第248話
俺達は領主館前広場に来た。正式名称を『聖アルベリク広場』と言い、これはルイス卿が名付けたものであるが、あまり使われておらぬ。皆が領主館前広場と呼んでおり、今ではルイス卿も領主館前広場と呼んでいる。
ちなみに聖アルベリクとは、約六百年前を生きた聖人である。当時、百年後の魔王からの解放者誕生を予知し、軍資金集めに奔走した。それを神殿内部に隠し、とある司祭にこれを託して病歿した。
アンドレアス王はその軍資金に助けられ、魔王討伐後、教会に聖人認定するよう頼み込んだのである。聖アルベリクの死後ちょうど百年に聖人認定された。
現在は直前打合せを終え、台本を読み込んでいる。二千字弱の演説を暗記せねばならぬ。まあ暗記はラヴィニアに任せているのだが。
ルイス卿が変なところで拘りを見せ、台本禁止を言い渡された。確かに最後の方に『暗記必須』と書いてあったが、そもそも打合せが始まるまで、台本をほとんど読んでおらぬ。
レリアも全体の流れを必死で覚えている。今は話しかけぬ方が良かろう。意外であるが、アキはちゃんと読み込んでいた。本当に意外だ。
「旦那様、言い忘れていたが、カイ達の風邪が思っているより重症だぞ」
「何?」
「カイはサヌストの風邪を引いて、ファビオはヤマトワの風邪を引いたみたいだ」
カイがサヌストの風邪を引くのは分かるが、ファビオがヤマトワの風邪を引いたのはなぜであろうか。もしかすると、今回来たヤマトワ人の誰かが風邪を引いていたのかもしれぬな。大人と子供では、症状も違うであろう。まあ誰かなど追求せぬが。
それにしても風邪に種類があるのか。それも地域によって違うのか。
「違う風邪なのか」
「みたいだな。それで、風邪に対する免疫が何とかで、十日くらいは寝込むらしい。あ、サヌスト人の医者も呼んでおいたぞ」
「そうか。礼を言うぞ、アキ」
「いや、サヌスト人の医者はカイのためだ。ファビオはヤマトワ人の薬師が看ている」
「それでも礼を言っておこう」
「そこまで言うなら、ワタシの頼みをひとつ聞け」
「何だ?」
アキの言うことであれば、大抵の事は叶えてやろうと思うが、改まって言われると身構えてしまうな。変なことでなければ良いが。
「犬小屋と鶏小屋を建てろ。それで鶏を飼え。毎日八羽減っても大丈夫なくらいな」
「犬はいらぬのか」
「爺様が送ってきただろ。あれを孵す」
「最初は牛の乳がいるのではなかったか」
「じゃあ牛小屋と乳牛も頼む」
「手配しておこう。ちなみに何羽くらいだ?」
「知らんな。割合は雄鶏一羽に対して雌鶏が十羽くらい。雌鶏は毎日たまごを産む。温め始めて二十日強で孵化する。計算してみろ」
「いや、やめておこう。あまり得意ではない。フーレスティエにでも頼んでおこう」
「それがいい。旦那様は明日から頭を使わねばならんからな。五万の騎兵の指揮を執るのだから」
「ああ」
俺はフーレスティエにアキの頼みを伝えておいた。幸い、ベランジェールやウィルフリードが工事を始めているので、その追加だけで済むそうだ。実際はそんなはずはなかろうから、気を遣わせただけであろう。
しばらくすると、式典が始まった。登壇するのは九人だけであるが、観衆として集まったのは千人を超える。その半数がヤマトワ人であり、もう半数が領主館の役人だ。一般人はあまり集まらなかった。
まず、三龍同盟の代表として、ヒナツが演説する。
『ジル・デシャン・クロード公爵領内、三龍同盟庇護下ヤマトワ人特別自治区』を設けたことへの感謝に始まり、ヤマトワの状況や戦況を語り、最後は永久の友好を誓って話を終わった。
ちなみに『ジル・デシャン・クロード公爵領内、三龍同盟庇護下ヤマトワ人特別自治区』とは聖都アンセルムの南区と西区に重なる地域のことである。一定の人頭税を納める代わり、『三龍同盟サヌスト王国支部』に自治権を付与し、区域内の自治を任せるのである。ルイス卿発案の政策だ。
俺は身体の制御権をラヴィニアに貸与し、台本通りに動いた。むろん、声帯もラヴィニアが操作し、演説も完璧であった。
その後、トモエが出てきて、妖刀ラスイドを俺に手渡した。
その返礼として、ミスリル製の諸刃の直剣を贈った。ルイス卿が用意していたようだ。この剣を介して魔法を放つと、空気中の魔素に干渉し、威力が約二・五倍になるそうだ。まあ俺は使わぬので何でも良いが。
俺とヒナツ、トモエ以外は何も喋らずに終わった。アシルとアキは腕を組んで見ていたし、レリアとナナさんも端の方で控えていた。ドウセツとチカシゲも感激したように見ていた。
最後に、ヤマトワ風の料理とサヌスト風の料理が運び込まれ、観衆も巻き込んだ立食パーティとなった。まあ立食パーティと言っても、挨拶に来る者に応えてやらねばならぬので、あまり食事を楽しめぬ。
日没頃、酔い潰れる者も出始めたので、解散となった。
レリア達は屋敷に帰ったが、俺とアシル、ヒナツ、トモエ、アズラ卿の五人がルイス卿の邸宅に呼ばれた。しかし、ヒナツはやる事があると言って帰ったので、代わりにドウセツが来た。ヒナツは眠そうな目をしていたので、やる事とは睡眠であろう。
「ルイス卿、何用ですかな?」
「出征前夜に申し訳ないですが、今夜でないとジル卿がいないので。確認しておきたい事がひとつあります」
「それで、確認しておきたい事とは何です?」
「三龍同盟サヌスト王国支部について、です」
ルイス卿はそう言って書類を出し、説明を始めた。
まず、三龍同盟サヌスト王国支部とは、その名の通り、三龍同盟のサヌスト王国の支部だ。まあヤマトワ以外に勢力を拡げるつもりはないそうなので、これが唯一の支部になるだろう。
支部長はヒナツが務め、トモエは副支部長である。ドウセツとチカシゲがそれぞれの補佐官を務める。また、独自の私兵隊を有し、その長はトモエがする。
業務内容としては、亡命ヤマトワ人の支援、ヤマトワ人自治区の管理、本国との連絡代行、ヤマトワ人とサヌスト人の橋渡しとなったり、まあヤマトワ人関連のことは大抵する。
本題であるが、その三龍同盟サヌスト王国支部に、聖都郊外の土地を与え、農村をいくつか築きたいそうだ。何でも、ヤマトワの食材はサヌストでは手に入れ難く、どうしても高額になってしまうそうで、庶民には手が出せぬそうだ。それで農地が欲しいらしい。
今夜は土地を決めるのに集まったそうだ。俺抜きで決めてもらって結構であるが、変なところに農村を作られては困る…か?
俺は地図を見ながら適当な土地を十箇所程度選び、それらを三龍同盟サヌスト王国支部に貸与する旨の文書に署名した。
その後、解散となった。しかし、今度は俺だけアズラ卿の邸宅に呼ばれた。兄妹で別々に住んでいるのか。それにしてもなかなか帰れぬではないか。
「アズラ卿、何用ですか」
「学校について、草案が纏まりましたよ。明日には出征するそうなので、今日中に決めてもらって、すぐにでも工事に入ろうかと思ったんですけど」
「二人で決めてしまってよろしいのでしょうか」
「ジルさんの領地なんですから、誰にも文句は言わせませんよ。たとえ兄様であっても、立場上はジルさんの部下なんですから」
「そうでしたな」
「それで、これがその案なんですけど」
「お借りしますぞ」
俺はアズラ卿から書類を受け取り、できるだけ熟読した。
まず、生徒が三千人以上所属しても大丈夫な程の大きさの校舎に、一般的な農村の倍程度の農園。その農園の五倍程度の敷地を必要とし、校舎と農園に加え、校庭、訓練場、教会、牧場、孤児院、寮などを建てる。
工事期間は約二年。予算は時価と書いてある。時価という表現を食物以外で初めて見たな。
場所は聖都アンセルムの南約二メルタルの距離に作るそうだ。
サヌスト語とヤマトワ語に加え、コンツェン語、ヴェンダース語、テイルスト語など合計十ヶ国語以上の語学を教える。また、それ以外にも農業や武術、地理や歴史など数え切れぬほどの学問を教えるようだ。
教師だけでも三百人を超え、寮や農地の管理人などを含めると、千人以上が関わる。
学費は全員無料であり、領地の税収や俺の私財などから賄われる。
「名称は何と?」
「まだ未定ですよ。今のところ、案はまだありません。でも二年もあったら、途中でいい案が浮かぶと思いますよ」
「それもそうですな」
「じゃあ、この草案を内容はそのままで、命令書に書き換えるので、ちょっと待ってくださいね」
アズラ卿はそう言って書類を持って退室した。かなり大雑把な計画であるが、まあアズラ卿が臨機応変に対応してくれるだろう。
俺は出されたラズベリーの果実酒を飲んだ。どこで手に入れたのか知らぬが、氷も入っており、よく冷えている。
アズラ卿はラズベリーが好きだな。学園の農地の一割をラズベリー農園にするほどだ。私益を優先したように思えるが、まあこれくらいなら良かろう。
「お待たせしました。ここに署名してください」
アズラ卿が戻ってきて、書類を差し出した。俺は担当者の欄を俺の名からアズラ卿の名に書き換え、署名した。
「あ、気付いちゃいました?」
「ええ。頼みましたぞ」
「別にいいですけど。明日から始めますね」
「よろしくお願いします」
「じゃあ今日は以上です。せっかく早く終わったのに、遅くまで呼び止めてごめんなさいね」
「いえ、頼んだのは私ですから。では失礼します」
「おやすみなさい」
俺は軽く一礼してから退出した。やっと帰れる。
俺は屋敷に転移し、寝室に向かった。
誰もいなかったので屋敷内を探してみると、談話室で眠ったレリアとアキ、アメリー、アルテミシアを発見した。部屋着に着替えた後、酒を飲んでいるうちに眠ってしまったのか。




