第260話
追手を警戒し、しばらく木々の間を駆け抜けた。アルフレッド軍に見つかりそうにない、鬱蒼とした場所で止まった。
「この辺でいいだろ」
「ああ。全隊、止まれ」
俺はドワーフを投げ捨て、下馬した。丁重に扱ってやる必要はない。パッセルスも、情報を得るためには拷問も選択肢にあると言っていた。多少の傷は良かろう。
「昼食休憩だ。昼食後、被害の報告をせよ。では解散」
「「「はっ」」」
百騎長達は自らの隊に指示を出すため、俺の前から引き下がった。俺の感覚では、一騎も脱落しておらぬが、あくまで俺の感覚だ。何騎か脱落している可能性もある。
アキがドワーフの上に座り、髭を引っ張っている。
「アキ、その者を起こせ。多少は傷つけても良い」
「任せておけ」
アキはそう言うと、ドワーフの右の瞼を開かせ、指で触れた。いや、突いた。完全に右目が潰れ、ドワーフは悲鳴を上げて目を覚ました。少々やりすぎだが、起きたので良いか。
それにしても、アキの多少は片目を潰す程度と覚えておかねば、いつか困りそうだ。
「起きたか、ドワーフ」
「何じゃ、貴様ら」
「慌てるな」
俺はそう言い、ラヴィニアに創造魔法で創った鎖で拘束させた。そして傷を治してやった。
「おぬし、名を何と言う?」
「人間如きに名乗る名など無い」
「俺が人間に見えるか?」
俺はそう言い、翼を生やした。翼を持つ人間などおらぬ。少なくとも俺は知らぬ。
「魔族であろうと、弱者には名乗らん。図に乗るな」
「そうか。ラヴィニア、解放し、武器を与えよ」
『承知しました』
ラヴィニアは魔法で鎖を溶かし、ドワーフに武器を与えた。ドワーフが好んで使う、戦斧と盾だ。
「逃げても良いぞ。俺は拒むが、弱者には負けまい?」
「ふん。侮るな」
ドワーフを戦斧を振りかざし、盾で殴りかかってきた。
俺は盾を蹴り、戦斧を剣で受け止めた。そこそこ力が強いようだが、俺には勝てぬ。
ドワーフは盾をアキに投げつけ、戦斧を両手で持ってさらに力を込めた。
勢いよく飛んだ盾は、アキに難なく躱され、背後の木に命中し、木の表面が砕けた。アキに当たっていれば、アキは内臓をぶちまけていたかもしれぬな。まあ、アキにはがあれほど大きい物は、そう易々と当たらぬが。
「何だ、ドワーフとはこれほど非力なのか」
「くたばれ、孺子め」
ドワーフはさらに力を込めた。ドワーフの顳顬に血管が浮かぶ程の力だが、俺の全力の一割以下だ。
俺は左手を離し、ラスイドを抜いたが、戦斧を受け止める剣は一切動かぬ。
俺は左手の刀でドワーフの髭を切り落とした。三つ編みまでして拘っていたようだが、動じぬので、左目に刀をゆっくりと刺した。しかし、歯を食いしばる以外の反応はない。
「凄まじい根性だな」
「ドワーフの誇りを傷つける者には、天誅が下る。我らは、ただそれを待てばいい」
「そうか」
俺はそう言い、戦斧を押し返し、ドワーフを蹴倒した。
ドワーフの右肩に刀を、左肩に剣を突き立て、顔面を数回殴った。これで動けまい。
「アキ、昼食を食べるぞ」
「持ってきてやろう」
「頼んだ」
俺はドワーフに腰掛け、昼食を待った。呻いているようだが、関係ない。ラヴィニアに死なぬように見張らせているので、このドワーフは死すら許されぬ。
「待たせたな」
「良い。食べよう」
「そいつはどうする?」
「食後に拷問する。それでも屈さぬようであれば、体を切り刻んで各陣地に送り付ける。死ぬ前に目を抉り、鼻と耳を削ぎ、歯を抜き、頭蓋に穴を開け、脳を搾り出し、何も入っておらぬ首を本陣に投げ込む。俺個人からの宣戦布告だ」
「いい案だな。拷問はワタシがやってやろう」
「いや、二人でしよう」
「共同作業だな」
「ああ」
俺達は、具体的にどういう拷問をするか、話し合いながら昼食を食べた。まずは精神的な拷問からであるが、俺達も食欲が少し減退した。
食後、俺は剣と刀を抜き、止血だけしてやった。
「拷問前に最後の質問だ。名は何と言う?」
「………ヴェルニッケ。ズィッヒェル族の郷長だ」
精神的な拷問が効いたようだ。素直になってくれて良かった。話しやすいように傷は回復してやった。
「なにゆえアルフレッドに協力する?」
「勘違いするな。我らが従うは、魔王陛下のみ。その代理者たるスヴェイン様も、あくまで魔王陛下の代理だ。スヴェイン様が魔王陛下の意を汲み、我らはそれに従う。アルフレッドに協力するのは、偏に魔王陛下の御為だ」
「…つまり、アルフレッドの王位には興味が無いと?」
「当たり前だ。そもそも我が尊主翼賛軍は、アルフレッドの指揮下にない。あくまで、魔王陛下の代理者たるスヴェイン様の指揮下だ」
「そうか。まあ詳しい話は、我が上官に話せ。今聞いても覚えられぬ」
「……上官…だと?」
ヴェルニッケは驚いたように目を見開いた。
魔族では、強者が君主となり、弱者がそれに従う。つまり、身分が高ければ、それだけ強いということになる。その常識に当てはめると、俺の上官は俺より強いというわけだ。訂正してやるのも面倒であるし、強者が控えていると思った方が話は進めやすかろう。
「俺達はおぬしの友軍に攻撃を続ける。ゆえに上官に引き継ぐ」
「話したら…話したら身の安全は保証されるな?」
「ああ。素直に話せば、多少は庇ってやろう」
「話す。話すから、拷問はご勘弁を…!」
「嘘を言ったら、分かっておろうな?」
「はい。言いません、絶対に」
「分かった。では拘束する。ラヴィニア」
ラヴィニアが拘束しようとすると、自ら腕を差し出し、素直に拘束された。よほど恐ろしかったのか。
「閣下、よろしいでしょうか」
「ああ。何だ?」
百騎長達が集まって跪いていた。昼食休憩が終わったのか。
「報告します。全隊、死傷者はいません」
「そうか。では、おぬしの隊から十騎ほど出し、この者を城まで送り届けよ」
「は」
「名はヴェルニッケ。ドワーフのズィッヒェル族の郷長だそうだ。念の為、パッセルス閣下にお伝えせよ」
「はっ。その後はどう致しましょう?」
「そうだな…適当な補給拠点に行き、補給に来た隊に合流せよ。いや、そのまま城に留まっても、どちらでも良い。おぬしの判断に任せる」
「ははっ」
百騎長はそう言うと、引き下がった。確かセクーという名であったはずだ。
「他の隊は出撃の準備をせよ」
「「「はっ」」」
百騎長達に準備させている間、ヴェルニッケを運びやすいように、檻車を創り、閉じ込めておいた。
「ヤーヴェ隊、敵将ヴェルニッケの護送任務を開始します」
「うむ。気負う事はないが、気をつけよ」
「はっ」
ヤーヴェはそう言うと、部下を下馬させ、馬を檻車に繋ぎ、クラヴジック城へ向かっていった。ちなみにヤーヴェというのは、セクー麾下の十騎長の名だ。セクー隊の最精鋭だそうだ。
「全隊、出撃用意が完了しました」
「では行くぞ」
俺は百騎長の一人の報告を受け、ヌーヴェルに騎乗し、駆け出した。
しばらく駆けると陣地を発見し、止まった。人間の隊の陣地だ。様子を見る限り、何度か襲撃を受けているようだ。天眼で確認すると、約八百騎だ。
「敵は八百騎だ。それもかなり疲弊している。だが、警戒もしている。俺を頂点に、三角を描いて突撃する」
「閣下が先頭を?」
「ああ。雑兵には負けぬ」
「はっ。どうかお気をお付けください」
百騎長達が陣形を整え始めた。俺は楽なものだ。百騎長に指示を出せば、言った通りになる。有能な百騎長を付けてくれて良かった。
百騎長達が準備完了の合図をした。
「全隊、俺に続けぇ!」
俺はヌーヴェルを棹立て、そう叫んで突撃した。やはり棹立てた方が、気分が上がる。
雄叫びを上げた五百騎を引き連れた、黄金鎧が突撃してくるのだ。心理的な勝負では、こちらが勝っていると言うより、アルフレッド軍が負けている。
敵襲を叫ぶ見張りの兵士の首を刎ね飛ばし、愛馬に向かって走る兵士を踏み倒し、応戦した兵士の頭をかち割り、突入した。
「何度も負けるか、馬鹿者どもめ!」
部隊長と思しき騎兵がそう叫ぶと、幕舎から騎兵が出てきた。俺達が来るまで、ずっと騎乗したまま待機していたのか。随分と気長なものだ。
「各個撃破し、走り抜けよ!」
俺はそう叫び、部隊長の一隊に向けて火魔法を放った。林に燃え移らぬよう、ちゃんと末端の炎まで操作している。
「覚悟ぉ!」
燃えたマントを羽織った部隊長が俺に迫ってきたが、アキの薙刀に心臓を貫かれ、討ち死にした。捕らえようと思ったが、死んだのなら仕方ない。
「退却だ!」
俺は立ち塞がる歩兵を薙ぎ倒し、騎兵を斬り伏せ、陣を突破した。
しばらく緩やかに曲がりながら走った。もう一度、同じ場所を攻めるのだ。
「彼奴らを掃滅せよ!突撃!」
俺達が過ぎ去り、油断していたアルフレッド軍の兵士達は、大半が武器を捨てて投降した。呆気ないな。
「降伏する者は捕縛せよ!そうでない者には容赦するな!」
俺は抵抗する僅かな兵士を斬り倒しながらそう指示した。虐殺のための戦ではない。
その後、六百名程度を捕縛したと報告があった。
「我が隊より多いではないか」
「は。賊軍の奴ら、事実を知ったら悔しがるでしょうな」
「ああ。だが、抵抗されても面倒だ。知らせるでないぞ」
「承知しております」
百騎長はそう言い、引き下がった。
さて、どうしたものか。適当な将を捕まえた場合については話し合ったが、雑兵を六百も捕まえてしまっては、動きが鈍るだけで、有益な情報など得られまい。
「閣下、西と南と北から、敵の増援です!」
「何と…」
セクーが走ってきてそう報告した。味方を見捨てるほど、冷たい奴らではなかったか。
「ご指示を」
「賊軍の糧食に火をつけよ。それが終われば、できるだけ馬を連れ、東へ退却だ。兵は縛ったまま捨て置け」
「はっ」
セクーは一礼し、指示を伝えるため走っていった。想定外のことであるが、なかなか冷静だ。
俺は天眼で報告のあった三方を確認した。敵はそれぞれ約五百騎ずつといったところか。




