貴様らは金の帝国の白虎将軍を知らんのか」
モルガンがそう叫んだ。なかなか珍しい国を挙げたな。
金の帝国とは大陸の北の方に位置する大国で、国界長防壁という城壁で国境を全て囲まれた国だ。
国界長防壁とは、スタノヴォイ国やションヌゥ国、マーチュアン侯国といった隣国からの侵入を防ぐため、十数代前の皇帝が三十年以上をかけ、建設されたものだ。
二百万を優に超える大軍を全て国境防衛に使っており、それぞれ五十万ずつの兵士を指揮するのが、四神の大将軍である。白虎将軍は帝都より西方面の四分の一を管轄する大将軍である。
現沐辰帝の皇子時代、ションヌゥ国とマーチュアン侯国の連合軍二十万騎が侵入した際、避暑地を訪れていた沐辰皇子が攫われた。それをたった百騎で中央突破し、救い出したのが現在の白虎将軍である雨桐だそうだ。沐辰帝即位に際して、白虎将軍に就任した。
俺も酒の席でアシルに聞いて、その後少し調べただけなので詳しくはないが、白虎将軍とは壁に囲まれた大国の戦士ということだ。
「辺境の将軍など知らんわっ!圧殺しろ!」
オリヴィエは後方でそう言い、護拳湾刀を振り回した。シャルルと違って自ら突撃して討ち死に、隊を混乱させたりはせぬようだ。
「宰相を人質に取れ!護衛は一人だ!」
オリヴィエがそう言うと、三十名程がこちらに向かってきた。俺の武勲を知らぬのであろうか。顔を知らぬだけか?
「宰相閣下は渡さぬぞ」
俺はそう言い、連続で矢を放った。風魔法で補助しているので、全てがそれぞれの眉間に命中した。やはり綺麗に命中すると、気持ちが良いな。
「俺は客将であるぞ。雑兵如きが束になっただけでは勝てぬ。犬死するな」
俺がそう言うと、我先にと迫ってきていた兵士が後退り、槍兵が出てきて包囲された。槍兵は逃げ腰であるので、容易に突破できる形だけの包囲だ。
「!」
しばらく槍兵達と睨み合っていると、城壁の一部が爆発した。例の砲撃であろうか。
「友軍を救い出せ!突撃!」
アルフレッド派連合軍のピクターがその麾下一万騎を率いて、ピエリック特別選抜隊の救出に来たようだ。ピクターの左には、ピエリックに脅されていた兵士がいる。どうやら、俺の気付かぬ間に伝令が出ていたようだ。
「城門を閉じよ。奴らを城に入れてはならん」
アクレシスがそう叫び、城門が閉じられると同時に、アキとモルガンは退避した。
一万騎がピエリックの部下五千騎と合流すると、城塞に残った我が軍の兵士とほぼ同数になり、それら全ての排除は困難となる。それに我が軍の兵士と違って、アルフレッド派連合軍の兵士は洗脳され、感情を失っているようなので、恐怖を与えて瓦解させたりできぬ。
何としても侵入を防がねばならぬのだ。




