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神に仕える黄金天使  作者: こん
第1章 玉座強奪・諸邦巡遊篇

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第239話

 ローラン殿とドウセツが少し話し合って、ようやく始めることになった。勝っても負けても俺に損は無い。存分に戦おう。


「始め!」


 ドウセツの掛け声でヒナツは宙に浮かび、扇子を拡げて氷の矢を数え切れぬほど放ってきた。俺は火魔法で全ての氷矢を溶かし、翼を生やして飛び上がった。


「何よ、(そんなの)があるなんて、聞いてないわ」


「言っておらぬからな」


「ズルいわ!ズルいズルい!」


 ヒナツはそう言いながら、小指ほどの大きさの氷の矢を先程の倍以上放った。俺はあえて恐怖感を味わわせてやろうと、全てを我が身で受け止めた。

 高速で回転していたようで、俺の身体に無数の風穴が空いたが、俺にとってはかすり傷と同じだ。すぐに治った。なぜか鎧も直った。一心同体ということかもしれぬな。


「何で生きてるの?おかしいじゃない!」


「死んでおらぬからな。生きているのも当然だ。不服か、それとも理解できぬか」


「嫌よ。もう嫌」


 ヒナツはそう言うと近づいてきた。俺は何もせずに待っていると、扇子で頬を叩かれた。小さな棘が無数に付いており、俺の顔を少し抉ったが、やはりこれもすぐに治る。

 ヤマトワでは帯刀が許されぬ場での護身用の武器に鉄扇というものがある。ヒナツが持つのは、おそらくミスリル製の鉄扇であろう。それも小型の砲門が無数についた特別製だ。ミオリめ、よくも妙なものを与えてくれたな。

 俺はヒナツの手首を掴み、ヒナツの顔を見た。泣きそうな顔をしているが、まだ降参しておらぬ。


「舌を噛むでないぞ」


 俺はそう言って急降下し、ヒナツを地面に叩きつけた。この決闘は殺す目的ではないから、直前に地面を柔らかくした上、回復魔法をかけながら叩きつけた。多少の痛みはあろうが、痛み相当の傷はない。


「泣いて降参したら攻撃を止める、であったな」


「まだ降参してないわ」


「その意気だ」


 俺はヒナツに確認を取ってから、再び飛び上がった。まだ手首は離しておらぬ。

 今度は空中に幾重もの壁を創り、それらに向かってヒナツを全力で投げた。壁には回復魔法が付与してあり、負傷と同時に回復する。痛みがあるだけだ。ヒナツは壁を砕きながら飛ばされた。

 俺はヒナツを投げた先に転移し、ヒナツを受け止めた。そこはちょうど池の上である。水氷龍の孫娘であろうから、水魔法が得意であろう。ゆえに池に叩き落とした。後で『空中戦が苦手なだけよ』とでも言われたら面倒だ。

 池は人の背丈の五倍ほどの深さがある。水底に叩きつけられて死ぬことはあるまい。

 ヒナツが浮かび上がってくる前に水に飛び込み、ヒナツを水底に引きずり込んだ。


「わたし相手に水中戦なんて、舐めているのかしら」


「……」


 ヒナツは水中であるのにハッキリ喋った。俺も真似したが無理であった。

 ヒナツは笑みを浮かべると、水を全て凍らせた。そして氷の中で俺に向かって泳いできた。どういう原理か知らぬが、氷の中を動けるのか。

 俺は周囲の氷を砕いて迎え撃った。ヒナツの胸ぐらを掴み、水上、いや、氷上に向かって放り投げた。ヒナツが着水するまでの間に、俺は水魔法で氷を水に戻した。

 ヒナツが着水し、俺に向かって泳いできた。


「………。……」


 俺は『アキ直伝の雷魔法だ。覚悟せよ』と言ったつもりだが、やはり言葉にならなかった。まあ警告したので良かろう。

 俺は全力で黒雷を放った。水中にいる全ての生物、つまり俺やヒナツ、池に棲む魚は等しく感電し、俺以外は気を失った。

 俺はヒナツを連れて池から出た。


「ドウセツ、まだ互いに降参宣言をしておらぬ。だが、俺の勝ちは決まりだ」


「凄まじいな、ジル君」


「お嬢…」


「俺の勝ちを決定的なものにするため、ヒナツには恥をかいてもらおう」


 俺は審判二人にそう告げ、創造魔法で筆と墨を創った。そしてヒナツの顔に落書きしておいた。ヤマトワでは新年の遊戯に負けた際にはこうなるとアキに聞いた。その真似だ。


「ドウセツ、ヒナツが起きたら伝えよ。筆が剣であったらおぬしは目覚めなかったぞ、と」


「あいやー!」


 ドウセツが何かを言おうとしたところ、別の声が遮った。振り向くと、ファビオ達が戻ってきていた。声の主は似顔絵に似た者、つまりトモエであった。真っ赤な旗袍を着ている。なぜかルチアも旗袍を着ているが、まあ気にする必要はあるまい。


「アニキ、おかえり。どうしたの?」


「ああ、ただいま。少し手合わせをした」


「おまえ、筆を武器にヒナっちゃん倒す。これ、快挙ある」


 顔に落書きをしてあったので、筆で戦ったと思われているのか?ヒナツと違って人は良さそうであるから、まあ多少は阿呆でも良いか。


「おぬしがトモエか」


「『モエたん』呼ぶよろし、ジル・デシャン・クロード」


「なぜ?」


「これ、シューシンカン族の決まりネ」


「そうか」


 俺はシューシンカン族とやらではないから、従う必要はなかろう。

 それにしてもこの訛りはシューシンカン族特有のものなのか?まあ別に意思の疎通はできているので良いか。


「ジルさん、着替えたいですし、向こう行ってますね」


「あいやー。お気に召す、ないあるか?」


「あいやー、あいやー。気に召すある。ありがとね」


「なら良かたある」


 ルチアは不自然な笑みを浮かべて、屋敷にカイ以外を連れて行った。話の邪魔になると思ったのか。

 それにしてもシューシンカン族の訛りがうつったのか、ただ真似しているのか知らぬが、馬鹿にしているように思われたら面倒だ。そういうことは程々にして欲しいものだ。


「トモエよ、おぬしに言わねばならぬ事がある」


「モエたんある」


「どこに屋敷を建てたい?」


「どこでもいいある。だーりん、ヒナっちゃん、二人と暮らす、それなら地獄も満足ネ」


「だーりん?」


「大好きだーりんっ!」


 トモエはそう言ってカイに抱きついた。カイは照れ隠しをするように怒った表情をするが、嬉しさが隠し切れておらぬ。異常な姉好きから脱却できそうで良かった。


「どこに屋敷を建てるか、おぬしが決めよ」


「わたし、全部決めるあるよ」


「ああ。良いぞ」


「よく聞くよろし。あの建物、あっち。この建物、ちょっとこっち。あそこに建てるよろし」


 トモエはそう言って西館と東館を指した。つまり、現在西館のある場所に東館を移動するため、西館をその分だけ西に進める。その上で、東館があった場所に自身の屋敷を建てるということだ。だが、建物は基本的に動かぬ。


「いや、もう建ててあるものは動かせぬ」


「わたし、動かす。任せるよろし」


「待て待て。動かすのは良いが、危なかろう。皆に知らせてからだ」


「分かたある。早く知らせるよろし。わたし、だーりんと散歩行くある」


「そうか。夕食までには戻れ」


「嫌ある。ランチデート、ディナーデート、ダメあるか」


 夕食の時に色々聞こうと思ったが、まあ良いか。機嫌を損ねてヒナツのようになるよりは、かなりマシだ。ヒナツの場合、機嫌を損ねずとも接し難いのでもっと厄介であるが。


「好きにせよ。ただし、呼んだら戻れ」


「だーりんっ!十軒はしごするよろしっ!」


「よろしくない!」


 トモエがカイを抱き上げたが、カイは手足を振るって降ろしてもらおうとしている。トモエは喜んでいると思っているのか、回り始めた。


「それよりジル・デシャン・クロード!姉ちゃんと、け、け、結こ…一緒になりたいなら、独り身になれ!」


「いや、それはできぬな」


「だったら…」


「言っておくが、おぬしの姉から言ってきたのだぞ。とりあえずは二番目で良い、と」


「…とにかく、姉ちゃんに何かあったら、爺ちゃんに言って、ここもヤマトワの一部にしてもらうからな。覚えておけよ」


「ああ。肝に銘じておこう」


 三龍同盟にサヌストを併呑する余裕など無かろうが、まあ子供の脅しだ。従って損はないし、そもそも最初からそのつもりだ。


「だーりん、怒る。これ、健康に悪いある」


 トモエはカイを降ろしてそう言った。ずっと回っていたはずであるが、二人ともふらついておらぬ。さすが龍の子(タツノコ)と言うべきか。


「うん、気持ち悪い」


「わたしも同感ある」


「回っていたからであろう」


「おまえ、賢いな」


「褒め言葉と受け取っておこう。では」


 俺はヒナツをドウセツとローラン殿に預け、アキを探しに行くことにした。

 東西館の移動の件は、サラ達に連絡しておいた。

 サラとロアナとアメリーは、俺自身と(レリア)の身辺の世話をさせていることから、侍女の中では抜きん出た存在となっているそうだ。聞いた話によると、アシルやエヴラールと同程度の信頼を置いていると思われているらしい。まあ信頼はしているが、アシルとエヴラールとは分野が違う。比較対象ではなかろう。

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