第258話
俺はゴーレム騎兵の動向に気を配りながら、アキとスヴェインの一騎討ちを見ていた。背後では少しずつ城壁が迫り上がっており、現在は人の背丈程度まで構築されている。
アキとスヴェインはほぼ互角のようであるが、馬の性能が違う。一角獣は地を駆ければ何者にも負けぬが、天馬は空をも駆ける。アキが駆るのは前者で、スヴェインは後者であるため、防戦一方になるのも仕方なかろう。
しばらくすると、ケリング達が退避してくるのが見えた。その後ろをダークエルフの騎兵隊が追っている。こちらはゴーレムの馬ではなく、普通の軍馬だ。
「ジル様!」
「先に退却せよ。アキ、退くぞ」
「そうはさせん。小娘ひとり打ち倒せんで、何が仇討ちか。この女の命は我が物だ」
スヴェインがそう言うと、何らかの魔法によってメトポーロンの前肢二本が折れ、アキが落馬した。
俺は短剣を抜き、スヴェインの天馬の首筋に投げつけた。
「返礼だ。アキ、立てるか」
「メトポーロンが…」
「メトポーロンは後で治す」
俺はメトポーロンを異空間に帰し、アキと共に退却した。城壁は既に三メルタを超えているので、アルフレッド軍は登って来れまい。俺はアキを抱えて飛び越えたのだが。
ちなみにスヴェインは落馬し、天馬はどこかに逃げていった。
「アキ、無事か」
「ワタシは無事だ。メトポーロンは?」
「安心せよ。もう治した」
「なら良かった」
アキは怪我をしたら、すぐに主張するだろうから俺の問いは無駄であったか。本人も痛いのは嫌だと言っていた。いや、場合によっては黙って耐えているかもしれぬが、今回はちゃんと主張するだろう。
アルフレッド軍は攻城兵器を用意していないようで、城壁が迫り上がっていくのを見ているだけである。
「閣下、これは?」
ラシャが城壁に上り、こちらに来た。副官のみを連れている。
「我が魔力を用いて城壁を築かせていただいた。法を犯しているのであれば、後日破壊していただきたい」
「いえ、法に反する事はありません。閣下、七万の敵援軍について、お教えください」
「そうであった。ケリング、報告せよ」
「はっ」
俺の傍に控えていたケリングにそう言うと、ケリング達は説明を始めた。
クラヴジック城の真東と真南に三万騎の部隊があり、真東の部隊にアルフレッドの姿を発見したため、これを本隊とし、真南の隊を第一支隊とした。
本隊の東西南北それぞれ約三メルタルの距離に、人間のみ二千騎が控えており、本隊東支隊、本隊西支隊、本隊南支隊、本隊北支隊とした。また、本隊東支隊の更に東に約二メルタルの距離に人間のみ二千騎の一隊がおり、これを第二本隊東支隊とした。
第一支隊の両翼として、ドワーフのみ千騎がそれぞれ控えており、これを第一左翼支隊、第一右翼支隊とした。
ダークエルフのみ千騎はそれぞれが遊撃として、本隊と第一支隊の間を駆け回っており、ケリング達はそのうち一隊に見つかった。これを第二支隊とし、他に第三支隊、第四支隊も確認している。
ドワーフを含め、全てが騎兵として参戦している。また、第二本隊東支隊に三百の空馬を確認しており、スヴェインの隊のドワーフのためと判断すると、アルフレッド軍は全軍騎兵になるそうだ。七万五千強の騎兵がアルフレッド軍の戦力だ。
「それにしても、これほどの兵力を短期間に集めるとは、アルフレッドもやり手ですな。王太子時代にお会いした時は、そうは感じませんでしたが、若人の成長は我らの想像を超えてくる」
「魔族はこれまで身を潜めていたから総数は不明であるが、人間の兵をこれほど集め、且つ完全な指揮下に置いているのは末恐ろしいな」
「ええ。兵の出処を探らねばなりますまい」
「目の前の敵をどうにかしてからの話ではあるがな」
「そうですな。私はパッセルス閣下にお伝えしてきます」
「ここはお任せいただきたい」
ラシャは一礼すると、総督府に向かって走っていった。俺に気を遣っているのが丸分かりであるが、ぞんざいに扱われるよりは良い。
「ケリング、攻城兵器はあったのか?」
「いえ、ある程度探してみましたが、見つかりませんでした」
「そうか」
攻城兵器無しでどう攻撃してくるのか。まあダークエルフが三千名以上いるようなので、魔法であろう。
暇ができたら、サヌスト軍の有志を集めて魔法部隊を作るよう、ジェローム卿に言ってみよう。敵にばかり魔法使いがいては、各地で魔法使いの叛乱が起これば、俺が行けぬ場は負ける。
「客将様、スヴェインはワタシに斬らせろ」
「斬る機会があれば、おぬしに任せよう」
『マスター、城壁が完成しました。高さは八メルタ、厚さは三メルタ。材質は、大部分がレンガを用いており、表面二メタを金剛石と同質の素材で覆い、硬化魔法を付与しました』
「そうか」
なかなか立派な城壁ができたようだ。崩壊した部分を覆うように作ったため、側防塔のようになっているが、壁としては機能しているので良かろう。
法に反していれば後日破壊せよ、と言ったが、今のサヌストの技術では破壊に数年は必要であろう。変な事を言うべきではなかったな。まあ法には反しておらぬようなので、わざわざ破壊することもあるまい。
「金剛石を?!もったいないことをするな」
『正確には金剛石ではありません。同質の素材で、名称はありません』
「それならいいが、宝石を無駄遣いするなよ」
『承知しました』
「ヤマトワ語の話になるが、宝にすべき石だから、宝石と呼ばれるのであって、宝にすべきでない石なら宝石とは呼ばんのだ」
『はい』
「だから宝石でできた武器は、武器として使えんから武器ではないし…」
アキがラヴィニアと宝石について語らい始めたので、城壁の端の方に寄って、アルフレッド軍の動向を見た。
続々と集まっているようで、見た感じではあるが、八千騎程度いる。本隊や第一支隊の姿は見えぬので、途中で陣形を変えたのであろう。
「どんな感じだ?」
ラヴィニアとの話を終えたアキがこちらに来て、城下を見てそう言った。ラヴィニアも俺の左手に戻った。
「見ての通りだ。本隊はまだだが、こちらが兵を整えて出撃する頃には、本隊か第一支隊が到着しているであろうな」
「こっちも千騎くらいずつで奇襲を仕掛けて、ちょっとずつ減らしていったらどうだ?」
「それもひとつの案であるが、俺の一存ではできぬ。そのうち作戦会議が開かれるであろうから、その時に提案してみよう」
「客将様が提案するまでもないだろうがな。おっと」
アキを目掛けてアルフレッド軍の人間の兵士が矢を放ったようだが、アキには躱された。俺を狙ったものは見事に命中した。
「大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
俺は首筋に刺さった矢を抜きながら答えた。
俺は弓を取り出し、その矢を放った兵士に向けて射返した。油断していた兵士は眉間に矢を受けて死んだ。風魔法で補助をしているので、威力は上がるし、命中率はほぼ十割だ。
「さすがだな」
「ああ」
「ワタシもやりたい。弓を貸せ」
「別に構わぬが」
俺の弓を受け取ったアキは、落ちている矢を拾い、番えようとしたが、なかなか弓を引けぬようだ。それもそうだ。俺でもかなりの力を込めねば引けぬ程の強弓であるのに、他の者に引けるはずがない。
「強すぎだろ。こんなに強くして意味はあるのか?」
「柔い盾なら貫通するであろうし、場合によっては一本で二人を射殺せる」
「それもそうだな。で、普通の弓はないのか?」
「無い。用意しようと思っていたが、忘れていた」
「帰ったらワタシがいい感じの弓を探してやろう」
「頼んだ。…宝石など付けるでないぞ」
「そんなもったいないこと、誰がするか」
「そうであったな」
アキに任せておけば忘れることはあるまい。それにしてもアキはヤマトワの長弓を使っていたような気がするが、気の所為であったのであろうか。まあ本人が使いたい方を使えば良い。
「客将閣下、アキ殿、失礼致します。作戦会議が行われますので、ご参加願います」
伝令兵が俺の傍に跪き、そう告げた。動きが早いな。
「承知した。案内していただこう」
「は。こちらへ」
伝令兵の案内に従って歩いていると、アクレシスとその隊とすれ違った。人狼隊、人虎隊に二千の兵士が加わり、アクレシスがその指揮を執るそうだ。
アクレシスは騎兵の指揮官に任官されているが、城塞防衛に優れているそうだ。元々はガッド砦という砦の砦主であったそうだが、今回の軍の再編により、ガッド砦は放棄され、アクレシスと守備兵は中央軍に組み込まれたそうだ。
つまり、アクレシスには騎兵の指揮を執らせるより、城塞を護らせるべきなのだ。
ジェローム卿の配慮不足であるが、ジェローム卿を責める権利は誰にもない。ジェローム卿は再編を一任され、想像を絶するほど忙しいのだ。




