第253話
俺は人狼、人虎の蛇狩りを見ながら吸血蝙蝠をどう対処するか考えていた。
蝙蝠の腹が減り、下りて来るまで待つか。いや、そもそも腹が減らぬ可能性もある。
「客将様、ワタシを乗せて飛べ。蝙蝠を落とす」
アキが足元の蛇を蹴飛ばしながら、こちらに来た。刀も抜かず、斬ってもおらぬ。
俺とアキが飛べば良かっただけではないか。なぜ単純なことに気づかなかったのであろうか。
「そうか、その手があったか」
「なんだ、思いつかんだのか。ワタシは蛇を殺す気にはならんから、早く誘われないかと待っていたのだ」
「そうか。蛇は嫌いか?」
「いや、蛇とワタシは祖先が同じだ。いとこ…いや、はとこ…違うな。とにかく遠い親戚みたいなものだ。勝手に負けて死ぬのはいいが、わざわざ斬る気にならん」
「そうか。では行くか」
俺は翼を生やしてアキを背中に乗せた。そして天井付近まで飛び上がった。
近くで見ると、より気味が悪いな。
「下のやつらに言っておけ。これから蝙蝠が落ちるぞ、と。客将様の言うことなら聞くだろ」
「ああ」
アキの指示にも従わぬはずはあるまいが、まあ俺が言うべきことだ。
「これより吸血蝙蝠の討伐を開始する。落下した蝙蝠の息の根を確実に止めよ。蛇にも蝙蝠にも、噛まれるでないぞ」
俺がそう言うと、皆が上を見た。そろそろ蛇を狩り尽くして手持ち無沙汰になる頃合いであろう。
「では始めよう」
「客将様、飛び回れ。ワタシが攻撃する」
「そうか。では遠慮はせぬぞ」
俺はそう言い、全速力で飛び回った。
すると、アキは放電を始めた。アキを中心とした半径三メルタ弱の蝙蝠が気を失って落下していった。地面と衝突した衝撃で死んだ個体もいるようだが、八割程度は無事なようで、人狼と人虎に狩られている。
放電とはアキの体内を流れる微弱な電流を増幅し、体外に放出する技である。魔力の消費が少ない割には高威力だそうだ。しかし、周囲の者やアキ自身も感電するので、あまり使えぬと嘆いていた。
つまり放電は俺にも効いている。ちなみにアキは感電しても快楽と感じるようで、冬の静電気が最も気持ち良いそうだ。落雷はさすがに怪我をするようであるが。
「俺でなければ落ちているぞ」
「客将様以外に誰が飛べる?それに信頼しているのだ。八年ぶりの放電解禁だぞ」
「いや、先日も見せてくれたではないか」
「そうだった…か?」
「ああ。あまり使えん技だ、と言っていた。その時より威力は上がっているが、同じ技であろう?」
「そう…かもな。酒を飲んでいたら忘れている」
「素面とは言えぬ状態であった」
「なら忘れているな」
「そうか」
アキは話しながらも放電を続け、千匹以上の蝙蝠が気を失って落ちていった。俺も刀を抜き、無の斬撃を飛ばして蝙蝠を斬った。天井の一部が崩れ落ちたが、仕方あるまい。
天井を切り刻み、全ての蝙蝠を狩り尽くすのに、体感であるが半日程度が必要であった。こちらに被害はない。
本来であれば、昼食を食べた後にすべきであったが、皆が昂って空腹を忘れていた。しかし、昂りが収まると空腹を感じたようで、人狼と人虎は蛇や蝙蝠を拾い食いをし、遅めの夕食としている。腹を壊してもらっては困るが、まあ本人達が大丈夫と判断したなら良かろう。
「いつまで飛んでいる?早く下りろ」
アキにそう言われ、着地した。ずっと飛んでいたが、あまり疲労は感じぬ。俺の体力も増えたな。
「美味しいのか、蝙蝠?」
「食べるでないぞ」
「分かっている。…ん?何の音だ」
金属音が連続して鳴り響き始めた。エヴラールがいる方からである。
俺が無言で駆け出すと、アキも無言でついてきた。
「何事か」
「ジル様、新手です!」
金属音はエヴラールが兜を鞘で叩いている音であった。
エヴラールと人狼五十名が奥から来る新手を抑えていた。新手は化け狐と白い狼であった。足元には踏み潰された毒虫が大量にいる。
こちらに戦死者は出ておらぬが、四十名以上が負傷している。
化け狐は三本以上の尾があり、多い個体では九本ある。また尾が多い個体は人間のような二足歩行の生物に化けている。尾が少ない個体も魔法を使っているが、威力は尾の数に凡そ比例するようだ。
白い狼は通常の狼が比にならぬほど大きい。大きい個体では、象と同程度の大きさがあり、そういった個体は化け狐が騎乗し、背中から魔法を撃って、戦象のように運用している。白狼は魔法を使わぬようだが、毛皮は剣をも弾く強度を誇るようだ。
最も目立つのは、背に人型に化けた九尾の化け狐一匹と八尾の化け狐三匹を乗せた、象よりもひと回り大きい白狼だ。白狼は黄と赤の二対の目があったようであるが、黄の右目にエヴラールの剣が突き刺さっており、今は三つ目となっている。この九尾の化け狐が全体の指揮を執っているようであるが、なかなか倒せぬであろう。
「後退せよ。広い場所で囲め」
俺がそう指示すると、エヴラールと人狼隊は引き下がった。それと同時にこちらの異変に気付いたブームソンとヴィルトールが陣形を整えていた。
「人狼隊が右翼、人虎隊が左翼を担い、両翼包囲をせよ。胴体部は俺とアキが担う。負傷者は退室せよ。扉は五度叩けば開く」
俺はエヴラールと負傷者を庇いながら後退した。
人狼隊は人虎隊より五十名少ないが、まあ大丈夫であろう。
負傷者をアキに任せ、ラスイドで無の斬撃を放ってみた。化け狐は両断できたが、白狼には掠り傷を負わせるのが限界であった。
「足元に注意せよ。毒虫に噛まれるな」
俺とアキ、エヴラールはちゃんとした靴を履いているので毒虫は無視して良いが、人狼や人虎は靴を嫌って履かぬ。基本的に狼化、虎化する時は下衣以外を脱いでいる。
「客将様、どうだ?」
戻ってきたアキがそう言って俺の隣に並んだ。やはりアキがいると、戦力的に頼もしいな。
「厳しいな。朝までかかるかもしれぬ」
「じゃあ交代で夕食休憩を取らせたほうがいいな。ファブリス達も客将様が出てくるまで休憩しないと言っていたぞ」
「そうか。では休憩を取らせよう」
人狼や人虎は蛇を食べていたので、しばらく食事をする必要はなかろうが、アキは食べておらぬし、ファブリス達も食べておらぬなら、休憩させてやった方が良かろう。
「五十名ずつ食事休憩をせよ。外でひと休みしたら次の五十名と交代だ。人狼隊が休む時は人虎隊から五十名を右翼に回し、両翼がほぼ同数になるようにせよ。負傷者は傷が治るまで外で待機せよ。では人虎隊から五十名、休憩せよ」
俺がそう指示すると、人虎隊の五十名が慎重に引き下がった。
ファブリス達に食事をさせるため、アキも同行させるべきか。
「アキ、おぬしはファブリスに伝えよ。食事休憩をせよ、と」
「ワタシも食べてきていいのか?」
「食べすぎるでないぞ。おぬしが満腹で動けぬと、俺が大変だ」
「分かっている」
「酒も禁止だぞ」
「分かっている」
「それから俺に何か持ってきてくれると嬉しい」
「持ってこない。客将様も休め」
「いや、俺が抜ければ突破される。行け」
「分かった」
アキは人虎隊五十名に続いて退室していった。
右翼、左翼がそれぞれ二百程度、胴体部は俺ひとり。人狼と人虎を交代で休ませたら、十日は戦えるであろう。もちろん敵が強くならなければ、であるが。
「各隊、損耗を抑えよ。戦死は許さぬぞ」
「ジル様、ヴィルトール隊長の良策を伝えに参りました」
俺が皆を鼓舞していると、人虎隊副隊長ビュルガーが来た。やはり包囲しただけでは甘かったか。
「どうせよ、と?」
「は。ジル様はここで攻撃を続けてください。全隊がジル様の背後に移動しますので、その後は全力で攻撃してください」
「撃ち漏らしが出るぞ」
「何の為に我らが背後に待機するとお思いです?」
「そうであったな。ではそのようにせよ」
「はっ」
人狼と人虎は魔法が得意ではないから、どうしても接近戦となる。逆に俺は接近戦をすれば突破されてしまうので、魔法戦となる。となると、俺は同士討ちをせぬため、ある程度の手加減をせねばならぬ。
ヴィルトールの策では俺は手加減の必要が無くなる。視界が悪くなって撃ち漏らしも出るが、それは背後の二隊に任せれば良い。なるほど。確かに良策だ。
ビュルガーがブームソンの所に行くと、人狼隊と人虎隊が退却を始めた。ビュルガーの行き先が俺の答えを示しているということであろう。
しばらくすると、両隊は俺の背後に退避した。
「では全力で攻撃をする。撃ち漏らしは任せたぞ」
俺はそう言いながら、破裂魔法の砲門を五百門用意した。そして連射を始め、ラヴィニアに制御を任せた。
俺自身は火魔法と雷魔法と風魔法を威力重視で撃ちながら、ラスイドの無の斬撃を放った。
ラヴィニアが破裂魔法を勝手に弄ったからか、俺の魔法の組み合わせが悪かったのか、威力が高すぎたのか、原因は分からぬが土煙が舞い上がり、敵勢の状況が分からぬようになってしまった。
時たま突破してくる個体もいるので、全滅はしておらぬようだ。
「客将様、持ってきたぞ」
「礼を言うぞ、アキ」
戻ってきたアキは土鍋を持ってきた。嫌な予感がするな。
「すき焼き…鍋料理だ。あまり時間が無かったから、味が染み込んでないかもしれんが、美味いことには変わりない。食べさせてやる。口を開けろ」
アキはそう言って土鍋の蓋を開けた。馳走なのは分かるが、これは明らかに冬の食べ物だ。真夏に食べるものではない。
アキは言葉通り、食べさせてくれた。アキの言う通り、味は良いが、絶対に今食べるものではない。アキ自身も汗だくであるし、俺も暑い。
それにアキは食べさせるのが下手で、口の周りを何度か火傷した。すぐ治したので良いが、集中力が削がれるな。
食事を終えると、濡れた布で顔を擦られた。汚れは取れたし、冷たくて心地良いが、雑だな。
料理は上手であるが、優しさを感じぬな。まあ本人は優しさのつもりであろうから、指摘する気も起こらぬが。




