第267話
ピエリックに対し、スヴェイン自ら移動宮殿内を案内していた。ピエリック一人に対しての心証を良くしたところで、ピエリックはサヌスト全軍に対する影響力は大きくない。無駄なことをしているものだな。
その後、ピエリックは勧められた葡萄酒を一口飲み、戻ってきた。
「それでは、くれぐれもよろしくお願いします」
ピエリックが見送りに来たスヴェインにそう言うと、俺達はクラヴジック城に戻った。意外とすぐに終わったな。
帰還後、ピエリックはヴァーノン卿に報告に行った。俺はサミーに馬と装備を返した後、アキと合流し、共に昼食をとった。
昼食後、俺達は東の城壁の上で見張りを兼ねて景色を眺めていた。海が見えてちょうど良い。
「ああ、そういえば旦那様、トモエ経由で姫から連絡が来たぞ」
「何と?」
「トモエが『昨日の昨日、姫が『叔父さんがいなくなっちゃったんだけど、強いみたいだし、探さなくていいよね?って伝えてくれる?』言ったある。』と言っていた。いなくなった姫の叔父というと、あの居候だな」
「ローラン殿が…」
アキによると、ローラン殿が失踪したそうだ。なぜ俺に直接連絡せぬのであろうか。
昨日の昨日ということは、ローラン殿が失踪したのは一昨日ということか。どこで情報が止まっていたのか知らぬが、まあローラン殿に限って、面倒事に巻き込まれたりせぬだろうし、巻き込まれたとしても並の人間では相手にならぬ。樵にでも戻ったのであろう。
ローラン殿には、例の仔猫極秘討伐作戦に際して協力を仰ごうと思ったが…いや、樵に戻ったのではなく、逃亡した仔猫を追っていったのかもしれぬな。そう思っておこう。
「あ、言うのを忘れていたがな、旦那様への連絡は全部ワタシに来るから、気にせず戦え」
「勝手なことをするな。俺への連絡は俺へ寄越せ」
「旦那様のためだぞ。私事を思い出せば、勝手に姫を連想して、帰りたくなる。そうなれば、客将様の士気が下がり、終戦も遅れる。そうなったら、帰るのが遅れて、ワタシも旦那様もさらに帰りたくなって、さらに士気が下がる。あとはこの悪循環だ」
「…伝えるべき事を伝えてくれたら良い」
「当然だ」
俺に連絡が来ぬのは、アキの手配によるものであったか。確かにアキの言う事は間違っておらぬが、釈然とせぬな。
「で、これからどうする?」
「別命があるまで待機だ」
「休暇みたいな感じだな」
その後、俺達は特に何もせず、自室に戻って休んだ。
翌朝。朝早く、『昼過ぎにピエリックが十騎のみを連れ、アルフレッド派連合軍の陣地を訪ねる』との噂を聞いたエヴラールが、その話を手土産に復帰してきた。
「待機中のいい暇つぶしだ。あの妖精に尾行させろ」
「いや、俺自身が魔眼を飛ばそう」
俺はそう言って魔眼を飛ばした。隠密系の任務の練習になるな。まあそんなことはアシルに任せておけば良いのだが。
そしてピエリックを探し出し、尾行を開始した。まだ朝であるから、出発はせぬようだ。
「何かあったら言えよ」
「ああ。不穏な動きがあってはならぬからな」
この尾行は、あくまで個人的なものではなく、自主的な軍務である。
その後、昼前頃、ピエリックは外套を纏った十名と合流した。
外套で体型は分からぬし、フードを目深に被っていて顔は見えぬので、性別は分からぬ。身長は…馬に乗っているので分からぬな。
「始まったぞ。見せてやろう」
俺はそう言い、アキとエヴラールに俺の視界を共有した。二人は両目を瞑って、魔眼の視界に集中した。慣れるまで、目を瞑って視界をひとつにせねば、体調が悪くなるというラヴィニアの助言があったのだ。
ピエリックと十名が城門まで進むと、二百騎程度の騎兵が待っていた。十騎という話ではなかったのか。
「開門!」
ピエリックがそう言うと、東の城門が開かれ、外套の十名と二百の騎兵が出ていった。
しばらく林の中を進むと、ワレン達がいた。約三千騎はいるのではなかろうか。
ワレンの上官と思しき人物に、ピエリックが恭しく話しかけた。
「ピクター卿、申し上げておりました、ヴァーノン侯爵閣下からの贈物です。私個人から二名、ヴィクトル卿個人から二名、ロレシオ個人から一名の追加でございます」
ピエリックがそう言うと、外套を纏っていた十名が、勢いよく外套を脱ぎ捨てた。例の十名は、秘部など最低限の場所のみが隠され、それ以外には宝石などを豪華に、そして下品に纏った、美女(俺の好みではない)であったのだ。
ちなみにヴィクトルというのは、書記官のひとりで、ロレシオというのはピエリックの部下だ。
ピクターと呼ばれた男が右手を上げると、輿が運ばれてきた。急遽決まったという話であるが、ちゃんと十名分用意されていた。
「この中の三名…いや、五名が国王陛下の後宮に納められる。その者らを推挙した貴殿らは、アルフレッド陛下より爵位が贈られるだろう」
「感謝します」
ピクターはそれだけ言うと、林の奥に帰っていった。美女が乗った輿がその後に続き、三千の騎兵はその周囲を護った。
「帰るか。あの侯爵に言った者は、族誅に処するぞ」
ピエリックはそう言い、兵士の一人に剣を突きつけて高らかに笑った。とんでもないものを見てしまった。
「おい、旦那様…」
「ああ、まずいな。エヴラール、宰相閣下にお伝えせよ。俺とアキは城門にて、ピエリックの帰りを待つ」
「はは」
俺は二人との視界の共有を解除し、すぐに動いた。
城門の前で武装して待っていると、ピエリック達が戻ってきたと、城門の開閉を担当する兵士が報告した。
「開門!」
ピエリックが外でそう言い、門が開かれた。
嬉しそうな顔をしていたピエリックであったが、俺に気づいて顔を青くした。まずいな。まだヴァーノン卿が来ておらぬから、来るまで時間稼ぎをせねばならぬ。
「お帰りですかな、ピエリック卿」
「ええ…閣下はご出発ですかな?」
「いえ、貴殿をお待ちしておりました。アルフレッド派連合軍と通じあっているとか、いないとか…」
「何を仰る…どこからその話をお聞きに?」
まだヴァーノン卿は来ぬのか。エヴラールに急ぐように言うべきであった。
「情報源など、今はどうでもよろしい。大切なのは事実だ。相違はありませんな、ピエリック卿」
「…ありませんな」
「それで、アルフレッド派連合軍と通じあっているのか否か、お答えいただけますな?」
「閣下ともあろう御方が、出処の分からぬ情報に踊らされ、剰え味方をお疑いになるとは…」
「そう、あくまで疑いだ。貴殿が否定し、それが事実であれば、それで終わりだ」
「事実とは異なりますな。国王陛下に叛旗を翻すなど、サヌスト騎士としてあってはならぬこと」
「左様か。では今まで、わざわざ城外に出て何をなさっていた?」
「それは…」
ヴァーノン卿を呼んだが、俺だけで自白を引き出せそうだな。まあ、裏切り行為を認めたとして、俺にはどうしたら良いか分からぬから、どちらにせよヴァーノン卿は必要だ。
「ピエリック卿!」
息を切らしたヴァーノン卿が、エヴラールを伴って走ってきた。
「貴殿の行いは、サヌスト王家に叛旗を翻す事と同義でありますぞ!」
「…くそっ」
ピエリックはそう言い、唾を吐いてから犬笛を吹いた。すると、各地から完全武装の兵士が出てきた。五百名以上はいるように見えるが…
「我らピエリック特別選抜隊は、アルフレッド四世陛下に帰順することを、ここに宣言する!」
「何を言うか、ピエリック!」
ピエリックが剣を抜いて高らかに宣言したので、俺も剣を抜いて反論した。ヴァーノン卿が負傷せぬように戦わねばならぬな。
「僭王に侍る愚鈍者どもを討ち取り、正統なるサヌスト国王アルフレッド四世陛下に勝利を捧げよ!突撃!」
ピエリックがそう言うと、ピエリック特別選抜隊とやらが近くの兵士に斬りかかった。大変なことになったな。
「応戦せよ!戦友であろうと、叛逆者を許すな!」
アクレシスが城壁の上でそう言い放ち、そばにいたピエリック特別選抜隊の兵士を城壁から蹴り落とした。
「宰相を僭称する侯爵を討ち取れ!」
「宰相閣下をお守りせよ!」
俺はヴァーノン卿に駆け寄り、ヴァーノン卿の護衛を担当すると、アキに目配せで伝えた。するとアキは、薙刀を構え、メトポーロンを駆って、ピエリックに迫った。
「異国人の女風情が、調子に乗るな!」
「裏切り者が満足に口をきくな」
アキはそう言うと、すれ違いざまにピエリックを斬りつけ、落馬させた。ピエリックの周囲にいた兵士の幾人かを斬り倒し、起き上がったピエリックの顔面を石突で突いた。
「顔を砕かれたくない奴は武器を棄てろ!」
アキがそう言い、ピエリックの右耳を切り落とした。
アキの呼び掛けに応じたピエリック特別選抜隊の兵士は、味方の兵士に射抜かれた。督戦隊を組織していたのか。なかなか用意周到ではないか。
「我らの忠義は不滅なり!」
ピエリックがそう叫び、短剣を自らの喉に突き刺して自害しようとしたが、アキが右の上腕に薙刀を突き刺したので、未遂に終わった。




