第261話
俺は西側へ、アキは北側へ向かい、ラヴィニアを南側へ向かわせた。西側からダークエルフ、北側と南側は人間の隊だ。足止めくらいは可能であろう。
俺はヌーヴェルに騎乗し、剣を抜いた。
「我が名はジル・デシャン・クロード。サヌスト軍客将にして、公爵家当主だ。武勲を欲する者は、我が首を討ち取ってみせよ」
「貴殿が噂の悪魔閣下か。我が名はヴェルマン。ヘクセライ族の副郷長にして、トロッタ隊副部隊長。不躾ながら、貴殿の御命、頂戴する」
「副部隊長か。覚悟せよ」
増援部隊の隊長はそう名乗り、細剣を抜いて駆けてきた。ダークエルフであるのに、魔法は使わぬのか。それにしても、ダークエルフには細剣が人気なのか。
俺はヴェルマンの細剣による突きを躱し、ヴェルマンの愛馬の頸とヴェルマン自身の胴体を両断した。足止めであるから、恐怖感を与えられる殺し方をした。
「ダークエルフ如きが白兵戦など、図に乗るな」
「敵は単騎!友軍を助けよ!散開し、突撃!」
ヴェルマンの後釜と思しきダークエルフがそう叫ぶと、突撃が始まった。意外と統率が取れているな。指揮者を失い、瓦解することを期待したが、少々侮ったか。
俺を越えて進んだダークエルフ騎兵を狙い、風魔法で右耳と左腕を切り刻んだ。二十騎以上が悲鳴をあげて落馬した。
俺は槍騎兵と重装歩兵のゴーレムを三十体ずつ作り、ダークエルフ騎兵を次々と薙ぎ倒させた。なぜかダークエルフは魔法を使わず、細剣のみで応戦し、頭蓋を粉砕され、絶命していく。
「早く逃げ帰らねば、全滅だ。トロッタとやらは麾下の半数を失うことになるぞ」
「兵士は死を恐れず、将帥は損耗を恐れず、我が尊主翼賛軍は敗北のみを恐れる。ゆえに討死こそ本望なり」
「そうか」
ヴェルマンの後釜はそう言い、短剣で自らの喉を掻き切った。洗脳でもされているのか。
ダークエルフ騎兵のほとんどが落馬し、この隊の無力化に成功した。
「降伏する者はおらぬのか。今なら傷も治してやろう。おぬしはどうか?」
俺は傍に転がっていたダークエルフにそう言ったが、舌を噛んで自害した。他のダークエルフにも聞いて回ったが、最終的に全てのダークエルフが死んだ。
アキ、無事か?
───当たり前だ。客将様は終わったのか?───
ああ。後味の悪い戦闘であった。
───ワタシはスッキリ終わったぞ。一騎討ちで指揮官を倒したら、勝手に帰っていった───
『こちらも同様です』
羨ましいものだ。戻って合流するぞ。
───ああ───
アキやラヴィニアは一騎討ちで終わったようだ。人形のような大きさのラヴィニアを相手に、人間の指揮官が一騎討ちをするとは、驚いたな。
俺はゴーレムを土に還し、陣に戻った。糧食に火をつけ、退却しようとしていたようであるが、百騎長達が俺を探していたようである。
「退却は中止だ。敵の増援は来ぬ」
「…は?」
「撃退してきたところだ。確認するならせよ」
「は。…おい、偵察に行け」
セクーは部下を偵察に行かせた。俺を疑っている訳ではなかろうが、常識的に考えれば、一人で五百騎を撃退するなど、ほぼ不可能だ。
しばらくすると、偵察に出た兵士とアキが一緒に戻ってきた。ラヴィニアもほぼ同時に帰ってきた。俺より少し遠かったようである。
「敵増援の退却を確認しました」
「同じく、退却を確認しました」
「敵増援、約五百騎の戦死を確認しました」
三名の兵士が報告しに来た。最後に報告した兵士が西側を確認しに行ったのであろう。
「戦死?!退却ではなく、戦死?!」
「は。話に聞く、ダークエルフという黒人でしょう」
「その通りだ。投降させようとしたが、自害する者も多かった」
「ということは…」
「ああ。撤退は止めだ。俺はパッセルス閣下に指示を仰ぐ。この捕虜は殺すのか、護送するのか、放置するのか。おそらく護送であろうがな」
「は。伝令兵を出します」
「いや、良い」
俺はそう言いながら、セクーに呼ばれた兵士を、手を上げて制した。
ブームソン、聞こえるか。
───聞こえます───
では、パッセルス閣下にお伝えせよ。約六百名のアルフレッド軍兵士を捕縛した。指示を仰ぐ、と。
───承知しました。まずはアクレシス殿に伝えます───
ああ。任せたぞ。
───は。お任せ下さい───
「今、人狼隊の長に伝えた。すぐにパッセルス閣下に伝わるであろう」
「魔法…ですか?」
「ああ。この戦が終われば、陛下かジェローム卿に進言するつもりだ。魔法専門部隊を創設してはどうか、と」
「はあ。左様で」
「興味無さそうだな。兵でも纏めてろ、百騎長」
「ご無礼をお許しください。それでは失礼します」
興味の無さそうなセクーをアキが追い払った。
俺もセクーなどと話しているより、レリアの事を考えている方が百倍楽しいし、レリアと会えればその数万倍嬉しい。もちろん、アキと話している方が、セクーなどと話すより良い時間である。
「で、どうする?」
「返事を待つだけだ」
「それもそうだな。あ、ちょっと待て。念話だ」
アキはそう言うと、黙り込んだ。ブームソンの返事は俺に話すであろうし、誰からであろうか。聖都の誰かであろうか。
「何?!…ああ。一緒だ……トモエは誰から聞いた?…もえたんは誰から聞いた?……大騒ぎか」
トモエからのようだ。それにしても、念話は声に出す必要がないのに声に出すとは、余程の事であろうか。宝石が無くなった、などであれば良いのだが…
「で、姫は無事なんだろうな?……重傷?!…おい、旦那様に言うなよ……ああ。ワタシからいい感じに言っておく…ヒナツが?…あ、おい、二人同時に喋るな……それで…仔猫が……姫は無事なんだな?…ああ。旦那様に言ったらダメだぞ。大事な時なのに帰ってしまうからな……分かっている……ダークエルフの首でも持って帰ってやろうか…ん?……ワタシもちゃんと戦っている……ああ。じゃあな……姫を頼んだぞ」
「レリアに何かあったのか?」
「なぜ知っている?!」
「念話で話していたのではなかったか」
「おい、傍受は無しだろ。乙女の会話を盗み聞きするのは、宝石泥棒と一緒だぞ」
念話が終わったようなので尋ねてみると、傍受を疑われた。出来ぬ事もないが、わざわざそんな事はせぬ。それにしても声に出しているのに気づいていなかったのか。
「いや、声に出ていた。それよりレリアに何かあったのか?」
「なんにもない。めちゃくちゃ無事だ」
「嘘を言うな。レリアを気にかけていたではないか」
「最後まで落ち着いて聞けよ。それと絶対に帰るなよ」
アキがこれほど念を押すとは、やはりレリアに何かあったのかもしれぬ。今すぐ帰りたいが、とりあえず話を聞かねばならぬな。いや、しかし…
「やはり…」
「聞け。姫がアルテミシアとロアナの三人で出掛けていたのだ。それで姫が仔猫を拾ったのだ。その猫が姫に噛み付いて、姫は腰を抜かした。ロアナが慌てて屋敷に戻って、腰を負傷したと伝えた。あいつは馬鹿だから仕方ないが、腰を抜かしたと伝えるべきだった。それで、医者やら衛兵やらが、大勢出ていって大騒ぎになった。その中に馬鹿が何人かいたみたいで、姫が腰の骨を折る重傷を負った、と話が広まった。で、トモエが連絡してきて、ヒナツが訂正しに念話に割り込んできた。これで全部だ」
仔猫を拾うとは、レリアは優しいな。だが、その猫は恩を仇で返したようだ。帰ったら叩き切らねばならぬな。晒し首がちょうど良い。そんな事より、レリアは無事であろうか。
「レリアはどこを噛まれた?」
「手をちょっとな」
「大丈夫なのか?」
「獣医によると、その猫は病気に感染していないようだから…」
「猫の心配などせぬ。レリアは大丈夫なのか、と聞いている」
「最後まで聞け。猫が病気を持っていないから、ちゃんと手当てをすれば、三日で治る。テクジュペリが手当てをしたから、安心しろ」
とりあえずレリアは大丈夫そうで良かった。となると、次にせねばならぬのは、レリアの絹の如き美麗なる柔肌を傷つけた、卑劣で愚かなる仔猫を探し出し、然るべき罰を与えねば…
「そうか。ならば、早く戦を終わらせて、帰らねばならぬな。猫が逃げる前に」
「やめておけ。姫はその猫を飼うらしいぞ」
「恩を仇で返した蒙昧なる野猫など、俺が斬り捨てて、首を晒して、体を煮て家畜の餌にしてやる」
「野良猫だろ。ま、ワタシはどっちでもいいが、そんなことをしたら姫に嫌われて、姫が家出するぞ。そうなったら、ワタシが第一夫人だ。いや、一人だったら、第一も何もないか」
「……………俺はどうすれば良いのだ?」
「ひとついい案がある。おやつを与えて丸々に太らせるのだ。それで、高い所から落とせばいい。それなら姫を言い込める。猫は高い所が好きだからな」
「レリアに嘘を言わねばならぬなら、俺は反対だ。何か良い案を考えておこう」
「あ、ひとつ言っておくが、毒餌は与えるなよ。獣医が診たら、すぐに分かる」
「ああ。心得ている」
どうやって憎い仔猫を罰してやろうか。
アルフレッド軍の寿命が、レリアを誑かした仔猫の寿命だ。




