第228話
適当に進んでいると、例の黒人歩兵に出会った。ダークエルフがその正体であった。
「奴を討ち取れ!スヴェイン様のご命令であるぞ!」
隊長格のダークエルフがそう言うと、複数のダークエルフが魔法を撃ってきた。俺は更に強大な風魔法を撃ち、ダークエルフの魔法を相殺したうえ、風の刃がダークエルフを切り刻んだ。
「スヴェインとやらが何者か知らぬが、貴様ら、魔物の討伐は良いのか」
「人間は既に魔法を忘れ、弱体化した。つまりクルツィンガー様の作戦は成功したと言ってよく、我々が退けば魔物の標的は人間になり、我々は手を汚さず、貴様らを駆逐し尽くせるという訳だ。分かったか、魔法使いの生き残り」
「生き残りではない。それよりも、貴様らがアルフレッドの親衛隊を自負するのであれば、アルフレッドの身柄を求める。降伏こそが、唯一、名誉を保ったまま死ねる方法だ」
「我々はスヴェイン様のご命令に従うのみ」
「そのスヴェインとやらは何と?」
「侵入者を滅せよ、と。そして貴様が侵入者だ」
「そうか。こちらの指示とは大違いだ。まあ良い。退け」
俺はそう言い、隊長格のダークエルフとその周辺に立つダークエルフを風魔法で切り刻んだ。
さらに進むと、窓を見つけた。外を見ると、城壁が見えた。城壁を辿っていけば、城門が見つかるであろう。
「スタニック卿、高い所はお嫌いか」
「いえ…しかし、まさか飛び移るというわけでは…」
「よく分かったな」
俺はそう言い、翼を生やした。
「行くぞ」
アキを右腕に、スタニックを左腕に、エヴラールを背に乗せ、窓とその周辺を破壊し、外に飛び出した。
今思いついたが、地下から侵入せず、上空から侵入した方が良かったのではないか。まあ総帥殿のご命令だ。何か訳があるのだろう。
飛び出した俺達を狙って、ダークエルフが魔法を撃ってきた。俺はそれらを相殺し、アキが反撃した。
城壁に降り立つと、スタニックがへたりこんでしまった。
「どうした?」
「いえ、驚きの連続で…」
「そうか。だが行くぞ」
俺達は城門に向かって駆け出した。太陽を見る限り、ここは西の城壁のようだ。もう昼前であった。
俺達が進んだ分、敵は後退した。そのため、何の苦労もせず、開門できた。すると、ネルヴィル率いる歩兵一万と出撃の用意をしていた叛乱軍が正面から衝突した。どうやら、叛乱軍は開門を突撃の合図と勘違いしたらしい。
「次は東門だ。その後、消火、そして城内制圧に移る」
「客将様、東門はワタシ達に任せろ。早く火を消してアルフレッドを討て」
「できるか」
「一角獣がいればな」
「そうか」
俺はヌーヴェルとメトポーロン、エヴラールの一角獣を異空間から出し、三人を見送った。スタニックにはヌーヴェルを貸してやった。
「おぬしら、案内せよ。代わりに助命してやる」
俺はこちらの様子を伺っていた叛乱軍の兵士にそう呼びかけた。
火を流したのは二番水路と三番水路だそうだが、俺はその場所を知らぬ。闇雲に探し回っては、間に合わぬかもしれぬ。そうなれば、叛乱軍の掃滅はできても、クラヴジック城を失う。意味が無いことはないが、叛乱軍以上の脅威が生まれるかもしれぬ。
「聞こえぬのか。二番水路と三番水路に案内せよ、と言っている。俺を案内せねば、おぬしらは焼け死ぬ」
「我が隊に所属する全員の助命と免罪を求める」
剣の柄に手をかけた隊長と思しき男がそう言った。部下想いの良い上官ではないか。
「ああ。ヴォクラー神に誓おう」
「ありがたい」
「おぬし、名は?」
「ヤニックと申す」
「そうか。では案内せよ」
俺はヤニックと名乗った男とその部下十名を引き連れ、二番水路に向かった。
二番水路付近には煙が充満しており、既に地上まで炎が進出していた。
「息を止め、退避せよ」
俺はそう言い、ヤニック達を下がらせた。助命の約束を果たさねばならぬ。
それにしてもこの炎はどうしたものか。油火災に水を注げば、余計に広がるはずである。鍋の油が発火した時は濡らした布を覆い被せると良い、とロアナが言っていた。いや、アメリーであったか?まあどちらでも良い。とにかく結界で空気を遮断できれば良かろう。
俺は炎を覆うように結界を張り、外界と遮断した。魔素も魔力も空気も生物も熱も、何ものも通さぬ結界だ。魔法が当たればすぐに砕けるであろうから、実戦には向かぬが。
「次、行くぞ」
念の為に魔眼を残し、三番水路に向かった。たとえ、延焼を望む者が水を持ってきても、撃退できる。
三番水路に行くまで何度か叛乱軍と出会ったが、ヤニック達の帰順を非難する間もなく風魔法で切り刻んだ。
「突き当たりを左へ!我々はここで足止めを」
「いらぬ。最後まで案内せよ」
「我々にも活躍の機会を…二重の裏切りの贖罪をさせていただきたい」
「…死ぬでないぞ。助命の約束を果たさねばならぬ」
「もちろんです」
俺はヤニック達とわかれ、言われた通りに進んだ。
しかし、炎どころか煙すらない。既に消火してあった。城内に地下水路は三箇所であると聞いていたし、ここに来たのは初めてだ。
何者かが消火したか。焦げ跡があるので、炎が流れ着いておらぬはずはあるまい。
「これはこれは、何者の手引きかと思えば、いつかの悪魔閣下ではありませんか」
「何者か。俺は貴様のようなダークエルフは知らぬ」
背後に武装したダークエルフの一隊が現れた。三十人はいるな。
ヤニック達は死んだのか。ダークエルフ相手ではやはり勝てぬか。
「おやおや、お忘れですか、リシャールでお助けして差し上げたのですが…おっと、ヴェンダースの国教ではなく、サヌストの都市の方ですよ」
そう言われても思い出せぬな。
ちなみにヴェンダースの国教のリシャール教は開祖の名から取ったそうで、サヌストの都市の方のリシャールも人名から取っている。まあ珍しい名でもないので被ることもあろうが、後の名付け親が気を遣うべきであろう。
「知らぬ。人違いであろう」
「…本当ですか?アルフレッド様の側近の…」
「……思い出したぞ。あの老ダークエルフか。二十万の援軍壊滅を伝えた、あの老ダークエルフか。わざわざ殺されに来たか」
確かスヴェインという者で、猛禽類か何かに殺された鳩を持っていたはずである。まだアルフレッドに仕えているのか。
「まさか。我々は王宮から脱出する文官の護衛です。ヴァンサン侯爵を筆頭に、アントワン伯爵、ギャスパー子爵、トリスタン子爵、オクタヴ男爵、アルトュル男爵がその代表ですな」
スヴェインはそう言って貴族達を俺に見せつけた。肥太った者や、夏なのに絹服を何枚も着込んだ者、宝石類をかかえる者、ダークエルフにしがみついて怯える者など、醜い者どもだ。しかし、サヌストの公家貴族であることには変わりない。
「そうか。サヌスト貴族が六家も減るとは…叛逆罪であるから、仕方あるまいな」
「我々からすれば、あなた方こそが叛乱軍なのですが…それはよろしい。道をお開けなさい」
「アルフレッドの居場所を言え」
「王宮を脱出なさり、我々との合流地点に向かわれているはずです。お教えしましょうか?」
「言え」
「何者か知らんが、サヌスト王国正統政府の高官にして、貴ぶべき伝統派貴族たる我々の邪魔をするとは、貴様、無礼であるぞ。スヴェイン卿、かような者、雑兵の如く打ち倒し、我々を早う安全な所に案内せんか」
「侯爵閣下の言う通りですな。大変失礼致した」
ダークエルフにしがみついている男が叫んだ。あれで侯爵か。見苦しい。だが、拘束し、陛下の御前に連れて行かねばならぬ。
「通さぬ。いや、叛逆貴族どもの身柄をこちらに寄越せば、貴様らダークエルフは助けてやろう」
「そうですか。我々としてもアルフレッド様との合流までに兵の数を減らすわけにはいきませんからな。何の才もない、家柄だけが取り柄の貴族を失ったところで、一切の痛痒も感じません」
「そうか。ではダークエルフのみ通れ」
「はい。通行料として、拘束してから行きましょう」
「助かる」
スヴェインはそう言うと、貴族を拘束し、ダークエルフのみを連れて三番水路から逃げていった。パッセルスの指示通りにできた。
───客将様、開門できた。合流しよう───
ああ。兵を連れてこい。貴族どもを捕らえた。ラヴィニアを遣いに出す。
「ラヴィニアよ、アキを迎えに行け」
『承知しました』
俺はラヴィニアを遣いに出し、魔眼を眼窩に転移させた。もう必要あるまい。
ちなみに魔眼や天眼の転移は他所から眼窩への一方通行で、眼窩から他所への転移はできぬ。技倆不足であろうが、本体が転移せぬ場所の感覚がどうしても掴めぬ。




